第12話『夏服のご披露の時間ですよ。』

 6月3日、月曜日。

 例年通りであれば、そろそろ梅雨入りする時期。ただ、今日の天気は、梅雨入りはしばらく来ないんじゃないかと思わせるほどの快晴だ。

 今日は季節が夏になってから初めての登校日。そして、制服が夏服に変わってから初めての登校日でもある。

 夏服を着るのは初めてなので、俺はリビング、美優先輩は寝室で着替えることに。お互いに着替え終わったら、夏服姿を見せ合おうということになった。

 男子生徒の冬服は紺色のブレザーで、ネクタイは赤色。

 夏服になっても白いワイシャツなのは同じ。ただし、夏服期間は半袖を着てもOKとなる。左袖に陽出学院の頭文字の『H』が学年色で刺繍されており、1年生は緑色だ。スラックスは冬服と同じ色とデザインだけど、通気性のいい生地になる。最大の違いはネクタイで、色が赤から青に変わる。

 美優先輩曰く、女子の夏服も男子と同じような感じとのこと。ワイシャツは男子と同じで、スカートはデザインがそのままで、通気性のいい生地に変わるらしい。リボンの色から赤から青に変わるとのこと。実際にどんな感じになるのかは、先輩の夏服姿のご披露までのお楽しみだ。

 今日は一日中快晴の予報。放課後には料理部の買い出しもあるので、半袖のワイシャツを着る。


「おっ、半袖いいな。夏服のスラックス、穿けるかな……」


 冬服と同じサイズだし、冬服のスラックスも穿けていたから大丈夫だと思うけど。ただ、初めて着るからどうしても不安になるのだ。

 そういえば、昨日、夏服を用意したときに美優先輩も「スカート穿けるかなぁ」とちょっと不安そうだった。スカートのサイズは冬服と一緒らしいけど。

 いつにない緊張感の中、夏服のスラックスを穿いていく。


「よし、穿けた」


 難なく穿けたな。ベルトを締めてもキツくない。嬉しいし安心した。普段から栄養バランスのいい食事を摂ろうと心がけているし、ゴールデンウィークの旅行に行ってから、美優先輩と定期的に夜の運動をしているからかな。

 夏服専用の青いネクタイを締めて、お着替え完了。

 洗面所の鏡で髪が跳ねていないか、ネクタイが曲がっていないかどうかチェックする。


「よし、OKだな」

「あっ、由弦君も着替え終わったんだね」


 美優先輩の声が聞こえたので入口の方を見ると、そこには夏服姿の先輩が立っていた。俺と同じく半袖のワイシャツを着ており、右手にはベストを持っている。


「はい。鏡を見て、髪やネクタイをチェックしていました」

「そうだったんだ。……うん、よく似合ってるね。どの生徒よりもかっこいいよ」

「ありがとうございます。美優先輩も夏服姿がよく似合っていますよ。とても可愛いです。半袖のワイシャツもいいですね」

「そうだね。半袖を着ると涼しい感じがしていいよね」

「分かります」


 長袖を肘の近くまで捲るのもいいけど、個人的には半袖を着ると気持ち的にも涼しくなる。


「美優先輩はベストを着るつもりなんですか?」

「うん。去年も着ることが多かったよ。暑い日の登下校中は着なかったけど。教室にはエアコンがあって涼しいからね。席の場所によっては寒いくらいなの。友達の中には寒がりの子がいて、夏でも長袖にカーディガンがちょうどいいって子もいるよ」

「そうなんですか」


 俺の卒業した小学校と中学校の教室にはエアコンがなかったから、そういった考えはなかった。中学まで、夏に涼しい環境の中で授業受けたのは、パソコン教室での授業くらいだった。心愛も通っているし、中学校には早くエアコンが設置されてほしいものだ。


「ワイシャツ姿を由弦君に見せたかったから、まだベストを着なかったんだ」

「そうなんですね。ありがとうございます。スマホで写真を撮りたいのですが」

「由弦君も写真を撮らせてくれるならいいよ」

「もちろんいいですよ」


 俺のスマホがリビングの食卓に置いてあるので、俺達はリビングへと向かう。

 リビングでお互いの夏服姿の写真を撮り、最後に二人で寄り添って美優先輩のスマホでツーショット写真を撮った。


「送ってくれてありがとうございます、美優先輩」

「いえいえ。夏服姿の由弦君、かっこいいいなぁ」

「美優先輩の夏服姿は可愛いですよ。ワイシャツ姿も今のベストを着た姿も」


 朝からいい写真を何枚も撮ることができて幸せだ。写真に写っている美優先輩も可愛いけれど、実際の美優先輩の方がその何倍も可愛らしい。

 美優先輩はほんのりと赤くなった顔に笑みを浮かべる。


「……そう言ってくれて、凄く嬉しいよ。だから……キスをしてほしいな。できれば抱きしめながら」

「分かりました」


 俺は美優先輩のことを抱きしめ、そっと唇を重ねる。

 お互いに夏服姿になったからか、今までよりも美優先輩の温もりを強く感じるな。日焼け止めの香りも感じる。ドキドキしてきたし、このままベッドに連れて行って、色々なことをしたい。この前が冬服納めだったから、今回は夏服初めかな?

 ゆっくりと唇を離すと、そこにはうっとりとした表情で俺を見つめる美優先輩が。俺と目が合うと、美優先輩は「ふふっ」と笑った。


「夏服姿でのファーストキス、とっても良かったよ。あと、今までよりも由弦君から強く温もりを感じたよ」

「俺も同じことを思いました。いいですね、夏服って」

「そうだね! あとは……ドキドキしてきて、由弦君と夏服姿でキスより先のことをしたいって思ったよ。金曜日にしたのが冬服納めだから、今回は夏服初めになるのかな」

「ははっ、俺も全く同じことを考えてました」

「さすがは由弦君だ。嬉しいなぁ。私からもするね」


 ちゅっ、と美優先輩は俺にキスをしてきた。一瞬だったけれど、先輩からされるキスはとてもいいなと思う。あと、ますます夏服初めをしたくなってしまった。

 ――ピンポーン。

 インターホンの音が鳴る。その瞬間に美優先輩の体がピクッとなったのが可愛かった。


「風花ちゃんと瑠衣ちゃんかな? 私が出るね」

「分かりました」


 美優先輩は扉の近くにあるモニターに行き、来訪者を確認する。


「はい。……あっ、風花ちゃんに瑠衣ちゃん。おはよう」

『おはようございます! 美優先輩!』

『美優、おはよう。今日から夏服よ。2人は大丈夫かしら?』

「由弦君も私も大丈夫だよ。すぐに行くね。……やっぱり2人だった。じゃあ、行こうか」

「分かりました」


 俺は寝室に行き、スクールバッグと体操着の入った袋を持つ。

 美優先輩と一緒に家を出ると、そこには夏服姿の風花と花柳先輩が立っていた。風花は半袖のワイシャツ姿。花柳先輩は美優先輩と同じく、半袖のワイシャツにベストを着ている。


「おはようございます! 由弦! 美優先輩! 2人とも夏服姿がよく似合ってますね!」

「本当ね、風花ちゃん。美優の夏服姿をまた見られて幸せだわ。桐生君もなかなかいい感じじゃない」

「ありがとうございます。風花も花柳先輩も夏服姿似合ってますね」

「由弦君の言う通りだね。半袖のワイシャツ姿だからか、風花ちゃんはより水泳少女って感じがするよ」

「えへへっ……」


 美優先輩と俺の夏服姿を褒められたからか、風花は照れ笑いを見せる。それがとても可愛らしい。美優先輩の言う通り、半袖のワイシャツ姿なので水泳少女らしいかも。爽やかな雰囲気だからかな。


「去年の9月末以来だから、瑠衣ちゃんの夏服姿を見ると、ちょっと懐かしく感じるよ」

「その感覚分かるわ。2年生以上だからこそ感じられることかもね。風花ちゃんも桐生君も、10月にまた冬服を着たら分かると思うよ」

「そうだね」


 そう言って笑い合う美優先輩と花柳先輩が、とても大人っぽく見えた。


「由弦! 美優先輩! 2人の夏服姿の写真も撮っていいですか? さっき瑠衣先輩の夏服姿も撮ったんですけど」

「ああ、いいぞ」

「私もいいよ。じゃあ、私も風花ちゃんの夏服姿の写真を撮らせて」

「分かりました!」


 101号室の前で美優先輩が風花の夏服姿の写真を撮影し、その後に風花が美優先輩と俺の夏服姿をツーショットの形で撮影した。また、風花が許可してくれたので、美優先輩から風花の夏服姿の写真を送ってもらった。

 いつも通り、俺達は4人で学校に向かって歩き始める。夏服で登校するのは初めてだからか、普段よりも新鮮な気持ちになれるなぁ。


「そういえば、美優先輩と瑠衣先輩はベストを着ているんですね。今日は一日晴れて、最高気温も結構高くなるのに」

「由弦君にも同じようなことを訊かれたよ。教室にはエアコンがついているからね。座っている場所によっては、エアコンの風が当たって寒いの」

「美優の言う通りね。あと、たまに設定温度を低くして風量MAXでかけるときがあるからね。だから、あたしも去年の夏は長袖のワイシャツで登校して、教室に来るとカーディガンを着た時期もあったわ」

「そうなんですね! あたしの小学校と中学校、エアコンはなくて扇風機だけでしたから。夏は窓を開けて、朝からずっと扇風機を回していましたよ」

「俺も同じだった」


 同じエアコン事情を体験した人がクラスメイトにいて嬉しいな。


「そうなの。あたしは小中共にエアコンついていたよ」

「私の卒業した小学校は3年生のときにエアコンが設置されたな。中学校は入学したときにはもうついてた」


 先輩方が卒業された学校にはエアコンがあったのか。羨ましいなぁ。

 陽出学院の教室にはエアコンがあるから、今年からは夏の間も快適に授業や期末試験を受けられるな。


「そういえば、風花ちゃん。ベストは持ってきているの?」

「いいえ、持ってきていませんけど」

「そうなんだ。汗を掻いてもベストがあれば大丈夫かなって。教室のエアコンの効き目はいいし、設定温度や風の強さ、席の場所によっては結構寒いから。あとは……汗を掻くと下着が透けて見えちゃうこともあるし」


 花柳先輩、かなり頬が赤くなっているな。もしかしたら、去年の夏服期間に、かなり汗を掻いて下着が透けてしまった経験があるのかもしれない。


「なるほど、そういうことですか。中学の頃から水泳部で、男子からの視線には慣れているので、あまり気にしていませんでした。確かに、プールならまだしも、教室でそういう目で見られるのは、あまり気分が良くないですね。席替えをして、窓側の席になったし、後ろにいるのは由弦だけですけど。まあ……由弦になら透けた下着を見られてもいいけどね」


 そう言われたので、思わず風花のことを見てしまう。あけぼの荘を出発してからあまり時間も経っていないからか、風花は汗を全然掻いていない。なので、服が透けて下着が見えることも当然ない。


「風花ちゃんの気持ち、私分かるよ!」

「まったく、2人ったら。桐生君が恋人や好きな人だからでしょ」

「あははっ、そうですね。こういう身軽な格好が好きですけど、下着が透けそうなときとかはベスト着ますね。アドバイスありがとうございます」

「いえいえ。……どうして撫でるの?」

「お礼です」

「……後輩に撫でられるなんてね。風花ちゃんなら嬉しいかな」


 そう言う花柳先輩は結構嬉しそうだ。きっと、風花が美優先輩を通じた単なる後輩ではなく、親しい友人でもあるからだろう。俺から見ても、出会ってから2ヶ月で2人は結構仲良くなったと思う。

 気付けば、陽出学院高校の校門が見えてきた。校門を入る生徒のほとんどが夏服を着ている。今日から初めての夏の高校生活が始まるんだと思いながら、美優先輩達と一緒に校門を通るのであった。

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