第25話『王様ゲーム』

 平成最後の朝食は美優先輩が作ってくれた。和風で、焼き鮭はもちろんのこと、野菜たっぷりの味噌汁は美味しかったな。

 朝食の後片付けは白鳥3姉妹がやってくれた。なので、今日の夕食か明日の朝食のときには俺達きょうだいがやろう。

 後片付けが終わった頃に風花が遊びに来た。そのすぐ後に花柳先輩も。2人とも、姉さん達が来ているからなのか遊びに来るのが早い。

 あと、花柳先輩は新元号のカウントダウン直後まで家にいて、今晩は風花の家に泊まるとのこと。なので、昨日と違って先輩は少し大きめのバッグを持ってきていた。

 また、霧嶋先生も誘おうということになり、美優先輩がメッセージを送る。しかし、返信がないどころか、『既読』マークすらつかないそうだ。休日だから今もゆっくりと寝ているかもしれない。なので、これ以上のお誘いは止めておくとのこと。



 天気予報によると、お昼前まではまとまった雨が降るらしい。なので、午前中は家で遊び、お昼になって雨が弱まったら、食事をしに駅前のショッピングセンターへ行くことに決めた。

 次に考えるのは、何をして遊ぶか。

 8人で一緒に遊べるゲームってあるのかな。テレビゲームもあるけどコントローラーの数の関係上、一度に遊べるのは2人まで。トランプなら何とかなりそうだけど。


「朱莉ちゃん、葵ちゃん、心愛。何かやってみたい遊びやゲームはあるかな?」

「そうですね……8人一緒って考えるとなかなか思いつきませんね。小学生のとき、クラスのレクリエーションではドロケイをしましたけど、外は雨ですからね……」

「外ならまだしも、家の中だとすぐに終わっちゃいそうだね、朱莉お姉ちゃん。あたしもクラス会でかくれんぼをやったけど、それもここだとすぐに終わりそう」

「あたしも、大勢で遊ぶというと鬼ごっこくらいだね」

「そっか……」


 8人一緒に遊ぶと考えると、なかなか思いつかないか。家の中で遊ぶというのもネックになってしまっている。俺もいい遊びが全然思いつかない。


「王様ゲームなんてどう? ゆーくん」

「王様ゲーム?」

「そう。これなら誰が王様になるのかっていうドキドキを全員が味わえるし。王様が決まってからも、誰がどんな命令をされるのかっていうドキドキに味わえるから」


 雫姉さんは楽しげに話しているけど、絶対に姉さんはよからぬことを考えていそうだ。その考えが当たっているのか、姉さんは俺と目が合うとニヤリと笑う。


「いいじゃないですか、雫さん! あたしは賛成です! 美優や風花ちゃんはどう?」

「あたしもいいなって思います!」

「王様ゲームはしばらくやってないから、久しぶりにやりたいかな」


 花柳先輩、風花、美優先輩はそう言うとなぜか俺の方を見てくる。3人とも俺に対して何か命令したいことがあるってことか。


「朱莉ちゃん、葵ちゃん、心愛はどうかな?」

「王様ゲームは知っていますけど、やったことがないので一度やってみたいです」

「あたしもやってみたい!」

「あたしもないからやってみたいな、お兄ちゃん」

「分かった。じゃあ、王様ゲームにしましょう。ただ、小学生や中学生も一緒にやるんですから、王様になった人は変な命令をしないということにしましょう」


 そういう風に言っておけば、俺も変な命令を従う目には遭わないだろう。

 また、変な命令を出さないことに加えて、王様が命令を出せる相手は1人。もしくは、握手する、抱きしめ合うなど命令の内容次第で2人までということにした。また、王様が命令を言うまで、自分の引いた番号は明かさないルールも決めた。

 美優先輩のアイデアで縦長の海苔缶を箱代わりにして、そこに入っている割り箸を引く形にした。王様の割り箸には先端に赤くマジックで塗られおり、それ以外の箸には『1』から『7』まで黒いマジックで書かれている。

 準備ができたので、みんなで食卓を囲み、さっそく8人で王様ゲームを始めることに。


『王様だーれだ!』


「やったー! あたしだ!」


 最初の王様は風花か。とても嬉しそうだ。ちなみに、俺は3番の割り箸を引いた。

 風花は王様としてどんな命令をするんだろう。雫姉さん、花柳先輩の次に不安な存在だ。


「じゃあ、4番の人が7番の人を抱きしめて、その人の目を見つめながら大好きって言ってください!」

「わ、私が4番なので告白をする立場ですか」

「それで、あたしが7番だから4番の朱莉ちゃんに告白されるんだね」


 4番は朱莉ちゃんで、7番は心愛か。まさかの中学1年生コンビ。女の子同士だったから良かったけれど、俺が美優先輩、雫姉さん、心愛以外の女性と命令されていたらどうなっていたことか。

 王様の命令通り、朱莉ちゃんは心愛のことを抱きしめ、


「私は心愛ちゃんのことが……だ、大好きです」

「……何だかキュンときちゃった。朱莉ちゃん。あと、胸大きい……」

「もう、胸のことまで言わないでくださいよ。恥ずかしいじゃないですか」


 もう、とはにかんでいる朱莉ちゃんに対して、心愛はとても幸せそうな様子。その光景を雫姉さんが楽しそうに、デジカメやスマホで写真を撮っていた。


「風花さん。これで大丈夫でしょうか」

「もちろんOKだよ!」


 王様である風花がOKを出したので、1度目のゲームが終了。同級生コンビということもあってか、非常に微笑ましい光景になったな。

 棒を缶に戻し、この中でもっとも信頼感のある美優先輩がかき混ぜる。

 そして、2度目の王様ゲームがスタート。


『王様だーれだ!』


「おっ、今度はあたしか」


 今回は花柳先輩が王様になったか。風花以上に不安な人が王様になっちゃったな。ちなみに、俺は2番の割り箸を引いた。

 花柳先輩は両腕を組んで考えているけれど、何を閃いたのかはっとした表情になる。凄く嫌な予感がするぞ。


「じゃあ、2番の人がネコ耳カチューシャを付けて、4番の人に頭を撫でてもらってください。その後に4番の人に『ありがとにゃん!』ってお礼を言ってください。あと、2番の人はお昼ご飯を食べにいく直前まで、ずっとネコ耳カチューシャを付けてください」

「うわあっ……」


 見事に嫌な予感が当たってしまい、俺は思わずそんな声を出してしまった。

 きっと、花柳先輩は美優先輩にネコ耳カチューシャを買ったことを思い出したから、こんな命令を出したんだな。


「由弦君。そんな反応をするってことは、もしかして……」

「……俺が2番です」

「ふふっ、じゃあ寝室から持ってくるね」


 美優先輩はとても楽しげな様子でリビングを出て行った。

 2番が俺だと分かったからか、みんなもとーっても楽しそうにしちゃって。小学生や中学生の子もいるのに。教育に悪いんじゃないでしょうか。


「ゆーくんのネコ耳姿が見られるなんて。平成は本当にいい時代だったわね!」

「時代が終わるまで何が起こるか分かりませんよね、雫さん。あたしも由弦のネコ耳姿がとっても楽しみです」

「まさか、桐生君が2番だったなんて」

「……あんな命令を出して。俺が2番だって分かっていたんじゃないですか?」

「そんなことないよ。ただ、ネコ耳カチューシャを美優に買ったのを思い出してね。それで、4番の人は誰かな?」

「あたしだよ!」


 4番は葵ちゃんか。白鳥3姉妹か心愛の中の誰かだったらいいと思っていたので、これがせめてもの救いだな。

 程なくして美優先輩が戻ってきて、彼女にネコ耳カチューシャを付けられる。すると、みんなからスマホで写真を撮られてしまう。雫姉さんはデジカメでも。みんなの反応を見る限り、俺のネコ耳姿は悪くないようだ。

 写真撮影会が終わると、俺は葵ちゃんの目の前まで行き膝立ちをする。すると、葵ちゃんは俺の頭を優しく撫でてくれる。


「とっても大きな猫ちゃんだね」

「……あ、ありがと……にゃん……」

『きゃあっ!』


 実際に言ってみると凄く恥ずかしい。それに、女の子が言うなら可愛いと思うけど、声変わりをとっくにしている俺が言うと凄く気持ち悪い。

 あと、美優先輩や風花、雫姉さんなど、一部の人が黄色い悲鳴をあげたけれど、それはどういう意味ですか。


「よしよし、お礼を言うことができて偉いね、由弦さん」


 そう言って、葵ちゃんは淀みのない笑顔で俺の頭を再び撫でてくれる。葵ちゃんは天使のように可愛いな。


「……花柳先輩。これ以上ネコ語を言うのは勘弁してくれませんか。恥ずかしくて、寝室にひきこもりたい気分なのですが。カチューシャはちゃんと付けたままにしますから」

「うん、十分だよ。スマホで動画も撮れたし」

「瑠衣ちゃん、あとで私に送ってくれるかな」

「私にも!」

「了解です、美優、雫さん」


 ううっ、動画も撮影されていたなんて。平成最後に黒歴史が一つ増えてしまった。さっき、風花が言っていたとおり、時代が終わるまで何が起こるか分からないな。

 こうして、2度目のゲームが終了。割り箸を缶に戻して、美優先輩がかき混ぜる。

 そして、3度目のゲームが始まる。


『王様だーれだ!』


「あっ、私だね」


 おっ、今度の王様は美優先輩か。先輩からの命令だったら聞いてみたいな。ちなみに、俺は6番の箸を引いた。


「なかなかいいのが思いつかないなぁ。……じゃあ、冷蔵庫の中にチョコレートがあるから、1番の人が6番の人にあ~んして食べさせてもらってください」

「あら、1番はお姉ちゃんね。6番は誰かな?」

「……俺だよ、雫姉さん」

「ゆーくんなんだ! 王様、素敵な命令をありがとう」

「いえいえ」


 さっきの命令に比べたら本当に可愛らしい命令だと思う。さすがは美優先輩。みんな先輩のことを見習ってほしいよ。

 俺は冷蔵庫の中からチョコを一粒取り出して、雫姉さんの目の前に向かう。


「雫姉さん、チョコを食べさせてあげるよ。あーんして」

「あぁ~んっ」

「……変な声を出すんじゃありません。はい、あーん」

「あ~ん」


 雫姉さんの口の中にチョコを入れると、姉さんは幸せそうな笑顔を見せる。


「美味しい?」

「うん、美味しいよ。ゆーくんに食べさせてもらったからとっても美味しい」

「それは良かった。美優先輩、これでいいですか?」

「もちろんOKだよ!」


 本当に可愛い王様だ。もう、この後の王様は美優先輩で固定していいんじゃないか?

 その後も朱莉ちゃんの命令で風花が変顔を披露したり、葵ちゃんの命令で花柳先輩が霧嶋先生のモノマネを全力でやったり、雫姉さんの命令で俺がテレビ電話で両親に平成の感謝の想いを伝えたりと、王様ゲームはかなり盛り上がったのであった。

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