第24話『温水浴』

 夕ご飯の後、俺と美優先輩は約束通り、水着姿でお風呂に入ることに。

 さすがに、洗面所で一緒に着替えるのはまずい。なので、美優先輩が先に水着に着替え、その後に俺が水着に着替えることにした。


「おっ、着れた」


 定期的に筋トレとかしているけど、キツくなっていることはなかった。まさか、こんな形で水着を着ることになるとは。

 水着に着替え終わったので、美優先輩が待っている浴室へ。


「失礼します」

「いらっしゃい、由弦君」


 浴室の中には、紺色のスクール水着を着た美優先輩が待っていた。肌の露出はそこまで多くないのに、とても艶やかに見えるのはなぜなのか。先輩の水着姿を初めて見るからだろうか。あと……胸がとても大きいな。

 俺と目が合うと、美優先輩ははにかんだ。


「一緒にお風呂に入るのもそうだし、こうして水着姿を見せ合うのも初めてだから何だか恥ずかしいね」

「まあ……そうですね。あと、水着似合ってますね」

「ありがとう。でも、この水着を最後に着たのは去年の水泳の授業だから、胸のあたりがちょっとキツいんだよね。夏が近づいたら、新しい水着を買わないと」

「そ、そうですか」


 シーズンの近くになってから買った方が確実だもんな。今買うと、胸のあたりがまたキツくなってしまう可能性もあるし。


「ゆ、由弦君の水着もよく似合ってるよ。あと、服を着ていたときは分からなかったけど、意外と筋肉が付いているんだね。肌も綺麗……」

「日課で何年も筋トレをしていますから」

「そうなんだね。さあ、由弦君。さっそくこの椅子に座って。髪を洗うね」

「分かりました。よろしくお願いします」


 俺は椅子に座り、鏡越しで俺の後ろに膝立ちする美優先輩のことを見る。これが初めてなのに、雫姉さんや心愛に洗ってもらうときとは違って安心感がある。


「はーい、目を瞑ってね~」


 美優先輩の言う通りに目を瞑ると、それから程なくしてシャワーでお湯をかけられる。これだけでも凄く気持ちいいな。すぐ後ろに水着姿の先輩がいることに緊張するけど、目を瞑ると少し和らいだ。

 お湯の流れが止まり、シャンプーの匂いが香ってくる。美優先輩の両手が頭に触れた次の瞬間、髪を洗う音が聞こえてきた。あぁ、気持ちいい。


「由弦君、こんな感じで洗っていけばいいかな」

「はい。気持ちいいです。とても上手ですけど、実家にいた頃は朱莉ちゃんや葵ちゃんの髪を洗っていたんですか?」

「うん、たまにやっていたよ。そのときは2人とも気持ち良さそうな表情をしてくれて嬉しかったなぁ。そのお礼に2人が私の髪を洗ってくれたのも嬉しかった。だから、一緒に住む由弦君の髪を一度洗いたいって思っていたの」

「そうだったんですか」


 その話を聞くと、先輩と一緒にお風呂に入ることの罪悪感や背徳感が薄れる。

 きっと、ストレートに言うのは恥ずかしいから、入学祝いとか、告白のときに助けてくれたお礼という理由を付けたのだろう。

 それにしても、優しい手つきで気持ちがいいな。段々眠くなってきた。


「由弦君は雫さんや心愛ちゃんの髪を洗ったことはある?」

「はい、何度もあります。そのときは大抵、入浴後に髪を乾かすことまで要求されます。朱莉ちゃんや葵ちゃんのように、髪を洗ってくれたお礼で俺の髪を洗ってくれて。それは嬉しいんですけど、心愛は力任せな部分がありますし、雫姉さんは上手なのですが、背中に指をなぞったり、くすぐったりしてくるので不安なんですよね」

「ふふっ、そうなんだ。私も指で背中をなぞることはやったなぁ。こんな風に」

「……あっ」


 背中を指でなぞられたことがくすぐったくて変な声が出てしまい、体がビクついてしまった。何だかとても恥ずかしい。

 振り返ると、美優先輩は俺のことを見ながら苦笑い。


「ごめんね、由弦君」

「もう、ビックリしましたよ。美優先輩って茶目っ気な部分もあるんですね」

「由弦君がどんな反応するのか気になって。……ちょっと可愛かった」

「……そう言ってくれるのがせめての救いです」

「ふふっ。じゃあ、そろそろ泡を落とすから目をしっかり瞑っててね」

「はい」


 先輩の言うようにしっかり目を瞑り、シャワーで髪に付いたシャンプーの泡を落としてもらう。その際はさすがに指でなぞられたり、くすぐったりされることはなかった。

 また、さっきの指なぞりの件があったからか、髪まで拭いてもらってしまった。


「これで終わりだね」

「ありがとうございます。さっぱりしました。……あの、髪を洗っていただいたお礼として美優先輩の髪を洗いたいのですが」

「いいの?」

「はい。女性の髪を洗うのは雫姉さんや心愛で慣れていますから。あと、美優先輩みたいに、髪を洗っている間に変なことをしませんから安心してください」

「言われちゃったな。……分かった。そのお言葉に甘えさせてもらうね」

「はい。任せてください」


 俺は美優先輩とポジションをチェンジして、彼女の髪を洗い始める。こうして触ってみると先輩の髪ってサラサラしているな。あと、先輩の後ろ姿はとても綺麗だ。肌も白くて。


「どうですか、美優先輩」

「うん、とても気持ちいいよ。あと、由弦君の手が大きいから何だか不思議な気分。妹達だけじゃなくて、瑠衣ちゃんにも洗ってもらったことがあるけど、こんなに手が大きくないから」

「そうですか」


 やっぱり、花柳先輩は美優先輩の髪を洗ったことがあるのか。きっと、体の方も志願して洗ったんだろうな。そのときの花柳先輩の表情が目に浮かぶ。


「花柳先輩とは一緒にお泊まりしたことがありそうですね」

「もちろん。家に泊まったこともあれば、瑠衣ちゃんの家に泊まったこともあるよ。でも、ゆっくりできそうだからっていう理由で、瑠衣ちゃんがここに泊まりに来ることの方が多いかな」

「なるほど」


 この家なら美優先輩と2人きりになりやすいからな。寝室のベッドで、美優先輩と一緒に幸せそうに眠っている花柳先輩の姿が目に浮かぶ。

 あと、プライベートでも深い付き合いのある花柳先輩に今のことを知られたら、手の甲をつねられるだけじゃ済まないかもな。


「美優先輩、そろそろシャンプーの泡を流しますから目を瞑っていてください」

「はーい」


 シャワーで美優先輩の髪に付いている泡を丁寧に流していく。

 タオルで髪を吹いていくと、さっきよりも艶やかになった気がする。ドライヤーで乾かしていけば、きっとサラサラとした髪になるだろう。


「はい、終わりました」

「ありがとう、由弦君。……今更だけど、このままだと体が洗えないね」

「そうですね。どうしましょうか」

「でも、せっかく一緒に浴室にいるんだから、湯船にも浸かりたいよね。温水浴したいな」

「温水浴って初めて聞きましたけど、せっかくですから入りたいですね」

「じゃあ、シャワーで体を綺麗にして、水着を着たまま湯船に浸かろうか。家のお風呂だし、それでいいかなって。その後に、各々体を自分で洗えばいいかなって思うんだけど」

「一緒に湯船に入るなら、その流れが一番良さそうですね」

「じゃあ、決まりだね」


 その後、美優先輩、俺の順番で体をシャワーで洗い流して、一緒にお風呂に入ることに。1人で入ってちょうど良く感じる湯船なので、美優先輩と一緒だとさすがに狭く感じる。

 お互いに水着は着ているけれど、こんなことは滅多にないだろうから、何だか厭らしい感じがして。


「やっぱり、2人だと狭くなっちゃうね」

「そうですね。ちなみに、花柳先輩のときはどうでしたか?」

「瑠衣ちゃんは、由弦君はおろか、私よりも体が小さいから、どこか触れるけれど窮屈さは感じなかったよ。瑠衣ちゃん、たまに私に抱きついてきたし」

「そうなんですか」


 お風呂の中だからか、喜んで美優先輩のことを抱きしめている花柳先輩のことが目に浮かぶ。


「もちろん、今が嫌だってわけじゃないからね!」

「ははっ、分かってますよ」


 お風呂はゆったり浸かることができるのが一番いいけど、今の狭さは嫌じゃない。それも美優先輩と一緒だからかな。

 美優先輩は顔を赤くして俺のことを見てくる。


「……由弦君さえ良ければ、私が由弦君のことを抱きしめてみよっか? そうすれば、少しは湯船が広く感じるかもしれないし」

「それは……やってしまっていいのでしょうか」

「……Gを退治したときに、裸の状態で抱きしめているから私はいいよ。今は水着を着ているんだし。午後にも服を着た状態で抱きしめているからさ」

「……分かりました。では、いつでも来てください」

「うん」


 すると、美優先輩はゆっくりと俺に近づいてきて、俺のことを抱きしめてきた。

 俺は上半身裸で、美優先輩はスク水姿だから、お昼に抱きしめ合ったときよりも先輩の柔らかさをダイレクトに感じる。あと、シャンプーの香りと先輩の匂いも。


「どうかな? 少しは湯船が広くなったって思える?」

「こんなにも先輩と密着していると、湯船の広さはそんなに関係ないような。でも、さっきよりもゆったりとした感じはします」

「……そっか。それは良かった。私もゆったりした感じはちょっとするよ」

「そうですか」


 両手が空いていたので、俺は美優先輩の背中にそっと手を回す。湯船に浸かっているからなのか、何かを抱きしめているとこんなにも気持ち良くなるんだ。ドキドキもするけど、まったりとした感じもして。


「こうしていると由弦君に包まれてる感じがするよ。でも、悪くないな。相手が由弦君だからかな。ドキドキが強いけど、心地よく感じるの」

「……俺も同じような感じですよ」

「由弦君もなんだ。嬉しいな。こういう風に感じるのは一緒に寝たことがあるからかな。それとも、お昼に抱きしめ合ったからかな」

「……どうなんでしょう。ただ、こういうことをして、心地よく感じられるのですから、これからも美優先輩と一緒に暮らしていけるじゃないかなって思います」

「そうだね。お互いにこの生活が楽しいんだって分かり合えたもんね。そんな生活を一日でも長く続けたいって思ってるよ」

「俺もですよ」


 一緒に生活することが楽しいって美優先輩が言ってくれたこと。とても嬉しかった。

 俺達が一緒に住んでいることはきっと、あっという間に学校中に広まっていくだろう。美優先輩と俺が望む楽しい生活を守るためにも頑張らないと。そう思って、先輩への抱擁を強くすると、先輩の体から確かな鼓動が伝わり、すぐに俺の鼓動と重なった。


「何だか、このままだとのぼせちゃいそうだから、一旦出るね。由弦君、先に体洗っちゃって」

「分かりました」


 お互いに抱擁を解くと、顔全体が赤く染まった美優先輩は急いで浴室を後にした。



 湯船の中で抱きしめ合ったこともあってか、お風呂から出て寝るまでの間、美優先輩とは必要最低限の言葉以外をあまり交わすことはなかった。

 一緒にテレビやBlu-rayを観るときも、ソファーに隣同士で座るけど、美優先輩から声をかけることはなかった。

 俺が話しかけると美優先輩は翻った声で「そうだね!」とか「お、面白いね!」としか返答せず。そのときは俺と目を合わせることはなくて。

 もちろん、寝るときは一緒ではなく、美優先輩はベッド、俺はふとんで寝るのであった。

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