第60話『新世界』

 ――俺は美優先輩のことが好きです。俺と恋人として付き合ってくれませんか。


 美優先輩への想いを彼女に言うことができた。

 昨日、風花から告白されたり、キスされたりしたとき以上に心臓の鼓動が激しい。本当に風花から風邪をうつされたんじゃないかというくらいに体も熱くなっている。

 美優先輩は変わらず俺を見つめているけど、顔の赤みが強くなる一途を辿っている。

 無言の時間がとても長く感じる。

 告白は成功するのか?

 それとも、失敗してしまうのか?

 そもそも、好きな気持ちが美優先輩に届いたのか?

 美優先輩が何も言わないので、もう一度好きだと言おうとしたときだった。


「本当に私のことが好きなの? 女の子として?」


 パッチリとした目で俺を見つめながら、美優先輩はそんなことを訊いてきた。緊張するけど、ちゃんと答えないと。


「はい。女性として大好きです」

「……そうなんだ」


 すると、美優先輩はこれまでの中で一番と言っていいほどの素敵な笑顔になる。


「まさか、由弦君の方から告白してくれるなんて。嬉しすぎて、夢だと思っちゃって。でも、由弦君の言葉や、両肩から感じる感触や温もりは本当なんだよね。……私も由弦君のことが男の子としてずっと好きです。だから、これからは恋人としてよろしくお願いします。これからも一緒に暮らしていこうね」

「はい! ありがとうございます!」


 嬉しさのあまり、俺は美優先輩のことを抱き寄せた。その流れで先輩をぎゅっと抱きしめる。

 これまでに何度も美優先輩の温もりに触れてきたけど、今ほどに幸せを強く感じたことはない。幸せな気持ちが少しでも先輩と重なっていたら嬉しい。

 やがて、背中からも温もりを感じるように。美優先輩が両手を俺の背中に回したのだろうか。このままの状態でずっと過ごしていたい。


「ねえ、由弦君」

「何ですか?」


 少し体を離して、美優先輩のことを見る。すると、先輩が上目遣いで俺のことを見てくる。


「恋人として付き合って、これからもずっと一緒に暮らしていこうって約束したじゃない。だから、そのためのキスをしたいなって。ダメ……かな?」

「そんなわけありません。恋人になったんですし、むしろたくさんしたいくらいです」

「……良かった。私も由弦君のことが好きだって自覚したときから、由弦君とたくさんキスしたいって思っていたし。じゃあ、由弦君からしてくれるかな? 私からだと……緊張していつできるか分からないから。ごめんね、自分から言っておきながら」

「いえいえ、気にしないでください。じゃあ、俺からしますね」


 美優先輩はゆっくりと目を閉じた。そんな先輩の唇はふっくらとしていて。そこに吸い込まれるように、俺は先輩にキスをした。

 唇を重ねることで知る美優先輩の新たな感触は、とても柔らかくて俺の唇を包み込んでくれているようだった。あと、美優先輩の鼓動が唇から可愛らしく伝わっている気がした。あと、こうしていると昨日の風花とのキスを思い出してしまうな。

 そっと唇を離すと、そこにはうっとりとした表情をした美優先輩が。1歳しか違わないというのが信じられないほどの艶やかさがあって。そんな彼女の一面を他の誰にも見せたくないと強く願った。


「……初めてのキスを由弦君とすることができて嬉しい。とても良かったよ。由弦君もキスってこれが初めて?」


 美優先輩に見つめられて可愛らしい声でそう訊かれると胸がキュッと締め付けられる。彼女には隠したり、嘘を付いたりしてはいけないな。


「美優先輩には話しておきます。実は昨日の夜……体調が良くなった風花に告白されて、キスもされました」

「……そう、なんだ」


 さすがに美優先輩も複雑な表情を浮かべているな。


「ただ、そのときに美優先輩のことが好きなんだって自覚して。それを理由に断りました。実は昨日、俺がリビングで寝たのは彼女から風邪がうつったんじゃなくて、美優先輩と一緒にいるとドキドキしすぎて眠れなかったり、先輩に何かしたりしちゃいそうで怖かったからだったんです。身近な人に恋をするのはこれが初めてだったので」

「そうだったんだね。……ふふっ、由弦君って結構可愛いところあるよね」


 美優先輩はクスクスと笑っている。可愛いって言われることはあまりないから、先輩からでも何だか恥ずかしいな。


「……じゃあ、由弦君のファーストキスは風花ちゃんのものになっちゃったんだね。それはとても悔しいな」

「ただ、2回されましたけど、どちらも風花からでした。なので、自分からするキスは今の美優先輩とのキスが初めてです」

「……それを聞いて、ちょっと悔しさがなくなった」


 悔しさやショックはあるだろうけれど、この様子ならとりあえずは大丈夫そうかな。

 これから、美優先輩がたくさん笑顔になれるようにしたいな。そのためにも、今日からは恋人として美優先輩と楽しく生活していきたい。1歳年下だけれど、彼女のことを支えたり、守ったりできるようになりたい。


「そういえば、美優先輩はいつから俺のことを男性として好きになったんですか? さっき、ずっと好きですって言っていましたけど」

「由弦君が引っ越してきたときから気になり始めていたよ。かっこよくて、真面目で優しそうで。もちろん、由弦君となら一緒に住んでも大丈夫そうだって、一緒に住もうって言ったんだけどね。実際にそうして正解だったな。それに……気になっていたり、好きになっていたりしている男の子じゃなきゃ、一緒にベッドで寝たり、水着を着た状態でもお風呂に入ったりしないよ」


 美優先輩は頬を赤らめながらそう言った。そんな彼女がとても可愛らしい。

 一緒に寝たり、水着着用の温水浴をしたりするのもそうだけど、血の繋がりのない同年代の異性と過ごすなんて、気になっている人じゃないとなかなかできないことか。


「はっきりと好意を自覚したのは、始業式の日の放課後に陸上部の子から告白されたときに、由弦君が助けてくれたことかな。由弦君が姿を現したとき、凄くほっとして。由弦君とずっと一緒にいたいって思ったの」


 あのタイミングで俺に対して好意を抱いていると自覚したのか。美優先輩がとても素敵な笑顔を浮かべて、俺の腕をぎゅっと抱きしめてきたことにも頷ける。

 そういえば、陸上部の男子生徒が美優先輩に告白したのを見たとき、いい気分じゃなかったな。あのときにはもう、美優先輩のことを女性として気になっていたのだろう。


「じゃあ、花柳先輩の告白を断ったのも……」

「うん。瑠衣ちゃんとはこれからも親友として付き合いたい気持ちも確かにあるけれど、一番は由弦君っていう好きな人からいるからだよ」

「そうだったんですか。俺も花柳先輩の気持ちを聞いたとき、心が苦しくなりました。でも、美優先輩が断って親友として仲良くしようって聞いたとき、心が軽くなったんです。2人がどうなってしまうんだろうっていう不安があったんですけど、今思えば、その頃から美優先輩のことを女の子として好きになっていたのかもしれません」


 もしかしたら、花柳先輩はあの時点で美優先輩が俺に好意を抱いていることに気付いていたのかもしれないな。だからこそ、物凄い剣幕で鬱陶しくて、邪魔で、消えてほしいと言ったのかもしれない。


「敗者の集いの件があった後、嘘でもいいから由弦君と恋人っていう関係になってみたかった。でも、由弦君がそれは止めようって言ってくれて。だから、由弦君と本当に恋人として付き合えるように頑張らないといけないなって思ったの」


 俺なら恋人のフリをしてもいいって抱きしめながら言ってくれたな。それも俺に好意が本当にあったからこそできることだよな。あのときは下着姿だったし。


「でも、由弦君と一緒に住んでいるから大丈夫だって甘えている部分もあって。そうしたら、実際に風花ちゃんの方が先に告白しちゃった。もしかしたら、風花ちゃんも由弦君のことを好きかもしれないって思ってた。体調が悪くなったのもそのせいかなって」

「風花もそう言っていました。俺のことが好きだからこそ、水曜日に俺に不機嫌な態度を取ったことを後悔していたって。あと、一緒に住んでいる美優先輩が羨ましくて、自分の部屋に1人でいることが寂しいと」

「そうだったんだね。それに、風花ちゃんだけじゃなくて、気軽にボディタッチをする汐見部長はもちろんのこと、一佳先生も由弦君のことが好きなんじゃないかって思ってね」

「汐見部長はまだ分かりますけど、霧嶋先生も?」


 好きになる可能性があるとすれば、ジャージを貸したり、家の掃除をしたり、倒れそうな先生のことを助けたり、焦げたホットケーキも試食してみたり。そういったときを中心に、霧嶋先生は大半の生徒には見せないような笑顔を何度も見せてくれたっけ。


「……汐見部長以上に可能性がありそうな気がしてきました。自意識過剰かもしれませんが」

「ううん、そんなことないよ。そんな女性達が周りにいる中で、由弦君が私に好きだって告白してくれて嬉しいし、幸せだよ。……由弦君。今度は私からしてみてもいい?」

「もちろんいいですよ」

「……ありがとう。由弦君、大好き」


 すると、美優先輩の方からキスをする。相手からされると、昨日の風花からのキスをより鮮明に思い出す。


「んっ……」


 美優先輩の舌が俺の口の中に入り込んでくる。風花の話を聞いたからなのか、美優先輩はかなり激しく絡ませてくる。普段の美優先輩から考えると意外だ。あと、好きな人のキスというのは舌を絡ませるのが普通なのだろうか。

 風花のときと同じようにドキドキするけど、美優先輩とのキスはそれに加えて気持ち良さがある。このままずっとしていたい気分だ。

 美優先輩は唇を離すと、唇に付いている唾液を舌で舐め取った。そんな彼女がとても艶めかしい。


「……凄く気持ち良かった」

「俺も気持ち良かったです。幸せな気分になりました。あと、美優先輩って意外と肉食な面がありますよね。激しく舌を絡ませてきたのでビックリしちゃいました」

「だって、恋人とキスしているんだもん。スイッチが入っちゃって」


 ふふっ、と笑いながら美優先輩は俺の胸の中に頭を埋め、スリスリさせている。

 意外と肉食って言ったけど、思い返してみれば、一緒に寝ることや水着着用での温水浴を誘ったり、一週間学校生活を頑張ったからご褒美をしたいと言ったりしていたな。俺に対しては前から積極的だったか。

 ――ぐううっ。

 盛大にお腹が鳴ってしまった。タイミングが悪すぎるだろ。恥ずかしいじゃないか。


「ふふっ、凄い音が鳴ったね、由弦君」

「……お、お恥ずかしい。そういえば、昨日の昼から何も食べていなかったですね。風花のこともありましたし。それに、昨日の夜は美優先輩のことを考えていたので、お腹も空きませんでした」

「そっか。朝ご飯はまだだし、今すぐに作るね」

「はい、ありがとうございます」


 美優先輩に無事に告白できて、恋人として付き合うことになったから、安心して腹が減ったのかな。20時間くらい何も食べていないから、凄くお腹が空いた。

 恋人になってから初めての食事だからなのか。それとも、とてもお腹が空いているからなのか。美優先輩の作った朝ご飯はとても美味しかったのであった。

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