第2話『胸が膨らむ』

 新しいベッド用品を買い、フレームなど、大きな荷物は日曜日に送ってもらうように申し込んだ俺達は、家具専門店を後にする。ちなみに、シーツなど今日持って帰られるものについては俺が持つことに。


「いいベッドが買えて良かったわね」

「うんっ! これで日曜日からは新しいベッドで快適に眠れるよ。もちろん、今までのベッドや、今みたいにふとんを隣同士に敷いて寝るのもいいけどね」

「ですね。ただ、隣同士に敷いても、先輩が俺のふとんに入ってくることが多いですよね」

「そうだね。温かいし、由弦君の匂いがするから気持ち良くて」


 えへへっ、と美優先輩は照れくさそうに笑う。

 美優先輩の言う通り、先輩が俺のふとんに入ってくると温かくて気持ちいいんだよな。先輩の甘い匂いや、柔らかな感触のおかげでぐっすりと眠れるし。


「あなた達、本当に仲のいいカップルよねぇ。広めのクイーンサイズのベッドを買ったけど、新しいベッドになっても、しばらくはくっついて寝てそう。これから暑い季節になるけど」

「ふふっ、そうかもね。ただ、夏でも冷房をかけて寝ると、寄り添うくらいがちょうど良く感じられるんだよね。実家にいる頃、妹達と一緒に寝たときはそうだった」

「美優先輩の言うこと分かります。俺も夏休みになると、たまに雫姉さんや心愛と一緒に寝ていたときがありましたから」


 ただ、俺の場合は雫姉さんと心愛がベッタリとくっついてくるから暑苦しく感じるときがあったけど。それでも、2人が気持ち良さそうに寝ているから引き離せなかったな。

 そんなことを話しながら歩いていると、以前、風花が部活で使う水着を購入したお店が見えてきた。


「そういえば、美優。6月に入ったらすぐに水泳の授業が始まるから、そろそろ水着を買った方がいいんじゃない?」

「去年の水着だと胸がキツいからね。由弦君が入学した直後に温水浴で着たから分かってる」


 温水浴か。確か、入学祝いなどという名目だった気がする。当時は互いに水着を着ていても緊張したけど、今は何も着ずに一緒に入浴するのが普通になったな。もちろん、体を見つめ合うとドキドキして恥ずかしいけど。


「さすがに今買えば、水泳の授業が始まったときに着られなくなる事態にはならないと思う。少なくとも、胸の方は」


 そう言って、美優先輩はお腹の辺りを擦っている。お腹周りが気になるのかな。付き合うようになってから、ほぼ毎日、お風呂のときに先輩の体を見ているけど、特に太ったようには思えない。毎日見ているからそう思うのかもしれないけど。


「瑠衣ちゃんは新しい水着は買うの?」

「……連休が明けてすぐに、去年の水着を着てみたら、問題なく着ることができたわ。破れたところもないし、変に伸び縮みしていないし、色褪せているわけじゃないから今年も着るよ」


 はあっ、花柳先輩はため息をついている。


「きょ、去年の水着を問題なく着られるのは凄いよ! だって、この1年間、瑠衣ちゃんは太らなかったってことでしょ?」


 美優先輩はそう言って花柳先輩の頭を撫でている。太らなかったことだけを言うのは、先輩の優しさだろう。親友でも、触れてはまずい箇所はあるか。


「……美優の言う通りね。去年の水着を着られるのをポジティブに考えないと。そう、太らなかったのよ。体型維持できたの!」

「瑠衣ちゃん凄いよ! 私、たまに太っちゃうときがあるから、瑠衣ちゃんを尊敬するよ! 由弦君もそう思うでしょ?」

「そ、そうですね!」


 美優先輩と俺は花柳先輩に拍手を送る。そんな励ましが功を奏したのか、花柳先輩は普段通りの笑みを見せるようになった。


「せっかくお店の前まで来たし、スクール水着を買おうかな。由弦君も買う?」

「俺は実家から持ってきた水着がありますので。温水浴のときにも着られたので大丈夫です」

「分かった。じゃあ、水着を買いに行こうか」

「あたしがサイズを計ってあげるわ。去年よりも胸が大きくなっているんだし。ウエストやヒップもちゃんと測りましょう!」


 興奮気味に言う花柳先輩。美優先輩の体を間近で見たいのと、スリーサイズを知りたいからなのでは。俺は恋人になったけど、女性の花柳先輩に計ってもらった方がいいだろう。家ならともかく、ここはお店だし。


「誰かにやってもらった方が正確に測りやすいもんね。じゃあ、瑠衣ちゃんにお願いするよ」

「任せなさい!」


 やる気に満ちた様子で言う花柳先輩は、さほど大きくない胸を張った。


「じゃあ、2人のバッグは俺が預かっていますよ。持ち帰る寝具もありますから、あそこの休憩スペースで待っていますね」

「分かった。荷物お願いね」

「よろしくね、桐生君」


 美優先輩と花柳先輩は俺に荷物を預けて、水着売り場へと向かった。いい水着を買えれば何よりだ。

 俺は休憩スペースに行き、空いているテーブル席を陣取る。テーブルやイスにスクールバッグと、ベッド用品を置いた。

 近くに自販機があったので、微糖のボトル缶コーヒーを購入。


「……美味しいな」


 夏も目前だからか、冷たい飲み物がより美味しくなってきたな。

 サイズも測って、水着を選ぶとなると時間がかかりそうかな。それまで何をして待とうかな。とりあえず、好きな音楽を聴きながら待つか。スマホを手にとって、YuTubuという動画サイトでオススメ動画一覧を見てみる。


「おっ、低変人ていへんじんさんの『渚』か」


 2週間ほど前に公開された曲で、これまでに何度か聴いている。俺は『渚』を聴くことに。


「やっぱり、爽やかでいい曲だよなぁ」


 アコースティックギターの優しくて爽やかな音色が、穏やかな波打ち際を思い起こさせる。

 今聴いている『渚』を作曲した低変人さんは、ネット上で活動している音楽家だ。インストゥルメンタルの曲だけだけど、俺達高校生はもちろんのこと、若い世代に絶大な人気がある。大ファンで、カリスマ的存在だと崇めるクラスメイトもいる。

 雫姉さんや心愛が好きであり、2人の影響で俺も好きになった。

 学校でお昼ご飯を食べているときに話題になったことがあり、美優先輩達も好きな曲が何曲かあると前に言っていたな。

 2年前に一度だけ活動休止した期間を除けば、コンスタントに新曲を公開し続けている。幅広いジャンルの曲を公開しているのもあって、個人的には全く飽きない。


「低変人さんって本当に何者なんだろうな……」


 本名や年齢、素顔は一切公開されておらず、謎の部分は多い。ただ、動画説明欄の文章がしっかりとしているので、個人的には大人のイメージがある。実際に大人だとしても凄いと思うけど、もし俺と同じ高校1年生だったり、年下だったりしたら凄すぎて違った世界の人に思えるな。

 微糖の缶コーヒーと、低変人さんの曲のおかげで穏やかな時間が流れていく。そんな中で段々といい気分になれるのは、きっと初めての定期試験が終わり、明日と明後日がお休みだからだろう。

 ――プルルッ。

 低変人さんの曲をいくつか聴いたとき、花柳先輩からLIMEというSNSアプリを通じてメッセージと写真が届く。


『どっちの水着がいい? 美優が桐生君に決めてほしいんだって』


 というメッセージの後に、背中の開いた露出度の多い黒いスクール水着と、背中の空いていない紺色のスクール水着を着た美優先輩の写真が送られてきた。とりあえず、今送られた写真をスマホに保存し、どっちがいいか考える。

 どちらの水着も可愛いな。ただ、黒い水着の方は背中が開いている部分が多いのか。一緒に水泳の授業をするなら、迷わずこちらにするけれど、学年が違うからなぁ。男子生徒達が美優先輩を変な目で見て、何かしてくるかもしれない。

 紺色の水着の方は布地の多い正統派スクール水着だ。ただ、去年の水着の色が紺色だった気がする。色を変えた方が、より新しい水着を買った気分になれそうだ。そんな脳内水着決定会議をした結果、


『黒い水着の方がいいです』


 と、花柳先輩に返信した。欠席しない限り、花柳先輩も一緒に授業を受けるんだ。だから、この黒い水着を水泳の授業に着ても大丈夫だろう。


『あたしも黒い方がいいと思っていたわ! さすがは桐生君!』

「ははっ」


 花柳先輩も黒い水着の方を推していたのか。思わず笑い声が出てしまった。

 ――プルルッ。

 うん? また花柳先輩からメッセージが来た。どうしたんだろう?


『自己申告していた通り、美優の胸が去年よりも大きくなっていたわ! 確実にFカップあるんじゃないかしら! きっと、桐生君のおかげね。このまま美優の胸と愛情を育みなさい』


 何事かと思ったら美優先輩の胸のことか。そういえば、ゴールデンウィーク前に、キツくなった下着が多くなったからって、新しい下着を買っていたな。もしかしたら、あの時期は胸のカップがFになる過渡期だったのかも。

 写真で水着姿は見せてもらったけど、近いうちに実際に新しい水着を着た美優先輩の姿を見てみたいな。期待に胸が膨らむ。

 花柳先輩から返信を受け取ってから10分ほどで、先輩方が戻ってきた。新しい水着を買えた美優先輩よりも、花柳先輩の方が満足そうにしているのが印象的なのであった。

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