第55話『打上花火に若人達は叫んだ。』
「ふふっ、今日も呑んじゃった~」
「お料理も美味しかったから、あたしもたくさん呑んじゃったよ、一佳ちゃん」
夕食を食べ終わり、俺達は会場のレストランを後にする。
ケーキを食べて酔っていた美優先輩、風花、花柳先輩は酔いが醒めたけど、食事が始まったときからお酒をたくさん呑んでいた霧嶋先生と大宮先生はかなり酔っ払っている。昨日以上かもしれない。
霧嶋先生を俺と風花が、大宮先生を美優先輩と花柳先輩が支えることに。
「成実さんを抱きしめると柔らかくて甘い匂いがするからいいけどぉ、由弦君を抱きしめると何だか安心するのぉ」
「それはどうも。部屋までちゃんと送りますから安心していてくださいね」
「はぁい!」
霧嶋先生はいいお返事をするなぁ。さすがは教師というべきか。
「一佳ちゃんも抱きしめると気持ちいいから、今夜は同じベッドで寝ようか~」
「はぁい!」
「何だか、一佳先生まで生徒になった感じ。学校にいるときとは全然雰囲気が違うね。とても可愛い」
「そうだな」
きっと、今のような柔らかい雰囲気を見せたら、風花のように霧嶋先生のことを可愛いと思う生徒は多い気がするけどな。でも、本人が恥ずかしがるだろうから、ここまで柔らかい雰囲気を出して甘えることはないだろう。
俺達は9階に到着し、先生方が泊まっている901号室に向かう。
「霧嶋先生。部屋に到着しましたよ」
「ありがとね、由弦君、風花ちゃん」
「成実先生もお部屋に到着しました。窓側と入口側、どちらのベッドで寝ますか?」
「窓側がいいな、美優ちゃん、瑠衣ちゃん」
大宮先生の希望によって、霧嶋先生を風花と俺で窓側のベッドに寝かせる。その後に美優先輩と花柳先輩が大宮先生を同じベッドに横にさせた。ベッドが気持ちいいのか、霧嶋先生はすぐに眠ってしまった。
「あらあら、一佳ちゃんったらさっそく寝ているのね。可愛い寝顔。……みんな、ここまで連れてきてくれてありがとう。明日も朝7時頃にエレベーターホールで待ち合わせして、一緒に朝ご飯に行きましょう」
「分かりました。成実先生もおやすみなさい」
「うん、おやすみ」
酔っ払っても、普段とあまり変わりなく話せる大宮先生がいるから大丈夫か。
俺達は901号室を後にする。
「今は8時半過ぎですか。これからどうしましょうか」
「……思い出した。もし、由弦と美優先輩が良ければなんですけど、一緒に打上花火を見ませんか? ゴールデンウィークだからか、今夜、ホテル主催の花火大会があるんです。午後9時から、ホテルの目の前にある浜辺から打ち上げるんです」
「ホテルのホームページによると、打上花火だから、ホテルの部屋からでも楽しむことができるんだって。浜辺でも、部屋にバルコニーからでもいいから、2人と一緒に花火を見ることができたら嬉しいなって」
花火大会か。告知されていることも全然知らなかったな。夏休みに、子供向けに夏祭りや花火大会が行なわれるホテルに泊まったことはあるけれど、ゴールデンウィークに花火大会があるのは初めてだ。
「美優先輩。こういう機会もあまりないでしょうし、4人で一緒に見るのもいいんじゃないかと思うのですが」
「そうだね。ここは9階で見やすいと思うから、どっちかのお部屋から見ようか。その方が落ち着けそうだし。あと、昨日の夜にコンビニで買ったお菓子も全然食べていないから、この機会に4人で食べちゃおうか」
「いいですね。じゃあ、4人で一緒に打上花火を見ましょう」
また一つ、この旅行での思い出が増えそうだ。
より真ん中に近い部屋の方が打上花火も綺麗に見えるじゃないかということで、風花と花柳先輩の泊まっている906号室から見ることに決めた。
美優先輩と俺は昨日の夜に買ったお菓子や、今日の夕方に買った飲み物を持って906号室にお邪魔する。
「お邪魔しまーす」
「お邪魔します」
「いらっしゃい、2人とも」
部屋の中に入ると、開いた窓の側で、俺がプレゼントしたオレンジジュースを飲む風花がいた。俺達に気付くと、彼女は笑顔で手を振ってきた。
「まだ、8時50分過ぎなので打上花火は始まってませんね」
「9時からの予定だもんね。それまではお菓子を食べながらゆっくり待とうか。昨日買ったマシュマロとかチョコレートを持ってきたから、みんなで食べよう?」
「ありがとうございます! いただきます!」
「あたしもいただくわ。ありがとう」
ベッドの横にあるテーブルに俺達が買ってきたお菓子を広げ、俺達は打上花火大会が始まるのを待つ。
打上花火の音が聞こえるようにと窓を開けているけれど結構涼しいな。冷たいボトルコーヒーを飲んでいるからかもしれない。浴衣の上にはんてんを着ておいて正解だったかも。
ただ、女子3人は寒そうな様子は全く無く、俺達の買ったお菓子を美味しそうに食べている。特に風花はパクパクと。夕食でブランデー入りのケーキを食べた後、フルーツやヨーグルトも食べていたのに。さすがです。
「マシュマロもチョコレートも美味しいですね!」
「風花ちゃんの食欲は底知れないね。レストランで甘いものをたくさん食べたのに。それにしても、美優と風花ちゃんが酔っ払ったときは可愛かったな」
「……そ、そうなんですかね。瑠衣先輩」
「一口サイズのケーキを2つ食べただけであそこまで酔っ払っちゃうなんてね。将来、大人になってお酒を呑むときは気を付けないとね、風花ちゃん」
「そ、そうですね!」
あははっ! と、美優先輩と風花は顔を赤くしながら大きな声で笑い、美優先輩はレモンティー、風花はオレンジジュースをゴクゴクと飲んでいる。2人にとっては恥ずかしい思い出も一つできちゃったかな。花柳先輩はそんな2人を見てクスクスと笑っていた。
――ドーン!
外からそんな爆発音が。スマホで時刻を確認すると、午後9時ちょうどになっていた。始まりの合図なのかな。
「花火大会が始まるみたいですね。バルコニーに出ましょうか」
バルコニーに出ると、まもなく花火大会がスタートするからか、楽しげな声が聞こえてくる。
周りの様子を見てみると、浜辺の方に浴衣を着る人達がたくさんおり、俺達のようにバルコニーから打上花火を見る人もいる。
『みなさん、こんばんは! お食事や温泉、温水プールなどを楽しんでいただけているでしょうか? 今年もゴールデンウィーク恒例の花火大会を行ないます!』
ホテルのスタッフさんだろうか。女性の可愛らしい声が聞こえ一気に盛り上がる。このホテルでは、ゴールデンウィークに打上花火をやるのが恒例なのか。
『また、今年は5月1日から新元号・令和が始まりました。新しい時代が幕を開けたお祝いと、令和という時代を生きていく全ての皆さまに、御立シーサイドホテルから打上花火という形でエールを送ります! 最後まで楽しんでいってくださいね!』
冒頭の挨拶が終わって、たくさんの拍手が聞こえた後、花火大会がスタートした。
ホテルのすぐ目の前にある浜辺から打ち上げられているからか、花火の大きさも音もかなり迫力がある。ここまでちゃんと打上花火をやると、周りの旅館に泊まっている方や近隣に住む方達も楽しんでいるかもしれないな。昨日の夜に美優先輩と入った足湯からも見えそうだ。
写真よりも動画の方が良さそうな気がしたので、俺はスマートフォンで打上花火が上がる様子を動画撮影する。
「凄く綺麗だね、由弦君」
「ええ。結構高く打ち上げられていますし、ここから見て正解でしたね。まさか、この時期に打上花火を見ることができるとは思いませんでした」
「そうだね!」
凄く綺麗だなぁ、と呟きながら美優先輩は打上花火を観ている。花火に照らされた美優先輩の笑顔はとても美しい。
「たーまやー!」
「あははっ、予想通り言ったね、風花ちゃん」
「えっ? 瑠衣先輩は言いません? あたし、花火大会に行くと大抵言いますけど」
「あたしはあんまり言わないなぁ。周りの人に見られるかもしれないし」
「そういう友達いましたね。あたしが叫ぶから、あたしの背中に隠れたりする友達もいて。でも、ここは9階のバルコニーですから周りを気にしなくても大丈夫ですよ! 由弦や美優先輩も言いましょう! あっ、打ち上がりますよ。せーの!」
『たーまやー!』
風花に乗せられて、俺達は4人一緒にそう叫んだ。ここまで大きな声を出すことはあんまりないからスッキリするな。あと、叫んだ後に飲むコーヒーはとても美味しい。
そういえば、地元でも毎年夏休みになると花火大会をやっているな。小さい頃は家族みんなで見に行ったな。露店もあるから、大きくなってからは友達と一緒に遊びに行って食べ歩きもしたっけ。
「ねえねえ、由弦君」
美優先輩は背伸びをして、
「打上花火が終わったら、部屋に戻っていっぱいしよう?」
俺の耳元でそんなことを囁いてきたのだ。とても大きな音の中で話されたけど、美優先輩の優しい声ははっきりと聞こえた。昨日の夜のことで、完全にそっち方面のスイッチが入ったのだろうか。
「分かりました」
そう返事して、俺は美優先輩のことを後ろから抱きしめる。肌寒いから、こうして先輩のことを抱きしめていると温かくて気持ちいいな。ドキドキもするけど、今は温かくてまったりする方が勝る。
20分ほどだったけど、美優先輩達と一緒に打上花火を見るのが初めてだったり、かなりの迫力があったりしてとても満足感のある内容だった。それは先輩達と同じようで。
花火大会が終わり、美優先輩と一緒に913号室に戻ってからは、昨日の夜のように先輩とたっぷり愛し合うのであった。
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