第22話『側にいて楽しい人』

 ――俺と恋人として付き合ってください!


 茶髪のイケメン男子生徒が美優先輩に告白した。

 花柳先輩曰く、美優先輩は断るそうだ。それでも、無音の時間が長く感じる。

 あと、花柳先輩に強く握られているので、手が凄く痛い。俺に殺すと忠告したときほどじゃないけど結構恐いぞ。


「告白してくれてありがとう。でも、ごめんなさい。あなたと恋人としてはお付き合いしません」

「ど、どうしてなんだ!」

「それは……」

「2年生になったら、白鳥と付き合って、楽しい高校生活を送りたいと決めていたんだ。どうしてもってわけじゃないなら、俺と付き合ってみないか? お試しでもいいから」


 あの茶髪の男子生徒、美優先輩に何も言わせずに、自分の思う通りにさせようとしているな。

 美優先輩の脚が震え始めている。ここは強引にでも連れて帰った方がいいかもしれない。


「美優を助けて、桐生君」

「由弦、行ってきなさい! あたし達が見守ってるから!」


 俺は花柳先輩と風花に思い切り背中を押されてしまう。


「うわっ! ……おっとっと」

「だ、誰だ!」

「……あっ、由弦君!」


 美優先輩は俺を見て、柔らかな笑みを浮かべる。それとは対照的に、茶髪の男子生徒は複雑な様子で俺を見てくる。


「お、お前! 白鳥さんとどういう関係なんだ! あの白鳥さんが男子に向かって、こんなにも可愛い笑顔を見せるなんて!」

「……どう言うのが一番いいんでしょうね。そうですね……ど、同居人というのが正しいでしょうか。入居時の事情でこの春から住んでいます」

「えええっ!」


 茶髪の男子生徒は絶叫する。告白した相手が実は他の男子と一緒に住んでいたなんてことが分かったら、そりゃ驚いて声を上げてしまうか。

 すると、男子生徒は俺のことを睨んできて、


「お前、一緒に住んでいるって言っているけど、親戚なのか? それとも恋人として付き合っているのか?」

「親戚ではありませんし、恋人でもないですよ。ただ、そんな彼女と一緒に住み始めて1週間ほどですが楽しいと思っています。そんな人のこと恐がらせないでくれると嬉しいです。あなたは告白した。でも、美優先輩はきっぱりと振った。しかも謝ってもくれた。そこで終わりなのではないでしょうか。諦められない気持ちも分かりますが」

「お前に俺の恋心の何が分かるんだ!」

「……分かりたくない部分もあります。好きな人の気持ちを考えずに、自分の思い通りにしようとしたあなたの気持ちなんて。美優先輩に何かしようと思っているなら、俺はあなたのことを許しません」


 それが人気のある美優先輩と一緒に住みながら、この陽出学院に通う俺の覚悟だ。絶対に美優先輩のことを守り抜いてみせる。


「……ねえ。あなたに告白を断る理由を言ってなかったね。あなたに恋愛的な意味での興味が全くないのが一つ。あと、もう一つは……」


 美優先輩はとっても嬉しそうな様子で俺のところまでやってきて、茶髪の男子生徒に見せつけるように俺の腕を抱きしめてくる。


「こういうことだから、あなたとは付き合うことはできません」


 そう言うと、美優先輩は更に強く俺の腕を抱きしめてきた。お互いに制服を着ているのに、美優先輩の温もりがはっきりと伝わってくる。

 目の前の光景が信じられないのか、茶髪の男子生徒は一気に覇気がなくなり、表情がすっと抜けていく。


「……そっか。分かった。すまなかったな。ちっくしょおおっ!」


 男子生徒は悔し涙を流し、勢いよく走り去っていったのであった。


「とりあえず、何とかなりましたね。美優先輩、ケガとかはありませんか?」

「大丈夫だよ。きっと、由弦君のことを知ったから、しつこく告白されることもないんじゃないかな」

「これまでにしつこく告白してくる人もいたんですか?」

「うん。諦められない人もいて。でも、そういうときは瑠衣ちゃんが助けてくれて何とかなったの」

「そうでしたか。あと、あの茶髪の男子生徒に俺と一緒に住んでいることを話してしまいましたが、このことで迷惑をかけてしまうかもしれません。申し訳ないです」


 むしろ、何かあるとしたら俺の方の可能性が高そうだけど。


「ううん、気にしないで。それに由弦君と一緒に住んでいることを隠すつもりは元々ないから。だって、これからもきっと一緒に登下校する日が多いでしょう? 昼休みもたまには一緒に過ごしたいし。その様子を見たら、由弦君と私がどんな関係なのか考える人はいるはず。私はこれまで、何度も告白された人間だから。私は由弦君と暮らし始めた当初から、このことはいずれ学校の人に知られることだと思っているよ。別に由弦君と一緒に住むことが知られるのも嫌じゃないし。もちろん、私達が一緒に住むことを知って、快く思わない人がいるだろうっていうのも分かってる」

「……そうですか」

「もし、由弦君が私と住んでいることを知られるのが嫌だったら気を付けるよ」

「別に嫌じゃないですよ。ただ、一緒に住むことを言いふらしたりはしていませんけど。2人ほど、クラスでできた友人カップルに話してしまいましたが」

「ふふっ、そうなんだ。私もむやみに言わないようにするね」


 美優先輩は落ち着いた笑みを浮かべている。

 もしかしたら、今回のことで、美優先輩と俺が一緒に住んでいることが一気に学校中に広まるかもしれないな。


「桐生君、よくやったわ。ほら、2人は恋人じゃなくて同居人なんだからさっさと離れなさい」


 気付けば、怒った様子の花柳先輩が来ており、俺と美優先輩のことを引き離した。

 風花と加藤、橋本さんも俺達のところにやってくる。


「由弦、よくやったわね」

「なかなか格好良かったよ、桐生君」

「ご苦労さん、桐生。あの先輩、中学のときは凄く爽やかな感じがしたけど、恋愛に関してはしつこい人だったんだな。あと、こちらの黒髪の女性が、桐生と一緒に住んでいる白鳥先輩か」

「そうだよ。2年4組の白鳥美優先輩。あけぼの荘っていうアパートの管理人もしてる」

「初めまして、2年の白鳥美優です」

「1年3組の加藤潤です」

「同じく3組の橋本奏です。潤とは付き合ってます。彼はサッカー部に入って、私はそのマネージャーをやる予定です」

「へえ、付き合ってるの! 素敵だね! サッカー部の部員とマネージャーっていうのも何だかドキドキするな」

「後輩の男の子と一緒に住む方がよっぽどドキドキすると思いますよ。さっきは桐生君の腕を抱いていましたし、実際は彼のことをどう考えているんです?」


 橋本さんは意地悪そうな笑みを浮かべて、美優先輩の脇腹のあたりを肘でつつく。

 美優先輩ははにかみながら俺のことをチラチラと見て、


「由弦君は……心強い同居人だよ。さっきの様子を見てそれが分かったでしょう?」

「彼が近くにいると心強いのは分かりますけど、本当にそれだけですか?」

「も、もちろんだよ!」

「隣の部屋でも由弦がいてくれると本当に心強いよ。あたしの大嫌いなクモやゴキブリ、ヤモリまで難なく退治してくれるもん!」

「……そこまで力強く言われると、桐生君が本当に心強い存在だって分かるね。殺虫剤的な意味で」

「これから大活躍する季節がやってくるな、桐生」

「ああ、頑張るよ」


 そのときは勘違いとかハプニングの末、風花に殴られる展開にならないことを願う。


「そうだ、ゴキブリで思い出した」


 花柳先輩は俺のすぐ側にやってきて、


「美優から聞いたよ? ゴキブリを退治したとき、裸の美優に抱きしめられたって。あと、お互いに肩をマッサージし合ったとか……」


 俺の耳元でそう囁いてきた。

 一番知られたらまずそうなことも知られてしまっていたか。怒っているんじゃなくて笑っているところがとても恐い。


「痛っ!」


 右手の甲を思いっきりつねられる。


「ゴキブリを退治した直後に風花ちゃんからお腹を殴られたそうだし、あたしからはこのくらいにしておいてあげる」


 それでも、右手の甲から激痛が。ただ、風花に殴られていなければ、もっと辛い目に遭っていたかもしれないし、良かったと思うべきか。

 手を離されると、抓まれた部分がとても赤くなっている。痕にならないといいんだけど。


「しかし、噂で聞いていたとおり、白鳥先輩は可愛い人ですね。去年、ここに進学したサッカー部の先輩から白鳥先輩の話を聞いていて」

「そうだったんだ。可愛いかどうかはともかく、今みたいに告白されたことは両手で数え切れないくらいにあったかな。全部断ってきたけれど」

「そうだったんですね」

「ちょっと、潤。有名人や二次元の子ならまだしも、恋人の前で他の女の子を可愛いとか言わないでよ。嫉妬する」

「奏よりも可愛い女の子はいないって。別格別格」


 ははっ、と加藤は爽やかに笑いながら橋本さんの頭を撫でている。そのことに橋本さんもすぐに嬉しそうになって。その様子にドキドキよりも、癒される方が強い。


「加藤君と橋本さんは仲よさそうだね。これからも仲良くね。さあ、用事も済んだしそろそろ帰ろうか」


 俺達は陽出学院を後にする。

 加藤と橋本さんとは方向が違うので校門を出たところで別れ、4人であけぼの荘に向かって歩き出す。


「1年生の終業式の日には、まさか2年生の始業式の日に同居する後輩の男の子と一緒に帰るとは思わなかったよ」

「俺だって中学を卒業した日には、高校の始業式の日に同居する先輩の女の子と一緒に帰るとは思いませんでしたよ」

「あたしはそんな2人や瑠衣先輩と一緒に帰ることになるとは思いませんでした」

「本当に世の中って思いがけないことばかり起こるわよね、みんな」


 今の状況に約1名、快く思っていない人がいるような。さっき、手の甲をつねられたこともあってか、陽差しの温もりはおろか寒気を感じる。


「そうだ。瑠衣ちゃんと風花ちゃん、お昼ご飯食べる? 今日は暖かいからさっぱりとざるうどんにしようと思っているんだけど」

「もちろん食べに行くわ!」

「今日もいただきます!」

「分かった。じゃあ、4人でお昼ご飯を食べようね」


 その後、自宅に帰って、風花や花柳先輩と一緒に美優先輩の作ったざるうどんを食べた。たまにはこういったさっぱりとしたお昼ご飯もいいな。とても美味しかった。花柳先輩は終始幸せな様子で食べていたな。

 何もしないのは良くないと思い、後片付けは俺がやった。

 教科書を買ったということもあってか、2人とも俺の後片付けが終わったらすぐに自宅へと帰っていった。


「2人とも美味しそうに食べてくれて良かったな」

「そうですね」

「あと、由弦君、後片付けありがとう」

「いえいえ。美味しいお昼ご飯をありがとうございました」

「ふふっ、一緒に住んでいるんだし、お礼を言わなくてもいいような気がするけれど、言ってくれると嬉しい気持ちになるね」

「伝えることのできる感謝は、なるべく言葉や態度、行動で伝えた方がいいのかなと思いまして。たまに、それが照れくさいと思ってしまうこともありますが」


 有り難いと思うことには、感謝の言葉を伝えた方がいい気がして。それをしないと、してくれたことが当たり前のことに変わってしまいそうな気がするから。


「私もちゃんと由弦君にお礼を言いたい」


 そう呟くと、美優先輩は俺のことをぎゅっと抱きしめてきた。先輩の強い温もりや甘い匂い、柔らかさがはっきり伝わってくる。


「先輩……」

「ラブレターをもらって、瑠衣ちゃんには断ることを伝えてた。でも、実際にあの場に立って、告白を断ったときは緊張した。断ったのに、付き合うように説得され始めたときは正直、恐い気持ちもあった。でも、由弦君の姿が見えたとき、その恐さがなくなったの。私を守ってくれたことや、私と一緒に住んでいることが楽しいって言ってくれたこと、とても嬉しかったよ。もしかしたら、由弦君をここに住んでもらうことが間違っていたのかなって思うことも正直あって。由弦君、ありがとう」


 美優先輩は俺のことを見上げ、可愛らしい笑顔を見せてくれる。

 あのとき、嬉しそうな様子で俺の腕を抱きしめたのは、あの場に俺が現れただけじゃなくて、ここで一緒に住むことが楽しいって分かったからだったんだ。ここに住むきっかけは、二重契約が分かり、管理人としての責任を取ることだったし。

 俺は右手で美優先輩の頭を優しく撫でる。そのことで、先輩の髪からほのかにシャンプーの甘い匂いが香ってきて。


「いえいえ。俺のあの行動が少しでも先輩の心を救えたのなら、それ以上に嬉しいことはありません」

「……言うことが大人だなぁ。あと、この1週間色々あったけど、私も由弦君とここで一緒に住むことが楽しいよ」

「そう思ってくれて嬉しいです」


 俺も美優先輩のことをぎゅっと抱きしめる。

 美優先輩の体は俺よりもずっと華奢で。でも、そこから感じられる温もりは俺を包み込んでくれるような優しさがあって。きっと、この1年間、あけぼの荘の管理人さんの仕事をしっかりやったことで慕われてきたんだろうなと思った。


「瑠衣ちゃんにも抱きしめられるけど、彼女のときとは違うね。由弦君は体が大きいから温もりに包まれる感じがして」

「そうですか」

「家で由弦君に抱きしめられて安心できるよ。ありがとう」

「いえいえ」

「……由弦君、コーヒーを飲みたくない? 淹れるよ」

「ありがとうございます。いただきます」


 そっと抱擁を解くと、美優先輩は台所に向かった。コーヒーを淹れるときの先輩の横顔ははにかんだもので。それがとても可愛く思えるのであった。

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