第33話『また会いましょう』

 雫姉さん、心愛、朱莉ちゃん、葵ちゃんからの提案で、3日間お世話になったお礼と俺への誕生日プレゼント第2弾として、4人がお昼ご飯を作ることになった。この中で料理が得意なのは朱莉ちゃんだけ。なので、彼女が中心となって焼きそばを作ってくれるとのこと。

 料理が得意な人が1人いるなら安心かな。雫姉さんと心愛も全くできないわけじゃないし、4人でお昼ご飯を作れるだろう。

 元号初詣からの帰りの途中でスーパーに寄って、焼きそばの材料を買う。定番のソース焼きそばを作るらしい。あと、スープも作るとのこと。

 帰宅して、4人はさっそく焼きそば作りに取りかかる。俺と美優先輩達はリビングでその様子を見守ることに。

 料理の得意な朱莉ちゃんが、3人に対して的確に指示を出している。


「何だか、朱莉ちゃんが一番お姉さんに見えますね」

「みんなに指示を出しているもんね。会うのはお正月以来だけど、朱莉は一段と大人になったなぁ。中学生になったからかな」

「そうかもしれませんね。同い年の心愛は……会うのは1ヶ月ぶりくらいなので、大人になったって感じはあまりしませんね」


 心愛は朱莉ちゃんの指示に従って、焼きそばに入れる食材を雫姉さんと一緒に頑張って切っている。料理はあまり得意じゃないけど、楽しそうだ。

 何かあったら手伝おうと思ったけど、お昼ご飯作りは特に問題なく進み、焼きそばと中華風のわかめスープが完成した。


「みなさん、3日間お世話になりました。とても楽しい元号越しになりました。お礼に焼きそばと中華風のわかめスープを作ったので食べてください。そして、ゆーくん!」

「お兄ちゃん!」

『お誕生日おめでとう!』


 4人一緒に俺にお祝いのメッセージを言ってくれる。誕生日プレゼントを兼ねて作ってくれていると分かっていても、胸にこみ上げてくるものがあるな。


「4人とも、どうもありがとう。あと、10人分のお昼ご飯作りお疲れ様。美味しそうな匂いがしてお腹が空いたから、さっそく食べましょうか」


 これまでと同じように、白鳥3姉妹と桐生3きょうだいは食卓で。風花、花柳先輩、霧嶋先生、大宮先生はテレビの前にあるテーブルで食べることに。

 ソース焼きそばの具材は豚肉、キャベツ、もやし、人参、玉ねぎという定番のものが入っている。わかめスープは長ネギや白ごまを少し入れているのか。


「それでは、みんなでの最後の食事をいただきます」

『いただきまーす!』


 美優先輩の言う通り、これがみんなで食べる最後の食事か。そう思うと何だか寂しい。

 俺は最初にわかめスープを一口すすり、その後にソース焼きそばを一口食べる。


「うん! 美味しい。味もちょうどいいし、野菜もシャキシャキしていていいね。わかめスープも美味しいよ」

「やったね、お姉ちゃん!」

「ええ。ゆーくんに喜んでくれて良かった」

「由弦さんにそう言ってもらえて良かったです」

「朱莉お姉ちゃんが教えてくれたおかげだね!」


 4人とも嬉しそうな笑みを浮かべているけど、どこかほっとしているようにも見えた。俺への誕生日プレゼントを兼ねていたからかな。


「由弦君の言う通りとても美味しいね。これも朱莉料理長が3人のことをまとめたからかな」

「料理長って言われると照れてしまいますね」


 さすがに妹だけあってか、朱莉ちゃんの照れくさそうな笑顔は美優先輩に似ていてとても可愛かった。

 焼きそばやわかめスープの美味しさは確かなもので、風花達テーブル組からも「美味しい」という声が何度も聞こえてきた。

 最後の食事はとても和やかな時間になったのであった。



 美優先輩と俺でお昼ご飯の後片付けをしている間に、雫姉さん、心愛、朱莉ちゃん、葵ちゃんには帰る準備をすることに。また、風花と花柳先輩、霧嶋先生、大宮先生には食卓やテーブルの掃除をしてもらう。


「もう4人が帰っちゃうなんて。寂しいね」

「そうですね」

「4人が来たのは一昨日だけれど、もっと前のことのように感じるよ。元号が平成から令和になったからかな?」

「それもあるかもしれません。ただ、4人が来てから色々なことがありましたからね。俺がここに引っ越してくる日の朝、雫姉さんや心愛が抱いた気持ちってこんな感じだったのかなって思います」


 送り出す立場の気持ちが、1ヶ月ほど経ってちょっとは分かった気がする。

 あの日の朝、心愛は涙を流し、姉さんは涙を流さなかったものの寂しい表情をしていて。3日間一緒にいただけでも寂しいと思うのに、側にいることがずっと当たり前だった俺が家から出ることは、雫姉さんや心愛にとってとてつもなく寂しかったに違いない。


「私も去年の夏、ここに遊びに来た朱莉や葵を送り出すとき、私が実家を出るときの2人の気持ちがようやく実感できた。今回も寂しいけれど、数日後にまた会うと思うと何だか不思議な気分だよ」

「旅行の帰りに実家に寄ることになっていますもんね」

「うん。旅先で2人の好きなお菓子を買わないと」


 そう言って、美優先輩は楽しげな様子で食器を洗っている。俺も雫姉さんや心愛の好きなお菓子や、ゆるキャラとかの可愛らしいアクセサリーを買おう。

 食事の後片付けが終わったときには、リビングの掃除はもちろんのこと、4人の帰る準備が終わっていたのであった。



 俺達は4人を見送るために伯分寺駅に向かう。その際、俺は心愛の荷物を持った。4人の話だと、途中までは4人で一緒に帰るらしい。

 伯分寺駅に到着すると、心愛や朱莉ちゃん、葵ちゃん、風花、花柳先輩が涙を流しながら別れを惜しんでいる。それだけ、この3日間が楽しかったってことかな。


「ゆーくん、美優ちゃん。2人の家に泊めてくれてありがとう。みなさんとも会うことがでて本当に良かったです。楽しかった。ゆーくんと美優ちゃん、仲良く過ごしてね」

「はい、お姉様!」

「ああ、もちろんだよ」

「……あと、ゆーくん」


 すると、雫姉さんは俺のすぐ目の前に立って、


「あのプレゼントを有効活用してね」


 耳元でそんなことを囁くと、可愛らしくウインクをしてきた。まあ、いつか活用する日は来るだろう。いつかね。


「お兄ちゃん! 夏休みかせいぜい年末年始には帰ってきて! お兄ちゃんと離れるのはやっぱり寂しいよ……」


 心愛は涙を流しながらそう言って、俺のことをぎゅっと抱きしめてきた。俺も寂しいと思っているのに、そんな態度を取るのは反則だよ、心愛。また、雫姉さんが後ろから俺のことを抱きしめてくる。


「お姉ちゃんも寂しいよ。できれば、心愛の言うとおり……今年の夏休みか年末年始辺りには一度、帰ってきてほしいな」

「……もちろん帰るよ。そのとき、美優先輩は必ず連れて帰るから。近くに海があるから、風花も一緒かもしれない」

「……うん。そのときを楽しみにしてるよ、お兄ちゃん!」


 心愛は笑顔で俺のことを見上げながらそう言った。そんな心愛の涙は止まっているけれど、さっきからずっと泣いていたからか目元が赤い。今度会ったとき、特に心愛がどこまで成長しているか楽しみだと想いながら彼女の頭を撫でる。


「美優お姉ちゃあん!」

「数日後に姉さん達とまた会えると分かっていても寂しいです」


 隣では朱莉ちゃんと葵ちゃんが泣きながら美優先輩のことを抱きしめている。


「2人の好きなお菓子とか、お土産を持っていくから楽しみにしていてね」


 美優先輩は目に涙を浮かべながら2人の頭を撫でていた。またすぐに会えるとしても、寂しいと思う気持ちに嘘はつけないか。


「あっ、もうすぐで東京方面に特別快速電車が来る。さっきも言ったけれど、ゆーくん達と一緒に過ごせて楽しかったよ。またね!」

「美優さんはもちろんだけど、風花さん達もあたし達の故郷に遊びに来てくださいね! 3日間お世話になりました! 楽しかったです!」

「あたしも楽しかった! 連休の間に美優お姉ちゃん達と家で会えるけれど、またここに遊びに来るから!」

「今回は突然のことだったにも関わらずありがとうございました。お世話になりました。みなさんのおかげで、本当に楽しくて、新しい時代のいい幕開けを迎えることができました。6人は数日後にまた会いましょう。……では、行きましょうか」


 雫姉さん、心愛、葵ちゃん、朱莉ちゃんは別れの言葉を言うと、荷物を持って歩き始める。すぐそこにある改札を通っただけで、もう随分と遠くに行ってしまったような気がして。4人の姿が見えなくなるまで、東京に住む俺達6人はずっと手を振り続けた。


「行っちゃったね、由弦君」

「ええ。……雫姉さんと心愛の姿が見えなくなったら、今年中に一度は実家に帰りたいと強く思うようになりました。もちろん、そのときは美優先輩も一緒に」

「うん! ……旅行の帰りでも、数日後に実家に寄ることができるのが嬉しいよ。お土産をたくさん買わなきゃ」

「俺もたくさん買わないと。……俺達も家に帰りましょうか」

「そうだね」

「私は自宅に帰るわ。明後日からの旅行の準備を始めたいし」

「あたしもそうする。ホテルにプールがあるみたいだから、途中で水着を買おうかな」


 先生達の水着姿か。どんな感じなのか楽しみだな。まあ、一番楽しみなのはもちろん美優先輩の水着姿だけれど。


「あたしも家に帰って、旅行の準備しようっと。明日、美優や風花ちゃん、桐生君と一緒にショッピングセンターで水着を買いに行きたいなって思ってる」

「いいですね! あたし、まだ買ってなかったんで一緒に買いに行きましょう! 美優先輩も!」

「そうだね。明日はショッピングセンターで水着を買おうか」


 せっかくだから、俺も明日、新しい水着を買おうかな。


「じゃあ、私達もそれぞれの家に帰りましょうか」


 美優先輩はそう言うと、俺の手をしっかりと握って優しい笑顔を向けてくれる。4人との別れもあったから、これから帰る場所に先輩がいることにとても安心感を覚え、幸せに感じるのであった。

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