第135話 幽霊少女と夢追いの歌 Ⅴ

「――君、なんで幽霊見えてるの?」


「……、……え?」


 ――それは、あまりにも当たり前で、そしてあまりにも今更な質問だった。


 なるほど。確かに隣の奴が当然のように幽霊が見える前提で話を進めてきたら、そりゃ変に思うのは当然の事だろう。何故なら、普通幽霊は見えないのだから。

 もしこの前提が覆ってしまえば、この世の多くの怪談はその価値を失い、某ウォッチッチもただの腕時計(友達呼び出し機能付き)に成り下がってしまう。

 幽霊とは目に見えないからこその存在であり、目に見えないのは誰にとっても当たり前過ぎる事実なのだ。


 しかし、それはあくまで普通の状況ならの話。


 そう、残念ながら今現在は少々普通とは言い難い状況であった。

 なんせ質問をしてきたヘルメス本人もまた、先程まで幽霊が見えている前提で会話をしていたのだし、もっと根本的な事を言ってしまえば……ハルマは以前この世界で見える幽霊と遭遇しているのである。

 あの時は「ああ、こっちの世界は幽霊も普通に見えるのね」と勝手に納得してそのままスルーしていた。しかし、もし今のこのヘルメスの疑問がこの世界でもなお普通なのだとしたら……、


「いやいやいや、ちょっと急に何言い出してんすかヘルメスさん! てか、そもそも貴方もさっきまで幽霊見える前提で話進めてましたよね!?」


「え? ああ、うん。そりゃ僕魔眼持ちだから幽霊が見える……っていうか居るのを認識出来るからね」


「……。Hey Siri、魔眼について教えて」


「ッ!? ちょっと急に何言い出してんすかハルマ君! そんな急にお尻だなんて下品ですよ!」


「いやケツの方じゃねえよ!!! ……って思ったけど今のはこっちの世界でこのネタした俺が悪かったね! 紛らわしくてごめんね!」


「……。えっと、これはあれかな。魔眼について説明必要な感じ?」


「あ、はい。お願いします」


 ……流石はハルマとシャンプーの(夫婦)漫才。

 先程まで若干シリアス率が高くなってきていた場の雰囲気が、一瞬にしてアホボケ空間に変わってしまった。

 いついかなる時でも忘れぬこのぐだぐだ感。長年の経験によって培われし匠達の職人芸にはヘルメスさんも思わず苦笑いである。(流石にそろそろ慣れて&飽きてきたが)


「……で、えっと『魔眼』についてだけど。これは人に限らずあらゆる生き物がたまーに生まれ持つ能力でね。これを持った者は読んで字のごとく『魔力を目視する』事が出来るんだよ」


「魔力を……目視?」


「あんまりピンと来てないかな? まあ、確かに言葉じゃちょっと分かりにくいか。……でも、これ意外とマジ便利なんだぜ」


「具体的にはどんな風に?」


「そうねー……。例えば、戦いなら相手が『どんな魔術』を『どれくらいの威力』で『どの属性』で使おうとしているのか、なんて事が全部発動前にまるっとお見通しになっちゃいます。魔力が見えるからね」


「え、何それ。行動前に先読みとかめちゃ強じゃないですか」


「だしょ?」


 と、マジもんの激強性能に自慢げなウィンクするヘルメス。

 ……ほんと、何でこの人は叩けば叩くだけ次から次へと新能力が出てくるのだろうか。いくら最強の騎士とは言えいくらなんでも盛り過ぎじゃあないだろうか。

 てか、そんだけいろいろあるなら一個くらい分けてくれりゃ良いのに。


「……多分ハルマ君じゃ魔眼は大して使いこなせないのでは? どうせ貴方の反射神経じゃ先読みしたところで意味ないと思うんですけど」


「そうだね、残酷な現実をいつもどうもありがとう! でも少しくらいは夢に浸らせてほしかったな!!! ……、……それで? その魔眼が凄いのは分かりましたけど、それが幽霊とどう関係するんです?」


「いや、切り替え凄えなハルマちゃん。情緒不安定かよ」


「ずっとコイツらアホどもの相手してりゃ自然と身に着きますよ」


「何それ……怖……。……で、えっと魔眼と幽霊の関係だけど。まあ先程も申しました通り僕は魔力が目視出来るんですけど、それはオドだけじゃなくてマナも……つまり空気中の魔力でも当然見える訳なんですよ」


「ふむ(いや、アンタも大概切り替え凄えな)」


「だから、もしそこに透明の何かがあったとしても魔力の流れを見れば僕にはその存在を認識出来るってワケ。……というのを今生まれて初めて幽霊と遭遇して気付きました」


「いや、これが初めてなんかい!!!」


「言ったじゃん僕幽霊と会った事なんてないって。……まあ前に会った(戦った)透明人間は同じ理屈で見えたから、多分幽霊もそうなんだろうとは思ってたけどね」


「サラッと透明人間との遭遇履歴明かすのやめいや。マジで何なんだよアンタ」


 次々に明かされていく衝撃の過去。

 このままいくと冗談じゃなくマジで、巨人とか悪魔とか鬼とかとも戦ってそうで怖いのだが。

 てか、この世界普通に透明人間居るのか。いくら魔術や魔法が普通にあるからって何でもアリ過ぎじゃないだろうか。


「……で、話を戻すんだけど」


「ん?」


「僕は魔眼があるから幽霊の存在を認識出来る、それは良いんだ。……じゃあハルマちゃん。君は何で幽霊が認識出来る……っていうか見えているんだい? 君、流石に魔眼は持ってないだろ?」


「あ、なるほど確かに……。……てか、そもそもラルセルムでは幽霊って普通に見えるもんじゃないんですね」


「見えませんよ! てか、そんなの見えてたまるもんですか!!!」


「うん、シャンプーちゃんの言う通り普通は見えないよ。でなきゃヘルメスさんもこんな延々と魔眼の講義しないしね」


「そう……だよな」


 しかし、こうなってくると本当に幽霊が見える理由が分からなくなってくる。

 一応事前に話しておくが、もちろんハルマは霊能力者などではない。というかあのマキラ東での出来事の前には一度も幽霊が見えた事なんてないし、それ系の怪奇現象に関わったこともないのだ。

 だと言うのに何故ハルマには幽霊が見える(ついでに聞こえる)のか……。これは今世紀最大のミステリーとして迷宮入りもあり得るのでは――、


「……、……あのハルマ君、良いですか」


「ん?」


「一つ確認なんですけど、ハルマ君は以前こちらの世界に来る前に一度死亡した……と仰ってましたよね」


「そうだね。天宮さん、ここに来る前電車に轢かれて死にましたよ」


「え? ちょっと待って、それヘルメスさん初耳なんだけど。ハルマちゃんも死亡経験アリ仲間だったの?」


「はい、ちょっと黙っててくださいねヘルメスさん。……で、つまりハルマ君は一度死亡したが何らかの理由で復活した――と、いう事になりますよね」


「うん」


「だとすればですよ。もしかしたら今のハルマ君は一度死んだ事で3割くらい幽霊判定になっていて、だから幽霊が見えたり聞こえたりするのでは……?」


「……」


 なるほど。確かにそれなら辻褄は合う。

 幽霊が見えず聞こえないのはあくまで『生きている人間』はの話であり、幽霊同士なら当たり前のように見たり聞いたり出来るはずだ。

 その割には触れないし、触られないのもあくまでハルマは3割幽霊の子だからなのであれば納得だ。多分もう少し割合が幽霊に傾いたら接触も可能になるのだろう。

 しかし――、


「いや、もし仮にそうなんだとしたらそれはちょっと酷くないかなぁ!? 生き返ったと思ったら実は3割幽霊でしたって、蘇生のクオリティどうなってんだよ!!! 確かに長年待ち望んだけどこんな形でのノーマル・ゴースト実装は求めてないんだけど!?」


「すみません、ちょっと最後の方は何言ってるのか分からないです。……でもご安心ください! 私は例え3割幽霊だろうとハルマ君への気持ちは1ナノも変わりませんので!!!」


「ちょっとは変われよ! 幽霊でも生きててもまったく対応に変化ないのは、流石に傷付くわ!!!」


「え……何故……?」


「分かんないかな!? それつまり生きてても死んでても良いって事だろ!? 俺は限りある命を大切にしていきたいなぁ!」


「あ、なるほど。まあ確かにそうとも言えますね」


「雑!!!」


 急に素のテンションでしれっと流すシャンプー。一体、何故こんなにも彼女は(ハルマの)命に対してドライなのか。

 別に普段からそこら辺の倫理観がおかしいとかそういう事はないはずなのだが……。あれか、これもいつものように愛>倫理感になったとかそういう事なのでしょうか。……だとするならば出来ればその天秤はそっち側に傾かないでほしかった。


「しかしだ。こうなってくるとこれはもう完全に任せるしかなくなっちゃったね」


「え? 何をです? こいつの道徳の授業ですか?」


「うん、全然違う。任せるのは幽霊退治or交渉よ。これはもうどう考えても見えねえ聞こえねえのヘルメスさんより、見える聞こえるのハルマちゃんの方が適任でしょ? つう訳でヨロです、ハルマちゃん」


「え!? ちょっと急に何言い出してんすかヘルメスさん!(デジャブ) 俺に幽霊と交渉なんて出来る訳ないでしょう!? てかもし呪い殺されたりしたらどうするんですか!!!」


「大丈夫大丈夫、もしヤバそうだったら僕らがちゃんとお助けするから。ね? シャンプーちゃん?」


「はい! 強くてカッコよくて最強で無敵のヘルメスさんがきっとハルマ君を助けてくれますよ! だから安心して逝って……じゃなくて行ってきてください!」


「……」


「? どうかしました?」


「……大丈夫、僕がお助けするから」


「秒で人員減ってんだけど本当に大丈夫なんですかね」


「大丈夫さ! 多分、きっと、恐らく……」


 語尾のせいで死ぬ程頼りねぇんですが。

 あとどうやらシャンプーは本当に幽霊がダメらしい。まさかこの状況下でアイツにこんなあっさり見捨てられるとはハルマさんも思ってもみなかった。

 というか良いのかこんな大チャンスを見逃して。ここで窮地から守ってくれたら大分好感度爆上がりすると思うのだが。


「大丈夫です。別にそんな危険(と恐怖)を犯さなくても、日々の着実な行動でそれなりに好感度稼げてるのはちゃーんと分ってますから。ね? ハルマ君」


「……。……今のひと悶着で俺は少し好感度が下がったよ」


「それくらいならまあ、必要経費ですかね」


「……」


 ……肝の据わりきった奴にはどうやっても敵わん。

 今の少しの会話だけでも、嫌というほどそれを理解したハルマだった。




※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※




 と、言う訳で。

 半ば強制的に交渉役にされてしまったハルマ選手は渋々、今なおピアノを奏で続ける幽霊少女の元へ一人向かっていた。

 ヘルメスとシャンプーは曰く「幽霊に警戒されないため」に大広間の入り口で待っているとの事。まあ若干一名は絶対違う理由だろうが……もう面倒くさいのでそこには触れないでおくことにする。いい加減ハルマもそろそろ話を進めたいのだ。


「それにこの話にこれ以上無駄な話数使う訳にはいかねえからな……。……と、さて、それじゃあなるべく平和的に終わることを願って……。……あの、すいません。ちょっと良いですか?」


 苦節5話。

 ついに天宮晴馬は幽霊とのファーストコンタクトを取る事に成功した! さあ、ここまで来ればクライマックスはもうすぐそこ、このまま一気に突き進んでしまうのだ! ……だ?


『……、……、……?』


「あ、えっと、そのー……。ちょっと良いですかねー……」


『……、……』


「……」


 じっと暫し見つめ合う二人。

 幽霊少女はピアノから手を放しハルマの方を見ていたが、問いかけへの返事は返ってこない。

 故にハルマもそれ以上は突き進めず、何も言えないまま見つめ返すしか出来なかったのだが……。


『……、……。……?』


「え? あ、はい。そうです。貴女です」


『……』


 幽霊少女はクルっと振り返り、後ろに誰も居ない事を確認すると、今度は恐る恐る自らを指さす。その意味をすぐさま察したハルマはパッと表情を明るくし、その問いにうんうんと答えた。


 そして再び訪れる暫しの静寂。

 しかし、此度の静けさはそう長くは続かず――



『えええええええええーーーーーー!?!?!?!?!?!?!?!?!?』



 幽霊少女の驚愕の声によって、一瞬にして終わりを迎えるのであった。



               △▼△▼△▼△ 



『え!? ええ!? ほんとに、本当に私が見えてるんですか!? ドッキリとかそういうのじゃなくて!?』


「いや、どうやってこのシチュで嘘つくんだよ! 完全にアンタ見えてて、声聞こえてないと出来ない反応でしょうが!!!」


『それはそうですけど! だって、さっきまでずっと「私の事見えないないのかな」ってなるくらい無視して話してたじゃないですか!』


「それだね! それは本当にごめんね! 馬鹿ばっかりだからすぐに脱線しちゃうの、俺ら!」


「「!?」」


 しれっと馬鹿にカウントされた事に玄関で衝撃を受けるシャンプーとヘルメス。

 ハルマもなんとなくその気配は察知したが、一々ツッコミを入れているとまた話が進まないのでここは心を鬼にして完全スルーである。

 今は幽霊少女の方がメインなのだ。


『そっかー……そうだったんですねー。えー、でも凄い! 私の事が見える人なんて幽霊長い事やってますけど初めてですよ! え? もしかして触ったりも出来るんです!?』


「あ、ごめん。流石にそこまでは。あくまで俺は見えて聞こえるだけなので」


『あ、そうなんですね……。すみません、無理言っちゃって。どうしても長い事幽霊やってると温かい人肌が恋しくなりましてね……』


「……」


 なんともまあ、まさに幽霊独特のお悩みである。

 ……まあ仮にもし触れたとしても、もう3割幽霊の子になってしまっている(かもしれない)ハルマが彼女の悩みを解決出来るのは疑問であるが。


「……と、そんな事を案じている場合じゃあなかった。その、幽霊さん少しお話良いですか。実は俺は貴女に相談があって来たんです」


『? 相談? 別に私は構いませんけど……一体何の御用で? ……はっ! ま、まさか!? いや、その、気持ちは嬉しいですけど……! 私は幽霊で貴方はまだ生きている人ですし! それに歳だって……』


「うん、全然違います。相談って言うのはそういうのじゃなくて、そのピアノの事でしてね」


『――! そ、そうでしたか……。……、……』


「……」


 アワアワした表情から一転、分かりやすく引きつり曇った顔つきになる幽霊少女。

 どうやら、もうこちらから言わずとも何が言いたいのかは、彼女もなんとなく察する事は出来ているようだ。

 ……まあ、あれだけ昼間に店主とアミューが騒いでいれば気付くのも当然か。


『……ごめんなさい。私の演奏が皆さんを怖がらせてしまってる事は、私も分かってはいるんです。でも、私が成仏するにはこれしかなくて……私も出来るだけ早く成仏出来るよう努力はしているんですけど……』


「……成仏?」


『はい。このピアノは私の……いや、私達の未練なんです。昔、皆で思い描いた遠い遠い夢の』


「……。すみません、身勝手だとは思いますが良ければお話聞かせていただいても?」


『構いませんよ。と言ってもそんな面白い話ではありませんけどね』


 そう言いながら、ふっと少し自虐的に笑い椅子に座り直す幽霊少女。

 そして彼女は遠い昔を懐かしむように、懐古的で少しだけ悲哀の色が混じった表情でその昔を語り始めた。



               △▼△▼△▼△ 



『私はまだ生きていた頃、このバルトメロイ海域を仲間達と旅する音楽団の一員でした。夢は音楽で世界をハッピーで良い感じにすること。それは今思い出しても、なんともふわっとしたまとまりのない夢でした。でも私達は本気でその夢を追いかけていたんです』


「……」


『初めはメンバーも少なくて、活動も小規模な私達でした。でも活動を続けるうちに少しづつ仲間が増えていって、段々と多くの人に存在を認知していただけるようになりました。そしていつしか私達はお国でも有名な音楽団にまで成長していて、ある日海王国で王様と国の皆様に音楽を披露する場を与えて頂いたんです』


「五大王国で!? めっちゃ凄いじゃないですか!」


『はい! 初めにその話を聞いた時は、私含め皆もう飛んで跳ねての大騒ぎで! 最高の舞台にしようと、何カ月も前から練習を重ねてその日に向けて準備をしていったんです。……、……でも』


「……でも?」


『その舞台は結局叶わぬ夢でした。本番の3日前、私達音楽団の乗る船は海上に発生した巨大な嵐に運悪く巻き込まれてしまったんです』


「――!」


『そして……一世一代の大舞台を前にして、私はそこで命を落としてしまいました。その後、音楽団がどうして、どうなったのかは残念ながら私はもう分かりません。なんせ、私は死んでしまった時に自分の名前も、仲間たちの顔も、全部忘れてしまったので……』


「……」


『それでも今話した事だけは覚えていて、私は必死に少しでも仲間たちを探して回ったんです。その時、見つけたのがこのピアノで』


「これが……貴女が生前使っていたピアノだったと」


『はい、皆との思い出の詰まった大切なピアノです。どうやら幽霊の私も、この思い出のピアノになら触れるようで。他の物は全く触れないんですけどね』


「じゃあ、毎晩の演奏は……」


『はい……。私の未練が何なのかは私もよく分かっていますので。なんとか一人だけの演奏でも、あの日迎えられるはずだった大舞台を再現できないものかと思ったんですけど……。やっぱり、一人じゃそう簡単にはいきませんね』


「……」


『すみません、毎晩毎晩ご迷惑をおかけしました。演奏は今後もう二度としませんので、店主さんにもこれからはもう大丈夫だと伝えていただけませんか? ご迷惑をおかけした身で、さらに頼み事というのはなんとも勝手な話だとは重々理解していますが……』


「いや、それは別に良いですけど……。演奏はもうしないって。じゃあ貴女の未練はどうするんですか」


『うーん、どうしましょうか。まあ長い時間が経てばいつか忘れられるかもしれませんし、そんなにお気になさらないでください。大丈夫! なんせ私もう死んでますので!』


「いや、でも、それは……」


 それは、どうなんだろうか、

 それで本当に良いのだろうか。


 ハルマは、まだ彼女の話を少し聞いただけだ。

 でも、それでも彼女の話す時の表情や声色で、それが本当に彼女達にとって何よりも大切な夢だった事は容易に見て取れる。


 そんな、大切な夢を。

 そんなにあっさりと捨ててしまっても、本当に良いのだろうか。

 文字通り死んでも諦められなかった夢を。


「……」


『……?』


「……、……すみません。申し訳ないんですけど、少しだけ待ってて貰っても良いですか」


『え? えっと、別に構いませんけど……』


「ありがとうございます。大丈夫、すぐ戻るので」


『はあ……』


 ハルマの言葉の真意が分からず困惑する彼女を尻目に、ハルマは急いで大広間の玄関へと向かって行く。

 当然いきなり走って来たハルマに驚くシャンプーとヘルメスの二人。しかし、二人はそれ以上に緊迫したハルマの表情を前に、何も言い出せなかったのだが……。


「二人に……一生のお願いがある。凄え勝手で、めっちゃ迷惑なのは分かってる。でも、その上で頼む。どうか俺の勝手な我儘に協力してくれないか」


「「……」」


 突然の懇願。

 内容も、理由も説明がないせいで一体何をどんな風に頼まれているのかも分からない。

 そんな普通なら断られるか、良くても聞き返されそうな、あまりにも雑な懇願だったのだが――、


「もう、何を今更畏まってるんですか。ハルマ君のお願い? もちろんそんなの全力で協力するに決まってるでしょう!」


「シャンプー……!」


「うんうん。あ、当然ヘルメスさんも手伝うよ。無茶ぶり、理不尽何でも言って。全部まるっと解決してあげる。こう見えても僕、最強の騎士……だからね」


「ヘルメスさん……! ……うん、二人とも本当にありがとう!」


 その懇願が見捨てられる事はなかった。


 ならば、ここでもう一度。

 最弱と氷炎と最強の力を合わせて、叶えられなかった夢を取り戻そう。


 それは遠い日に置き去りにしてしまったいつかの夢を叶える為に。



 ――今一度、ここに、きっとあり得たはずの、君の夢を叶える為に。




【後書き雑談トピックス】

 ハル「あ、ごめん。流石にそこまでは。あくまで俺は見えて聞こえ――」

 ハル「……と、そんな事を案じている場合じゃあなかった。その、幽霊さん少しお話良いですか。実は俺は――」

 ハル「うん、全然違います。相談って言うのはそういうのじゃなくて、その――」


 シャ「……ヘルメスさん」

 ヘル「分かる。凄い気持ちは分かるけど、抑えるんだシャンプーちゃん。何もない所に延々と一人で喋ってるようにしか見えないのは分かる。(まあ僕は何か居るのは分かるけど)でも、実際はそうじゃないんだ」

 シャ「……はい」

 シャ(これ、事情知らない人が見たら完全にハルマ君が幽霊だな……)



 次回 第136話「幽霊少女と夢の舞台」

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