第50話『お礼がしたいの』

 お昼ご飯を食べて元気になったので、花柳先輩を見送った後、俺は風花の宿題を見ることに。こうすることが、早くも恒例になってきた気がする。


「ふふっ、由弦君はまるで先生みたいだね」

「とても分かりやすいですよ!」

「そうなんだ。私も由弦君に何か教わりたいな」

「美優先輩は上級生ですからね。成績がいいそうですし、俺が教えることってありますかね。俺が先輩に教えてもらうことはもちろんあると思いますけど」

「ふふっ。そのときは優しく教えるね」


 日曜日に花柳先輩と松本先輩に勉強を教えるところを見たけど、そのときの美優先輩はとても優しそうだった。美優先輩が家庭教師をやったらとても人気が出そうだ。

 ――プルルッ。

 スマホが鳴っているので確認すると、霧嶋先生からメッセージが送信されたと通知が。この時間帯に連絡があると、何があったのかと緊張する。メッセージを見ると、


『桐生君は和菓子って好きかしら? 普段と違って今日は早く帰れるから、これから何かお礼の品を持ってあなたの家に行きたいのだけれど。近くに白鳥さんや姫宮さんがいるなら彼女達にも訊いてくれる?』


 という内容だった。今日は健康診断だから先生方も早めに退勤できるのか。俺達のクラスは午前中だったからかな。

 美優先輩と一緒に住んでいることの注意とかではなくて一安心。おそらく、ジャージのことや、先週末に部屋を掃除したことのお礼がしたいだろう。


「どうしたの? 由弦君」

「霧嶋先生からメッセージが来まして。先生、今日は早く退勤できるそうで。きっと、ジャージを貸したことや掃除したことだと思いますが、お礼を持ってここに来てくれるそうです。和菓子は好きかと訊かれまして。それで、先輩方が側にいれば2人にも訊いてくれと」

「あたしは甘いもの全般が大好きだから、和菓子ももちろん好きだよ!」

「和菓子も美味しいよね」

「じゃあ、霧嶋先生に和菓子がいいとメッセージを送っておきますね」


 俺は霧嶋先生に、和菓子でいいことと、今は3人で101号室にいることをメッセージで送っておいた。

 すぐに先生から返信が来て、あと30分くらいで来るとのこと。今は3時くらいだし、おやつにはちょうどいいかもしれないな。

 あと少しで和菓子を食べることができるからか、風花のやる気がアップしたようだ。これまで以上に積極的に問題を取り組む。その甲斐もあってか、霧嶋先生が来る前に明日提出する宿題を全て終わることができた。

 ――ピンポーン。

 風花が宿題を終わらせてから数分後、部屋のインターホンが鳴る。モニターで確認すると、そこには霧嶋先生と大宮先生が。大宮先生も一緒に来たのか。


「今行きますね」


 俺は玄関まで行き、霧嶋先生と大宮先生のことを出迎える。霧嶋先生はコンビニかスーパーの袋を持っている。和菓子を買ってきたのだろう。


「お待ちしていました。霧嶋先生だけかと思ったら大宮先生も一緒だったんですね」

「あたしのクラスも健康診断は午前中だし、やらなきゃいけない業務も早く終わったからね。一佳ちゃんから事情を聞いて一緒に来たの。あと、2度目の家庭訪問ね」

「そうですか」


 担任教師として、美優先輩と俺の生活の様子を確認するために、定期的に家庭訪問をするってことかな。

 霧嶋先生と大宮先生を家の中に招き入れ、リビングに通す。


「成実先生も来たんですね。こんにちは」

「一佳先生、成実先生、こんにちは!」

「こんにちは、姫宮さん、白鳥さん」

「こんにちは。一佳ちゃんについてきたの。せっかくだし、2度目の家庭訪問も兼ねてね。あと、3人とも健康診断お疲れ様」

「コンビニで白玉ぜんざいと、抹茶風のおまんじゅうを買ってきたわ。ささやかだけど、この前のお礼として。桐生君は静岡県出身だから、日本茶を飲むかなと思って。それで和菓子を買ってきたの」

「そういうことでしたか。俺は日本茶が大好きなので和菓子は嬉しいです。ありがとうございます。今すぐにみなさんの日本茶を淹れますね」


 俺は台所に行って、5人分の日本茶を淹れる。こんなにたくさん淹れると、実家で一家団らんしているみたいだな。

 日本茶をリビングに持っていくと、俺も食卓で食べようということなのか、俺の勉強机の椅子が置かれていた。

 各人の前に日本茶を置いて、俺は勉強机の椅子に座る。食卓の椅子に比べると低いけれど、日本茶を飲んだり、白玉ぜんざいを食べたりするのには問題ないか。

 さっそく、みんなで白玉ぜんざいを食べ始める。


「う~ん、美味しい! 宿題頑張った甲斐があったな」

「ふふっ、大げさだね。でも、美味しいね、風花ちゃん」

「最近のコンビニスイーツは本当に美味しいよね。和菓子の種類も増えているし。……あぁ、日本茶と合うわぁ。桐生君、淹れるのが上手ね。さすがは静岡出身」

「ありがとうございます、大宮先生。実家でも朝晩中心に緑茶は淹れてました。ここに住み始めてからも、朝ご飯が和風のときは俺が緑茶を淹れることが多いです」

「へえ、そうなの。いい子と一緒に住んでいるよね、美優ちゃん」

「……ええ」


 美優先輩は嬉しそうな様子で日本茶をゴクゴクと飲んでいる。湯気がまだしっかりと立っている状態なのによく飲めるな。

 大宮先生の言う通り、コンビニで買う和菓子はかなり美味しい。日本茶にもよく合う。明日は料理部でホットケーキを作るし、和菓子で良かったな。


「本当にこの日本茶は美味しいわ。和菓子がいいかって訊いてみて良かった。よく合ってる」

「霧嶋先生にもそう言ってもらえて良かったです。あと、和菓子をありがとうございます。本当に美味しいです」

「お礼に対するお礼はいいのよ。まあ、言ってくれて有り難いけれど。特に桐生君からは。あなたにはジャージのこともあるし。だから、あなたに和菓子がいいかってメッセージを送ったの。私が買ったものを喜んで食べてくれて……う、嬉しい」


 霧嶋先生は頬を赤くして、俺のことをチラチラと見ながら言う。こういうことでお礼を言うのは慣れていないのか、それとも性格的に照れくさくなってしまうのか。どちらにせよ、可愛い先生だな。


「そ、それにしても桐生君。前回の家庭訪問以降、白鳥さんとは高校生としての節度を保ちながら同居生活はできているのかしら?」

「ええ。特に問題なくできていると思います。住み始めた当初よりも、家事の分担をするようにもなって。勉強も問題なくできていますし」

「由弦君の言っているとおりです。分担した家事もよくやってくれていますし。今のところ、私の勉強も問題なくできてます。もう少し、由弦君に勉強のこと頼られると思ったんですけど、そんなことなくて。勉強ができるので、風花ちゃんに教えるほどで」

「由弦には宿題でよくお世話になっています! 教え方も上手ですし! あと、この前はオムライスを作ってもらいました!」

「そ、そうなの。ちゃんと生活しているようで担任としては一安心だわ」

「そうね。これなら、平成のうちは家庭訪問をしなくてもいいかもね、一佳ちゃん」

「……ですね」


 平成のうち……つまり、4月の間はしなくていいんじゃないかってことか。間隔が長くなるってことは信頼されてきているとも言える。そういう意味では嬉しいかな。


「そういう一佳先生の方はちゃんと生活することができているんですか? 土曜日にあたし達が部屋の掃除したり、物の整理をしたりしましたけど、また汚くなったりしていませんよね?」

「わ、私は大人なのよ。ゴミはゴミ箱に捨てるようになったし、本棚から出した小説や漫画はちゃんと本棚に戻すようになったわ」

「おおっ、偉いじゃないですか、一佳先生」

「……偉そうに言うわね、姫宮さん。掃除をしてもらったり、ここにいる人以外に私の家のことについて話さないでもらったりしている恩があるから怒らないけど」


 そう言って、霧嶋先生は不機嫌そうな様子で白玉ぜんざいをパクパクと食べ、日本茶をすすっている。

 ただ、霧嶋先生の家の惨状を見た人間としては、ゴミをゴミ箱に捨てたり、本棚から出した本を元に戻したりすることができているのが偉いなと思ってしまう。俺と同じようなことを考えているのか、美優先輩は苦笑い。


「そういえば、桐生君。話が変わってしまうけど、今日の学校でのあなたはあまり元気がないように見えたわ。朝食が食べられず空腹だったから?」

「それもありますが、採血が不安で。初めてのことですし注射が元々苦手なのもあって。採血をしたら、貧血になったのかしばらくの間フラフラしちゃって。今は大丈夫ですけど」

「そう……」


 すると、霧嶋先生は両手で俺の左手をぎゅっと掴み、


「そうなるのはよく分かるわ。私も注射は苦手! 職員も年に一度、健康診断を受けることになっているけれど、どうして採血をしなきゃいけないのかしらね。早く、採血をせずに診断できる方法を開発してほしいわ!」


 真剣な様子で俺のことを見つめながらそう言った。霧嶋先生も注射が苦手なのか。今の言い方だとかなり苦手なようだ。


「一佳先生も注射が苦手だなんて」

「意外だよね。私は一佳先生よりも成実先生の方が苦手かと」

「注射は針が刺さったときにチクッとするだけで怖くないよ。採血も最初は変な感じだったけど、年数を重ねると『あぁ、こんな感じだったなぁ』って思うくらいで。そういえば、毎年、健康診断が近づくと一佳ちゃんはため息が多くなるよね。あと、あなたが新任教師のときの健康診断では、採血が終わった後はしばらくの間、青白い顔をしていたっけ」

「……そうでしたね。今年も採血があると思うと本当に嫌ですよ」


 はあっ、と霧嶋先生は大きなため息をつく。本当に採血が嫌なんだな。その気持ちはよーく分かる。あと、俺も今日は採血するまでこういう感じだったのかな。


「しかし、教え子である桐生君も今日の採血を乗り越えたのですから、私も乗り越えないといけませんね。私は大人ですし、彼らの担任教師ですから」

「……去年までもそんな感じで自分を鼓舞して採血に臨んでいったね」


 霧嶋先生らしい鼓舞の仕方だな。きっと、今年も今のように自分を奮い立たせて採血に臨むのだろう。


「にゃー」


 バルコニーから猫の鳴き声が聞こえるので確認しに行くと、そこにはサブロウが座っていた。窓を開けると俺の脚に擦り寄ってくる。


「あら、サブちゃん。今、エサと水を用意するからね。それまでの間、みんなに遊んでもらっていてね」

「にゃおん」


 エサが来るからなのか。それとも、俺の撫で方が気持ちいいからなのか。サブロウはゴロゴロする。本当に可愛い猫だ。


「今日もサブロウ君が来ているのね」

「私達の話し声が聞こえて、エサと水をもらえると思ったのかもしれません。せっかくここに来たのですし、あの猫を触りましょうかね。この前触ったとき、とても可愛らしかったので。あと、触り心地も最高でした」

「ふふっ、いいんじゃない」

「どうぞ、霧嶋先生」


 俺と入れ替わるようにして、霧嶋先生がサブロウのことを撫で始める。この前は初体験だから怖いと言っていたけど、一度触って可愛いことを知ったからか、自分からサブロウを撫でている。そんな彼女はとても可愛らしい。

 サブロウも霧嶋先生の撫で方が気に入っているのか、ゴロゴロしたり、先生の脚に擦り寄ったりしている。


「やっぱり可愛いわ、この猫。成実さん、家庭訪問の頻度は下げなくていいですよ。むしろ上げていいくらいです。あと、採血しているときも猫を撫でていいのなら、少しは頑張れそうな気がしますね」


 霧嶋先生が笑顔でそんなことを言うなんて。あけぼの荘のアイドルは凄いと思うのであった。

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