第3話『従妹がくる-前編-』

 夕食後。

 食事の片付けと台所の掃除を終えた俺は、リビングに戻り、テレビの前にあるソファーに腰を下ろす。そこには既に美優先輩が座っていた。


「片付けと掃除、終わりました」

「ありがとう、由弦君。お風呂もあと15分もすれば入れると思う。あと、アイスコーヒーを作っておいたよ」

「ありがとうございます。コーヒーいただきます」


 目の前には、アイスコーヒーの入った俺のマグカップが置かれていた。俺はアイスコーヒーを一口飲む。


「美味しいです。ショッピングモールで缶コーヒーを飲んだときにも思いましたけど、冷たい飲み物がいいなと思えるようになりましたね」

「昼間は暑くなる日が多くなってきたからね。新しいスクール水着を買ったし、今年も夏がやってくるんだって思うよ」

「そうですね。……ところで、明日はどうしましょうか? 新しいベッドは明後日の午前中に届く予定ですし」

「そうだね……。試験も終わったし、どこかに遊びに行くのもいいかも。でも、今週は試験勉強をたくさんしたし、今みたいに家でのんびりするのもありだよね」


 美優先輩は俺に寄り掛かってくる。そのことで先輩から甘い匂いが香ってきて。

 思い返せば、試験期間中は、午前中は学校で中間試験を受けて、午後になるとこの101号室で勉強会をしていたな。風花と花柳先輩はずっといて、加藤や橋本さん、あけぼの荘の住人も参加する日もあった。勉強会のおかげもあってか、みんな赤点の不安がある科目はないという。

 勉強会のとき、美優先輩は自分の勉強よりも、花柳先輩達2年生組はもちろんのこと、俺達1年生組に勉強を教えることが多かったな。頭が良くて優しい先輩だと改めて思う。そんなことを思いながら、先輩の頭を撫でた。

 ――プルルッ。

 スマホが鳴っている。確認してみるけど……俺の方ではないか。


「あっ、理恵りえちゃんから電話だ。どうしたんだろう? あっ、理恵ちゃんっていうのは私の叔母さんね。……もしもし」


 通話に出ると、美優先輩はソファーから立ち上がって、廊下に続く扉の近くまで歩いていく。

 美優先輩の叔母さんか。父方か母方かは分からないけど、先輩の叔母さんというだけで美人な感じがする。あと、どうしたんだろうって先輩が言うと、その理恵さんという方がどんな用事で電話してきたのか気になってしまうな。


「母から聞いているかもしれませんが、私、恋人と同棲しているんですよ」


 そんな美優先輩の言葉からして、俺のことが話題になっていると分かる。段々と不安になってきたな。もしかして、その理恵さんが、美優先輩と俺が同棲するのを止めさせるために家にやってくるとか?


「ちょっと待ってくださいね。……由弦君」

「何ですか?」

「明日、私の叔母さんが、お仕事で伯分寺にオフィスのある会社に用があるんだって。だから、娘さんをうちで預かってくれないかって頼まれて。蒼山芽衣あおやまめいちゃんっていうんだけど。5歳で保育園に通っているの。旦那さんも土曜日にお仕事があるみたいで。その子、私に凄く懐いてくれているの」

「そうなんですか。俺はいいですよ。心愛ここあって妹もいますし。小さい頃は心愛の友達も、しずく姉さんと一緒に面倒も見たことがありますから。正月やお盆には歳の離れた従妹の面倒も」

「そうなんだね。そう言ってくれて良かったよ」


 美優先輩はほっと胸を撫で下ろす。

 保育園だと土曜日も預かってくれそうなイメージがあるけど、前日に頼むのは無理なのかな。

 ただ、伯分寺にある会社に用事があって、近くに大好きな美優先輩が住んでいるなら、先輩に預けようと考えるか。土曜日なら、電車もある程度空いていて、保育園の子を連れて行けそうだし。


「ただ、芽衣ちゃんは大丈夫ですかね。大好きな美優先輩が一緒にいるとはいえ、俺を恐がりそうで。俺、結構背が高いですし」

「きっと大丈夫だと思うよ。芽衣ちゃんは明るくて活発な性格だし。お盆やお正月で親戚が集まったときも、大人の男性に笑顔で接していたから。それに、由弦君は優しい雰囲気だし、かっこいいから」

「ははっ。まあ、それなら大丈夫そうですね」


 もし、芽衣ちゃんに恐がられたら、見守ることに徹しよう。


「じゃあ、叔母さんに伝えるね。……お待たせしました。由弦君も大丈夫だと言ってくれています」


 再び扉の近くまで歩く美優先輩。

 芽衣ちゃんは美優先輩の叔母の娘か。ということは、先輩とは従姉妹の関係か。美優先輩と血が繋がっているし、きっと可愛らしいのだろう。

 ゴールデンウィークに、美優先輩の妹の朱莉あかりちゃんとあおいちゃんが泊まりに来たとき、アルバムを見せてもらったけれど、芽衣ちゃんの写真はなかったな。美優先輩のご実家でもアルバムを見たけど、あのときは美優先輩の御両親とお話ししていて、あまり見られなかったんだよな。


「はい、失礼します。……由弦君、明日は9時半過ぎに芽衣ちゃんが来るってさ。夕方まで預かることになったよ」

「分かりました。楽しみですね」

「そうだね。あと、理恵ちゃんに写真を送っていいかな。どんな人に預けられるのか、事前に顔を知ってもらっていた方が安心すると思うし。芽衣ちゃんも写真で見れば、ちょっとは緊張が解けるかなって」

「先輩の恋人とはいえ、俺の顔を知らないと不安ですよね。もちろんいいですよ」

「ありがとう。じゃあ、理恵ちゃんに送ろっと」


 できれば笑顔の写真がいいよね、と美優先輩はスマホを眺めている。笑顔の写真を送った方が印象はいいんじゃないだろうか。そう思いながら、アイスコーヒーを一口飲んだ。

 写真を送った美優先輩は再びソファーに腰を下ろす。ミルクと砂糖入りのコーヒーを飲み、笑顔で「美味しい」と呟いている。以前に比べるとコーヒーを飲むようになったな。


「電話をかけてきた理恵さんとは結構親しいんですね。叔母相手にちゃん付けですから」

「理恵ちゃんはお母さんの妹で、お母さんよりも一回りくらい年下だからね。小さい頃は、お盆やお正月以外にも会っていたからか、叔母さんというよりも歳の離れたお姉ちゃんって感じがして」

「歳の離れたお姉さんというのは分かる気がします。俺も父方の叔母は、父よりもかなり年下でしたから。小さい頃、正月やお盆に親戚が集まると大人達に混ざって、1人お姉さんがいたなと」


 今年の正月にも会ったけど、叔母さんは相変わらず若かったな。


「私の方もそんな感じだった。理恵ちゃんだけ『お姉さん』って感じがした」

「ははっ、そうでしたか。ところで、芽衣ちゃんの写真ってありますか? 明日は家で預かりますから、どんな感じの子か知りたくて」

「確かスマホにあると思う。今年のお正月に実家へ帰ったときに、理恵ちゃん家族が遊びに来ていたから。ちょっと待っててね」 


 美優先輩は再びスマホを手にとって、芽衣ちゃんの写る写真を探す。芽衣ちゃん、どんな感じの女の子なんだろうな。


「あった。このショートボブの黒髪の子が芽衣ちゃんだよ」


 そう言われて、美優先輩にスマホを渡される。画面には美優先輩と朱莉ちゃん、葵ちゃん、そしてショートボブの黒髪の幼女が映っていた。彼女が芽衣ちゃんか。


「笑顔がとても可愛らしい女の子ですね。みんな黒髪で、可愛らしい顔ですから、四姉妹に見えますね」

「その写真を撮ったときに、親戚のおじさんおばさんみんなに言われたよ」

「ははっ、そうでしたか。美優先輩の従妹ですから、芽衣ちゃんはきっと可愛い子だろうとは思っていました」

「……もう、由弦君ったら」


 はにかみながらそう言うと、美優先輩は俺にキスしてきた。えへへっ、と笑って俺に寄り掛かってくる。正面にあるスイッチの入っていないテレビ画面に、俺に寄り掛かって嬉しそうな先輩が映っていた。そんな状況に頬を緩ませている自分も。やっぱり、幸せに感じているんだなと思った。


 ――プルルッ。

「おっ」


 持っている美優先輩のスマホが鳴ったことに驚き、思わず声が漏れてしまった。慌てて先輩にスマホを返す。


「……ふふっ、理恵ちゃんからメッセージが来てる。かっこいい彼氏さんだねって。あと、芽衣ちゃんが『かっこいいー!』って目を輝かせて、早く由弦君に会ってみたいって言っているってさ。気に入ってもらえたみたいだね」

「それは良かったです。その話を聞いて、俺も芽衣ちゃんにより会いたくなってきました」

「そうだね。私も理恵ちゃんと芽衣ちゃんと会うのはお正月以来だから楽しみだな。それを返信しておこうっと」


 美優先輩は楽しそうにスマホを操作している。

 芽衣ちゃん、俺に会いたがってくれているのか。嬉しい気持ちと同時に安心もした。これなら明日は楽しみながら芽衣ちゃんを預かれそうかな。


「よし、返信終わった。じゃあ、かっこいい由弦君。そろそろ一緒にお風呂に入ろっか」

「そうですね」

「あと、浴室の中で……しない? 中間試験もあって、最近はあまりしていなかったから。正直、今日の試験はそれを励みの一つに頑張ったんだよね……」


 頬をほんのりと赤くし、俺を見つめながらそう言う美優先輩。さりげなく俺の太もものあたりを擦ってきていることもあって、かなりドキドキしてくる。


「確かに、最近は家に帰ると試験勉強中心でしたしね。俺も美優先輩とベッド買うなどして楽しい時間を過ごすのを励みに、今日の試験を頑張りました。そういえば、今日の午後にベッドで横になって先輩にキスされたとき、結構ドキドキしました。すぐ近くに花柳先輩がいたので、何とか冷静でいられましたけど」

「そうだったんだ。私もあのときはドキドキしてた。近くに瑠衣ちゃんはいたけど、周りは静かだったし、由弦君と一緒にベッドで横になっていたからさ。……明日は芽衣ちゃんの面倒も見るし、今夜はたっぷりとしよっか。アレは寝室にたくさんあるから」

「分かりました。しましょうか」


 俺は美優先輩の頭を優しく撫でる。すると、先輩が目を瞑ってきたので、先輩にキスした。

 それから、俺と美優先輩は一緒にお風呂に入り、とても気持ちのいい時間を過ごしたのであった。

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