第13話『ラブソティー』

「凄く面白かったね!」

「そうですね! 今年もかなり面白かったです」


 例年と違って、舞台が海外という豪華さ。殺人事件も意外な真実が明かされるので、ミステリー作品としても楽しめた。このアニメの劇場版シリーズでは恒例となっているアクションも満載であり、シリーズの魅力の一つにもなっているラブコメ要素も良かった。とても面白くて、あっという間の2時間だったな。


「今から来年公開される新作が楽しみですね」

「うんっ! 絶対に来年も一緒に観ようね!」

「ええ。一緒に観に行きましょう」


 来年も映画デートをすることが早くも決まったな。この劇場版シリーズが続く限り、ゴールデンウィークの恒例にするのもいいかもしれない。

 忘れずに売店でパンフレットを買って、俺達は映画館を後にする。


「もう1時近いですし、お昼ご飯にしますか?」

「そうだね。実は行ってみたい喫茶店があって。そこでお昼ご飯にしていいかな? 地図で見ると、この映画館から歩いて数分くらいのところにあるの。花宮駅周辺では一番の評判がいい喫茶店で」

「もちろんいいですよ」

「じゃあ、その喫茶店に向けて出発だよ!」


 再び美優先輩に手を引かれる形で歩き始める。

 こうして歩きながら周りを見てみると、花宮駅の周りは高層ビルや大型の商業施設が揃っているんだな。伯分寺駅よりも栄えているかもしれない。東京にある自治体だなぁと実感する。


「あそこかな?」


 美優先輩が指さす先にあるのは、白を基調とした落ち着いた雰囲気の外観のお店だ。入口に店名らしき名前が書かれている。


「ええと……喫茶ラブソティーですか」

「そう、喫茶ラブソティー。迷わずに来ることができて良かった」


 美優先輩はほっと胸を撫で下ろす。

 それにしても、ラブソティーとは凄い店名だ。お店を開いた方がよほどの紅茶好きなのだろうか。狂詩曲という意味の「ラプソディ」と似ているので、そういった楽曲が店内に流れていそうだ。


「素敵そうな喫茶店ですね。さっそく入ってみましょうか」

「うん!」


 入口の扉を開けると、1人の女性の店員さんが笑顔でこちらにやってきた。背が高く、サイドアップの長い黒髪が印象的な凜々しい人だなぁ。大人な雰囲気があるけれど、学生さんなのかな? 黒いエプロンに付いている名札を見てみると『神崎』って書いてある。


「いらっしゃいませ、何名様でしょうか?」

「2人です」

「かしこまりました。お席まで案内しますね」


 店員さんについて行く形で、俺達は店内に。紅茶やコーヒーの香りがしてきて気持ちが落ち着く。お店の中も綺麗でいい雰囲気だな。

 ユナユナもそうだったけど、このお店も女性のお客さんがとても多い。そんな女性のお客さんの大半が、うっとりした表情でこの店員さんのことを見ている。彼女目当てで来る人が多いのかな。凜々しい雰囲気で、笑顔も素敵なので女性のファンが多いのも納得できる。


「こちらにどうぞ」


 俺達は窓側の2人席に案内され、向かい合う形で椅子に座る。お水を出し、カウンターに戻っていく店員さんの姿を美優先輩は目で追っていた。


「あぁ、素敵な店員さんだなぁ。由弦君に雰囲気が似ているからかドキドキする」


 そう言う美優先輩はうっとりとしている。俺に雰囲気が似ていると言ってくれるのはいいけれど、そういった表情を見せられると複雑な気分になり、胸が締め付けられる。

 さっきの店員さん……神崎さんのことをよく見ると、パンツルックの服装ということもあってか、少し遠くから見ても凜々しさが十分に感じられる。そんな彼女に、ハーフアップの金髪の女性店員さんが話しかけている。その方はとても可愛らしい。

 あの2人の店員さんがホールにいることで、店内がとてもいい雰囲気になっている気がする。2人が笑い合う姿に目を奪われるな。


「ねえ、由弦君」


 気付けば、美優先輩が複雑な表情を浮かべながら俺のことを見ていた。


「あの2人の店員さんが素敵だとは思うけれど、由弦君が彼女達のことをずっと見ていると……嫉妬しちゃうな」

「美優先輩……」

「でも、そういった気持ちはきっと、由弦君もさっき抱いたんじゃないかと思うの。私、あの黒髪の店員さんのことを見てドキドキしちゃったから。だから、その……ごめんね」

「いえいえ、俺こそ恋人の前で女性の店員さんをじっと見てしまってごめんなさい。ただ、美優先輩の言う通り、黒髪の店員さんについてドキドキするとうっとりした様子で言われたときは嫉妬して、胸が苦しくなりました。そうなるのも、美優先輩のことが好きだからこそなんでしょうね。お互いに、今後は気を付けないといけないですね」

「……うん」


 すると、美優先輩の顔が段々と赤くなっていく。それが彼女自身にも分かったのか、両手で目の近くまで顔を隠してしまう。


「どうしたんですか?」

「……こんなところで突然好きだって言われたから照れちゃって。もう、由弦君ったら」

「照れる美優先輩も可愛いですよ」

「そ、そういうことも人前ではっきり言われるともっと照れちゃうよ。……ばか」


 こんなにも可愛らしく「ばか」と言う人が他にいるだろうか。今の先輩も可愛らしいので思わず言いそうになったけど、ここは必死に堪えた。


「さあ、美優先輩。お昼ご飯、何を食べるか決めましょうか」

「……うん!」


 その後、一緒にメニューを見て、俺はカルボナーラのアイスコーヒーセット、美優先輩はサンドウィッチのアイスティーセットに決めた。

 ちなみに、注文を取ってくれたのは、神崎さんではなく、彼女と仲良く話していた金髪の女性店員さんだった。名札を見ると『有栖川』と書かれていた。


「ねえ、由弦君。今日観た映画の主人公みたいに、頭脳は高校生のままだけど見た目が小学生になっちゃったらどうする?」

「そうですね……見た目が変わっただけなので、俺は美優先輩達と一緒に高校に通い続けますね。体育はキツそうですけど、それ以外は何とかなりそうです」


 体が縮んだら風花や花柳先輩に凄く笑われそうな気がする。あと、霧嶋先生があけぼの荘のアイドル猫・サブロウのように、頭を優しく撫でてきそうだ。


「なるほどね。もし、由弦君が小さくなったらたっぷりと甘えさせたいなぁ。きっと可愛いだろうし。小さい頃の私の服を着させたいな」


 どんな姿を想像しているのか分からないけれど、美優先輩はいい笑顔を浮かべている。体が小さくなったら、今以上にベッタリしてきそうだ。


「実際に体が小さくはならないですけど、小さい頃の写真が実家にあるので、雫姉さんや心愛に頼んで持ってきてもらいましょうか?」

「うん! 楽しみだなぁ」


 ただ、あの雫姉さんや心愛のことだ。俺が頼まなくても、白鳥3姉妹と会うからってアルバムを持ってくるんじゃないだろうか。家に帰ったらメッセージを送っておこう。


「美優先輩は見た目が小学生くらいになったらどうしますか?」

「頭脳がそのままだから、私も由弦君達と一緒に高校に行くかなぁ。授業は普通に受けるけれど、苦手な体育は体が小さいのをいいことにずっと見学する。料理部の方は……お手伝いとか何かしらの形で参加すると思う」

「なるほど。小さくなった美優先輩もきっと可愛いでしょうね。ただ、そんな先輩と2人で一緒にいたら、変質者として通報されそうな気がします」

「大丈夫だよ。由弦君は優しそうに見えるし。きっと、歳の離れたお兄さんか、若いお父さんに見えるだろうから」

「……そうですかね」


 歳の離れたお兄さんは分かるけど、若いお父さんって。今みたいに私服を着ていると、そう見られてもおかしくないのかなぁ。


「お待たせしました。カルボナーラのアイスコーヒーセットと、サンドウィッチのアイスティーセットになります」


 神崎さんが頼んだメニューを運んできてくれた。美優先輩をうっとりさせた事実があるからか、さっきよりも素敵な方に見える。


「ありがとうございます」

「ありがとうございます! あぁ、美味しそう……」

「スタッフが心を込めて作りました。では、ごゆっくり」

「はい……」


 俺達の席を後にする神崎さんのことを、美優先輩はさっきほどではないもののうっとりとした表情で見ていた。さっき、ごめんって言っていたのに。美優先輩にとって、神崎さんは相当魅力的なんだろうな。サブロウがあけぼの荘のアイドルであるように、神崎さんはこの喫茶ラブソティーのアイドルなのだと勝手に思っておこう。そう思えば少しは気持ちが落ち着く。

 ただ、美優先輩以外の多くの女性も、神崎さんのことをうっとりとした様子で見ている。凜々しい見た目も理由の一つだろうけど、彼女から女性の心を掴むフェロモンとかが出たりしているのかもな。

 俺は右手の人差し指でつん、と美優先輩の頬を軽く押す。

 すると、我に返ったのか、美優先輩ははっとした表情になり、苦笑いをしながら俺のことを見る。


「……ごめん。また……」

「もう、美優先輩ったら。家に帰ったらたくさんキスしましょうね」

「……うんっ!」

「さあ、お昼ご飯をいただきましょうか」

「そうだね。サンドウィッチいただきます!」

「いただきます」


 俺はさっそくカルボナーラを一口食べる。


「うん、クリーミーで美味しいです」

「良かったね。たまごサンドも美味しいよ」


 そう言って、サンドウィッチをモグモグ食べている姿が可愛らしい。美味しいからか嬉しそうな笑顔を浮かべていて。

 それからはサンドウィッチとカルボナーラを一口交換したりして、お昼ご飯を楽しむのであった。

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