第54話『今夜はみんなも酔っ払っちゃって。』

 時間ギリギリまで貸切温泉をたっぷりと楽しんだ美優先輩と俺は、待ち合わせの時間になるまで913号室でゆっくりと休む。

 昨日の夕方や今朝よりも長く温泉に浸かっていたから、部屋に戻ってくる途中に自販機で買った冷たいコーヒーがとても美味しく感じられる。

 また、美優先輩は俺がお礼としてプレゼントしたレモンティーを美味しそうに飲んでいるのであった。



 午後7時。

 待ち合わせ場所の9階のエレベーターホールに向かうと、そこには既に風花達4人の姿があった。俺達に気づいたのか、風花と花柳先輩が手を振ってくる。


「あっ、由弦と美優先輩が来ましたね」

「みなさん、お待たせしました」

「お待たせしました。霧嶋先生、大宮先生、素敵な誕生日プレゼントをありがとうございました。美優先輩と2人で貸切温泉を堪能しました」

「私までプレゼントをもらった気分です。成実先生、一佳先生、ありがとうございました」


 俺と美優先輩がお礼を言うと、霧嶋先生と大宮先生は顔を見合う。すると、笑みを浮かべて頷き合った。


「2人にそう言ってもらえて嬉しいわ」

「良かったよ。あと、美優ちゃんの送ってくれた写真を見たけど、とても雰囲気のある貸切温泉だったみたいだったし。プレゼントして良かったわね、一佳ちゃん」

「そうですね。7時になったから、夕食を食べに行きましょうか」

『はーい』


 俺達は夕食の会場である2階のレストランに向かい始める。

 今夜はどんなものを食べようかな。昨日はこの地域の名産品を中心に食べたから、今日は好きなものを中心に食べるのもいいかも。どんな料理があるのかを見ながら決めるか。


「美優、桐生君。貸切温泉の中で変なことはしていないでしょうね? 1時間もあったし、2人きりだったから……」

「2人きりだし、裸だったからドキドキはしたけど、瑠衣ちゃんからの注意を思い出して行動には移さなかったよ。由弦君がしっかりしてくれていたおかげでもあるけど」

「そうなんだ」

「偉いね! 由弦、美優先輩」


 こうして褒められると、風花や花柳先輩は俺達が貸切温泉の中で変なことをするんじゃないかと考えていたと受け取れる。まあ、危ない場面は実際にあったけど。


「泊まっている部屋ならともかく、貸切温泉ですからね。髪と背中を洗い合って、その後に一緒に温泉に浸かりました。気持ち良かったですよね」

「うん! それなりにお湯も熱かったけれど、由弦君と一緒だったからか、終了数分前までずっと浸かることができたよ。それもあってか、温泉の温もりが今もまだ体の中に残っているよ」

「俺もです」


 それに、長く温泉を浸かったからか、観光やプールの疲れもすっかりと取れた。これで夕食もしっかりと食べれば、今夜も美優先輩との時間をたっぷりと楽しめそうだ。

 美優先輩と目が合うと、先輩は顔を赤くしながら視線を逸らした。ただし、俺の手を今一度強く握ってくる。先輩も俺と同じようなことを考えているのかな。


「桐生君と白鳥さんは貸切温泉を堪能できたのね。良かったわ」

「そうね。実は大浴場で髪や体を洗っているときに、2人がどうしているのかなって話題になったの。同棲しているから、入浴するときものんびりしているんじゃないかとか。貸切温泉だからこそ、色々な意味で盛り上がっちゃうんじゃないかって」

「ふふっ、そうだったんですか。私達も話したよね、4人は大浴場でゆっくりしているのかなって」

「そうですね」

「美優先輩は分かると思いますけど、昨日と同じでしたよね。みんなで並んで髪や体を洗ったり、一緒に中の大きな湯船や檜風呂に入ったり」

「同じだったわね。姫宮さんや花柳さんが私の胸を触ってきたことも含めて。白鳥さんがいなかったからか、昨日よりも多かった気がするわ」

「ふふっ、そうだったわね、一佳ちゃん。あたしは嫌じゃなかったけど」


 昨日に続いて胸を触るなんて。風花や花柳先輩は先生方の胸を相当気に入っているのかな。……霧嶋先生が不機嫌そうだし、それについてはこれ以上深く考えない方がいいか。

 夕食の会場であるレストランに到着し、昨晩や今朝と同じように6人一緒に同じテーブルで食事をすることになった。

 夕食のメニューを見てみると、地元の名産物やそれを使った料理を中心に、昨日とメニューが同じものが多い。今日は自分の好きな料理や気になっている料理を中心に選ぶことにするか。


「由弦君、昨日とは違った雰囲気のものを選んでいるね」

「ええ。今日は好きなものを中心に。ハンバーグもあって嬉しいです」

「ハンバーグ大好きだもんね。私も昨日はここの名産物中心に選んだから、今日は好きなものを取るつもり」

「バイキングですから、それが一番ですよね」

「ねっ」


 ふふっ、と笑う美優先輩。本当に可愛らしい。

 一通り選んでテーブルに行くと、みんなが既に席に座っていた。高校生4人はそれぞれが好きな食べ物を選び、先生方はお酒を呑むからか、それに合う料理を選んでいた。


「では、夕食の挨拶も一佳ちゃんにしてもらおうかな。明日の朝はあたしが言うから」

「分かりました。……みなさん、観光したり、プールで遊んだりして今日も楽しかったですね。ホテルでの夕食は今日が最後なので、後悔のないように楽しみましょう。では、いただきます」

『いただきまーす!』


 そして、2日目の夕食が始まる。

 やっぱり、最初に食べるのは好物のハンバーグだよな。白米に合うように、ハンバーグには和風おろしソースをかけたのだ。……いただこう。


「……うん。ハンバーグ美味しい」


 その後に白米を口の中に。……あぁ、予想通り和風ハンバーグと合う。たまらない。


「由弦君、凄く幸せそうな顔してるよ」

「ハンバーグが凄く美味しくて。ご飯にも合って最高ですよ!」

「ふふっ、良かったね。私の食べているこのビーフシチューも美味しいよ。一口食べてみる?」

「いただきます。では、ハンバーグと一口交換しましょうか」

「そうしよう!」


 美優先輩にハンバーグを一口あげた後、彼女からビーフシチューを一口食べさせてもらう。


「ビーフシチューも美味しいですね」

「でしょう? 和風ハンバーグも美味しかったよ。このホテルの食事はやっぱりいいな」

「ですよね、美優先輩! エビフライも凄く美味しいですよ!」

「昨日は食べなかったけれど、お刺身もとても美味しいわ」


 風花や花柳先輩もホテルの食事に満足しているようだ。風花は今日もたくさん食べそうな気がする。午後のプールも、俺に泳ぎの指導をした後にたくさん泳いで、流れるプールやウォータースライダーでもかなり遊んでいたから。


「日本酒が美味しいですねぇ、成実さん」


 昨晩のことがあったからか、霧嶋先生は最初から大宮先生と一緒にお酒を呑み始めている。せいぜい、昨日くらいの酔いに留めてほしいところ。


「そうねぇ。お刺身も美味しいし。一佳ちゃんってお酒が入ると、本当にやわらか~い表情になるんだから。かわいい」

「そんなことないですよぉ。それに、成実さんの方がよっぽど可愛いですし。あと、ロープウェイで怖がっていた成実さんも可愛かったですよぉ」

「……もぅ、一佳ちゃんったら。でも、ずっと手を繋いでくれた一佳ちゃんはとてもかっこよかったよ。キュンときちゃった」


 そう言うと、大宮先生は嬉しそうな笑みを浮かべながら、霧嶋先生の頬にキスをする。すると、お返しなのかすぐに霧嶋先生も大宮先生の頬にキスをしている。そのことに風花と花柳先輩が盛り上がり、花柳先輩に至っては嬉しそうに寄り添っている先生方の写真を撮るほど。これは確実に明日の朝、霧嶋先生が恥ずかしくなるパターンだ。

 楽しく夕食の時間が流れていく。

 スイーツやフルーツが気になっているとのことなので、美優先輩、風花、花柳先輩は一緒にテーブルを後にした。


「由弦君。明日は美優ちゃんの御両親と会うけれど、しっかりとご挨拶するんだよ。もちろん、何かあったらそれぞれの担任教師の成実さんと一佳に任せなさい!」

「そうねぇ。まさか、自分の挨拶をする前に、教え子の挨拶に居合わせることになるなんてね」

「ですねぇ。人生、何があるか分かりませんねぇ」

「ねぇ」


 ふふっ、と先生方は上品に笑いながら赤ワインを呑んでいる。


「……心強いですよ」


 今の酩酊状態だとあまり頼りにはならないだろうけど。普段の先生方はとても頼りになるからな。


「由弦君、ただいま」


 美優先輩達がこちらに戻ってきた。3人とも同じケーキを取ってきたのか。その見た目からして、チョコレートケーキと抹茶ケーキか。


「おかえりなさい。みんな、同じケーキを取ってきたんですね」

「うん! とても美味しそうだったからね」

「とりあえずはチョコレートケーキと抹茶ケーキを取ってきたんだ」

「……とりあえずなんだね、風花」

「ケーキを含めてたくさんスイーツがあるからね。美優、風花ちゃん。まずはチョコレートケーキを食べようか。いただきまーす」


 花柳先輩の一言によって、女子高生3人はチョコレートケーキを一緒に食べる。小さめだからか、みんな一口で食べている。


『美味しい!』


 それを言うタイミングまで同じなので、思わず声に出して笑ってしまった。

 3人は抹茶ケーキの方も美味しそうに食べている。3人が絶賛しているから、俺も何かスイーツを食べようかな。


「あれ……」


 そんな美優先輩の囁きが聞こえたので彼女のことを見てみると、先輩は頬をほんのりと赤くして体を横にゆらゆらと揺らしている。


「どうしたんですか?」

「……ケーキを食べたら、段々と体が熱くなってきて」

「ちょっと確認してきますね」


 俺はスイーツコーナーに行き、美優先輩達が取ってきたケーキの説明を見てみる。そこには小さな文字で『ブランデーを使用しています。お子様やお酒の弱い方はお気を付けください』と書いてあった。こういうものを置いていいのだろうか。

 テーブルに戻ると、美優先輩だけじゃなく風花や花柳先輩まで頬を赤くしている。3人ともブランデーで酔っ払っちゃったのか。


「美優先輩、今食べたケーキにはブランデーが使われているそうです。その影響で体が熱くなっちゃったんでしょうね」

「そうなんだ。……今夜もお部屋でたっぷりと甘えていいし、気持ち良くなろうね。今からでもいいよ?」


 美優先輩はうっとりとした笑顔で、俺の頭を優しく撫でてくれる。一口で食べられる小ささのケーキを2つ食べただけで酔うとは。


「それはあたしも同じだよ、由弦。昨日も今日も泳ぎの練習を頑張ったし」


 すると、美優先輩に負けず劣らずのうっとりとした笑みを浮かべた風花は俺に体を近づけて、


「そのご褒美に、あたしの胸に顔を埋めたり、触ったりしてみる? 美優先輩みたいに大きくはないけど、柔らかさを感じられるくらいの大きさはあるって自信はあるんだよ? 大好きな由弦だったら……いいよ」


 俺の耳元でそんなことを囁いてきた。風花の温かな吐息がくすぐったい。その吐息が鼻まで届いたことでケーキの甘い匂いを感じられ、不覚にもドキッとした。きっと、風花もかなり酔っているんだな。


「美優とイチャイチャして、可愛い風花ちゃんにもベッタリされて。まったく、桐生君が羨ましいわ」


 普段よりも低い声でそう呟くと、花柳先輩は羨望の眼差しでこちらを見てくる。出会った直後に比べたらマシだけど、久しぶりに彼女のことを恐いと思った。


「ねえ、由弦君……」

「由弦……」

「……お気持ちだけ受け取ってきます。3人に冷たい飲み物を持ってきますから、ちょっと待っていてくださいね」


 俺達の泊まる部屋ならまだしも、ここは食堂だ。すぐに酔いを覚ました方がいい。

 俺はドリンクコーナーに行き、冷たいお水を3杯用意する。テーブルに戻り、お水を美優先輩、風花、花柳先輩に渡す。

 3人はお水をゴクゴク飲むと効果があったのか、3人とも普段に近い様子へ戻っていく。

 ただ、直前のことで記憶もしっかり残っているからか、美優先輩と風花は酔っていたとき以上に顔を真っ赤にする。俺が2人のことを見ると露骨に視線を逸らすのであった。

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