第13話『彼女も服装チェンジ』

 いつも通り、昇降口の近くにある階段を上がっていき、俺と風花のクラス・1年3組の教室がある4階で先輩方と別れる。

 ちなみに、先輩方のクラス・2年4組の教室は6階。そこまで行くのは大変な気がするけど、先輩方曰く、いい運動になっているそうだ。体育の後で疲れていたり、具合が悪かったりしない限りは階段を使うとのこと。

 風花と一緒に1年3組の教室に入ると、教室にいる生徒全員が夏服になっていた。一通り見たところ、男子は俺と風花のように半袖のワイシャツ姿が一番多く、女子は美優先輩と花柳先輩のように半袖のワイシャツにベストという服装が多い。ただ、エアコンがかかっており、教室の中が涼しいので、長袖のワイシャツにカーディガンを着ている女子生徒が何人かいる。中学までには見られなかった光景だ。

 生徒の服装が夏服になっただけでも、教室の雰囲気が少し変わるなぁ……と思いながら、俺達は自分の席に向かう。


「おっ、桐生と姫宮が来た」

「おはよう、風花ちゃん、桐生君」

「おはよう! 奏ちゃん! 加藤君!」

「2人ともおはよう」


 挨拶を交わしながら、加藤と橋本さんが俺達のところにやってくる。ちなみに、加藤は半袖のワイシャツ姿で、橋本さんは長袖のワイシャツにベストを着ていた。

 俺の席は窓側の一番後ろで、風花は俺の席の一つ前。なので、4人で話すときは俺と風花の席の近くに集まって話すことが多い。


「うちの教室にいる生徒達はみんな、夏服をちゃんと着ているな」

「そうね。サッカー部には冬服姿で来ちゃった子もいたけど」

「あははっ、そうなんだね。成実先生風に言えばうっかりさんがいたんだ。あたし、中学時代に何度か夏服と冬服を間違えて学校に行ったことがあったよ。あけぼの荘に住んでなかったら、今日も冬服を着てきたかもしれない」

「私も一度だけ間違えたことある。そういう日って、何か学校に居づらいよね」

「分かる。早く帰りたくなるよね。あたし、間違えた制服を着ていることに我慢できなくなって、制服が汚れたって嘘ついて、ジャージで過ごしたこともあるよ」


 ジャージ姿の方がより目立つと思うけど、間違った制服を着るよりはいいのかな。

 そういえば、心愛は大丈夫だろうか。確か、中学も6月から夏服に変わるから。心愛はうっかりするときがあるけど、雫姉さんもいるし……大丈夫かな、たぶん。

 制服が夏服に変わったこと以外は、いつも通りの朝の時間を過ごしていく。そして、


「みんなおはよう。チャイムが鳴ったら、自分の席に着きなさいね」


 霧嶋先生の声が聞こえたので、教壇の方を向くと、そこには半袖の青いワンピース姿の先生が立っていた。綺麗でよく似合っている。青色が濃く、胸元がちょっと開いているデザインになっているから、大人の艶やかさも感じられる。

 これまではスーツ姿で、たまにジャケットを脱いでワイシャツ姿になったくらいなので、雰囲気がかなり変わったな。


「ねえ、潤。一佳先生が学校にワンピースを着てくるのって初めてじゃない?」

「確かに。記憶の限りだと、今まではスーツ姿だけだったと思う」

「あたしの記憶と同じだ。一佳先生、綺麗だなぁ。由弦もそう思わない?」

「ああ、そうだな」


 生徒の制服が夏服になったから、自分も今までと違う服を着てこようって思ったのかな。前にもそういったことを本人が言っていたし。

 今までと雰囲気が違うからか、霧嶋先生を見ている生徒はかなり多い。耳を済ますと「綺麗だ」「結構イケる」という男子生徒達の声や、「かわいい」「他の服装も見てみたいよね」と女子生徒達の会話が聞こえる。


「一佳せんせー! どうして、今日は服が違うんですか?」


 クラスメイトの女子の一人が霧嶋先生にそんな質問をする。

 すると、霧嶋先生はいつも通りの凜々しい表情をして、質問した生徒のことを見る。


「季節も夏になって、みんなの制服が夏服に切り替わったから。私もこれをいい機会に、これまでと違う服をたまに着てこようと思って。どうかしら?」

「すっごく可愛いですよ! よく似合ってます!」

「……あ、ありがとう。そう言ってくれて嬉しいわ」


 頬をほんのりと赤くして照れくさそうにする霧嶋先生。そのことで、教室の中は更に盛り上がる。今まではスーツ姿で、学校ではキリッとした姿を見せることが多かったからな。だからこそ、今の先生が可愛らしく見えるのかもしれない。

 ――カシャッ。

 シャッター音が聞こえたので周りを見ると、風花がニヤリとしながら俺にスマホの画面を見せてくれた。画面には、ワンピース姿の霧嶋先生が映っていた。


「美優先輩と瑠衣先輩に送ろうと思って」

「いいじゃない、風花ちゃん」

「よく撮れているじゃないか、姫宮」

「おいおい。霧嶋先生のワンピース姿が可愛いからって……」

「本人の許可を取ってから、写真を撮ったり、知り合いに送ったりしてほしいわね」


 気付けば、霧嶋先生が俺達のところまで来ていた。近くで見ると、ワンピース姿がとても魅力的なのが分かる。心なしかいい匂いもしてくるし。


「美優先輩と瑠衣先輩に、一佳先生のワンピース姿の写真を送っていいですか?」

「いいわよ。でも、2人になら、こっそりと撮った写真じゃなくて……」


 そう言うと、霧嶋先生は右手でピースサインをして微笑みかけてくれる。


「こういう写真の方がいいと思うのだけれど?」

「いいですね!」


 風花はとても嬉しそうな様子で霧嶋先生にスマホを向け、そのすぐ直後にシャッター音が聞こえた。私も撮ろうっと、と橋本さんも風花に続いてスマホで撮影する。

 学校のワンピースを着てきて、生徒の前で微笑みながらピースサインなんて、以前の霧嶋先生なら考えられないな。自分の家に生徒が来たり、ゴールデンウィークに旅行へ行ったりするなどして心境に変化があったんだろうな。


「ありがとうございます! 一佳先生!」

「私も撮っちゃいました」

「いえいえ。桐生君や加藤君はいいの?」

「……風花に送ってもらうつもりでした。先生のワンピース姿、とてもよく似合っていて可愛いですから」

「俺も奏に送ってもらおうかな」

「一佳先生、本当によく似合ってるよね! そうだ、二葉さんにも見せたいから、土曜日に二葉さんが作ったグループトークに写真を送っておくね。由弦はそこから保存して」


 風花はそう言うとスマホを操作する。

 ――プルルッ。

 すぐに俺のスマホが震えたので確認すると、二葉さんが作ったグループトークに風花から、今のワンピース姿の霧嶋先生の写真が送られてくる。ピースサインをして微笑んでいるからか、さっき風花がこっそりと撮影した霧嶋先生よりも可愛い。さっそく写真を保存した。

 風花がグループトークに送ったからか、霧嶋先生も自分のスマホを見ている。


『一佳先生、ワンピース姿似合ってますね! 笑顔でピースしていてかわいい!』


『これが成実先生の言っていたワンピース姿ですかぁ。いいじゃないですか。後で、美優と一緒にワンピース姿の一佳先生を見に行きますね』


 先輩方のメッセージからして、2人は大宮先生から霧嶋先生のワンピース姿について聞いていたのか。


『一佳ちゃん可愛いわぁ。きっと、生徒の間でもいい評判になると思うよ』

『お姉ちゃんとっても可愛いですね! ですから、変な人に言い寄られないかどうか心配ですが。気を付けてくださいね』


「……ふふっ」


 みんなからのワンピース姿を褒めるメッセージを見て、霧嶋先生は柔らかな笑顔で笑う。


「平日の学校にカジュアルな格好で来るのは初めてだから緊張したけど、このワンピースを着てきて良かったわ。特にプライベートでも付き合いのある人達に、可愛いとか似合っているって言われると嬉しいわね」

「これをいい機会に、たまにはカジュアルな服を着た一佳先生を学校でも見せてくださいね。素敵な服をたくさん持っているんですから」

「いいかもしれない。桐生君はどう思う?」


 少し前屈みになり、霧嶋先生は首を傾げながら俺にそう問いかけてくる。そのことで胸の谷間がチラッと見えて。さっきよりも艶っぽさが増す。微笑みながら見つめられてしまうと……適当なことは言えないな。


「ふ、風花の言う通りですよ。霧嶋先生が着たいときでいいですから、たまに今日みたいな先生を見せてくれると俺は嬉しいですね」


 気持ちを正直に伝えると、霧嶋先生は頬を赤くしながらも、俺に向けて笑顔を見せてくれる。そんな先生が可愛らしくて、まるで少女のようだった。


「あなたがそう言ってくれると勇気をもらえるわ。分かった」


 霧嶋先生は笑顔のまま俺にしっかりと頷いてくれる。その姿を見て、不覚にもキュンとなってしまった。風花や橋本さんなど周りにいる女子生徒中心に「一佳先生かわいい~」という声が聞こえてきて、俺は心の中で何度も頷いたのであった。

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