第14話『猫カフェ』

 お昼ご飯を食べ、喫茶ラブソティーを後にした俺達は、花宮駅の周りを散策する。午前中に花宮駅に到着したときにも思ったけど、ここって伯分寺以上に都会な場所だと思う。

 散策した後は電車に乗って伯分寺駅に戻る。そのことで落ち着いた気持ちになれて。きっと、それは伯分寺というこの街に慣れてきた証拠なのだろう。


「伯分寺に戻ってきたね」

「ええ。花宮も良かったですが、伯分寺のこの雰囲気が好きです。今は……午後3時過ぎですか。もう少しどこかで遊んでも良さそうですね」

「そうだね。……あっ、由弦君にオススメしたい場所が近くにあるよ。これまでに何度か瑠衣ちゃんと一緒に行ったことがあるの」

「そうなんですか」


 花柳先輩の名前が出ると少し不安になるな。ただ、美優先輩が楽しそうに話すから、変な場所ではないだろう。


「では、そこに行ってみましょう。どんなところか楽しみです」

「うんっ!」


 俺は美優先輩と一緒に、先輩のオススメしたい場所に向かう。いったい、どんなところなんだろう? 気になるけど、近くにあるとのことなので敢えて訊かないでおくか。

 花宮も良かったけど、伯分寺の街を美優先輩と一緒に歩くのはやっぱりいいな。


「何だか、花宮にいたとき以上にいい表情になってるね」

「段々とこの伯分寺という場所が慣れてきたからだと思います。伯分寺に戻ってきて、駅を出たときの風景を見たら何だか安心したんです。帰ってきたなぁって。もちろん、花宮で美優先輩といた時間はとても楽しかったですよ」

「ふふっ、花宮にいたときの楽しい気持ちも分かってるよ。特に散歩をしているときに、目を輝かせて周りの景色を見ていたもんね。ただ、伯分寺に戻ってきたら安心したって言ってくれて嬉しいな」

「伯分寺は俺達が一緒に住んでいるところですからね。引っ越してきておよそ1ヶ月ですけど、美優先輩達のおかげで伯分寺での思い出ができましたから。ただ、たくさんできたのは美優先輩と一緒に住んでいるからでしょうね」

「……そうだね。周りに人がいる中でそんなことを言われると照れちゃうけど、普段と変わりない様子で言える由弦君は凄いよ。由弦君のそういうところも……好きだよ」


 美優先輩は今日の中でも指折りの可愛い笑みを浮かべ、俺の腕をぎゅっと抱きしめてきた。今日のデートの中で、もしかしたら今が一番ドキドキしているかもしれない。また一つ、伯分寺での思い出ができた。


「由弦君、ここだよ」


 駅の出口から歩き始めて数分ほど。

 美優先輩が指さす先にあったのは、黒い猫のシルエットと『はくぶんじ猫かふぇ』と描かれた桃色の看板。とても柔らかい印象を受ける。


「看板にも描かれていますけど、猫カフェですか」

「うん! サブちゃんが初めて来たときに猫が好きだって言っていたから、いつかはここに連れてきたいなって思っていたの。そんな私も、去年の今くらいの時期に学校で瑠衣ちゃんに猫が好きだって話したのをきっかけに、ここに連れてきてもらったんだ。可愛い猫ちゃんと触れ合えて、癒しの時間を過ごすことができるんだよ」

「そうなんですか。実は猫カフェは以前から興味があったんですよね。ただ、実家の近くにはなかったので、一度も行ったことがなくて」

「そうだったんだ。じゃあ、今日が猫カフェ初体験だね。さっそく行ってみようか」

「はい」


 はくぶんじ猫かふぇの中に入ると、さっそく猫の鳴き声が聞こえてくる。奥の方をチラッと見ると、お客さんに撫でられて気持ち良さそうにしている白猫や、絨毯の上でマイペースにゴロンゴロンしている茶トラ猫もいる。


「由弦君、30分と60分、どっちにする?」

「60分にしましょう。可愛い猫がたくさんいますし、ここなら癒されそうです」

「ふふっ、即答だね。分かった、60分にしよう」


 俺達は60分の入室料を払い、お店の奥に入っていく。猫と触れ合って癒しの60分を過ごすことにしよう。


「にゃー、にゃー。あなたはとてもかわいいにゃあ」


 私服姿の霧嶋先生が四つん這いになって、腰をゆっくりと振りながら目の前にいる黒猫に話しかけていた。しかも、甘い声で。スカートではなくパンツルックだからか、その姿に艶やかさを感じる。まさか、ここで担任の先生で出会うとは思わなかったな。


「にゃおん」


 霧嶋先生の右手に黒猫がすりすりしてくる。そのことに霧嶋先生はご満悦のようで。黒猫の頭を優しく撫でている。


「あぁ、かわいい~」

「可愛いのは猫ちゃんだけじゃないよね、由弦君」

「えっ! 今の声って……きゃあっ!」


 ようやく俺達に気付いた霧嶋先生は、驚いた様子でこちらを見てくる。そして、俺と目が合った途端に顔が真っ赤になった。


「桐生君、それに白鳥さん……」

「こんにちは、霧嶋先生。ええと……以前から思っていますけど、猫と戯れているときの霧嶋先生って可愛いですよ」

「……ううっ」


 霧嶋先生の顔は更に赤くなり、両手で覆ってしまう。美優先輩は優しい笑みを浮かべながら先生の頭を撫でている。


「今のような一佳先生も素敵ですよ」

「……そ、そう。こんな姿を見られたのがあなた達で良かったわ」


 霧嶋先生は近寄ってきた黒猫を抱き上げて、近くにあるソファーに座る。黒猫は先生の膝の上で箱座りをして気持ち良さそうにしている。

 俺達は霧嶋先生の横に座る。すると、すぐに美優先輩の膝の上にアメリカンショートヘア、俺の足元には茶色いマンチカンがやってくる。向こうから近寄ってくれるなんてかわいいヤツだな。

 俺はマンチカンのことをゆっくりと抱き上げて膝の上に乗せた。優しく頭を撫でると「にゃー」と鳴いてくれる。


「うわあっ、可愛いですねぇ……」


 毛も柔らかくてふわふわしていて。あぁ、癒される。


「ふふっ、由弦君ったらデレデレだね。マンチカンも可愛いよね」

「俺もマンチカン好きですよ。ただ、美優先輩の膝の上に乗っているアメリカンショートヘアや、先生の膝の上にいる黒猫も可愛いですよね」

「そうだね。あぁ、よしよし。それにしても、ここで一佳先生に会うとは思いませんでした。サブちゃんにはよく触っていますし、猫に目覚めましたか?」

「そんなところね。伯分寺に猫カフェがあると知って、15分くらい前にここに来たの。そうしたら、可愛い猫がこんなにいて。だから、その……凄く興奮してしまって。果てにはさっきのようなことをしてしまったの。でも、可愛い生き物が目の前にいるんだから仕方ないわよね」

「ふふっ。一佳先生はすっかりと猫の虜になっていますね。可愛いですよ」


 およそ3週間前、初めてサブロウに触るまでは、霧嶋先生は小さい頃の出来事がトラウマで猫に触れなかったのに。そんな彼女が今や、猫カフェに来て興奮してしまうほどになるとは。そのきっかけを作ったサブロウはさすがアイドルだと思う。


「あなた達はどうしてここに? 昨日とは少し雰囲気の違う服装だから、もしかしてデート中かしら?」

「そうですね。午前中に花宮まで行って映画を観に行っていました。毎年この時期にやっている探偵アニメの劇場版シリーズです」

「私も昨日の夕方に花宮で観たわ」

「そうなんですか!」

「ええ。今年も面白かった。原作漫画を読まなかったり、TVアニメを観なかったりした時期はあったけれど、劇場版だけは毎年欠かさず観ているわね。母親がファンで第1作目から毎年劇場で観ているの」


 霧嶋先生は今年で26歳だけれど、親御さんがファンだと幼少期から劇場で観るのか。そういえば、今日も映画館では小さい子を含めた家族連れが何組もいたな。


「今から来年の公開を楽しみね」

「そうですね。その後は花宮駅の近くにある喫茶店でお昼ご飯を食べて、少し散歩して……それで伯分寺に戻ってきたんです。由弦君が猫好きなので、ここを紹介したんです」

「そういうことなのね。2人の顔を見ていれば、今日のデートが楽しかったことが分かるわ」

「楽しかったですよ。そうだ、明日から3日間、由弦君の姉妹と私の妹達が家に泊まりに来るんです。もし良かったら、遊びに来てくださいね。運が良ければ、そのときにサブちゃんに触れますし」

「ええ。分かったわ」


 霧嶋先生は穏やかな笑みを浮かべながらそう言った。平成最後にサブロウを触っておきたいとか言って、明後日までに家に来る気がする。


「そうだ、由弦君。ここはスマホやデジカメでの写真撮影がOKだから色々と写真を撮ろうか。一佳先生も。あとで先生のスマホに写真を送りますよ」

「猫の写真は何枚か撮ったけれど……そうね、ゴールデンウィークの思い出にいいわね」

「じゃあ、美優先輩の写真は俺が撮りますよ」

「うん!」


 それからは3人でたくさん写真を撮っていく。

 猫だけの写真はもちろんのこと、近づいてきた猫とのツーショット。美優先輩と俺がそれぞれ猫を抱いたときのフォアショット。大胆にも、美優先輩と霧嶋先生の脚の上に寝そべっている猫とのスリーショットも撮影した。もちろん、その中で撫でたり、おやつをあげたり、おもちゃで遊んだりして猫と戯れた。


「たくさん猫と触れ合うことができて、素敵な写真もたくさん撮ることもできて幸せだな。猫カフェに来て正解だった」

「猫には底知れぬ魅力があるわね、白鳥さん。仕事の疲れも獲れた気がする。あと、写真もありがとう。猫と一緒にいる私の顔はちょっと恥ずかしいけれど、これも一つのいい思い出になりそう」

「それは良かったです。由弦君はどうかな?」

「猫は凄く可愛いですし、いつも以上に素敵な美優先輩や霧嶋先生の表情を見ることができましたので、先輩に猫カフェに連れてきてもらって良かったです。俺もゴールデンウィークの思い出がまた一つできました」

「ま、まったく。恋人の前でそんなことを言っていいのかしら? まあ、一度口に出た言葉だから、有り難く受け取っておくけれど」

「猫のおかげでいつも以上に素敵だって私も思いましたよ。由弦君、これからもたまに猫カフェに来ようね」

「ええ」


 気軽に猫と戯れることのできる場所が徒歩圏内にあるなんて。さすがは東京。


「あっ、私の時間はもう終わりだから、これで帰るわ」

「はい。明後日までにまた会うかもしれませんが、一応。よい元号を」


 美優先輩のその言葉に霧嶋先生の表情が固まる。「よいお年を」の元号版か。4月1日に「新年度あけましておめでとう」と言ったときも思ったけど、美優先輩は面白い挨拶をするなぁ。

 もしかしたら、5月1日になって元号が令和になったら、白鳥3姉妹で「新元号あけましておめでとうございます」って言うかもしれない。


「なるほど、そういうことね。では、2人とも良い元号を。私はこれで」


 霧嶋先生は俺達に小さく手を振って、猫カフェを後にした。

 気付けば、美優先輩と俺が来店してから40分以上経っている。俺達もあと少しで終わるので、それまでの間に猫とたくさんモフモフしよう。


「あらあら、あなたはえっちな猫さんですね。胸の上に乗りたいのかな?」

「にゃー」


 気付けば、さっき俺が膝の上に乗せた茶色いマンチカンが、美優先輩の膝に乗って、胸に両手を当てていた。ただ、猫が相手だからか美優先輩は優しく微笑んだままだ。


「しょうがないなぁ。今回は特別だよ? でも、乗るかなぁ?」

「にゃあ」


 そう言うと、美優先輩はマンチカンをゆっくりと抱き上げて、自分の胸に乗せた。


「小柄な猫だからか、胸の上に乗せることができたよ、由弦君」

「そ、そうですか」


 何ともコメントしにくい光景だ。ただ、茶色のマンチカンがとても羨ましい。こいつ、美優先輩の胸の上でまったりしているぞ。猫じゃなかったらすぐにどかしているところだ。周りに人がいるので、羨ましい表情を出さないようにしよう。

 霧嶋先生に会うという予想外のことはあったけど、猫カフェではとても楽しくて、癒しの時間を過ごすことができたのであった。

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