第56話『ラストモーニング』
5月5日、日曜日。
目を覚ますと、そこには……肌色の世界が広がっていた。それが分かった瞬間に、とても優しい温もりと柔らかな感触、甘い匂いを感じる。……もしかして。
そっと顔を離すと、そこには優しい笑顔で俺を見る美優先輩の姿が。俺と目が合うと、先輩はニッコリと笑う。
「おはよう、由弦君」
「……おはようございます、美優先輩」
壁に掛かっている時計を見ると、今は午前6時過ぎか。昨日と同じくらいの時間に起きられたな。
「今日は先に起きられて良かった。由弦君の寝顔が可愛かったから、スマホで写真を撮ったの。それで、私の胸の中に由弦君の顔を埋めさせてね。由弦君の温かな吐息が気持ち良かったよ……」
美優先輩はうっとりとした表情でそう言う。昨日の夜もたくさん愛し合って、何も着ずに寝たから。
あと、やっぱり俺は美優先輩の胸の中で寝ていたんだ。これからは家でもこういう朝を迎えることがあるかもしれない。
「何だか美優先輩らしいですね」
「そうかな? ただ、昨日の朝は由弦君の方が先に起きたから、今日は先に起きたいって思っていたの。だから、それができて満足だよ」
「ははっ、それは良かったですね」
「うん。……今日もおはようのキスをお願いします」
「はい」
俺は美優先輩と抱きしめ合って、先輩におはようのキスをする。
こうして唇を重ねると、昨日の夜のことを思い出すな。貸切温泉に入ったり、夕ご飯にブランデー入りのケーキを食べたりしたからか、一昨日よりも美優先輩は積極的だった気がする。綺麗だったり、可愛かったりした先輩の姿を思い出したから、体が急に熱くなってきた。
「んっ……」
美優先輩の方から舌を絡ませてくる。そのことでドキドキもするけど、今日も先輩は元気で平常運転だなと安心もできる。
唇をゆっくり離すと、美優先輩はうっとりとした様子で俺のことを見つめてくる。
「今日も朝から素敵なキスができて幸せだな」
「先輩らしいキスでしたよ」
「そうかな? 由弦君と2人きりだし、お互いに何も着ていないからかすぐにドキドキしちゃって。あと、抱きしめ合ってキスをすると、一昨日や昨日の夜のことを思い出すね」
「ええ。俺も思い出しましたよ」
「……昨日も由弦君は凄かったなぁ」
「美優先輩も積極的でしたよ。ブランデーがまだ体に残っていたんじゃないかって」
俺がそう言うと、美優先輩は頬をほんのりと朱色に染めてはにかむ。
「……それもちょっとあったかもしれない。一昨日の夜よりも気持ちが高揚していたし。ただ、ブランデー入りのケーキを食べただけじゃなくて、夕方には貸切温泉に2人きりで入ったし、何よりも一昨日に初めてしたからね。あれで気持ち的に壁が崩れたっていうのかな。変な躊躇いがなくなった感じはある」
美優先輩が俺の左腕をぎゅっと抱きしめてくる。この旅行で先輩の中に潜んでいた肉食系の部分を身を持って知ったな。
「あまりにも幸せな時間だったので、夢だったんじゃないかって思うんですけど、本当にあったことなんですよね」
「本当にあったことだよ。ただ、夢じゃないかって思う気持ちは分かるな。実は私、夢の中でも由弦君とイチャイチャしたよ。それで、家族が増えていって。でも、あけぼの荘に住んでいるから、風花ちゃん達はもちろんのこと、瑠衣ちゃんや成実先生、一佳先生が定期的に私達の子供の面倒を見るのを手伝ってくれるの。サブロウがしっぽであやしてくれることもあって」
「そうなんですか。いつなのかはともかく、リアリティのある夢ですね」
「ふふっ、そうだね。ちなみに今日はこどもの日だよ」
美優先輩は朗らかに笑っているけれど、本当にできていたら一大事だな。そのときは以前に見た俺の夢のように、早く結婚して美優先輩と子供を守らなければ。ちなみに、昨日は日付が変わる前……こどもの日になる直前に眠りについた。
「そういえば、由弦君。一昨日と昨日、由弦君と一緒にこのベッドに寝てみて思ったけれど、ダブルベッドっていいね」
「広くて気持ち良かったですよね。ゴールデンウィークが明けたら、新しいベッドについて具体的に考えていきましょうか。中間試験が近いので、買うのは試験が終わった後くらいがいいでしょうか」
「そうだね!」
美優先輩、とても楽しげな様子だ。ダブルベッドを買ったら、一昨日や昨日みたいにベッドの中でしようと考えているのだろうか。引っ越しの資金もまだ残っているし、いいダブルベッドを買いたいな。
「それにしても、今日で旅行が終わるんだね。2泊以上の旅行だと、最終日の朝って気持ちが沈んじゃうことが多くて。特に今回は由弦君達と初めての旅行で、色々な楽しい思い出をたくさん作ることができたから」
「そうですか。確かに、1泊2日と2泊以上だと違いますよね」
そういえば、俺が小学生の頃、夏休みに2泊3日で家族旅行に行ったとき、ホテルをチェックアウトしようというタイミングで心愛が「まだ帰りたくない!」って号泣し始めたっけ。
「美優先輩達のおかげで、俺も凄く楽しい旅行になっていますから、今日で終わると思うと寂しいですね。ただ、まだ1日ありますし、明日もお休みですからね。個人的には明後日が誕生日ですし。そう考えると少しは気持ちが軽くなりますね」
「ポジティブな考え方でいいね。確かに、まだ今日の旅行が残っているもんね。帰る途中に実家に寄るから楽しみだな」
「……そうですね」
そう、今日は東京へ帰る途中に美優先輩の実家に寄り、先輩の御両親と挨拶をする予定になっている。そう思うと緊張してくるな。
美優先輩は俺の腕を一旦離し、俺に覆い被さるようにして抱きしめてくる。
「……大丈夫だよ。私が側にいるし、瑠衣ちゃん達が一緒だから。家には朱莉や葵だっているし。みんなが由弦君のことを素敵な人だって分かっているから」
「美優先輩……」
話の流れもあってか、美優先輩に心を見透かされていたか。
俺は両腕を美優先輩の背中に回し、彼女と唇を重ねる。こうしていると、緊張が解けてきて、気持ちが段々と落ち着いてくるなぁ。それだけ、美優先輩の温もりや匂いが大好きなんだって実感する。
「キスして、少しは落ち着いた?」
「はい。だいぶ緊張が解けました。ちょっとドキドキするくらいです」
「ふふっ、そっか。もし、実家にいるときに緊張したら今みたいにキスするといいかも。みんな私達が付き合っているのは知っているから大丈夫だよ」
「……ど、どうしても緊張してしまったときにはしますね」
「分かった。でも、大丈夫だと思うよ。お父さんもお母さんも温厚だし。ただ、お父さんは私があけぼの荘に引っ越した日、葵と一緒に涙ぐんでいたけど」
「そ、そうだったんですか」
それだけ、美優先輩のことが大好きだとも言えるな。
「で、でも、テレビ電話で報告したときは『美優をよろしく』って言っていたからね! きちんと挨拶して、ちゃんと一緒に生活できていることを伝えれば大丈夫だよ」
「……そうであると信じましょう」
多少の緊張感は持つべきかもしれないけど、不安になる必要はないだろう。それに、俺1人だけじゃなく、美優先輩はもちろんのこと風花達も一緒だもんな。ご実家には朱莉ちゃんや葵ちゃんもいるし。
「いい表情になってきたね。今日はもう帰っちゃうし、まだみんなと集まるまで時間もあるから朝風呂に入りに行こうか」
「それがいいですね」
俺は美優先輩と一緒に大浴場に行く。
もちろん、大浴場は男女別なので俺1人で入ることに。昨日、貸切温泉で美優先輩と混浴があったので寂しさもあった。ただ、今日も露天風呂で美優先輩と話すことができ、温泉に入ると体も温まったので、心身共にリラックスできたのであった。
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