第21話『はじまり』

 4月5日、金曜日。

 今日は始業式の日。昨日、入学式に参加したので、今日に始業式があるのは何だか不思議な感じがする。ただ、今日は始業式とホームルームだけだし、お昼には終わるからいいか。しかも、明日と明後日は週末でお休みだし。


「どうかな、由弦君」

「とてもよく似合っていますね。可愛いです」


 今日は2年生も学校がある。なので、ようやく美優先輩の制服姿を見ることができた。先輩も高校生なのだと再認識する。

 ただ、これまでに私服姿や寝間着姿をたくさん見たから、制服姿になっても可愛いだけじゃなくて、大人っぽさや艶やかさも感じられる。


「ありがとう。そう言ってくれて嬉しいよ。ただ、そこまでじっと見つめられると、さすがに恥ずかしくなってくる……」

「すみません。制服姿の美優先輩を見るのは初めてでしたし、似合っていますから目を奪われてしまいました」

「……そう言われると、より恥ずかしくなっちゃうよ」


 もう、と美優先輩は頬を赤くしながら呟いた。そんな言葉とは裏腹に、表情は嬉しそうに見えて。


「ねえ、由弦君。由弦君さえよければ、私の制服姿の写真を撮ってもいいよ」

「では、遠慮なく」


 俺はスマホで制服姿の美優先輩を撮影する。まだ、頬の赤みが残っているけど、写真に収められた先輩の笑顔はとても素敵なもので。


「いい写真を撮ることができました。ありがとうございました」

「いえいえ。その……変なことには使わないでね」

「安心してください」


 風花と同じことを言われたな。女子が男子に写真を撮ってもいいときに言うお決まりのセリフなのだろうか?

 ――ピンポーン。

 インターホンの音が聞こえた。風花が来たかな?


「はーい」


 美優先輩が玄関の扉を開けると、予想通り風花がいた。あと、今日は2年生も学校があるからか花柳先輩もいる。もしかして、いつも花柳先輩は美優先輩のことを迎えに来ていたのかな。


「おはようございます、美優先輩、由弦」

「おはよう、美優、桐生君」

「うん、おはよう。風花ちゃん、瑠衣ちゃん」

「おはようございます、風花、花柳先輩」

「美優先輩の制服姿、やっぱり可愛いですね! 写真を撮ってもいいですか!」

「いいわよ、風花ちゃん」

「どうして瑠衣ちゃんが答えるの。もちろんいいよ、風花ちゃん」

「ありがとうございます」


 風花はスマホで美優先輩のことを何枚も撮っている。そんな風花の後ろで花柳先輩がニヤニヤと笑っていた。

 今日は4人で陽出学院に向かって出発する。


「制服姿を見ると、美優先輩も女子高生なんだなって思います!」

「そうだよ、風花ちゃん。私は管理人の仕事もしているけど、本業は女子高生なんだよ。JK2年目なんだよ」

「ふふっ。美優先輩って私服姿だと綺麗な人って感じでしたけど、制服姿になると可愛い印象が強くなりますね」

「風花ちゃん、よく分かっているじゃない。あたしもそう思うわ」


 花柳先輩は興奮した様子で風花の手をギュッと掴んでいる。

 風花の言っていることには頷けるかな。私服姿でも可愛らしいときはあったけど、制服姿になると年相応の可愛らしさがとても感じられる。そんな美優先輩が歩いているからか、周りから視線を感じるな。特に男子生徒から。さすがは何度も告白されたことだけある。

 陽出学院に到着し、第1教室棟の昇降口へ行くと、昨日のように掲示板の前には多くの人が集まっていた。2年生と3年生のクラス分けが発表されているのだろう。

 美優先輩と花柳先輩はさっそくクラスを確認しに行く。

 すると、2人とも同じ2年4組であることが分かり、喜んで抱きしめ合っていた。俺も2人が同じクラスになって本当に良かったと思うよ。色々な意味で。

 先輩達のクラスは6階にあるので、途中で別れることに。


「花柳先輩、凄い喜びようだったよね」

「ああ。友達と同じクラスだと嬉しいし安心するよね」

「そうね。あたしも由弦と同じクラスで安心してるし」

「そう言ってくれるのは嬉しいよ」


 そんなことを話しながら1年3組の教室に入ると、男女問わず何人かのクラスメイトがこちらにやってくる。


「ねえ、桐生君と姫宮さんって付き合ってるの?」

「2人って昨日も一緒に学校に来て、一緒に帰ったよな! やっぱイケメンと美女ってくっつくものなんだな!」

「アパートで一緒に暮らしているっていう噂もあるけど、それって本当なの?」


 クラスメイト達から矢継ぎ早に問われ、好奇な視線を浴びせられる。


「えっと、その……」


 風花はそう言うと、顔を真っ赤にして何も言えなくなってしまう。それが勘違いを膨らませてしまったのか、更に盛り上がる事態に。


「みんな落ち着いて。風花と俺は付き合ってないよ。同じアパートに住んでいるけれど、同じ部屋じゃなくて隣同士に住んでいるんだ。春休みを通じて仲良くなったから、こうして一緒に登下校しているんだ。だよな、風花」

「……う、うん。そういうことだよ……」


 風花は顔を赤くしたまま、俺と視線を合わせずにそう言った。俺から逃げるようにして自分の席へと行ってしまった。

 俺も自分の席に向かう。


「すまないな。俺からも2人は単なるご近所さんだって言ったんだが、本人達に確認しないと分からないと言われちゃって」

「気にしないでいいよ。付き合っていないのは事実だし、みんなも分かってくれるさ」


 それよりも、風花が早くいつも通りに元気になってくれるといいんだけど。今、風花は自分の机に突っ伏していて、そんな彼女の頭を橋本さんが撫でている。

 それから程なくしてチャイムが鳴り、それとほぼ同じくらいのタイミングで霧嶋先生が教室にやってきた。今日も黒いスーツをしっかりと着ているな。クールビューティーという言葉は先生に使うべき言葉だろう。


「チャイムが鳴っているのですから、自分の席に座るように。それでは、朝礼を始めます」


 霧嶋先生は凛とした様子で朝礼を始める。厳しそうで、恐い印象もあるけれど、授業も始まればその印象も変わっていくのかな。教え方が上手だと美優先輩が言っていたし。


「朝礼は以上です。もうすぐ始業式の時間ですので、このまま待っていてください。陽出学院は生徒数が多いので、始業式や終業式という全校生徒が参加する式は、校内放送で行ないます。始業式の様子はこのテレビで観ます。教室にいるからといって、私語をしたり、眠ったりしないよう気を付けてください」


 そう言うと、霧嶋先生は教室のテレビの電源を入れ、チャンネルを変えていく。『私立陽出学院高等学校 2019年度1学期始業式』と表示される。あれが校内放送のチャンネルなのかな。

 てっきり、昨日の入学式みたいに体育館に行くのかと思ったよ。


「教室で始業式なんて楽でいいよな」

「そうだね」


 椅子にゆっくり座っていればいいなんて。これが高校クオリティなのか。生徒数が多いからと霧嶋先生が言っていたので、大きな高校に進学して正解だったな。

 小中学校では体育館でやることが多く、立ったまま校長先生の長い話を聞くのは実につまらなかった。夏の時期だと暑いし、冬だととても寒いので辛さを感じることも。

 テレビを点けてから数分も経たないうちに、校内放送による始業式が始まる。

 私立高校だからなのか、校長だけでなく理事長のお話というのもあった。それも新鮮だったし、こういう形の始業式は初めてだったので、あまり退屈しなかった。



 始業式が終わった後は学校の施設を知るための校内探検。

 学校が広いので隅々まで回ることは時間的にキツいので、普段、学校生活を送っていくうえで利用しそうな場所を中心に回った。


「東京の私立高校ってやっぱり凄いね、由弦」

「そうだね」


 風花とのこのやり取り。校内探検をしている中で何度言っただろうか。ただ、俺も同じようなことを思っているので、しつこいとか思うことは一切なかった。登校したときのこともあったけど、元気になって良かった。

 ただ、この校内探検でもっと学校の色々なところを知りたくなったな。敷地は広いし、まだまだ見ることができていない場所も多いので、近いうちに自分で校内探検をすることにしよう。



 校内探検が終わった後は、授業で必要な教科書を買いに行く。こうして見てみると、1年生から色々な教科を学ぶんだな。とても重い。自宅が徒歩数分のところで良かったと改めて思った。

 教科書の購入で今日のホームルームは終わった。いよいよ、来週の月曜日から授業が始まるのか。

 教科書を持って帰らないといけないし、今日も風花と一緒に家に帰ろうと思った瞬間、

 ――プルルッ。

 花柳先輩から1件のメッセージが届いた。嫌な予感がする。


『今すぐに第1教室棟の昇降口に来なさい。用は後で話すから』


 うわあっ、何があったんだろう? 学校でメッセージを受け取ると、より先輩からの命令って感じがして恐い。


「由弦、今日も一緒に帰ろう……って、どうしたの? 顔色があまり良くないけど」

「……花柳先輩から呼び出された。この第1教室棟の昇降口に来てほしいって」

「そうなの。じゃあ、そこまで一緒に行こうか」

「そうしてくれると心強いよ」

「じゃあ、俺も昇降口まで一緒に行こうかな。奏もそれでいいか?」

「うん。今日は教科書もあって、まずは帰ろうかなって思っていたから」

「じゃあ、4人で行こうか」


 俺は風花、加藤、橋本さんと一緒に1階の昇降口まで行く。クラスメイトが3人も側にいてくれるのは心強いけど、足取りが重く感じる。

 昇降口に到着すると、そこにはバッグを持った花柳先輩の姿が。


「お待たせしました、先輩」

「思ったよりも早かったわね、いいことよ」

「お疲れ様です、瑠衣先輩」

「お疲れ様、風花ちゃん。その手提げ、きっと教科書を買ったのね。そちらの2人はクラスメイト?」

「はい。2人のクラスメイトの加藤潤といいます」

「橋本奏です。ちなみに、私と潤は付き合っているんです」

「そうなの。このまま仲良く幸せにね。あたしは2年4組の花柳瑠衣。よろしくね」

「……ところで花柳先輩、俺を呼び出した理由って何なんですか?」


 勇気を出して理由を聞いてみると、花柳先輩は大きなため息をつく。


「……美優が男子生徒からラブレターをもらったの。この後、第2教室棟の裏で告白されるの。美優は断るって言っていたけれど、何があるか分からないから見守りたくて。今は君と住んでいるから、君も見た方がいいと思って連絡したの」

「そういうことですか」


 相手は男性だし、告白を断ったら美優先輩に何があるか分からない。万が一のときのためにも、同居人であり男の俺がいた方がいいと思ったのだろう。


「1学年上で美優と言いますと、もしかして白鳥美優先輩のことですか?」

「そうよ、加藤君。知ってるの?」

「ええ。俺、地元の中学出身で。ここに通ってる1つ上のサッカー部の先輩が、高校に凄く可愛い同級生がいるって楽しそうに話してて。そのときに、白鳥美優っていう名前も言ってました」

「私も思い出した。穏やかで優しいけど、難攻不落の女性だって」

「地元出身なんだ。あたしも地元だけど、2人のことは見たことないなぁ。2人は伯分寺第1中学? あたしはそこ出身なんだけど」

「私と潤は第2中学出身なんです。ところで、桐生君って白鳥先輩と一緒に住んでるの?」

「ああ。実は風花の部屋と二重契約になってて。それで、俺が風花に部屋を譲って、近くの物件を探してもらったんだけど見つからなくて。美優先輩は管理人もやってるから、責任を取るためって意味もあって、一緒に住むことになったんだ」

「そういうこと……」


 橋本さんも加藤も真剣な表情になるだけで、俺のことを軽蔑するような様子は見られない。


「ということで、桐生君。一緒に来なさい。みんなも来てくれると心強い」

「もちろん行きますよっ!」

「友人と一緒に住んでいる先輩の顔を見てみたいです」

「潤と同じく」

「じゃあ、みんなで行こうか」


 俺達はローファーに履き替えて、瑠衣先輩の案内で告白の場所である第2教室棟の裏に急いで向かう。教科書もあると何気に辛いな。


「いたわ。美優と……告白の相手でしょうね」


 美優先輩と向かい合う形で茶髪の男子生徒が立っていた。なかなかのイケメンだ。


「男子の方。名前は分からないけど、中学の部活中に何度も見たことがあるな。確か、陸上をやってたと思う。去年は見かけた記憶がないから、きっと先輩だろうな」

「そうなんだ」


 運動部に所属している生徒か。これは何かあったら本気で美優先輩のことを守らなければいけないな。


「急に呼び出してごめん。ここに来てくれて嬉しい」

「うん。この手紙……読んだよ」

「そうか。改めて言わせてくれ。俺は白鳥のことが好きだ。俺と恋人として付き合ってください!」


 その告白の言葉はとても素敵なものであるのは分かる。ただ、その言葉を乗せた声はやけに耳障りだった。

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