第52話『2人きりで温泉を-前編-』
貸切温泉の中に入ると、今も出ている温泉の湯気のおかげか暖かい。
落ち着いた雰囲気の場所で、1時間だけでも2人きりで過ごせるなんて。とても贅沢だ。先生方がくれた誕生日プレゼントでもあるし、ここでの時間を堪能しないとな。
「由弦君。私が髪を洗ったり、背中を流したりするよ。先生方の誕生日プレゼントのオプションということで」
「そう言われると、喜んでお願いしたくなりますね。では、お願いします」
「うんっ! では、こちらの席へどうぞ!」
「はーい」
美優先輩によって洗い場に案内される。こういうサービスが元々ついているんじゃないかと思ってしまう。
洗い場の椅子に座ると、美優先輩が俺の後ろに立つ。髪越しに先輩と目が合うと、先輩は優しい笑みを浮かべる。
「まずは髪から洗うね」
「はい、お願いします」
美優先輩に髪を洗ってもらうことに。頭から伝わってくる心地良さと共に、普段とは違うシャンプーの匂いが香ってくる。
「由弦君、こんな感じでどうですか?」
「とても気持ちいいです。美優先輩は本当に上手ですね」
まさか、旅行中に美優先輩に髪を洗ってもらえるなんて。しかも、部屋の浴室ではなく貸切温泉で。とても贅沢だ。
「ただ、あまりにも気持ちいいので、段々眠くなってきちゃいました」
「ふふっ、由弦君は旅先でも変わらないね。私が髪を洗うと眠くなる確率が高くない?」
「そうですか? 気持ちいいのはもちろんですが、今日は観光したり、プールでたくさん泳いだりしましたからね」
「由弦君、クロールだけじゃなくて平泳ぎや背泳ぎ、バタフライも泳げるようになったもんね。凄いよ」
「風花の教え方が上手だったり、美優先輩がサポートしてくれたりしたおかげです。胸の中に顔を埋めるっていう美優先輩のご褒美もあったからですかね」
「……もう、由弦君ったら」
照れくさいのか、俺の髪の洗い方がこれまで比べて格段に強くなっている。
「せ、先輩。痛いです」
「ご、ごめんね。照れちゃったから思わず。もう十分に洗ったから、シャワーで泡を落としていくよ。目をしっかり瞑ってね」
「はーい」
シャワーで髪に付いた泡を落としてもらう。それがとても気持ちいいから、さっきよりも眠くなってきた。
「うわっ!」
美優先輩に脇腹のあたりをすっと撫でられ、とてもくすぐったくて思わず大きな声を出してしまう。貸切温泉だからか、普段以上に響いてしまった気がする。俺達以外に人がいなくて良かった。
後ろに振り返ると、そこにはクスクス笑う美優先輩が。
「先輩……」
「眠たそうにしていたから、由弦君を起こそうかと」
「……今のことでしっかりと目が覚めました。もう、美優先輩ったら……」
「ふふっ、ごめんね。だから、この後……いつでもいいから、私におしおきしてほしいな。できれば、2人きりのときに」
「……覚悟していてくださいね」
「うん」
笑顔で返事をされてしまう。内容によっては、俺からのおしおきがご褒美になっちゃうかもしれないな。ただ、旅行中だし、美優先輩があまり不快にならないおしおきにしたいところ。
ただ、考えてみるとなかなか難しい。美優先輩がおしおきを楽しみにしているから、逆に何もしないっていうのも面白いかも。
シャワーで泡を流してもらったので、美優先輩にタオルで髪を拭いてもらう。
「これで髪は終わりだね。次は背中を流すよ」
「はい、よろしくお願いします」
「……由弦君さえ希望するなら、前の方も洗うけれど?」
美優先輩は前の方に回り込んでそんなことを言ってくる。至近距離で見つめてくるのは反則だろう。まったく……お可愛いこと。
「美優先輩のご厚意に甘えたいですけど、そこまでしてもらったら理性がぶっ飛んで、色々なことをしてしまいそうです。ですので、今は背中だけをお願いできますか?」
「了解です!」
敬礼して笑顔で言うところが可愛らしい。
美優先輩にホテルのボディータオルを使って背中を流してもらうことに。普段とは違うボディータオルだけれど、美優先輩の洗い方が上手だからかとても気持ちがいい。
「由弦君、どうですか?」
「とても気持ちいいです。美優先輩は本当に上手ですね。あと、くれぐれも背中を洗っていることに乗じて背中や脇腹をくすぐったりしないでくださいね」
「分かってるよ。でも、さっきの由弦君は可愛かったな」
「そ、そうですか」
そう言われると、またいたずらされそうで不安なんですけど。体に寒気が。何か話題を振らないと。
「そうだ、昨日の夕方はみんなで大浴場に行ったじゃないですか。そのときって、互いの髪や体を洗ったんですか?」
「背中は洗い合ったよ。そのときに瑠衣ちゃんや風花ちゃんに胸を触られたけれど。同時に触られたからビックリしちゃった」
「そうだったんですか」
やっぱり、そういう展開になっていたか。やった人間が風花や花柳先輩なので不問にしておくけれど。あと、今、美優先輩が話したことがすぐに想像できてしまう。
「大きい胸を触りたいのか、2人は私の胸だけじゃなくて成実先生や一佳先生の胸まで触っていたんだよ。一佳先生は恥ずかしがっていたけど、成実先生は嬉しそうだったな」
「……な、なるほど」
霧嶋先生が恥ずかしがるのはイメージ通りだけど、大宮先生が嬉しそうにしているのは意外だな。せいぜい、「あらあら」と言って笑う程度だと思っていたので。
「もう由弦君ったら。昨日、お風呂に入りながらそんなことを考えていたの?」
「男は俺1人ですからね。1人きりだと、女性の方はどうしているかなって考えてしまうんです。更衣室で水着に着替えたときもそうです。そっちには恋人の美優先輩がいるんですから」
「……そっか。そう言われると嬉しくなっちゃうな。私も大浴場にいるときは、由弦君が気持ち良く温泉に浸かっているかなぁとか、混浴だったらどんな感じだったのかなぁとか考えてた。だから、こうして由弦君と一緒に混浴できることが嬉しいの」
「昨日の夜、一緒に足湯に入ったとき、とても嬉しそうでしたもんね。脚だけだけれど、御立温泉で混浴できたって」
あのときの美優先輩はとても嬉しそうで、気持ち良さそうに足湯に浸かっていたな。まさか、脚だけじゃなくて全身で混浴できるとは思わなかった。
「俺もこういう時間を過ごすことができて嬉しいですし、幸せです」
「……うん。由弦君と気持ちが重なっているって分かったからか、背中だけじゃなくて前の方まで洗いたくなってきたよ! 興奮が収まらないよ……!」
「美優先輩」
「きゃあっ!」
俺は美優先輩の方に振り返って、先輩の両脇腹を指でなぞった。そのことに驚いたのか、先輩はさっきの俺よりも大きな声を上げてしまう。そして、目をまん丸くさせて俺のことを見つめてくる。
「ゆ、由弦君……」
「少しは気持ちが落ち着きましたか? あと、これはさっきのおしおきです」
「……驚いちゃった。これがさっき由弦君の感じたことなんだね」
「そうです」
「でも、体を触られたからか、さっきほどじゃないけど、まだドキドキしてる」
「俺もドキドキしていますが、それに身を任せるのは夜になって、部屋にいるときにしましょうね。今は髪や体を綺麗にして、温泉を楽しみましょう」
「そうだね。旅行中だし、一緒に温泉に入っているから凄く興奮しちゃって。暴走気味になってごめんね」
美優先輩は苦笑いをしながらそう言う。
「いえいえ。先輩の気持ちも分かりますから。……背中は結構洗ったと思いますし、そろそろ前の方も洗いたいので、ボディータオルを渡してくれますか?」
「うん」
美優先輩からボディータオルを受け取り、いつもと同じように前の方は自分で洗っていく。
その間、美優先輩は隣の洗い場の椅子に座って、体を洗い終わるまで俺のことをじっと見つめていたのであった。
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