第61話『またいつか行きたいね。』

 美優先輩のことを健二さんと麻子さんと話した後、俺は美優先輩と一緒に先輩の部屋で再びアルバムを見ながらゆっくりすることに。美優先輩の地元のご友人が遊びに来て、先輩が俺を彼氏だと紹介することもあって盛りだくさんだった。

 お昼ご飯は麻子さんと朱莉ちゃんが作ってくれたすき焼き。健二さんと麻子さんと同じテーブルで食べたので緊張したけど、朱莉ちゃん達が泊まりに来たときの焼肉に比べればお肉を食べられたので満足できた。



 午後2時。

 お昼ご飯を食べて、少し食休みした後、俺達はいよいよ東京へ帰ることに。

 午前中にここに来たときは緊張したな。ただ、美優先輩と恋人として付き合い、一緒に住むことを御両親から改めて許してもらえて良かった。


「みんな、私達は東京に帰るね」

「またね、美優お姉ちゃん。夏休みかお正月に帰ってきてくれると嬉しいな」

「そうですね、葵。そのときは由弦さん達も一緒に来てください」

「それがいいね!」

「ありがとう、朱莉ちゃん、葵ちゃん。健二さんも麻子さんも、短い時間でしたがお世話になりました」

「近いうちにまた帰ってくるからね」


 美優先輩は朱莉ちゃんと葵ちゃんをぎゅっと抱きしめる。この前、伯分寺から2人が帰るときと同じように3人とも泣いている。ただ、今回はしばらく会えなくなるから、その涙の意味合いはちょっと違いそうだ。


「短い時間でしたけど、親友の実家に来られて嬉しかったです。また一緒に来たいと思います」

「あたしも同じです。あと、美味しいお昼ご飯もありがとうございました。今度ここ来たときは、先輩達と一緒にゆっくりとちくば市を廻りたいと思います」

「美優ちゃんがとても素敵な故郷で育ったのだと分かりました。今年も担任として受け持ちましたので、三者面談などでまたよろしくお願いします」

「桐生君と姫宮さんの担任である私まで温かく迎えてくださってありがとうございます。美優さんと桐生君のことについては、桐生君の担任として、近くに住んでいる大人として見守っていきますので安心してください。今日はお世話になりました」


 風花達も白鳥家のみなさんに感謝の挨拶をした。彼女達にとっても、ここでの時間は楽しいものになったようだ。

 風花達の挨拶が終わってすぐ、美優先輩は朱莉ちゃんと葵ちゃんへの抱擁を解いた。


「美優。東京で素敵な人達と出会ったな。父さんは安心したよ。これからも学校生活を楽しみなさい。そして、何かあったら桐生君達を頼りなさい。もちろん、家に連絡してきていいからな」

「うん。ありがとう、お父さん」

「桐生君、これからも美優のことをよろしくお願いします」

「こちらこそよろしくお願いします」

「美優。由弦さん達と楽しい高校生活を送りなさいね。また由弦さん達と一緒に帰ってらっしゃい。そのときは美味しい料理やお菓子を用意して待ってるわ」

「うん!」


 麻子さんは美優先輩のことを抱きしめる。母親に抱きしめられているからか、美優先輩はとても柔らかい笑みを見せる。あと、何も知らない人が見たら、年の離れた姉妹にしか見えないんじゃないだろうか。


「それじゃ、またね。いってきます」


 それから程なくして、霧嶋先生により近くのコインパーキングに駐車していた車が白鳥家の玄関前までやってくる。

 俺達は車に乗る。その際、席順は一昨日と同じように助手席に大宮先生、後部座席の1列目に風花と花柳先輩、2列目に美優先輩と俺が座ることに。白鳥家のみなさんは車の側まで近づいてこちらに手を振ってくる。


「みんな、忘れ物はありませんか?」

『ありませーん!』

「……ありません」


 大宮先生のそんな問いかけに、女子高生3人は元気よく答える。さすがに3人のノリにはついていけず、俺は1人で後から答えた。


「ルート検索をしたら、あたしの家のあるマンションまではノンストップで1時間半くらいだね」

「そうですか。帰るにはいい時間ですね。それじゃ、東京の夕立市と伯分寺市に向かって出発!」


 霧嶋先生はそう言うと、ゆっくりと車を発進させる。運転する彼女以外は、白鳥家のみなさんの姿が見えなくなるまで手を振り続けた。

 ここから、大宮先生のマンションまでノンストップでも1時間半ほどか。あけぼの荘には2時間はかかると考えた方がいいな。まだまだ、旅路は長い。


「美優のご実家、とても良かったわ! 一生忘れない思い出になった……」

「いいご実家でしたね、瑠衣先輩。短かったですけど、楽しい時間になりましたね。また機会があれば行ってみたいですよね。できれば、ゆっくりと」

「そうね。今度はちくば市の観光をしてみたいわ」

「瑠衣ちゃんや風花ちゃんに気に入ってもらえて良かった。私も由弦君とはもちろんのこと、またこの6人で一緒に行きたいな」


 確かに、美優先輩と2人きりでご実家に行くのも良さそうだけど、この6人で一緒に行くのは楽しくて良さそうだな。花柳先輩の言う通り、ちくば市の観光もいつかはしてみたいなと思う。


「あらあら、一佳ちゃんやあたしまで仲間に入れてくれて嬉しいわ」

「あたしも先生方と一緒がいいですよ! 瑠衣先輩もそう思いますよね」

「そうね。この6人だからこそ楽しめた感じがするわ。そのきっかけを作ってくれたのは一佳先生です。先生、ありがとうございました」

「……こんなにも素直に花柳さんがお礼を言ってくれるなんて。ちょっと感動だわ。泣いてしまいそう」

「し、視界不良になりそうだから、泣くのは堪えようね! 一佳ちゃん!」

「……ええ」


 そう言う霧嶋先生の声は震えていた。ただ、涙を流して事故が起こりそうな状況には陥らなかった。そのことに一安心。

 それにしても、花柳先輩がお礼を言っただけで泣きそうになるとは。霧嶋先生にとって、花柳先輩ってあまりいい印象ではなかったのかな。そういえば、この前の料理部の活動ではホットケーキを作らないのかってからかっていたっけ。


「大げさだなぁ、一佳先生は。でも、この旅行で一佳先生と距離が近づいた気がします。ウォータースライダーでたくさん滑ったり、酔っ払った可愛い姿を見たり」

「ウォータースライダーのことはともかく、酔っ払ったときの話はあまり言いふらさないでくれると嬉しいわ。恥ずかしいし。スマホやデジカメで撮った写真も、この旅行メンバー以外にはなるべく見せないように」

「はーい」


 と花柳先輩は返事するけど、風花と笑い合う声が聞こえてくる。これは友達とかに言いふらしそうだな。


「ウォータースライダーも楽しかったですよね。まさか、ゴールデンウィーク中にプールでたくさん泳げるとは思いませんでした。いちご狩りとか楽しかったことはたくさんありましたけど、プールでの時間は特に楽しかったなぁ。由弦にはクロールや平泳ぎなど一通り教えましたし」

「本当に助かったよ、風花。美優先輩もサポートありがとうございます。来月の水泳の授業でも泳げるように頑張ります」

「ふふっ、頑張ってね、由弦君」

「4つ全部思い出すのは難しいかもしれないから、せめてクロールはしっかりと泳げているといいね」

「ああ」


 水泳の授業が始まるまで、定期的にイメージトレーニングをやっておくか。

 風花のおかげで、高校の授業で唯一と言っていいほど不安な水泳に光が差した。あの練習が無駄にならないように頑張らなければ。


「あたしは一佳ちゃんと一緒にお酒を楽しく呑めたことかしら」

「地酒やワインとか、美味しかったお酒がたくさんありましたね。お料理も美味しかったですし」

「うん。あと、ロープウェイで一佳ちゃんがずっと手を繋いでくれたことも思い出深いな。それまでロープウェイは苦手だったけど、一佳ちゃんのおかげでちょっと好きになれた」

「ふふっ、あのときの成実さんは可愛かったですね。私は温泉に入ったことや、提案した氷穴に行ったことも楽しかったですね」


 先生方もこの旅行を大いに楽しんだようだ。あと、この旅行を通じて先生方の仲がより良くなったように思える。昨日の夜なんて、酔っ払っていたけれどお互いの頬にキスし合っていたし。

 美優先輩は俺の右手をしっかりと握ってくる。


「由弦君はこの旅行でどんなことが一番楽しかった?」

「色んなことがありましたからね。観光やプールも楽しかったですけど、俺は足湯やホテルの貸切温泉で美優先輩と混浴できたことですね。恋人になってから、一緒に入浴することが多くなりましたけど、特別な感じがしました」


 特に貸切温泉は先生方からの誕生日プレゼントでもあったので、本当に贅沢な時間を過ごすことができたと思った。

 本当はそれと同じくらいに、美優先輩と2人きりで過ごす夜の時間も楽しかったけれど、風花達もいるので言わないでおこう。


「あとは先輩のご実家に行って、改めてご挨拶できて良かったと思っています」

「お父さんもお母さんも、由弦君のことを気に入ってくれて良かったよ」

「ええ。俺も安心しました。美優先輩はこの旅行でどんなことが楽しかったですか?」

「いっぱいあるけれど……私も特に楽しかったのは由弦君と貸切温泉に入ったことかな。あと、由弦君と2人きりで過ごした夜の時間。特にお部屋での時間」


 そのときのことを思い出しているのか、美優先輩の頬は赤くなっている。言葉は選びつつも、みんなのいる中で夜のことが楽しかったと言えるのはさすがだと思う。この旅行を通じて、美優先輩はそっち方向の欲がとっても強いことを知ることができたな。


「この旅行は忘れることのない時間になりましたね、美優先輩」

「うん! とっても素敵な旅行になったよ。特に由弦君のおかげです。ありがとう」


 美優先輩はちゅっ、とキスしてきた。この旅行中で彼女とは何度キスをしただろうか。数え切れないほどにたくさんしただろうけど、今でもキュンとなる。それだけ美優先輩のことが好きなことなのだろう。


「ふあああっ」

「盛大にあくびをしたね、風花ちゃん」

「はい。旅の疲れなのか、お昼ご飯のすき焼きをたくさん食べたのか眠くなってきました」

「ふふっ、そっか。寝てて大丈夫だよ、風花ちゃん。途中で休憩することがあったら、あたしが起こすからさ」

「……ありがとうございます。では、お言葉に甘えて」


 風花がそう言うと、程なくして前方から寝息が聞こえてくる。すぐに寝てしまうほど眠かったのかな。いるよなぁ、遠足とか修学旅行の帰りのバスの中でぐっすり寝ちゃう人。


「由弦君、私も眠くなってきちゃった」

「そうですか。休憩することがあったら俺が起こしますので安心してください」

「……うん、分かった。おやすみ」


 美優先輩は目を瞑り、それからすぐに寝息を立て始める。先輩の寝顔はとても可愛いな。これも写真に撮っておきたいと思いスマホを手に取ると、前方から花柳先輩が美優先輩にスマホを向けていた。


「これも一つの思い出に撮っておきたくて」

「俺もです」

「やっぱり。スマホを手に取ってるもんね。風花ちゃんの写真はもう撮ったわ」

「そうですか」


 俺は横から、花柳先輩は正面から美優先輩の寝顔を撮影する。お互いに今撮った写真をSNSアプリのLIMEで交換し、花柳先輩と固く握手を交わすのであった。

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