第5話『おままごと-前編-』

「りんごジュースおいしい!」

「美味しいよね、このジュース」


 ソファーに座り、りんごジュースを美味しそうに飲む芽衣ちゃん。そんな芽衣ちゃんの両隣に美優先輩と俺が座っている。風花は食卓の椅子をソファーの近くまで動かして座り、微笑みながら芽衣ちゃんを見ている。

 ちなみに、りんごジュースは芽衣ちゃんが来るから買ったのではなく、普段から美優先輩が飲んでいるもの。小さい頃から好きなのだそうだ。


「メイメイはりんごジュースが好きなんだね」

「うんっ!」

「従妹だと好みが似ているのでしょうかね。美優先輩もりんごジュースが好きで、時々飲んでいますもんね」

「そうだね。オレンジやぶどうも好きだけど、果物系のジュースの中ではりんごが一番好きかな」

「そうなんですね。果物系のジュースって美味しいのが多いですよね。ちなみに、あたしは桃の天然水が一番好きです!」


 それはジュースじゃなくて天然水なのでは? ただ、「わたしもすき!」と芽衣ちゃんが喜んで反応し、風花とハイタッチしているのでツッコまないでおこう。


「メイメイは小さい頃の白鳥3姉妹に似ていますね。さすがはいとこ同士です」

「俺もそれは思った」

「由弦も? あと、3人とも髪が黒いですし、こうしてソファーで並んで座っていると、何だか親子に見えてきますね」

「そう? 芽衣ちゃんが私達の子供だったら、かなり若い両親だね、由弦君」

「そうですね」


 今の俺達に5歳の娘がいたら、日本記録……いや、世界記録も狙えそうな若い両親になるだろう。


「みゆちゃん、やさしいからだいすき! ママはおこるとこわいし……」

「ふふっ、大好きだって言ってくれて嬉しいよ。私も芽衣ちゃんが大好きだよ!」


 嬉しそうな様子で芽衣ちゃんを抱きしめる美優先輩。風花が両親みたいだと言ったから、先輩が姉じゃなくて母親に見えてしまう。

 あと、どの家の母親も怒ると恐いか。俺の母親も、普段は落ち着いていて笑顔を見せることが多いから、怒ったときはかなり恐く感じた。小さい頃って、母親が怒ると世界が終わる感じがしたな。雫姉さんや心愛が怒られたときは普段以上に俺にベッタリしてきたっけ。


「ゆづくんもだいすき! きのう、ママがしゃしんみて、ゆづくんかっこいいってたくさんいってたよ。だから、ゆづくんにはパパ2ごうになってほしい!」

「……パ、パパ2号かぁ……」


 なかなか凄いことを言ってくれるな、芽衣ちゃんは。理恵さんがかっこいいってたくさん言ってくれるのは嬉しいけどさ。


「さっきは由弦君に抱きついていたし、『彼氏になって!』とか『結婚して!』って言われるかと思ったんだけどな。まさかお父さんとはね」

「2号っていうのがいいですよね」


 美優先輩と風花はクスクスと笑っている。風花はまだしも、美優先輩は少しくらい嫌がったり、嫉妬したりしてくれてもいいような。保育園児の言うことだからか? むしろ、俺が真に受けすぎているのか?


「め、芽衣ちゃんが俺を好きだって言ってくれるのは嬉しいよ。パパになってほしいって思っていることも。でも、理恵さん……芽衣ちゃんのママにはパパさんがいるからね。それに、日本では誰かと結婚している人は、別の誰かと結婚しちゃいけない決まりなんだ。あと、俺はまだ16歳だし。だから、パパ2号にはなれないんだ。ごめんね」

「そうなんだ……」


 芽衣ちゃん、がっかりしているな。本気で俺にパパ2号になってほしかったんだな。俺はそんな彼女の頭を優しく撫でる。


「パパ2号にはなれないけど、芽衣ちゃんのお友達ならなれるよ」

「おともだちなの? かれしは……ダメだね。みゆちゃんがいるし」

「そうだね。俺は今、美優先輩の彼氏だからね。一番好きな人なんだ。それはずっと変わらない。いつかは彼氏じゃなくて、旦那さんになりたいと思っているよ」

「由弦君……」


 うっとりした様子で俺を見てくる美優先輩。そんな彼女を見て、俺は5歳の女の子に凄いことを話したと分かった。あぁ、ドキドキしてきた。


「……そっか。じゃあ、おともだちになってくれますか?」

「ああ、もちろんさ!」

「あたしともお友達になってくれるかな?」

「もちろんだよ! ふうちゃん!」


 再び芽衣ちゃんらしい可愛らしい笑みが浮かぶ。何とか再び笑顔を見せてくれて良かった。パパ2号になってと言われたときはどうしようかと思ったよ。


「ところで、芽衣ちゃん。これから、私達とどんなことをしたい?」

「おままごとしたい!」


 すぐにそう答える芽衣ちゃん。もしかしたら、俺達とおままごとをしたいと前から決めていたのかもしれない。


「おままごとか。朱莉や葵とはもちろん、友達ともたくさんやったなぁ。よし、おままごとをしよっか。芽衣ちゃんは誰かどの役をしてほしいか決めてる?」

「うん! みゆちゃんがママで、ゆづくんがパパ! ふうちゃんはわたしのおねえちゃん!」

「うん、分かったよ。じゃあ、芽衣ちゃんと風花ちゃんのママになるね」

「おままごとの間なら、2人のパパになるよ」

「あたしにはリアルに妹がいるから適役だね」


 風花はドヤ顔で言うと、それなりにある胸を張った。

 それにしても、おままごとか。小さい頃は雫姉さんと心愛によく付き合わされたなぁ。男が俺しかいないときが多かったから、パパ役はよくやらされていた。


「芽衣ちゃん。私達がどんな役をやるのかは決まったけど、どんな内容でやろうか?」

「ごはんがいいな。わたし、おままごとセットをもってきたの」


 芽衣ちゃんのリュックには、おままごとセットが入っているのか。


「じゃあ、おままごとの準備をしようか」

「そうですね。……そうだ。せっかくだから、由弦には外に出ていってもらいませんか? 食事っていうシチュエーションですし、仕事から帰ってきたところから始めると、リアリティがあって盛り上がると思います!」

「それいいね、風花ちゃん!」

「ふうちゃんてんさい!」


 意気投合し、盛り上がる女子3人。

 せっかく、この家でおままごとをやるんだ。高校生も3人いるし、風花の言うように、リアリティがあると面白いかもしれない。それに、妻らしく振る舞う美優先輩も見てみたいし。


「分かりました。じゃあ、俺は外に出ていますね。準備が終わったら、スマホに一言メッセージを入れてもらえますか」

「分かったよ、由弦君」


 俺はスマホを持って一旦、外に出ることに。

 仕事から帰ってくるっていう設定だけど、私服のまま出ちゃったな。でも、今の時代は私服で働くのもOKな会社もあるし、このままでいいか。ワイシャツ姿だし。これからの暑い時期は、クールビズでこのくらいの軽装でも許される会社もありそう。


「暑いな……」


 今日もよく晴れているな。直射日光を浴びるとさすがに暑く感じる。

 1週間後にはもう夏が始まるんだよな。どんな夏になるのやら。今年の春は美優先輩と同居したり、交際を始めたりと予想外の出来事が多かったし。ただ、美優先輩達と一緒にいれば楽しい夏になるのは間違いないだろう。

 ――プルルッ。

 スマートフォンが鳴ったので確認すると、


『入ってきていいよ』


 と美優先輩からメッセージが。

 よし、これからおままごとの間は、妻子持ちの男になりますか。美優先輩がどんな感じの奥さんになっているのか期待しつつ、俺は玄関を開けた。


「ただいま~」

『おかえり~』


 リビングの方から3人の声が聞こえてきた。ここが本当の自宅だからという理由もあるけど、とてもほっとした気持ちになる。

 リビングから、赤いエプロンを身につけた美優先輩が姿を現し、優しい笑顔で俺のところにやってくる。いつも、家で料理をするときに身につけており、おままごとだって分かっていても、特別な感じがしてくる。


「おかえりなさい、あなた!」


 そう言うと、美優先輩は俺のことをぎゅっと抱きしめてきた。あぁ、幸せだ。


「今日もお仕事お疲れ様」

「ありがとうございます。美優せんぱ……美優」

「……ふふっ」

「今はおままごとなんだから、美優先輩に敬語禁止だよ、お父さん」


 リビングからこちらを覗いている風花がそう言う。賛成しているのか、芽衣ちゃんは何度も頷いている。あと、風花は俺のことを自然とお父さん呼びしてくれる。これまで、宿題や試験勉強で分からないところをたくさん教えたからだろうか?

 普段はもちろん敬語だけど、今はおままごとで夫婦役。芽衣ちゃんもいるので、今は頑張ってタメ口で話そう。


「ただいま、美優。今日も仕事を……頑張ってきたよ。美優と子供達の姿を見て疲れが取れた」

「ふふっ、嬉しいよ。……あと、タメ口にキュンとする」


 小さな声でそう話す美優先輩はとても楽しそう。そのことで、タメ口で話す緊張がちょっとほぐれる。


「ねえ、あなた。ご飯にする? お風呂にする? それとも……わ・た・し?」


 漫画やアニメ、ドラマで何度も見た台詞だけど、実際に恋人から言われると凄くキュンとするな。これから食事をする設定だけど、お風呂に入ったり、美優先輩を堪能したりしたくなるじゃないか。


「ご飯がいいな。お腹空いちゃった」

「うん! その前に、お仕事頑張ってきたご褒美だよ」


 そう言うと、美優先輩はちゅっ、とキスしてきた。おままごと中だけど、俺を抱きしめて興奮していたのだろうか。リビングから風花と芽衣ちゃんに見られているので恥ずかしい。


「パパとママはラブラブだね! おねえちゃん!」

「そうだね、メイメイ」

「ラブラブだよ~。さあ、お父さんが帰ってきたから、2人ともリビングに戻りなさい。4人で夜ご飯を食べようね」

『はーい』


 風花と芽衣ちゃんの元気な返事もあってか、美優先輩が本当のお母さんのように見えてくる。演技が上手いな。

 俺は家の中に入り、リビングへ向かう。


「お母さん。今日の夜ご飯は何なのかな?」

「ええと……諸事情があって、4人とも違うメニューなの。あなたにはハンバーグだよ」

「そうなんだ。よく頑張って作ったね。お父さんはハンバーグが大好きだよ」


 きっと、美優先輩の言う諸事情というのは、おままごとセットのことだろう。芽衣ちゃんは色々な料理のミニチュアを持ってきたのだと思われる。

 リビングに入ると、普段は寝室にあるテーブルとクッションが食卓の近くに置かれていた。テーブルの上には、ハンバーグ、ステーキ、ナポリタン、グラタンのミニチュアが。よくできるなぁ。あと、芽衣ちゃん以外が座るクッションの前に、実際の箸が置かれているのが面白い。

 美優先輩にハンバーグが夕食と言われたので、俺は近くにハンバーグの置いてあるクッションに腰掛ける。ちなみに、俺から時計回りに芽衣ちゃん、風花、美優先輩という並びで座っている。


「みんな手を合わせて。……いただきます!」

『いただきます!』


 美優先輩の号令で、俺達は夕ご飯を食べる。

 俺は箸で掴んだハンバーグのミニチュアを、口の近くまで持っていく。


「……もぐもぐ。うん、美優の作るハンバーグは美味しいね」

「ナポリタンも美味しい! お母さん!」

「ママ、ステーキおいしいよ!」

「ふふっ、みんなにそう言ってもらえて良かった。4種類作った甲斐があったよ。グラタンも美味しくできたな」


 頭がいいだけあって、現状に合わせて上手に演技をする美優先輩。

 あと、おままごとをやりたいと言った芽衣ちゃんはもちろんのこと、風花もなかなかの演技だ。昼休みにお昼ご飯を食べるときと同じような笑みを見せている。

 いつかはこういう温かな家庭ができるのだろうか。子供を授かるかどうかは分からないけれど、美優先輩と一緒に幸せな人生を歩んでいきたいものだ。


「パパ、とってもしあわせそう」

「……お仕事から帰ってきて、可愛い家族と一緒に夕ご飯を食べているからね」

「今の笑顔は演技じゃない気がするけどね、お父さん」

「風花ちゃんもそう思った?」


 風花と美優先輩には見抜かれていたか。


「わたしもしあわせ! みんなといっしょにごはんたべられて」

「芽衣ちゃんがそう言ってくれて、パパは嬉しいよ。このままご飯を食べ続ける? それとも、他に何かやってみたい設定とかある?」

「う~ん……おとうとかいもうとがほしい。おねえちゃんはふうちゃんがいるから」


 芽衣ちゃんはちょっと寂しげな様子で話す。

 すると、美優先輩は俺に近寄ってきて、


「芽衣ちゃんは一人っ子だからね。うちが3姉妹だからか、兄弟姉妹に憧れを持っていて。もう一人ぐらいなら子供を産んでも大丈夫そうだからって、理恵ちゃんは旦那さんと子作りを頑張っているみたいなんだけど、なかなか授からないみたいで」


 美優先輩は俺にそう耳打ちしてくる。

 芽衣ちゃんは一人っ子だから、風花をお姉さん役にしたのかな。白鳥3姉妹という仲のいい年上のいとこもいるし。弟や妹はできても、お姉さんはできないから。


「ねえっ!」


 美優先輩が俺にコソコソと話していたからか、芽衣ちゃんは大きな声で呼ぶ。ゆっくりと立ち上がり、先輩の近くまでやってくる。真面目な表情で先輩の手を掴んで、


「ママ、おとうとかいもうとをうんで? パパとこどもをつくってほしい」

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