第131話 幽霊少女と夢追いの歌 Ⅰ
「さあ皆、そろそろ着くよ! 前方にございますのがお待ちかねのアーチボル島だ!」
「おお――!」
期待と不安を胸に抱えながらオリュンポスを出航して早……早1日。海面をキラキラと輝かす満面の朝日を浴びながら、ハルマ達はついに第一の目的の島『アーチボル島』へと辿り着こうとしていた。
「ついに……ついに辿り着いたぜ、アーチボル島! 苦節1日、時間にすると24時間! 長く険しい道を乗り越え、我々はついにこの偉業を成し遂げた!」
「はい! 改めて言葉にすると全っ然凄みがありませんが、私達はついに成し遂げたのです!」
相変わらずハルマの言葉を否定こそしないが、それはそれとして容赦なくツッコむシャンプー。だが、今回はどちらかというとシャンプーも目的地到着には興奮気味であった。
……まあ、昨日は1日で『海賊』に『嵐』に『遭難』と、普通なら一大イベントになってもおかしくないような事態に立て続けに襲われたのだ。そりゃ、そんな壮絶な目に合えばたった1日の船旅でも、気分的にはとんでもない偉業を成し遂げたかのように感じてしまうのも致し方ないのかもしれない。
実際、ハルマ達はなんかもう1年5カ月くらいに及ぶ大冒険をしてきたような気がしていた。
「いやー、感覚のズレってのはほんと怖いもんだねー(すっとぼけ)。……と、まあそんな遠い怠惰の話は良いとして。ホムラ、ソメイ、ジバ公! そろそろアーチボル島に着くぞ!」
新天地到着に膨れ上がる歓喜を抑えきれず、さながら日曜日の父親を起こす子供の如く元気に満ちた声でこの場に居ない仲間達に声を掛けるハルマ。
……だが、そんな元気な声に対し返って来たのは――、
「……え? ああ、もう着いたのね……。ふわぁ……」
「Zzz……」
「うっ……。ご、ごめんハルマ……その、もう少し声量を……おぇ……」
やけに眠そうな元気のないホムラ(とその頭の上でまだ寝てるジバ公)の声と、未だに気持ち悪そうな活気のないソメイの声でありました。
「……」
「……まあ、その、あれですハルマ君。なんとなく言いたいことは分かりますが、皆さんも悪気があってやってる訳ではありませんので……」
「……いや、逆に悪気あるんだとしたらいくらなんでも俺の好感度低すぎるだろ。てかソメイはもう仕方ないとして、何でホムラさんはお眠になってるの? 君、昨日必要以上に爆睡ちゃんかましてましたよね?」
「ごめん、昨日ちょっと夜更かししちゃって……」
「貴女。この船旅、全部寝て過ごすおつもりで?」
いくら最強騎士が一緒に居るからってそれはどうなんでしょうか。
というか、暇な時に寝てるのはもう最悪良いとしても(良くはない)、せめて新しい場所に着いた時くらいはしっかり起きていてほしいものだ。
長旅の末に辿り着いた新しい島での聞き込み中に、船酔いで死にそうな奴と寝起きでぽやぽやしてる奴を引き連れるのは流石のハルマさんでもちょっと嫌なのだが。
「らいじょうびよ……。今日は起きてて、明日からちゃんとさせゆから……」
「朝っぱらからそんなフラフラでほんとに今日一日大丈夫なんですかねぇ!?」
「おーい……。あのー、皆そろそろ着くよー?」
「お、おぇ……」
「Zzz……」
……現場は早速ぐだぐだしております。
いつも通りといえばいつも通りだが、なんとも締まらないこの感じ。どれだけ旅を重ねて、成長していってもこのぐだぐだ感は取っ払えないハルマ達なのでありました……。
「はぁ……。まあ、このある意味では平和な日常感も嫌いじゃあないけどさ……」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
―アーチボル島、船着き場―
さて、そんな訳で朝っぱらから早速ぐだぐだとしつつも。ついにアーチボル島へと辿り着き、その船着き場に足を踏み入れたハルマ達。
何かオーブに関する情報がある事に期待しつつ、早速聞き込み開始――と、思っていたのだが……、
「お、おお!? 誰かと思えばヘルメスさんじゃありませんか! そ、それによく見たらソメイさんまで!? 最強の騎士と騎士王が一体何の御用で!?」
「す、すげー! 本物のヘルメス・ファウストだ! しかも一緒にあのソメイ・ユリハルリスまで居るぞ!」
「あの、すみません! もし良かったらサインとか貰えますか!?」
「騎士王と最強の騎士のツーショット!? お、おい早く母さん呼んで来い!」
「やべえ……! イケメン×イケメンの最強コンボ! ああ……昇天しそう……!」
「いや、えっと、その。皆さんすみません、実は今日はですね……」
それはまさに一瞬の出来事だった。
ヘルメスとソメイが船から降り船着き場に顔を見せた瞬間、周りに居た人たちが一瞬で集まり、ごった返しにもみくちゃの大騒ぎ。
その様子はさながらどこぞの兄ちゃんに群がるファンクラブの如しである。
「うわあ、なんだか凄いことになっちゃったぞ。……いや、まあ冷静に考えればそりゃ世界最強の騎士のヘルメスさんと、騎士王なんて呼ばれてるソメイが突然現れたらそりゃこうなってもおかしくはないけどもさ……」
少なくとも今までにソメイ単体でここまで凄い事になった事はなかった。
が、今回はヘルメスとのダブルパンチである事と、このアーチボル島が外界とは離れた海の島である事の相乗効果があったのだろうか。
……なんというか、規模が凄い。その規模はというと、もしかしたら今ここにアーチボル島の住民全員集まってるんじゃないだろうか、と思えてしまうくらいの状態だった。
「……どーするよ、これ。とてもじゃないけど俺達じゃどうにかは出来ないし、こんなに人がここに集まってちゃ俺達だけで聞き込みにも行けないじゃないか」
「そうですね、これはもうこの騒ぎが収まるのを待つしかないんじゃないかと。まあ、収まるのがいつになるのかと言われたら分かりませんが……」
「……」
これは、某遊園地の乗り物並みに待たされる事になりそうだ。
まったく……、流石にハルマレベルで貧弱脆弱なのはあれだが、だからといってあまり強くなり過ぎるのもなかなか考えものである……。
△▼△▼△▼△
「ああ、やっと落ち着いた……。あ、皆ごめん待たせちゃって……」
「あ、お疲れ様です」
「ハルマ君、そこだと私の勝ちですよ。次のターンに私が3連続のトリプルナナメ取りで黒陣営の大勝利です!」
「ぬなっ!? てか、なんでそんなものの見事に良い感じスポットが!?」
さて、それから約1時間くらい経った頃。
ようやく解放されたソメイとヘルメスが、暇つぶしにオセロに興じていたハルマ達の元に戻って来た。……どうやら、その様子から察するに流石の最強騎士&騎士王でもあの大パニックにはいくらかお疲れのようである。
……ちなみにオセロはハルマがよそ見して変なところに置いてしまったが故に、満面黒一色の大敗北。てか、こいつさっきルール教えたばっかなのになんでこんなに強いんだろうか。
「いやぁ、流石にあれはちょっと疲れたね。まさかソメイ君と一緒にいるだけで、あんな大騒ぎになるとは……」
「僕も流石にちょっと予想外でした……。……あれですね、次からは別々に降りるようにした方が良いかもしれないです」
「……いや、それは第2ラウンドが勃発するだけなのでは?」
もしくはちょうどいいタイミングの追い飯である。
……どちらにせよ、別々に降りたって大騒ぎにはなるだろう。タイミングを変えたところで、それが一発でドデカい騒ぎになるか、それとも2連続で発生するかが変わるだけだ。結局ハルマ達が待ち惚けを喰らう事には何も変わりない。
「……ほんと、有名人ってのはその辺り大変だな。さて、それじゃあソメイ達も帰ってきたし。ようやっとですが、オーブの聞き込み始めるとしますか。……って、あれ? そう言えばホムラとジバ公はどうした?」
「ああ。ホムラさんとジバ公さんなら待ってる間暇だから船で寝てるって言ってましたよ」
「いや結局寝るのかよ!? てか、何? なんであの人ここに来て急に居眠りキャラになっちゃったの? あれか? どこぞの0点少年の霊にでも取りつかれた?」
まあ、あの人でもここまで酷くはなかった気はするが。
まったく、それにしても一度生活リズムが崩れると人はこうまでダメになってしまうのか。これはしばらくホムラには夜更かし禁止令を出さないといけないかもしれない。(あんまり人の事言えた身じゃないが)
「やれやれ……。しょうがない、俺ちょっと船戻って起こしてくるわ。流石に聞き込み中も爆睡ちゃんは俺らも困るし、どうせこのまま寝過ごしたら夜は『寝られないー!』とか言うんだろうからさ」←正解
「あ、ハルマちゃんちょい待ち! ……その、聞き込みの件なんだけどね」
「ん? どうかしましたヘルメスさん? 何か問題でも?」
「いや、問題って程じゃあないんだけど……その、ごめん。さっき島の皆が居て都合が良かったから、ついでに聞き込みも済ませちゃった……」
「……え? じゃあ、それはつまり……?」
「えっと。もうアーチボル島での要件は終わりです、はい」
「……。えええええ!!?」
唐突に告げられる驚愕の終焉。
(ある意味)1年5カ月にも及ぶ長旅の末にようやくこのアーチボル島に辿り着いたというのに、まさかのその先でハルマが得たのは『1時間待ち惚け&オセロボロ負け』の悲しみの最弱ポイントだけであった。
……てかなんだ最弱ポイントって。集めたらなんかと交換でも出来るのか。
「どちらにせよ、碌なもん貰えそうにねぇなそのポイント……。って、今はそんな事はどうでもいいんだ。……え。あの、ちょっと待ってくださいヘルメスさん&ソメイさん。あの、要件終わりってマジでもうこの島からは『さよならバイバイ、俺はこいつと旅に出る』状態なんですか!?」
「うん。本当に申し訳ないけどもう完全に『そしてぼくらは旅にでる』状態です、はい」
「ぬえぇ……!? いや、まあ今は我儘は言えるような状態ではないですけど……! マジかぁ……せっかくならちょっとこの島見て回りたかったなぁ……」
「その、本当にすまないハルマ。まさかこんな事になるとは、僕もヘルメスさんも予想外だったんだ……」
「……」
それは自分達の立場と知名度を考えれば、少しは予想出来たような気がしないでもないが。……まあ、でも用が済んじゃったものはしょうがない。
そもそもハルマ達は別にアーチボル島に観光をしに来た訳ではないのだ。故に、あまりに一瞬で要件が終わってしまい未練がまだ残っていたとしても、旅立ちはやむを得ない事なのである。……だとしても、流石に今回は早すぎんだろとは思うが。
「はぁ、しょうがない……。せめて次のとこはもうちょっと見て回れることに期待しよう……」
と、いう訳で。
後ろ髪を思い切り引かれつつも、一面真っ黒の即席オセロセット(ハルマ手作り)を片付け、悲しみを背負いながらしぶしぶと船に戻るハルマ。
そして一連の準備を済ませ出航の為にまさに船を発進させようとした――その時だった。
「あ、あの!」
「……ん?」
まるで狙いすましたかのようなタイミングで、一人の少女の呼び声がハルマ達の耳に届いたのは。
「す、すみません! 海王国の騎士のヘルメスさんはまだいらっしゃいますか!?」
「えっと、まだいらっしゃいますけど……君は?」
「あ! えっと、私はこの島の宿屋で働いているアミューと言います!」
聞こえてきた声に応じて船から陸を覗き込むヘルメス。
するとそこには、アミューと名乗る綺麗な茶髪をした一人の少女が、息を切らしながらこちらをじっと見上げていた。
どうやらその様子からしてヘルメスとソメイに何か用事があるらしい。……さっきのもみくちゃに入り損ねたのだろうか?
「突然すみません! あの、その様子だともう出航なされてしまうのでしょうか!?」
「いや……まあ、別にどうしても行かなきゃいけないって程ではないけど……。どうした? 何かあったのかい?」
「はい……! その、とてもお忙しいところ恐縮なのですが、どうかお願いします!」
「……どうか! どうか、うちの宿屋に住み着いた幽霊を退治してくださいませんか!?」
「……はい?」
切羽詰まった表情で懇願するアミュー。
だが、その口から発せられたのは、思わず最強騎士のヘルメスでさえ首を傾げてしまうような、なんとも不思議な案件であった……。
【後書き雑談トピックス】
2年くらい前から構想していた話が、ついに世に出た事に謎の感慨を感じる今日のこの頃。(誰のせいで2年も掛かったと思っているのか)
次回 第132話「幽霊少女と夢追いの歌 Ⅱ」
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