第12話『シネマ』
4月28日、日曜日。
今日は美優先輩とデートをする。
29日から5月1日までは、お互いの姉妹が遊びに来て、3日から5日までは茨城の方へ旅行に行く。2日は旅行の準備。6日は片付けをやり、きっと旅の疲れが残っているだろうということで、自動的に今日デートをすることになったのだ。
今日は以前に約束した、お互いに毎年観ているアニメの劇場版シリーズを観に行くことに。毎年楽しみなシリーズだけど、今日は美優先輩と一緒なのでより楽しみだ。
午前9時前。
俺は待ち合わせ場所であるあけぼの荘の入口前に1人で立っている。
一緒に玄関を出るよりも、待ち合わせ場所を決めた方がデートらしいからという理由で、美優先輩がここを待ち合わせの場所として指定してきたのだ。ただ、その待ち合わせ場所があけぼの荘の入口前にするのが先輩らしい。
今日もよく晴れていて、風も穏やかに吹いている。まさにデート日和じゃないだろうか。
――ガチャ。
玄関の開く音が聞こえたので、あけぼの荘の方を見る。
すると、101号室の玄関前で桃色のワンピース姿の美優先輩が鍵を閉めていた。デートするために着替えたんだ。とても可愛いな。
鍵を閉め終わったのか、美優先輩はこちらを向いて俺に手を振ってくる。そんな先輩に手を振った。
「ごめん、着替えてて遅くなっちゃった。結構待ったかな?」
「いえいえ。ついさっき、俺もここに来たので」
俺がそう答えると、美優先輩はクスクスと笑う。それにつられて俺も笑ってしまう。
「こういう会話をするとまさにデートだよね。あと、ついさっき由弦君が家を出たのが分かっているから可笑しくて」
「嘘は言っていないんですけど面白いですね。……美優先輩、その桃色のワンピース、よく似合っていますよ」
「ありがとう。由弦君も黒いジャケット似合ってるよ」
「ありがとうございます」
「じゃあ、まずは一緒に映画を観に行こっか」
「はい」
美優先輩と手を繋いであけぼの荘を出発する。もちろん、恋人繋ぎで。
伯分寺市に映画館はなく、一番近いところにある映画館は伯分寺駅から3駅離れた
「今回のメインは映画だけど、晴れて良かったよね」
「ええ。晴れていると自然と気持ちが良くなって、爽やかな気分になりますね。流れでデートが今日になりましたけど、今日で良かったと思えそうです」
「ふふっ。昨日の朝まではそこまで予定はなかったのに、一気に埋まったよね」
「ですね。旅行にお互いの姉妹が遊びに来ることになるとは思いませんでした。もしかしたら、ご迷惑をかけてしまうかもしれません」
「ううん、気にしないで。それに、こっちだって妹達が迷惑かけちゃうかもしれないし。こういうときはお互い様だよ」
「そうですね」
雫姉さんと心愛なら大丈夫だとは思うけど、来たときに注意しておくか。特に雫姉さんは、白鳥3姉妹や風花を見てデレデレするかもしれないから。
「それにしても、由弦君と2人で観に行くとは思わなかったよ」
「そうですね。去年までは家族や地元の友達と観ていました」
今日観る予定の映画は、美優先輩や俺が生まれる数年ほど前から始まっている探偵アニメの劇場版シリーズ。毎年4月に新作を公開しており、今もなお人気が拡大し続けている。毎年、ゴールデンウィークまでには必ず観に行く大好きなシリーズだ。
「上京した身ですから、今年は1人で行くか、高校でできた友達と行くのかなって。まさか、同じ高校に通う恋人とデートで観に行くなんて。しかも、その人とは一緒に住んでいる。俺は幸せ者ですね。去年の俺に教えたいくらいですよ」
「……そう言われると照れちゃうな。家にいたらキスしてたよ」
えへへっ、と美優先輩は頬を赤くしながら可愛らしく笑う。こんな笑顔を間近で見せられると、俺も家にいたらキスしていたな。
気付けば、俺達は伯分寺駅に到着した。地元にいたときに使っていたICカードを持ってきたけど、それを使うことができて一安心。改札を通ったときにほっとしたのがおかしかったのか、美優先輩に声に出して笑われた。
タイミングが良かったのかホームに立つとすぐに、花宮駅の方へ向かう電車がやってきた。
電車の中は空いていたけれど、残念なことに席は埋まっていた。日曜日の午前中ということもあってか、俺達のようなカップルもいれば、家族連れもいて。学校の制服やスーツを着ている人は少ない。
美優先輩の提案で、花宮駅に到着するまで片側の扉しか開かないので、それとは反対側の扉の近くに立つことにした。
電車は定刻通りに伯分寺駅を出発する。
「花宮駅は3駅先なので、着くまで15分から20分くらいでしょうか」
「ううん、10分くらいで到着するよ」
「そんなに早く着くんですね。うちの地元の方だと駅と駅の間が長い区間もあって。長いと1駅で10分近くかかるところもあるんです」
「そうなんだ。こっちは3、4分が普通だね」
何だか、首都圏近郊と地方との違いを一つ学んだ気がする。あと、さっきホームにある時刻表もチラッと見たけれど、電車の本数が地元に比べてかなり多かったな。
「それにしても、登下校は徒歩なので、電車に乗るとワクワクしますね」
「分かる、その気持ち。私もどこかに遊びに行くときくらいしか電車に乗らないし。由弦君と一緒だからかよりワクワクする。こうして、由弦君と一緒にいられるなら電車の登校もありなのかも」
「先輩と一緒なら楽しいかもしれませんね。ただ、満員電車に乗ると疲れるって電車通学の友人が言っていました」
「私の友達も疲れるって言ってる……きゃっ」
俺の方によろめいてきた美優先輩のことを抱き止める。
気付けば、次の駅である西伯分寺駅に到着し、扉が開くところだった。きっと、停車したときの振動で、美優先輩の足元がふらついてしまったのだろう。
「大丈夫ですか、美優先輩」
「うん。由弦君が抱き止めてくれたおかげで大丈夫だよ。ありがとう、由弦君」
「いえいえ。ケガとかがなくて良かったです」
「つり革に掴んでいたんだけどね。由弦君と一緒にデートするのが嬉しくて気が緩んじゃったのかも。気を付けなきゃ。ただ、由弦君に抱き止めてもらってキュンとした。温かくて、いい匂いがするからかな」
そう言うと、美優先輩は上目遣いで俺のことを見つめ、目が合うとにっこりと笑みを浮かべる。凄く可愛いな。
あと、こうしていると美優先輩の温もりや匂いはもちろん、胸の柔らかさも感じるのでとてもドキドキする。家とか、周りに全然人のいないところだったらこの流れでキスしていたな。
もし、美優先輩が嬉しそうな様子じゃなかったら、俺、痴漢に間違われていたかもしれないな。
「もう、美優先輩ったら。気を付けましょうね」
「はい、気を付けます」
美優先輩は右手でつり革を、左手で俺の着るジャケットの裾を掴んだ。
それからは美優先輩がよろめくこともなく、電車が遅延したり、運転を見合わせたりすることもなく花宮駅に到着した。
複数の路線が乗り入れていることもあってか、花宮駅は伯分寺駅よりも立派な駅だ。人がたくさんいて賑わっているな。駅の構内にお店もたくさんあるし、地元じゃ見ることのできない風景だ。伯分寺より都会かも。凄いなぁ。
これまで何度も行ったことがあるとのことなので、美優先輩に手を引かれる形で映画館へと向かう。今はまさに「先輩」って感じがする。いつかは俺がしっかりと先輩の手を引いて、色々なところに連れて行きたいな。
「うわぁ……」
「結構人がいますね」
映画館に到着すると、ロビーには多くの客がいる。連休中の日曜日で、俺達が観ようとしている作品を含め、いくつもの話題作が公開されているからだろうか。
「私達が観ようとしている作品の10時半の上映回は……もう『○』になってる」
「『○』……ああ、残り半分って意味ですか。きっと、隣同士で座ることのできる席がまだまだありますよ。とりあえず並びましょう」
「うん」
美優先輩と俺はチケット売り場の列に並ぶことに。
前に並んでいる人達全員が、俺達と同じ作品を観るわけじゃないだろうし、きっと10時半の上映回のチケットを買うことができる……と信じたい。
「私達が観ようとする作品は、ゴールデンウィークになると、家族連れや何人かのグループで観に来る人が多いからね。もちろん、わ、私達みたいな学生のカップルも」
「連休だと、普段よりも映画を観に行こうっていう気になりやすいですもんね。俺達みたいに映画デートをしようとするカップルもいますよね」
実際に周りを見てみると、俺達のようなカップルが何組もいる。
券売機が10台近くもあるからか、行列の進みは結構早い。今も残席状況は『○』だし、隣同士の席を確保できるはずだ。
いよいよ、俺達の順番がやってきた。
観ようとしている作品の10時半の上映回を選んで、現在の座席状況を確認する。
「う~ん、正面にスクリーンが見える席は埋まっているね」
「ですね。見やすさを優先するならできるだけ後ろ側がいいですが……あっ、ここはどうですか? 一番後ろの右端ですけど、2席だけのスペースですよ」
「いいね! プライベートな感じがして」
「じゃあ、ここの2席を買いましょうか」
「うん!」
俺達は最後列の右端の2席を購入。いい座席を確保することができて良かった。
もう10時過ぎか。上映まではあと30分くらいある。
「美優先輩。パンフレットって買いますか?」
「うん、買うよ。ただ、私は見終わった後に買うことが多いかな。内容を思い出すために」
「そうなんですか。俺はパンフレットを買って、映画を観る前に登場人物やあらすじを読んでおくことが多いです。事前に軽く内容を知っておきたくて」
「なるほどね。そういう人もいるよね。私は逆に内容はあまり知らない状態で映画を観たいタイプかな」
「そのタイプ、地元の友人にいますね。これから観るのは毎年観ているシリーズですし、主要なキャラクターのことは分かっていますから、映画を観てからパンフレットを買うことにしましょう」
「うん! それもいいと思うよ」
恋人の映画の楽しみ方を一度体験するのも大切なことだと思う。もしかしたら、そっちの方が映画をより楽しめるかもしれないし。
その後、お手洗いに行ったり、売店でポップコーンやドリンクを買ったりしているとあっという間に劇場の案内時間になった。
俺達は劇場内に入り、チケットに書いてある座席番号のところに向かう。美優先輩が通路側、俺が壁側の席に座る。
「ここで良かったかもね」
「そうですね。端ですけど最後列ですから見やすいですし。あと、こうして美優先輩と隣り合って座っていると、ソファーでテレビを観ているような感じがします」
「確かに。おっきなテレビだね~」
ただ、家のソファーとは違って、美優先輩と俺の間には肘掛けがあるけど。美優先輩が肘掛けに右手を乗せているので、そっと手を重ねる。
すると、美優先輩は俺の方にゆっくりと向いてくる。そんな先輩の顔には微笑みが。
「右手が温かくて気持ちいい。ただ、ドキドキして、スクリーンじゃなくて由弦君の方ばかり見ちゃうかもしれない」
「……本当に可愛いことを言いますね」
俺も美優先輩の方ばかり見てしまうかもしれない。
そんなことを話していると劇場の明かりが消えて、スクリーンには今後上映される予定の作品の予告編が流れる。アニメ映画を観るので、予告編もアニメ作品や子供向け作品が多い。
「このアニメ作品観に行きたいなぁ」
「夏休みに公開なんですね。俺も気になっているので、公開されたら観に行きましょうか」
「うんっ」
今までは無くなってもいいと思っていた予告編も、美優先輩と一緒だとこういう話の種になるのか。予告編はあった方がいいな。
そして、いよいよ映画本編が始まった。やっぱり、この劇場版シリーズは面白いなぁ。最初から物語に惹き込まれていく。
たまに美優先輩のことをチラッと見るけど、先輩は映画に集中して楽しんでいるようだった。始まる前は、スクリーンよりも俺のことばかり見ちゃうかもしれないとか言っていたのに。映画を楽しんでいる先輩の横顔はとても可愛かったのであった。
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