第4話『従妹がくる-後編-』
5月25日、土曜日。
今日は午前9時半頃から芽衣ちゃんを預かるため、普段の休日よりも早めに起きた。昨日の夜は浴室で美優先輩とたくさん体を動かしたけど、先輩と一緒に俺のふとんで寝たから、気持ち良く朝を迎えられた。
「いやぁ、試験明けの土曜日の朝はとてもいい時間ですよね。……日本茶美味しい」
「そうだね、風花ちゃん」
朝食後、家に遊びに来た風花と3人で、温かい日本茶をすすっている。部屋が隣同士だからか、風花はデニムパンツに半袖のVネックTシャツというラフな格好だ。
休日になると、たまに朝から風花が家に来てゆっくりすることがある。俺と美優先輩が付き合っているので、来てもいいかどうかメッセージで事前に確認してくれるけど。今日もメッセージが来たので、その際に芽衣ちゃんの面倒を見ることを伝えた。すると、風花は「一緒に面倒見ますよ!」と快諾の返信をくれた。
「この子が今日面倒を見る芽衣ちゃんだよ」
「可愛いっ! 美優先輩の従妹なのも納得です! 会うのが楽しみです」
「私もお正月以来だから楽しみだよ。そういえば、風花ちゃんは中学2年生の妹さんがいるんだよね」
「そうです。歳は2つしか違いませんけど、妹や妹の友達の面倒を見たこともあります。なので、あたしにも頼ってくださいね! それに、芽衣ちゃんは保育園に通う年齢とはいえ女の子ですから」
そう言い、風花は俺をチラッと見てくる。俺が芽衣ちゃんに何か変なことをすると思っているのだろうか。まあ、引っ越した直後に、裸の美優先輩に抱きつかれたのを見られてから、たまに変態って言われているからな。ただ、彼女の言う通り、芽衣ちゃんは5歳児だけど一人の女性。気を付けないといけないな。
「風花も一緒にいてくれるのは心強いよ。男の俺だとできないこともあるだろうから」
「任せておいて!」
「お礼に風花ちゃんの分のお昼ご飯も作るからね」
「ありがとうございます!」
風花、凄く嬉しそうな顔をしているな。風花の笑顔は可愛いし、明るい性格なので芽衣ちゃんと仲良くなれそうな気がした。
そういえば、芽衣ちゃんを夕方まで預かる予定だから、当然、お昼ご飯もここで食べるんだよな。
「美優先輩。お昼ご飯は何を作る予定ですか? 芽衣ちゃんも一緒に食べるでしょうから気になって」
「オムライスだよ。芽衣ちゃん、卵とトマトが大好きだから。前に実家に芽衣ちゃんが遊びに来たとき、お母さんと理恵ちゃんが作ったオムライスを美味しそうに食べていてね」
「そうなんですか。それなら安心です」
「あたし、オムライスは大好きですよ!」
さっきよりも嬉しそうな笑みを浮かべる風花。きっと、芽衣ちゃんもお昼ご飯になったら、今の風花みたいな表情になるんだろうな。
昨日、一旦家に帰ってから、セールをやっている近所のスーパーへ買い物に行った。なので、オムライスに必要な材料はたぶん揃っていると思う。
そういえば、料理部に見学しに行ったときに作ったのがオムライスだったな。俺もオムライスを作ったっけ。あのときに食べた美優先輩のオムライスはとても美味しかった。入学直後の頃だけど、かなり昔のことに思えるな。ブラウス姿の美優先輩を見ながらそんなことを思った。
「確か、芽衣ちゃんが来るのは9時半頃でしたよね」
「そうだよ。あと10分ぐらいだね」
写真で芽衣ちゃんの姿は分かっているとはいえ、ちょっと緊張するな。
――ピンポーン。
おっ、インターホンが鳴った。芽衣ちゃんと母親の理恵さんが来たのかな。美優先輩がモニターのところに向かう。
「はい」
『おはよう、美優ちゃん。理恵です。芽衣を連れてきたよー』
「分かりました! 2人とも、芽衣ちゃんが来たよ」
「分かりました。行こうか、風花」
「そうだね!」
芽衣ちゃんと理恵さんを出迎えるため、美優先輩と風花と一緒に玄関へ向かう。
美優先輩が玄関を開けると、そこには茶色のスカートに桃色の長袖のTシャツを着た芽衣ちゃんと、黒いスーツ姿を着た女性が立っていた。ワンサイドに纏めた長い黒髪が印象的で、美人な方だ。先輩が応対したときに理恵だと言っていたので、彼女が芽衣ちゃんの母親の理恵さんだろう。
あと、芽衣ちゃんは赤いリュックを背負っている。おもちゃとか入っているのかな。
「久しぶりだね、美優ちゃん。今年のお正月以来かな?」
「そうですね。お久しぶりです。芽衣ちゃんも久しぶりだね。大きくなったね」
「えへへっ、ひさしぶりだね! みゆちゃん!」
美優先輩に頭を撫でられて笑顔になる芽衣ちゃん。……写真の彼女も可愛かったけど、実際に見ると物凄く可愛いな。
あと、芽衣ちゃんに話しかけるときの美優先輩の声、普段以上に柔らかい。それもとても魅力的だ。
「突然でごめんね。中間試験が終わって、ようやくゆっくりできるときに。とてもかっこいい恋人さんがいるのに」
ニヤニヤ笑いながら理恵さんは俺をチラチラ見る。だからか、美優先輩の頬が段々赤くなっていく。
「か、彼とは一緒に住んでいますからね。それに、久しぶりに理恵ちゃんと芽衣ちゃんと会えて嬉しいですよ」
「そう言ってくれると嬉しいわ。今日は旦那も仕事が入っちゃって。用があるのが伯分寺だから、あけぼの荘に住んでいる美優ちゃんに預けようと思ってね。この子、美優ちゃんのことが大好きだし」
「頼ってくれて嬉しいですよ。お仕事頑張ってくださいね。芽衣ちゃん、今日は夕方までお姉ちゃん達と一緒に遊んだり、ご飯を食べたりしようね。お昼ご飯は芽衣ちゃんの大好きなオムライスを作るからね」
「やったー!」
大好きな美優先輩に大好きなオムライスを作ると言われたからか、芽衣ちゃんはとても嬉しそうだ。この様子なら大丈夫そうかな。
「そうだ、紹介しますね。私と同棲している桐生由弦君と、隣の102号室に住んでいて、由弦君のクラスメイトの姫宮風花ちゃんです」
「初めまして、桐生由弦です」
「姫宮風花といいます、初めまして」
「初めまして、美優ちゃんの叔母の蒼山理恵といいます。今日は娘の芽衣がお世話になります。芽衣、由弦お兄ちゃんと風花お姉ちゃんに自己紹介しようか」
「うん!」
理恵さんに向かって首肯すると、芽衣ちゃんは一歩前に出て、
「はじめまして、あおやまめいです! ほいくえんにいってます」
「あたし達は美優お姉さんと同じ高校生です。よろしくね! 芽衣ちゃん!」
「今日はよろしく、芽衣ちゃん」
初めて会う人にもしっかりと挨拶ができて偉いな。
こうして間近で見ると、本当に可愛い子だ。ショートボブの黒髪もよく似合っている。そんな芽衣ちゃんを見ると、以前、風邪を引いたときにタイムスリップをして、12年前の美優先輩と会ったことを思い出す。あと、小さい頃の心愛にも似てるかな。
芽衣ちゃんは頬を赤くし、輝かせた目で俺をじっと見つめてくる。
「ゆづくん、しゃしんよりもかっこいい!」
そう言うと、芽衣ちゃんはとっても可愛らしい笑みを浮かべながら、俺をぎゅっと抱きしめてくる。あと、俺を「ゆづくん」と呼んでくれるのが可愛い。愛おしくも思えて、思わず「ははっ」と笑い声が漏れてしまった。
「昨日、美優ちゃんに桐生君の写真を送ってもらってから何度も見ていたのよ。今日も美優ちゃんだけじゃなくて、桐生君にも早く会いたいって言っていてね」
「目を輝かせているって私にメッセージをくれましたもんね」
「由弦はイケメンで優しいし、妹もいますからね。写真でも、その雰囲気が滲み出ていたんでしょうね」
優しげな笑みを浮かべて風花はそう言ってくれる。芽衣ちゃんに抱きしめられたときに、思わず笑い声が出てしまったので、変な目で見られるかと思ったけど。
「芽衣ちゃんに気に入られて嬉しいですし、安心もしています。今日はここでお兄ちゃん達とたくさん遊んだり、ご飯を食べたりして楽しもうね、芽衣ちゃん」
俺は芽衣ちゃんの頭をポンポン、と優しく手を当てた。そのことで、芽衣ちゃんの髪からシャンプーの甘い匂いがふんわりと香ってくる。芽衣ちゃんは俺を見上げて、ニッコリと笑顔を見せてくれる。あぁ、かわいい。
「3人が一緒なら大丈夫そうね。会議次第だけれど、夕方までには終わると思うから。何かあったら連絡してね」
「分かりました。お仕事頑張ってきてくださいね」
「ありがとう。芽衣、いい子にしているのよ。美優ちゃん達の言うことを聞くんだよ」
「はーい! ママ、いってらっしゃい! おしごとがんばってね!」
「うん! ママ、頑張ってきちゃうからね! じゃあ、行ってきます」
『いってらっしゃい!』
俺達4人でそう言うと、理恵さんは笑顔で手を振ってあけぼの荘を後にした。スーツ姿だからか、彼女の後ろ姿はとてもかっこよく思えた。まさにキャリアウーマンって感じだ。仕事をして、子育てもして。凄いなぁ。また、昨日、美優先輩から聞いた話によると、理恵さんはIT系の企業に勤めているとのこと。
「ママがお仕事に行って寂しいかもしれないけど、お姉ちゃん達が一緒にいるから安心してね」
「うん。みゆちゃんとゆづくん、ふうちゃんがいるからだいじょうぶ」
芽衣ちゃんは強い子だな。あと、俺の着ているワイシャツの裾を掴みながらそう言ってくれるのが可愛いな。俺、芽衣ちゃんと会ってから、これで何回可愛いと思っただろうか。いっぱい思っただろうな。
「あたし、ふうちゃんって呼ばれるのは初めてだよ。じゃあ、あたしはメイメイって呼ぶ!」
「うん、いいよ!」
「本当にメイメイは可愛いなぁ」
「えへへっ。ふうちゃんもかわいいよ」
「えへへっ」
風花、芽衣ちゃんにデレデレだな。初めて会った子にあだ名で呼んでもらえるのは嬉しいよなぁ。今まで呼ばれたことがない呼び方なのも、風花の心を掴んだ一因だろう。
「さあ、芽衣ちゃん、中に入ろうか」
「うん。おじゃましますっ!」
こうして、美優先輩の従妹・芽衣ちゃんとの一日が始まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます