第25話『家庭訪問-前編-』

 4月6日、土曜日。

 目を覚ますと、部屋の中はうっすらと明るくなっていた。時計を見てみると……今は午前7時過ぎか。休日としては早い目覚めだ。

 美優先輩はどうしているのかと思い、体を起こしてベッドの方を見ると、先輩は既に起きており、俺の方に体を向けていた。先輩と目が合うと、先輩は照れくさそうに笑う。


「由弦君、おはよう」

「おはようございます、美優先輩」

「……昨日はごめんね。お風呂を出てから変な態度を取っちゃって。一緒に湯船に浸かって、抱きしめ合ったから凄くドキドキしちゃったの」

「気にしないでください。俺も……先輩と凄いことをしたと思ったので。でも、あのことが嫌だったとは決して思っていませんから。それは分かってもらえると嬉しいです」

「もちろんだよ。私も嫌だって思ってないからね。本当に」

「分かりました」


 一晩経って、気持ちを落ち着かせられたのかな。一緒に住んでいるから、これからもドキドキすることはあるだろう。ただ、昨晩のように言葉をあまり交わさなくても側にいたいと思う。



 一昨日から高校生活がスタートしたけど、授業がまだ始まっていないから、春休みの延長戦のようにも思える。ゆっくりと休んで、来週からの授業に臨みたい。

 今日は休日なので、俺が初めて朝食を作った。参考までに、美優先輩が何を作ろうとしていたのか訊くと、豆腐とわかめの味噌汁と、だし巻き卵を作るつもりだったのだそうだ。なので、俺がそれを作ることに。その間、先輩がずっと俺の近くで見守っていた。

 俺の作った2品とご飯、冷蔵庫に入っていた保存食のひじきの煮物で朝食が揃う。


「味噌汁もだし巻き卵も美味しそうだね」

「お口に合えば嬉しいです」

「きっと美味しいと思うよ。じゃあ、いただきます」

「いただきます」


 ただ、俺はまだ朝食を食べずに、味噌汁を一口飲む美優先輩のことをじっと見る。何だか緊張するな。


「……うんっ、美味しい!」

「良かったです」

「じゃあ、こっちのだし巻き卵も。凄く美味しそうにできてるよね。……うん! ほどよくだしが利いていて、卵の甘味も感じられて美味しいよ!」

「実家と同じように作ってみたのですが、お口に合って良かったです。ほっとしてます」

「ふふっ。料理の手つきも良かったし、美味しいから、これからは休日を中心に由弦君に食事を作ってもらおうかな。由弦君のお料理、もっと食べたくなってきた」

「とても嬉しい言葉をありがとうございます。これからは少しずつ食事を作っていきますね。では、俺もいただきます」


 美優先輩と一緒に食べているからか、それとも美味しいと言ってくれたからか、久しぶりに自分で作った朝食はとても美味しく感じる。

 俺が食事の後片付けをしている間に、美優先輩が洗濯物を干し、食後のアイスコーヒーを淹れてくれた。


「美味しいです。淹れてくださってありがとうございます」

「いえいえ。美味しい朝食と後片付けをありがとう。さてと、今日と明日はお休みだけどどう過ごそうか?」

「そうですねぇ。今日もいい天気ですから、どこかに行くのもいいですけど。来週になれば、毎年観ているアニメの劇場版シリーズの最新作が公開されるので、それを観に行こうかなって考えるんですけど」

「それって、名探偵の?」

「それです。毎年ゴールデンウィークまでに雫姉さんと心愛と一緒に見に行ってます」

「そうなんだ。じゃあ、今年は私と一緒に観に行く? 私も好きなんだ」

「いいですね。ゴールデンウィークまでに行きましょうか。今年は10連休ですから」

「うん!」


 今年のゴールデンウィークは改元もあって10連休になる。実家に帰省することも考えていたけれど、美優先輩と一緒に住んでいるし、東京での休日を満喫するのもありかな。

 ――ピンポーン。

 うん? 宅配便かな。それとも、風花か花柳先輩が遊びに来たのかな。

 美優先輩がモニターを確認しに行く。


「はーい。あっ、風花ちゃん」

『おはようございます。美優先輩。そちらにお邪魔しようと思って家を出たら、あけぼの荘の入口に一佳先生と美優先輩の担任の大宮先生がいて。2人の家に家庭訪問しに来たと言ってます』

「えっ、そうなの? それはかまわないけれど。とりあえず、そっちに行くね」


 俺の担任と美優先輩の担任が家に来たってことは、おそらく、美優先輩と俺が住んでいることを知ったからだろうな。

 玄関に向かう美優先輩の後をついて行く。

 美優先輩が玄関の扉を開けると、そこには風花とスーツ姿の霧嶋先生、ロングスカートにブラウス姿の女性が立っていた。彼女が美優先輩や花柳先輩の担任の先生なのかな。落ち着いてふわふわした感じの人だな。あと、おさげにしたピンクの髪が可愛らしい。


「おはよう、美優ちゃん。彼が一緒に住んでいる1年生の桐生君?」

「そうです」

「1年3組の桐生由弦といいます。よろしくお願いします」

「初めまして。大宮成実おおみやなるみといいます。2年4組の担任で、美優ちゃんは2年連続です。担当科目は家庭科だから、多分、3組の授業も担当すると思うよ。あと、料理部の顧問です。いつでも家庭科室に遊びに来てね。これからよろしくね」

「よろしくお願いします」


 落ち着いた口調で話す人だな。大宮先生に家庭科の授業を教わったら、しっかりと勉強できるんじゃないだろうか。

 あと、美優先輩と花柳先輩が入っている料理部の顧問は大宮先生だったのか。

 そういえば、前に美優先輩が霧嶋先生は料理部に顔を出すと言っていたけれど、それは大宮先生繋がりなのだろう。


「みなさん、とりあえず上がってください。由弦君は3人分の麦茶を用意してくれるかな」

「分かりました」


 俺は台所に向かって、3人分の冷たい麦茶を用意する。

 麦茶をリビングに持っていくと、食卓には美優先輩が霧嶋先生や大宮先生と向かい合うようにして座り、その様子を風花がソファーに座りながら見ている。それぞれの前に麦茶を置いて、俺は美優先輩の隣の椅子に座った。


「先生方は私が由弦君と一緒に住んでいることを知っているようですが」

「うん。昨日の放課後、男子生徒達が美優ちゃんが1年生の桐生君と一緒に住んでいる話をしていて。気になって訊いてみたら、陸上部の2年生の子から、美優ちゃんが由弦っていう名前の1年の男子と住んでいる話を聞いたって」

「その話を成実さん……大宮先生から聞いて、その由弦っていう子が桐生由弦君だってすぐに分かったわ。それで、その真偽を確かめるために家庭訪問という形で今日、ここに来たわけ。白鳥さんはあけぼの荘の管理人をしていると、大宮先生から前に聞いたことがあったので。大宮先生も何度かここに足を運んだことがあるそうだし」

「そういうことでしたか。陸上部の子を振ったその場に由弦君もいましたから」


 そのときのことを思い出しているのか、美優先輩ははにかんで俺のことを見ている。

 あの茶髪の男子生徒……美優先輩にフラれただけでなく、俺が一緒に住んでいることがショックすぎて、友人などに話したのだろう。その話が多くの生徒に広まっていき、先生達の耳にも入ったと。

 これは、月曜日に学校に行ったら多くの生徒から注目されたり、美優先輩のことで何か絡まれたりすることもありそうだな。


「それで、美優ちゃんはどうして桐生君と一緒に住むことになったの?」

「ええ、実は……」


 美優先輩は俺と一緒に暮らすことになった経緯を、霧嶋先生と大宮先生に説明する。その間、2人は口を挟まず、たまに頷いて落ち着いた様子で聞いていた。


「なるほどね。それで、桐生君はその提案を受け入れて、美優ちゃんと一緒に住み始めたんだね」


 大宮先生は納得した様子で麦茶を飲んでいるけれど、霧嶋先生は真剣な様子で腕を組んでいる。


「桐生君と姫宮さんの二重契約であると聞いたとき、桐生君ではなく姫宮さんと一緒に住むことも考えるべきだと思ったわ。でも、作業の手間などを考えたらその方が大変か」

「由弦君が来たとき、風花ちゃんの引っ越し作業はだいぶ進んでいましたからね。由弦君の厚意を無駄にしたくなかったというのもあります。由弦君に女性と一緒に住むことについてどう思うか訊いてみて、抵抗がないということでしたので一緒に住むことを提案しました」

「そのことで、管理人として責任が取れると思ったのね。その考えは理解できるけど、年頃の女子が、1つ年下の初対面の男子と一緒に住むのは、教師として、大人として『はいそうですか』とすぐに受け入れることはできないわ」


 霧嶋先生はやや鋭い目つきで、美優先輩や俺のことを見ながらそう言った。親類でもなければ、付き合っているわけでもない高校生の男女が一緒に住んでいると知ったら、そう言うのは大人として普通だろう。


「ちなみに、それぞれの御両親には一緒に住むことを報告して、許可をもらっているわよね?」

「はい。両親から許しを得ました」

「私も両親から由弦君と一緒に住むことの許可をもらっています」

「……それなら、とりあえずは様子見ということにするわ。もし、このことが職員会議の議題になっても、大宮先生と私で何とか言っておくから」

「それぞれの御両親から許可が出ていて、一佳ちゃんとあたしで事情を確認していると言っておくわ」

「学校側で何かあったときは、とりあえず私達で対応するわ。あと、高校生として節度ある生活を心がけるように。特に桐生君は」

「分かっています」


 今すぐ別々に暮らしなさいと言われなくて良かった。霧嶋先生の言う通り、節度ある生活をしなきゃいけないと思うのであった。

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