第15話『猫カフェ-番外編-』

 猫カフェを後にし、俺達は帰宅した。

 今日は霧嶋先生以外とは知り合いと全然会わなかったな。風花は水泳部の子達と一緒に遊ぶと言っていたから、伯分寺にいるときには姿を見かけるかと思ったけど。ただ、その分、美優先輩と2人の時間をたくさん過ごせた感じがして良かった。

 夕ご飯は俺の作った豚の生姜焼き。美優先輩が美味しそうに食べてくれてとても嬉しかった。

 俺が夕ご飯の後片付けをしていると、サブロウがベランダにやってきた。なので、美優先輩がサブロウにエサと水をやることに。


「サブちゃんはエサを食べるだけじゃなくて、お水もちゃんと飲んで偉いね」


 よしよし、と美優先輩はサブロウの頭を優しく撫でている。猫カフェでも、先輩はたくさん猫のことを撫でていたな。それもあって、頭を撫でられているサブロウがとても羨ましい。

 美優先輩の笑い声や、たまに聞こえてくるサブロウの鳴き声に元気をもらいながら夕食の片付けを行なった。

 片付けを終えてリビングに戻ると、美優先輩は正座する膝の上に乗っているサブロウのことを撫でていた。エサや水の皿が空っぽになっているので、一緒に食休みをしているのかな。


「片付け終わりました」

「ありがとう、由弦君。よーし、次は由弦君だね。でも、サブちゃんにたくさん触ったから手を洗わないと。はーい、サブちゃんはこれで終わりだよ」

「にゃんっ」


 サブロウを持ち上げて、バルコニーまで移動させる。すると、


「にゃぉん」


 と可愛く鳴いて、サブロウはバルコニーを後にした。礼儀正しい猫だ。

 美優先輩はゆっくりと立ち上がって、キッチンで手を洗う。

 リビングに戻ってくると俺のことをそっと抱きしめて、頭を優しく撫でてきた。そのためかハンドソープの甘い香りがしてくる。それが美優先輩の匂いと混ざり、気持ちを落ち着かせてくれる。


「よしよし、由弦君は食事を作って、後片付けまでしてくれてありがとう。偉いねぇ」

「そう言われると、何だかお母さんみたいですね」

「ふふっ、小さい頃はお手伝いをすると、こうやってお母さんが褒めてくれたの。妹達が何かを手伝ってくれたときはお母さんの真似をしてこうしてた」

「そうだったんですか。美優先輩は普段から優しくてしっかりしているので、子供を褒めている先輩の姿が思い浮かびますね」

「そ、そう? その……いつかは由弦君が私をお母さんにしてね」

「……いつかは」


 これが美優先輩の言葉に対して一番いい返事だったのだろうか。色々考えてしまって、段々と体が熱くなってきた。ただ、それは先輩も同じなのか、先輩の体からいつも以上に強い熱が伝わってくる。

 美優先輩のことを見ると、彼女は顔を真っ赤にしていた。


「へ、変なことを言っちゃったね。ごめん」

「そんなことはありませんよ。どんな返事をすればいいか迷いましたが。ただ、このまま2人きりで生活するのも一つの立派な未来ですし、その……美優先輩と俺の間に子供ができて、その子と一緒に生きていくのも立派な未来の一つじゃないでしょうか」


 子供が産まれるということは一緒に生きる人が増えるというわけだから、お金のことなどをしっかり準備しないといけないけど。

 美優先輩の顔は依然として赤みを帯びているけど、穏やかな笑みが。


「……由弦君の言う通りだね。今、大人になった由弦君が、優しくお父さんしている姿が思い浮かんだよ」

「そうですか」

「ふふっ。ねえ、由弦君。由弦君にも頭を撫でてほしいなぁ。猫カフェで、たくさん猫を撫でている由弦君のことを見て、猫が羨ましいなって思ってさ」

「俺と同じですね。だから、さっきのサブロウが羨ましくて。でも、こうして抱きしめて頭を撫でてくれることがいつも以上に嬉しいんです」

「そうなんだ。由弦君、かわいい。……あっ、思い出した。ちょっと寝室に行ってくるね」

「はい。じゃあ、その間に食後の紅茶を淹れますね。ホットの砂糖入りにしましょうか」

「うん! お願いします」


 そう言って、美優先輩はリビングを後にした。いったい何を思い出したんだろう。頭を撫でてほしいことに関係しているのかな。

 そんなことを考えながら、俺は2人分の砂糖入りホットティーを淹れる。今の時期も夜になると肌寒いことがあるから、まだまだ温かいものが恋しくなる。

 ソファーに座って、自分のホットティーを2、3口飲んだときだった。


「由弦君! お待たせ……にゃんっ!」

「……あらあらあらあらあらあらあらあらあらあら……あら」


 黒いネコ耳カチューシャを付けた美優先輩がリビングに戻ってきたのだ。その姿を見た瞬間、彼女に心臓を鷲掴みされたような気がした。似合い過ぎていて、視線が美優先輩の顔に固定されてしまっている。


「ど、どうかな。由弦君。み、美優にゃんですよ~」

「……凄く似合っていて、可愛いです。なので、変な声が出続けちゃいました」

「ふふっ。でも、可愛いって言ってくれて嬉しい。お礼に写真を撮っていいよ」

「ありがとうございます。では、お言葉に甘えて」


 スマートフォンでネコ耳姿の美優先輩を何枚も撮影する。今のを含めて、今日撮った写真は大切にしよう。何枚かは現像してアルバムに挟んでおきたい。

 美優先輩は俺の隣に座って、俺の淹れた紅茶を一口飲む。


「うん、美味しい」

「良かったです。ところで、そのネコ耳はどうしたんですか? 今日の猫カフェでこっそり買っていたんですか?」

「ううん。去年、友達とうちでハロウィンパーティーをやってね。そのときに瑠衣ちゃんが私に似合いそうだからって買ってくれたの。あと、ハロウィン前後の料理部は、活動するのに支障ない程度のコスプレをしてやるのが伝統で。そのときにも付けたんだよ。ただ、それからは一度も付けていなかったからすっかり忘れてたの」

「そうだったんですか」


 さすがは親友の花柳先輩。美優先輩のことを分かっているじゃないですか。花柳先輩の行動でこんなにも感激したのはこれが初めてかもしれない。

 あと、ハロウィンになるとコスプレをするのか。美優先輩なら色々なコスプレが似合いそうだけど、一番見てみたいのはメイドさんかな。


「隣に可愛い猫がいて、紅茶を飲むことができて。まさしく猫カフェですね」

「ふふっ、そうだね」


 美優先輩の頭を優しく撫でると、美優先輩は嬉しそうな顔を浮かべながら俺の体に顔をすりすりしてくる。たまに「にゃーにゃー」言ってきて。その様子は本当の猫のようだ。


「ソファーに座って、由弦君とこうしていると幸せだな。妹達や、お姉様、心愛ちゃんが家に泊まりに来たり、風花ちゃん達と一緒に旅行に行ったりするのは楽しみだけれど、由弦君とこうしてゆっくり過ごす時間も大切にしたいなって」

「そうですか。俺も明日から普段と違う日々が始まる気がしています。だからこそ、こうした時間が恋しくなりそうです」

「うん。だから、今日は由弦君とデートできて良かった。本当に楽しかったな。これからもたまにデートしようね」

「ええ、もちろんです」

「……約束ね。あと、今日はありがとう」


 そう言うと、美優先輩は俺の両脚を跨いで、俺と向かい合うようにして座る。抱きしめる流れでキスしてきた。唇を重ねるだけでなく舌を絡ませてくるので、口の中に紅茶の匂いと甘い味が広がっていく。俺の淹れた紅茶、こんなに甘かったかな。


「俺の膝の上でゴロゴロしたり、体をスリスリしたりしてきた猫は猫カフェにもいましたけど、こんなにも体を密着してくる猫は初めてです」

「由弦君のことが大好きだからね。ほら、由弦君も私の胸の中に顔を埋めていいんだよ? 霧嶋先生が帰った後、マンチカンを胸の上に乗せたとき、由弦君……羨ましそうにしていたじゃない?」

「……バ、バレていたんですか。あのときは周りにお客さんがいたので、表情には出さないように気を付けていたのですが」

「確かに表情の変化はあまりなかったけど、目線がマンチカンにしっかりと向いていたからね。だから、マンチカンに嫉妬しているなって思ったの」

「猫じゃなかったらどかす気満々でしたよ」

「あははっ、正直でよろしい」


 そう言って、美優先輩は俺の目元に胸を当ててきた。この柔らかさと温もり、そして甘い匂い。午前中に映画を観たことによる目の疲れが取れていく。たわわな天然アイマスクの効果は半端ない。


「明日からは賑やかになるね。その中で2人きりの時間を見つけて楽しもうね」

「はい」


 久しぶりに雫姉さんや心愛と会うのも楽しみだけど、朱莉ちゃんや葵ちゃんと実際に会うのは初めてからそれも楽しみだ。

 その後、寝るまでずっと美優先輩と寄り添って過ごすのであった。

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