5章幕間 ガダルカナルの夢砂魔法教室
「……おっと」
眠りにつき、次に気が付いた時には霧に包まれた砂漠に居る。
そんな不可思議極まりない事態もハルマはこれで四度目。初めは随分驚いたこの事態も今ではすっかり慣れたものだ。
「気が付いたらここに居たって事は、またまたお呼び出しか。いやはや、好きな時にいつでも召喚可能ってのはお便利なシステムだねぇ。ほんと」
実際、元の世界でも某時計やら某スナックやらと、こういう召喚系アイテムは創作物にはよく出てくるものだ。
まあ、あれらはハルマのこの夢召喚と違って、私生活の間に強制連行されるのだが。
「そう考えるとこの夢召喚は大分良心的なんだな……。……さて、そんじゃあ今回も行くとしますか。今日は何の話かな」
ガダルカナルの配慮に感謝しつつ、という訳で。
今夜もまた伝承の賢者サマとの楽しいお喋りタイムの始まりである。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
―蜃気楼の楼閣、秋色の庭―
「やあ。こんばんは、アメミヤ君。また来てくれて嬉しいよ」
紅葉が輝く、これまた綺麗な庭園の中心で賢者はハルマを待っていた。
今回ハルマが招かれたのは今までの『春の庭園』とも『書斎』とも違う、また別種の美しさを称えた『秋の庭』。モミジやイチョウの葉々が鮮やかな赤や黄色を纏いながら、ひらひらと舞うなんとも風流な部屋である。
「こんばんは、ガダルカナル。……今回も、これはまた随分と綺麗な部屋だね」
「そうかい? そう言ってもらえるなら、わざわざ君の為にこの部屋を準備した甲斐があったよ」
「え? これ、俺の為に用意したの? 元々あった部屋って訳ではなくて?」
「大本は最初からあった部屋だよ? でも、君がこういう『ワフー』というか『フーリュー』な感じが好きなのはテンガレットの一件からよく知っていたからね。だから、いろいろと木々を手入れしたりしてこんな感じに準備してみたんだ」
「ほえー……。そりゃまた随分手間なことを……」
「そうでもないさ。実は、私は7つの魔術の中でも特に『草』の魔術が得意でね。だから庭いじりは割と得意分野なんだよ」
と、自慢げな表情で語りながら、それを証明するようにガダルカナルはパッと足元に一輪の黄色い花を咲かせてみせる。
なるほど。確かにこんな簡単に花を咲かせる事が出来るのなら、大規模な庭園の手入れや準備も可能かもしれない。……まあ、それでもここまで綺麗な庭を作り上げるのは一筋縄ではいかなそうだが。
「その辺りは流石賢者サマって感じだな……。……えっと、それで? 今日は一体何のご用事? この庭を披露するためだけに呼んだって訳ではないんでしょ?」
「いや、別に今日は特にこれと言った用事はないよ? ただ、君とまたお喋りしたいなぁと思ったから招いてみただけさ。……なんせ、君は私の方から呼ばないと全っ然ここに来てくれないからね」
「あ、あはは……。いや、それは、うん。ほんとすんません」
ジトーっとハルマを見つめるガダルカナル。
どうやら、ガダルカナルは『せっかくいつでも来れるようにしたのに、最弱勇者が全然遊びに来てくれない件について』には未だに少しご立腹のようだ。
……まあ、それに関してはハルマも申し訳ない事をしたとは思っている。まさかガダルカナルがそんなにハルマの来訪を楽しみにしているとは、流石にハルマも予想外だったのだ。
「やれやれ……。……まあ、私もあまり文句を言えた身ではないんだけどさ。なんせこの件に関しては私の方が頼んでる側だからね。……そうだ。それじゃあ今日は私の方から君に話をするとしようか。これなら君ももう少し気軽にここに来れるだろう? それに来てくれと頼んでおきながら、話までせがむのはあまりフェアじゃないしね」
「そう? 別に俺はそこまで気にしないけど……。まあ、君がそう言うなら今日はそうしようか。……それで? 君から話すって事はやっぱりユウキの話かな」
「うーん、まあそれも確かに良いけど。それは余所でも聞けるし、またの機会にしよう。……それよりも、せっかく私という伝承の賢者サマとお話が出来るんだから、話をするならやっぱりそこを活かすべきだと思うんだ」
「と、言うと?」
「……決まってるだろう? 賢者からのありがたーいお話と言えば、やっぱり不思議で楽しい『魔法と魔術』についてのお話、さ!」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「魔法と魔術のお話……か」
なるほど、それは確かにそれなら賢者サマからのお話にはピッタリだ。
それにハルマはまだ(自分が使えないから)ラルセルムの魔術と魔法の事は、あまり詳しくは知らなかった。なら、この機会にいろいろ教えてもらうのも良いかもしれない。
「分かった。それじゃあ魔法と魔術について、いろいろ教えておくれ」
「いいとも。……それじゃあ、まず始めに一つ確認。君は『魔法』と『魔術』の違いを知っているかい?」
「ああ、それなら前にホムラに聞いたよ。『魔法』が超大規模で難しいもので、『魔術』が一般人でも扱えるような簡単なやつでしょ?」
「うーん……。まあ、確かにそれも間違いじゃないけどね。それだけだと魔法学的には50点ってところかな。……実は魔法と魔術にはね、そんな曖昧なものではなくもっとちゃんと明確な違いがあるんだよ」
「明確な違い?」
「そう、魔法と魔術の明確な違い。……それは『術式』を持っているか、否かだ」
「……術式?」
術式、と言えば一応ハルマも元の世界でならそれなりに聞き覚えのある単語だ。
最近はもっぱら某ローリングカースのやつでよく聞く単語だが、それ以外でも魔法が出てくる系の話になるとたまに出てくる単語である。
では、そんなわりと聞くワードである『術式』は、このラルセルムにおいてはどんな意味を成すのだろうか。
「術式って言うのは……君に分かりやすく言うなら、例えば『ショートカット』とか『マニュアル』みたいなものかな」
「ショートカット? それはつまり……どゆこと?」
「うーん、一番しっくりくるのはパソコンのショートカットキーとかかな。ほら、あれって要は『本来取らないといけない工程を一動作に簡略化したもの』だろう? 実は魔術の『術式』もそれとほとんど同じ理屈でね。術式は『本来魔術を行使するうえで必要な工程を簡略化したもの』なんだよ」
「へー……って、ちょいまち! なんでこの世界の住人の君が、パソコンなんてもの知って――ああ……いや、やっぱりいいや。なんで知ってるのかなんとなく分かったわ……」
「うん、多分君の想像通りだろうね。お察しの通り、僕のこのあたりの知識は全部ユウキ由来だよ」
「やっぱりか……」
果たして、パソコンはおろか科学文明すらほとんど存在しないこの世界で、ユウキはどうやって&どういう経緯でパソコンという物を教えたのだろうか。(しかもご丁寧にショートカットキーの説明まで)
ぶっちゃけハルマ的にはそっちもかなりに気にはなる……が、まあそれはまたの機会にしておくとしよう。なんせ今日はユウキの話ではなく、魔術と魔法の話の時間だ。変に話の腰を折ることもあるまい。
「えっと、それじゃあ話を戻そうか。……つまり、『術式』とは魔術の行使を簡略化する為のもの、なんだ。で、これが確立されているものを魔法学上では『魔術』と呼ぶ。逆にこれがまだ確立されていないものは『魔法』に分類されるのさ」
「へぇ……」
「で、こういう経緯な訳だから魔法は魔術より行使が難しく、かつ規模が大きくなりやすい。なんせ魔法には術式がないからね。行使にするには術者が全部一から用意し、行わなければならない」
「なるほど」
そして、そこから簡単に解釈して世間一般では『魔法は難しい方で、魔術は簡単な方』という認識になったのだろう。
まあ実際最初にガダルカナルが言ったように、その認識でも概ね間違いではない。
一般的にであればこのぐらいの認識でも問題はないのだろう。
「術式ね……。あ、そう言えば。さっきガダルカナルは術式が『確立』されているか、って言ったけどさ。じゃあ逆に言えばつまり術式は確立させる事が出来るってこと?」
「お、良い着眼点だね。うん、そうだよ。凄くとてもかなーり難しいけど、術式が存在しない魔法に後天的に術式を付与して、魔法から魔術に降格させる事も出来る。ちなみにこれを魔法学上では『着名』という。もし、これをする事が出来たならその人は明日から超絶高名な魔法学者になれるだろうね」
「おお、それってそんなに凄いことなのか……」
まあ、でもこれが難しいからこそ魔法というものが今もこの世界には存在しているのだろう。
もしこの『着名』が簡単に行えるなら、今頃ラルセルムからは魔法が一つもなくなっているはずだ。だが、事実魔法が世界に残っているということは、即ち『着名』が用意に行えることではない事の証拠に他ならない。
「なるほどね。……あれ、待てよ? じゃあ、もしかして……」
「おや。何か気になる事でもあったかな、アメミヤ君」
「えっと、じゃあさ。ガダルカナルって、もしかしてその着名を成功させてたり……する?」
「……」
と、ここで話の流れ的に当然行き着く一つ疑問。
そんなハルマの疑問に対し、しばしガダルカナルは意味深な沈黙を続けていた……。が、しばらくして我慢出来なくなったのか、ニッと彼女はまるで子供のような自慢げに満ちた笑みを浮かべ――、
「ご名答! ああ、そうさ! もちろん成功させているとも!」
とても嬉しそうに、思っていた通りの回答を返した。
「と、言うかそもそもの話。僕がこのラルセルムで着名を成功させた人間第一号さ! さらに言うと、実は僕以降に着名を成功させた者はこの100年未だに一人もいなかったりするんだぜ?」
「え!? いないの!?」
「いないよ。だからさっき言っただろ? 着名を成功させたら、その人は超絶高名な魔法学者になれるって。それだけこれはとっても難しい事なんだ。……多分、あの最強騎士のファウスト君や、今の賢者のフォルリアスちゃんでも、こればっかりはどんなに頑張っても出来ないんじゃないかなー」
「マ、マジか……」
相当難しいことだとはここまでの話で分かってはいたが、まさかそこまでだとは流石に想定外だった。
てっきりハルマは、ガダルカナルも過去に成功させた着名を成功させた一人で、彼女たちの功績によって今のラルセルムの魔術体系が形成されたのである……的な感じのなのかと思ったのだが。まさかまさかのガダルカナル以外に成しえた人が一人も居ないとは……。
「100年間成功者ゼロってのは普通にヤバいな……。……あれか? 着名っていうのは、もうそういう生まれ持った才能がないと出来ない感じなの?」
「いや、別にそういう訳ではないよ。ただシンプルに、着名は一人一人異なる『魔術適性』や『適性数』や『魔力の質及び癖』をその魔術を行使する全人類分考慮して作らないと成立しないから難しいのさ。もし、たった一人でも使えない例外が出たら、その時点でもうそれは正しい『術式』とは言えないからね」
「oh……。てか、それはもう人間の所業ではないのでは……?」
少なくとも、ハルマには絶対そんな事出来る気がしなかった。
てか、目の前の天才馬鹿は「特別な才能は要らない」なんて言うが、これはもう実質先天的にそういう才能がないと出来ない気がするのだが……。
「ほんと、こっちはいろんな意味で元の世界よりレベルがインフレし過ぎだろ……。……、……ん? あれ……。てか、待てよ? じゃあその理屈だとつまり……?」
「……」
「あのさ、一つ確認なんだけど……。この世界では今のところ『着名』を成功させたのは歴史上君だけなんだよね……?」
「うん、そうだよ」
「そ、それじゃあ……。もしかして、今この世界存在する魔術は……全部……!?」
「……ふふっ。その先はもう言わなくても良いんじゃないかな」
「――ッ!!!」
「そうさそうだとも! 君の予想通り、今現在ラルセルムに存在する総数100を超える魔術。その全てに着名を行い、魔法学はおろか全世界をひっくり返す程の大革命を起こした、後に『魔術の母』とも呼ばれる大天才。それこそがこの私、『伝承の賢者』ガダルカナルさ!」
「う、なっ――!?」
それはまさに「待ってました!」とでも言わんばかりに。
ガダルカナルは席を立ち両手を広げ、軽やかな足取りで庭園を歩きながら、己の成した偉業を朗々と語り上げた。
その様子はさながら、親に自分の成したことを嬉々として話す子供のように。だが、そんな微笑ましいとも少々痛々しいともとれる賢者の行動を前にハルマは、ぎょっとしたした表情で文字通り息を呑むことしか出来なかった。
「……、……」
「ふふっ、流石に少しばかり驚かせすぎてしまったかな? どうだい、最近ちょっと『なんだかんだ言いつつも慣れてきたなー』とか思っていたお姉さんが、実は本当に凄い人物だったと知った感想は?」
「……え、あ、うん。……えっと、素直に心底びっくりしました。……正直、ちょっと引くくらい」
「そうかいそうかい……って! 引かれるのは流石にちょっと傷付くなぁ! 別にそこまで驚く事でもないだろう!?」
「いや驚くわ! いくら魔術とか魔法にあんまり馴染みがなかったとしても、目の前の人間に『私が最早この世界の根幹とも言える魔術を全部作ったんやで』なんて言われて、しかもそれが冗談でもなく割とマジだったら流石に驚くよ!」
まったく……ほんとに、ほんとに、本当に! この異世界はどうかしている!
伝承の勇者のユウキも、最強騎士のヘルメスも、そして今目の前に居る伝承賢者のガダルカナルも! どうして彼らはこうも簡単に人の限界を軽々と超えていくのか!
そして何でそんな化け物がわりとぽんぽんとこの世界では現れるのか!
「てかさぁ! そんな簡単にインフレするならさ! じゃあ俺ももう少しくらいは強くても良かったんじゃないですかねえ!?」
そして、そんな世界の中でただ一人。何故ハルマだけが魔術も使えず、身体能力も子供に劣る程に脆弱なのか。
……そんな悲しい事実を前に、今夜もまた最弱勇者は一人誰もに届かぬ嘆きを心の中で叫ぶのであった。
――ああ、どうして異世界はこんなにも残酷なのか。
【後書き雑談トピックス】
ちなみに、全人類が使える訳じゃない限定的な『着名』ならガダルカナル以外にも成功させた人はわりと居ます。てか普通、魔術っていうのは例え同じ属性の同じ階級のものだったとしても、人によってある程度自分が使いやすいようにアレンジして行使するものなので、ガダルカナルさんのやった事は本当に頭がおかしい。(誉め言葉)
なお、このガダルカナルのスーパー着名ラッシュは歴史的には『術式革命』と称されているのですが、実はある一定の人達はこの革命のせいでとんでもなく割を食う事になりました。それに関してはまた後日お話しますが、実はこれのせいでガダルカナルは一部の人達からは蛇蝎の如く忌み嫌われております。
英雄の偉業だとしても、それが全ての人にとって幸福に繋がるとは限らないのである。
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