第30話『改元』

 お風呂から出て、お互いの髪をドライヤーで乾かした後にリビングに戻ると、寝間着姿になった風花や花柳先輩が遊びに来ていた。

 風花、花柳先輩、心愛、葵ちゃんは食卓でトランプを遊んでいる。霧嶋先生と雫姉さん、朱莉ちゃんはソファーに座って、コーヒーを飲んだりテレビの改元特番を観たりしながら談笑している。


「あっ、由弦と美優先輩が戻ってきた」

「ただいま。みんなそれぞれの時間を楽しんでいるんだね。風花ちゃん達はトランプか。何のゲームをしているの?」

「大貧民です。3人とも強くて、あたしはせいぜい貧民です」

「あたしは何とか富豪以上を守ってるわ」

「そうなんだ。瑠衣ちゃんって、前からトランプのゲームは結構強いよね。午前中にやったババ抜きでも1位抜けしたんだよね」

「まあね」


 花柳先輩、ドヤ顔になっている。

 あと、風花は良くても貧民なんだ。心愛と葵ちゃんが相手だから手加減しているのかな。それとも、本気でやってその結果なのか。心愛はそれなりにできるし。葵ちゃんは美優先輩の妹なので結構強そうだ。


「ねえ、美優、桐生君。改元間近まで一緒にトランプで遊ぼうよ」

「いいよ、瑠衣ちゃん。大貧民の話を聞いたら私もやりたくなってきたから」

「俺もやります。ただ、大貧民も久しぶりですし、ババ抜きではあと一歩で最弱王だったので不安ですね」

「それなら、由弦といい勝負になるかも」


 風花は楽しげな様子でそんなことを言ってくる。せいぜい貧民だと言っている人といい勝負にはなりたくないけど、久しぶりなので風花に負けてしまうかも。

 その後、美優先輩と俺は風花達に混ざって6人で大貧民をやることに。6人なので、位付けは1位が大富豪、2位が富豪、3位と4位が平民、5位が貧民、6位が大貧民となる。ババ抜きも面白いけど、大貧民の方が個人的には燃える。

 久しぶりで不安だったけど、俺は何とか毎回平民になることができ、風花に負けることはなかった。あと、美優先輩がかなり強い。大富豪になることが当たり前で、そうでなくても富豪にしかならなかったから。

 また、ゲームの途中で、あけぼの荘のグループトークに松本先輩から一緒に改元を迎えたいというメッセージが入る。なので、先輩達が改元直前になったらこの部屋にやってきて、みんなで改元の瞬間を迎えようということになった。

 大貧民が盛り上がったこともあって、気付けば改元まであと15分くらいになっていた。


「もう令和になるまであと20分なんだ。あたし、いつもはもう寝ている時間だけど、まだ全然眠くない」

「葵ちゃんも? あたしも普段だったらもう寝てる時間だよ。それだけでもいつもと違うし、改元もあるからワクワクするね」

「うんっ!」


 心愛と葵ちゃん、とても興奮した様子だ。それもあってか、この時間でも眠くならないのかも。


「もうすぐ平成が終わるって思うと、急に寂しい気持ちになってきますね。瑠衣先輩はどうですか?」

「まだ平成だから、特にそういう想いはないかな。色々なことがあったとは思うけど。令和になった途端に寂しくなるかもしれない」

「そうですか。瑠衣先輩は大人だなぁ」


 風花は感心した様子。もう平成が終わることが寂しいと思う彼女の気持ちは理解できるし、まだ平成だから特に何も思っていない花柳先輩の気持ちも分かる。俺はどちらかと言えば花柳先輩に近いかな。


「15分前なので、テレビの端に『令和まであと15分』って出ていますね。年末年始ではないので不思議な感じもします。ただ、いよいよ令和なんですね」

「そうね、朱莉ちゃん。平成では素敵なことがたくさんあったから、令和でも素敵なことがたくさんあるといいな」


 ふふっ、と雫姉さんは楽しげな様子で両隣に座っている朱莉ちゃんと霧嶋先生の肩に手を回している。


「一佳さんは、この中の最年長としてどう思います?」

「それでも、私は平成生まれだけれどね。四半世紀以上の間、平成の時間を過ごしているからか、元号が変わったらどのような時間の流れになるのかが想像できないわ。平成が個人的にはいい時代だったから、令和もいい時代だったと思えるように頑張っていくだけよ」

「おおっ、さすがは一佳さん。大人でかっこいいですね。まあ、由弦と話していたり、見ていたりするときの一佳さんは可愛いですけど」

「えっ! ま、まあ……桐生君とは、今のようにプライベートの時間でも会うことがあるから、他の生徒よりも関わりが深いの。そ、それだけなのだからね。桐生君も覚えておきなさい」

「……分かりました」

「一佳さんって本当に可愛いですねぇ」


 よしよし、と雫姉さんは霧嶋先生の頭を撫でている。それに対して霧嶋先生は恥ずかしそうな様子で、少し頬を膨らましている。それでも、姉さんは笑顔のまま頭を撫でるのを止めないのでさすがだと思う。


「みんなもいよいよ改元モードになってきたね、由弦君」

「ええ。令和も目前だと実感しますね」


 人生にそうそうないことだから、緊張もあればワクワクもある。

 ――ピンポーン。

 インターホンが鳴る。先輩方がやってきたのかな。美優先輩がモニターで来訪者を確認する。


「はーい」

『美優! 4人で来たよ。一緒に改元の瞬間を迎えよう!』

「分かったよ、杏ちゃん。今すぐに行くね」


 やっぱり、あけぼの荘に住む先輩方だったか。

 それから程なくして、美優先輩に連れられてあけぼの荘の住人である佐竹先輩、松本先輩、深山先輩、白金先輩がやってくる。ただ、夜中ということもあってか、みんな寝間着や部屋着というラフな格好だった。

 朱莉ちゃんと葵ちゃんは去年の夏休みに来たことがあるからか、4人とは既に面識があるとのこと。特に女子3人はとても嬉しそうに再会を喜んでいた。あと、深山先輩が朱莉ちゃんの成長にとても驚き、羨ましがっているのが印象的だった。

 また、雫姉さんと心愛と会うのは今回が初めてなので、6人は自己紹介をし合った。おそらく、これが平成最後の出会いとなるだろう。


「何だか、凄い光景だね、由弦君」

「ええ。俺達を含めてこのリビングには13人もいますからね。昔、正月やお盆で父や母の実家に行ったときは、このくらいの人数が一堂に会したことはありましけど。ただ、そこはかなり広かったですからね」

「そうなんだ。私も同じようなことを思い出してた。ただ、このリビングに13人だから凄いよね」

「ええ」

「三次元の可愛い子や美人な子が、こんなにもたくさん家にいる光景は初めてだな」

「ですね、白金先輩」


 以前、白金先輩の部屋にお邪魔したことがあるけど、そこにはアニメや漫画の女性キャラクターが描かれたポスターがたくさん貼ってあったな。考え方によっては、白金先輩は普段から二次元の可愛らしい子や美人な子に囲まれていると言えそうだ。

 改めてリビングの中を見てみると、ここにいるのは恋人にクラスメイト、姉妹、恋人の妹達、恋人の親友、担任の先生、あけぼの荘の住人たちか。まさにカオスだな。ただ、こんなにもたくさんの人と改元の瞬間を迎えられると思うと嬉しいな。


『さあ、令和への改元まで残り3分となりました!』


 テレビから女性のアナウンサーの声が聞こえた。テレビを観ると、全国各地の様子が映し出され、若い人達を中心に盛り上がっているようだ。地元もこんな風に盛り上がっているのだろうか。


「美優先輩。あけぼの荘の管理人さんとして、平成の締めの言葉をお願いします!」

「えっ? む、無茶ぶりしてくれるね、風花ちゃん」


 みんなが美優先輩の方を見るからか、先輩は照れくさそうに笑う。もし、この中で締めの言葉を言うなら、美優先輩か霧嶋先生が適役だろう。

 美優先輩はこほん、と可愛く咳払いをして、


「みなさん、平成の間、お世話になりました。お疲れ様でした。そして、まもなく始まる令和もそれぞれ頑張りましょう!」


 美優先輩がそう言うと、全員が先輩に向かって拍手を贈った。


「もう、残り1分を切ったわね」


 霧嶋先生がそう言うのでテレビを観ると、左下に令和までの秒数がカウントダウンの形で表示されている。今は残り45秒。

 美優先輩が俺の手をしっかりと掴んできたので、彼女のことを見る。すると、彼女は俺を見つめながらにっこりと笑ってきた。


「由弦! 美優先輩! もうすぐですよ!」

「そうだな、風花」

「せっかくだから、テレビに合わせて5秒くらい前から、みんなでカウントダウンしようか」


 美優先輩がそれを提案した頃には残り15秒に。

 そして、いよいよその瞬間が訪れる。


『5! 4! 3! 2! 1! 0!』


『5月1日になりました! 元号は令和に改元され、新しい時代がスタートしました!』


 アナウンサーがそう言うと、みんなで拍手をする。心愛と朱莉ちゃんなど、中にはハイタッチする人も。

 いよいよ、令和という新しい時代が始まったか。ただ、新年を迎えた直後と一緒で、新しい時代がやってきたという実感はまだないな。

 テレビを観ると、令和となった全国各地の様子が映し出される。まるで新年を迎えたようにどこも盛り上がっているなぁ。


「美優お姉ちゃん!」

「姉さん。令和になりましたので、あの言葉を言いましょう」

「そうだね」


 すると、白鳥3姉妹は一列に並んで、


『みなさん! 新元号あけましておめでとうございます!』


 可愛らしい笑顔になって、声を揃えて新元号になった挨拶をした。やっぱり、3人はこういう挨拶をしたか。

 突然のことで驚いたのか、みんな黙ってしまう。中には目を見開いて白鳥3姉妹を見る人もいる。


「俺達もおめでとうと返事しましょうか。俺が合図を言うので」


 そう言って白鳥3姉妹以外の人達の顔を見ると、みんな俺に向かって頷いてくれる。


「せーの」

『おめでとうございます!』


 俺の合図で、白鳥3姉妹に対して新元号を迎えた挨拶の返事をした。そして、ここにいる全員が笑顔で拍手をする。

 きっと、この令和という時代でも色々なことがあると思うけど、最後には今みたいに笑顔になれるよう頑張っていかないと。そう思いながら美優先輩の手を掴み、そっと抱き寄せる。彼女のことを幸せにしたい。


「令和もよろしくね、由弦君」

「はい。よろしくお願いします」


 俺がそう返事をすると、美優先輩はニッコリと笑って俺にキスしてきた。まさか、みんなのいる前でキスをしてくるとは思わなかったのでビックリ。唇を重ねている間に聞こえてくるみんなの拍手は、心なしかさっきよりも大きく思えるのであった。

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