第20話『入学の日-後編-』
地元を離れることもあって、中学校の卒業式は感慨深いものがあった。
だけど、今日の入学式はそういった感情を抱くことはなかった。高校生活が始まるからしっかりしないといけないって思うくらいで。
あと、俺の次の出席番号の生徒が女子で、その子からたまに視線を向けられていた気がする。
「卒業式よりも長く感じたな」
入学式が終わり、会場である体育館から少し離れたところで加藤がそう言った。
「桐生はどうだった?」
「俺も同じだな。中学の卒業式は3年間過ごしたから、色々と思うところがあったよ。ここに進学するために地元から離れたからさ」
「なるほどな。俺も中学の思い出に浸ったけど、地元だから寂しさはそんなになかったな。そういう話を聞くと、桐生は大人に感じるぜ」
「そうかなぁ。恋人がいる方が大人に感じるけどな、俺にとっては」
「ははっ、そうか。人それぞれの考え方はあるよな。奏は……あっ、いた。おーい」
「潤!」
橋本さんは風花の手を引いて、俺達のところにやってくる。橋本さんに手を引かれる風花も楽しそうだし、さっそく2人は友達になったのかな。
「入学式やっと終わったね、潤。こっちの彼は桐生由弦君でしょ。風花から聞いた」
「初めまして、桐生由弦だ。これからよろしくね。加藤から聞いたけど、2人は付き合っているんだって?」
「うんっ。中1の夏頃からね。潤はサッカー部に入っていて、私はマネージャーをやっていたからそれをきっかけに知り合って」
「へえ、サッカー部繋がりなんだ」
加藤の雰囲気からして、サッカーは似合いそうだ。あと、橋本さんみたいな美人な女子マネージャーも。こうして一緒にいるところを見るとお似合いだと思う。
「そうなの。中学のサッカー部で彼と出会って、中学1年の夏休み前から付き合ってる」
「そうなんだ。じゃあ、今年で3年か」
「そうなるね。ただ、高校に入学して最初のクラスが潤と同じで良かったよ。まあ、高校でもサッカー部のマネージャーになるつもりだから、部活で潤と一緒にいるけどね。それにしても、風花と桐生君は付き合ってないんだね。風花からはアパートの隣人だって聞いたけど」
とは言うけど、口元のニヤケ具合からして風花と俺のことを疑っていそう。
「1週間くらい前に引っ越してきて。そのアパートは陽出学院の生徒だけが住んでいるんだけど、1年生は風花と俺だけで。春休み中は風花と一緒に過ごすこともあったよな」
「そうだね。楽しかった。……か、奏。由弦はクラスメイトでもある隣人であって、恋人じゃないから。それだけは覚えておいてくれるかな。加藤君も」
「ああ。よーく覚えておくよ、姫宮」
「分かったよ、風花。頬を赤らめて言うところが怪しいけど、かわいい」
そう言って、橋本さんは楽しそうな様子で風花の頭を撫でている。何だか微笑ましい光景だな。
教室に戻り、霧嶋先生が戻ってくるまでの間に橋本さんと連絡先を交換する。入学初日に男女1人ずつクラスメイトと交換できたし上々じゃないだろうか。
「はい、みなさん。自分の席に着くように。ホームルームを始めますよ」
霧嶋先生が教室に戻ってきたので、初めてのホームルームが始まる。1年間の予定だったり、高校生活で送っていく上での注意だったり。また、授業は来週の月曜日からスタートするとのこと。
あとは部活のことも話していた。仮入部期間は来週の月曜日から2週間らしい。その説明の際、先生は顧問である文芸部の宣伝をちゃっかりしていた。この間にどこの部活に入るのか。それともどこも入らないか決めることにしよう。
その後は新年度恒例とも言える自己紹介タイム。
お手本を見せなければと霧嶋先生が最初に自己紹介をする。それによると、先生は今年で26歳。去年までは副担任であり、担任になるのは今年が初めてらしい。
現代文や古典の先生だけあって、大学も文学部の国文学科に所属していたとのこと。あと、個人的には乗り気ではなかったけど、大学の友人の勧めでミスコンに出たら優勝してしまったそうで。ただ、それを結構嬉しそうな様子で語っていたところが可愛らしかった。
先生の後は出席番号順に自己紹介。桐生という苗字なので、こういうときはだいたい序盤で発表するから嫌だな。
ただ、引っ越し初日やお花見で自己紹介したからか、さほど緊張せずに自己紹介できた。静岡出身で上京してきたり、姉妹がいたりしたことでネタに困ることはなかった。
風花もあけぼの荘で自己紹介をした経験があってか、元気に自己紹介ができていた。可愛いと呟く男子もいて。
加藤と橋本さんは落ち着いていたな。同じ中学出身の生徒が何人もいると言っていたこともあってか、付き合っていることもさらっと公言していた。それでも女子生徒の多くが黄色い悲鳴を上げていて。
自己紹介タイムは終わり、今日はお昼前で終わりとなった。明日は始業式とホームルームだけなので今日と同じくらいには終わるらしい。土日も休みだし、週末までは気が楽だな。
「由弦、一緒に帰ろうか」
「そうだね」
「一緒に来るだけあって、桐生と姫宮は仲がいいんだな」
「隣人として、あとはせめて友人として仲がいいだけだよ、加藤君」
「ははっ、そっか。どんな関係でも仲がいいのはいいことだ。そうだ、奏。来週からは部活も始まるし、学校帰りにゆっくりとデートできる機会はそんなにないだろうから、どっかに行こうか」
「うん!」
橋本さんは嬉しそうな様子で加藤と腕を組んでいる。加藤も嬉しそうではあるけれど落ち着いていて。付き合ってから3年近く経っているからこそ出せる雰囲気なのかな。少なくとも、1年生の間は彼らに何度も癒されることだろう。
美優先輩に真っ直ぐ帰るとメッセージで送り、俺は風花と一緒に教室を後にする。
「初日だから何だか疲れちゃったな。お昼前に終わって良かったわ」
「そうだね。明日も授業なしで、お昼で終わるから良かったよ」
「うん。授業がないって最高だよね!」
その気持ちは分かるけれど、それを学校の中で思いっきり言えてしまうところが凄い。
来たときにも思ったけれど、本当に綺麗な校舎だと思う。敷地も結構広いし、近いうちに校内を探索するか。
俺達は学校を後にして、帰路に就く。晴れているからか、朝よりも暖かくなっている。
「こうして学校から帰ると、あたしも高校生になったんだって実感するよ」
「半日だけど、高校で過ごしたからね」
「そうね。ただ、入学式は中学の卒業式と比べて退屈だったな」
みんな似たことを考えているんだな。
「話は変わるけど、家まで近いといいよね」
「疲れたり、具合が悪くなったりしても歩いて5分くらいなら帰れるもんね。朝もゆっくりとできるし」
「そうだね。あと、忘れ物しちゃったときもすぐに取りに戻れるよね。10分休みでも、走れば間に合うかも」
「……できなくはないか」
風花は忘れ物しやすいのかな。そんな事態にならないように気を付けなければ。
そんな話をしていたらあけぼの荘が見えてきた。あけぼの荘の入口前では、エプロン姿の美優先輩がほうきを持って掃除していた。こうしている姿はまさに管理人さんだ。私服姿だと大人っぽく見える。
俺達に気付いた美優先輩は笑顔で手を振ってくる。
「あっ、由弦君に風花ちゃん、おかえりなさい」
「ただいまです。美優先輩、そのエプロン可愛いですね!」
「ありがとう。うちの桜が散ってきて、風で花びらが道路まで来ているからね。あとは帰ってくる2人のことを出迎えたかったから。その花飾りを見ると、本当に入学したんだなって思うよ。改めて、入学おめでとう」
「ありがとうございます! 美優先輩!」
「ありがとうございます。あと、風花と俺は同じ1年3組になりました」
「へえ、それは良かったね! 私も瑠衣ちゃんや杏ちゃん、莉帆ちゃん達と同じクラスになれるといいな。ちなみに、担任の先生は?」
「現代文と古典を教えている霧嶋一佳先生です。若くて綺麗な先生だよね!」
「そうだね。厳しそうでもあるけれど。美優先輩はご存知ですか?」
陽出学院高校は生徒数がとても多いから、きっと先生もかなり多いことだろう。3年間の間に一度も関わることなく、存在すら知らない先生も出てきそう。
「一佳先生は知ってるよ。去年、私のクラスで現代文を担当したから。あとは、顧問じゃないけどたまに料理部にも顔を出していたし。先生は確か文芸部の顧問だったかな」
「部活の説明のときに、自分は文芸部の顧問だって言っていましたね」
現代文と古典の先生だから、文芸部の顧問なのも納得かな。あと、料理部にたまに顔を出すってどういうことなんだろう? 料理部の顧問の先生と仲がいいのだろうか。
「私が知っているのは授業のときがメインだったから、厳しい感じで笑顔を見せることはあまりなかったな。だけど、教え方も上手いし、質問したことにも的確に教えてくれるしいい先生だと思うよ。2人とも良かったね」
「ええ! 女の先生が担任になって良かったです!」
「ふふっ、そっか。そうだ。胸の花飾りも付けてるし、ツーショット写真を撮りたいんだけどいいかな?」
「もちろんですよ!」
「ええ、いいですよ」
その後、風花と俺はあけぼの荘をバックにして、美優先輩に写真を撮られる。そういえば、卒業式から帰ってきたとき、実家の前で両親が俺のことを写真に撮っていたなぁ。
「2人ともありがとう。写真送るね。これからお昼ご飯を作ろうと思うけど、風花ちゃんも一緒にどう? 焼きそばにしようと思っているんだけど」
「焼きそば好きです! お言葉に甘えさせていただきます」
「決まりだね。着替えたらうちに来てね」
それから、俺達は3人で美優先輩の作ったお昼ご飯の焼きそばを食べた。とても美味しかった。
あと、学校から帰ってきたときに「おかえり」と言ってくれる人がいるっていいな。安心するし、家に帰ってきたんだと実感もできる。普通に引っ越していたら体験できなかったことだろう。
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