第1話『ぬっくり』

 週末の予定がざっくりと決まり、俺は再び温かいブラックコーヒーを飲む。温かいものを飲むとホッとするなぁ。ホットだけに。……そんなことを考えたら急に寒気を感じてきた。……考えるんじゃなかった。でも、美優先輩に言わなくて良かった。

 美優先輩は自分のコーヒーをゴクゴクと飲んでいる。


「あぁ、美味しい。温かいものを飲むとホッとするよね。ホットだけに」

「ははっ」


 まさか、俺の考えていたダジャレを美優先輩が言うとは。つい声に出して笑ってしまった。コーヒーを飲んだ後で良かったよ。口の中に入っていたら吹いてしまっていたと思う。

 俺につられてか、美優先輩も「ふふっ」と声に出して笑っている。


「良かった、笑ってくれて。コーヒーを飲んだらふと思いついてね」

「……実は俺も同じことを考えていました」

「そうだったの?」


 そっかそっか、と呟くと美優先輩は右手で口を押さえながら笑う。その笑いは止まる気配はない。段々と頬が赤くなってきているし。もしかしたら、先輩はツボにハマったのかもしれない。


「結構笑っちゃった。これ以上笑うと疲れちゃうから話題を変えようか。ちなみに、さっきまで何を話していたんだっけ? 笑ったら吹っ飛んじゃった」

「週末はどう過ごすのかとか、水泳の授業とか」

「ああ、そうだったそうだった。……そういえば、由弦君のご実家は海から近いんだよね」

「ええ。徒歩で行けるところにあります」

「記憶通りだ。前にテレビで、海の近くにある学校が、授業とか夏休みの校外活動の一環で海を泳ぐ特集を見たことがあって。由弦君の卒業した小学校や中学校でも、そういうことはあったの?」

「いいえ、授業は全て学校のプールでやりましたね。校外学習も臨海学校はなくて林間学校でした。ただ、海が身近にある学区だからか、毎年、着衣水泳をしたり、溺れたときの対処法を学んだりする時間はありました」

「そうだったんだ。私も中学までの校外学習は林間学校だったな。着衣水泳は……何年生のときか忘れたけど、一度だけやったことがあるね」

「そうでしたか」


 海が近くにないとそれが普通なのだろうか。

 そういえば、担任の先生によっては、夏になると毎週金曜日や1学期の終業式の日に『海で遊ぶときは気をつけなさい!』って口うるさく言われたっけ。

 夏休みになったら、美優先輩と一緒に実家に帰って、近所にある海で一緒に遊びたいな。


 ――ピーッ。

『お風呂が沸きました』


「お風呂が沸いたみたいですね」

「そうだね。……ねえ、由弦君」

「何でしょう」


 俺がそう返事をすると、美優先輩はほんのりと頬を赤くし、俺のことをチラチラと見てくる。あと、心なしかさっきよりも、先輩から伝わってくる熱が強くなったような。


「今日は肌寒いから、今夜は……由弦君と温かくて気持ちのいいことをしたいな」


 上目遣いで俺を見つめながら、美優先輩はそう言ってきた。そんな先輩がとても可愛いから、


「温かくて気持ちのいいことですか。具体的にはどんなことでしょう?」


 つい意地悪な質問をしてしまう。どんなことをするのか見当がついているけれど。

 もう、と呟くものの、美優先輩は笑みを絶やさない。


「明日は学校がお休みだし……一緒にお風呂に入って、その後は……ベッドの中でキスよりも先のことをするんだよ。名付けるなら……梅雨寒ぬっくりかな」


 美優先輩は「いい名前でしょ」と言わんばかりのドヤ顔を浮かべる。やっぱり、一緒に入浴すること、キスより先のことをすることだったか。

 ちなみに、これまで美優先輩は、キスより先の行為をすることを「冬服納め」や「夏のスタートイチャイチャ」と名付けるときがあった。当時は季節の変わり目だからたまたま名付けただけかと思っていたけど、もしかしたらこれからたくさんの名称が生まれるかもしれない。あと、「ぬっくり」というのは「ぬくぬく」という意味なのかな。


「いいですね。じゃあ、お風呂に入って、ベッドで梅雨寒ぬっくりしましょうか」

「うん! ただ、まずはここで由弦君を抱きしめて体を温め合いたいな」

「いいですよ」

「ありがとう」


 それから、俺は美優先輩の指示で両脚を閉じる。

 すると、美優先輩は俺の両脚をまたぎ、俺と向かい合うようにして座った。先輩が落ちてしまわないように、俺は彼女をゆっくりと抱き寄せる。さっき寄りかかってきたときよりもかなり温かい。

 抱き寄せてから程なくして、美優先輩は両手を俺の背中の方にゆっくりと回してきて。前面だけでなく、背面からも先輩の温もりを感じると凄くほっとする。


「……あったかい」

「温かいですね」

「さっき飲んだコーヒーの温かさよりもこっちの方が好き」

「俺もですよ」

「嬉しい。それに由弦君のいい匂いがする。実はちょっと寒気を感じていて。だから、こうしていると凄く気持ちいいの」

「そうですか。俺も……気持ちいいですよ。先輩の甘い匂いを感じますし」


 それに、美優先輩の大きな胸が当たっているから。互いに服を着ている状態でも柔らかさが分かるほど。先輩のことを見ると、彼女が着ているブラウスの隙間から胸の谷間がチラリと見える。

 俺の視線に気づいたのか、美優先輩はいつになくちょっと意地悪そうな笑みを浮かべる。


「気持ちいいと思う理由は、私の匂いだけじゃない気がするなぁ」

「……美優先輩の胸も気持ちいいです」

「ふふっ、正直でよろしい。そんな由弦君にご褒美をあげよう」


 そう言うと、美優先輩はさらに体を密着させ、俺にキスをしてきた。唇を重ねるだけでなく、ゆっくりと舌を絡ませてきて。

 さっき、美優先輩は砂糖入りのコーヒーを飲んでいた。だからか、普段のキスよりもかなり甘味を感じて。俺の飲んだブラックコーヒーよりも強くコーヒーの香りもして。この美味しいキスを味わいたくて、俺の方からも舌を絡ませていく。


「んっ……」


 と、たまに美優先輩は可愛らしい声を漏らす。

 唇を離すと、そこにはうっとりした表情で俺を見つめる美優先輩が。


「由弦君が淹れてくれた甘いコーヒーを味わってほしくて。い、いかがでしたか?」

「とても美味しかったです。あと、先輩と抱きしめ合ってキスしたら、体がとても温かくなりました」

「私もだよ」


 美優先輩はとても嬉しそうにそう言ってくれる。甘いコーヒーの味だけでなく、この強い温もりもご褒美として受け取った気分だ。


「じゃあ、一緒にお風呂に入って、ベッドで今のキスの続き……梅雨寒ぬっくりをしようか」

「そうですね」


 言葉以外でも確かめ合うように、俺達は再びキスをした。



 それから美優先輩と一緒に入浴し、その後はベッドに直行して「梅雨寒ぬっくり」をたっぷりとした。

 美優先輩と肌と肌で直接触れ合うことで、俺は心身共にとても温まることができた。先輩も笑顔をたくさん見せてくれたし、先輩の温もりを肌でしっかりと感じた。きっと、先輩も俺の温もりに包まれていることだろう。



「由弦君のおかげで体がポカポカして、幸せな気分になれたよ」

「俺も体がとても温かいです。こんなにもいいことをして、明日と明後日が休みなのが凄く幸せに思えますね」

「そうなんだ」


 美優先輩とは別の学年なので、平日の日中は離れてしまう。だから、休日に先輩と一緒にいられるのがとても嬉しいのだ。

 美優先輩はいつもの優しい笑顔を見せてくれる。この笑顔を見ると、自然と気持ちが落ち着いてくる。


「じゃあ、そろそろ寝ようか」

「そうですね。おやすみなさい、美優先輩」

「おやすみ、由弦君」


 おやすみのキスをして美優先輩は目を瞑る。俺の左腕を抱きしめているのが気持ちいいのか、すぐに寝息が聞こえてくる。

 美優先輩の額にキスして俺も目を瞑る。ベッドの中で体を動かしたから、眠気に全身が包み込まれるような感じがして。先輩の温もりもあって凄く気持ちがいい。程なくして眠りにつくのであった。

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