第3話『ぶらり-後編-』

 まさか、ランジェリーショップの前で深山先輩と会うなんて。先輩は特にニヤニヤしたり、軽蔑したりすることはなく、落ち着いた様子で俺を見ている。


「深山先輩じゃないですか。どうしたんですか?」

「気になっていた本を買いに来たの。今はその帰り。桐生君こそどうしたの? こんなお店の前で。……まさか、色々なことをして、美優ちゃんの下着の汚れが落とせなくなったり、破れちゃったりしたとか?」

「何を言っているんですか。その……下着のサイズが合わなくなってきたので、新しいものを買いに来たんです。せっかくだから、恋人の俺が好む下着を買いたいからと。今は選んだ下着のサイズが大丈夫かどうか試着しているんです」

「なるほどね。美優ちゃんらしいかも。それにしても、あの子……また胸が大きくなったのね」


 そっかそっか、と深山先輩は感慨深そうな様子。

 今の深山先輩の言葉からして、美優先輩の胸はまだまだ発展途上中ってことかな。深山先輩は……制服越しでも美優先輩と明らかな差があると分かる。ここから発展の可能性はある……のかな?


「何だか、私について失礼なことを考えている気がするけど……まあいいわ。美優ちゃんはあそこの試着室の中にいるのね?」

「はい、そうです」

「ありがとう」


 深山先輩は早足でランジェリーショップの中に入っていき、美優先輩がいる試着室に突入した。


「きゃっ! こ、小梅先輩、どうして……」

「お店の前にいる桐生君を見つけてね。それが今回買おうとしている下着? よく似合っているじゃない」

「ありがとうございます。って、何を触っているんですか! ひゃあっ!」

「……確かに、前よりも胸が大きくなっているわ。白い肌、確かな谷間、そして、柔らかな感触。まさに完璧な胸ね。これが2つのたわわが桐生君のものになるなんて、あの子は幸せ者ね。あと、少しくらい私に分けてくれないかしら?」

「ひゃうっ! そんな風に触らないでください……! くすぐったいです! そんなことをしても、お胸はあげられません……!」

「よいではないかぁ……よいではないかぁ!」


 美優先輩の可愛らしい声と、深山先輩の明るい笑い声がはっきりと聞こえてくる。

 今すぐにでも助けに行きたいけど、あの試着室の中を覗くのは気が引ける。制服姿の深山先輩を見ているからか、店員さんや店内にいるお客さんも試着室の方は見ているものの助ける様子はない。こうなったら……しょうがない。

 俺は再びランジェリーショップの中に入り、先輩方の入っている試着室の前に行き、


「深山先輩! 今すぐにそこから出てきてください。いくら先輩でも、これ以上、俺の彼女が嫌がるようなことをしたら許しませんよ」


 大きめの声でそう注意した。すぐに美優先輩の喘ぎ声や深山先輩の笑い声が止まる。俺の注意が効いたのかな。

 あと、今のことで周りのお客さんや店員さんの迷惑になったかもしれないので、俺は軽く頭を下げた。

 すると、試着室のカーテンがパッと開き、深山先輩は満足した様子で試着室から出てきた。その際、青いブラジャーを着けている美優先輩の姿が見えてしまったので、俺が素早くカーテンを閉める。


「ふぅ、巨乳をたっぷりと味わったわ。満足満足」

「それは良かったですね……とは言えませんね。まったく、美優先輩が嫌がっていることをやらないでくださいよ。深山先輩が男子だったら、一発殴っていたところです」


 そんな俺の右手は拳になっているけれど。


「ごめんなさいね。私の胸は寂しいから、あそこまで大きいものを見ると堪能したくなるときがあるの。そうすれば、私の胸も大きくなるかもしれないし」

「そ、そうですか」


 お世辞でも、巨乳の恩恵が深山先輩にあったとは言えないな。


「これまでに何度か、こうして美優ちゃんの胸を堪能していたんだけど、彼女は桐生君の恋人になったからこれからは控えた方がいいわね」


 止めると言わないところが、深山先輩の抱く美優先輩の胸への強い憧れや強い執着心を伺わせる。


「深山先輩は女性ですけど、彼氏としてはできれば止めてほしいですね。声だけでしたけれど、美優先輩は嫌がっているのは分かりましたし。美優先輩、大丈夫ですか?」

「う、うん。突然来たからビックリしたけれど。小梅先輩、さっきのように揉むのは止めてほしいです。その……そういうことをしていいのは由弦君だけですから!」


 力を込めて言ってくれるのは嬉しいけれど、もう少しプライベートな空間で言ってほしかったな。とても恥ずかしい。

 深山先輩は静かに微笑んで、


「分かったわ。美優ちゃんは桐生君の恋人だものね。これからは美優ちゃんほどじゃないけれど、クラスメイトの胸を堪能することにするわ。あと、今日は突然ごめんなさいね。桐生君から美優ちゃんの胸が大きくなったって聞いたから、どれだけのものか確かめたくなって」

「俺は『サイズが合わなくなった』と言っただけなんですけど」

「それは大抵『胸が大きくなった』って意味なんだよ、由弦君。今回は小梅先輩だからいいけれど、そういうことは他の人にあまり言わないようにしてね」

「分かりました、すみません」


 俺の一言が原因で深山先輩に胸を堪能される事態になったんだ。俺に責任があるな。デリカシーにも欠けていたし反省しよう。


「でも、相変わらずいい胸をしていたわ、美優ちゃん。これからはその胸で桐生君のことをたっぷりと癒しなさい」

「……こ、小梅先輩も言葉には気を付けてください」

「ふふっ、気を付けるわ。これで元気も出たし、しばらくは受験勉強も頑張れそうな気がするわ。どうもありがとう。さすがはあけぼの荘の管理人さん」

「そ、それは何よりです」

「じゃあ、私はこれで帰るわ。桐生君もまたね」


 深山先輩は満足げな笑みを浮かべてランジェリーショップを後にした。あと、これから胸を堪能される運命になった先輩のご友人の無事を祈る。


「……今までも堪能されていたんですね」

「うん。出会ったときから定期的に。でも、先輩はちっちゃくて可愛いし、堪能したときの幸せな表情を見ると嫌な気分にはあまりならなくて。ただ、今は由弦君の恋人だからね。だから、さっき小梅先輩に言ったのは止めさせるための口実じゃなくて、本当のことだからね。小梅先輩が言うように癒やせるなら癒したいし……」

「そ、そうですか」


 そう言われると凄くドキドキするな。恋人になると色々な意味でできることが広がっていくんだな。

 あと、深山先輩は定期的に堪能していたんだ。花柳先輩にバレないようにしていたのかな。それとも、バレても3年生だから、花柳先輩からは何も言われなかったのか。それとも、花柳先輩も一緒に堪能していたのだろうか。そこら辺のことは深掘りしないでおこう。


「ところで、さっき手に取った下着はどうでしたか?」

「とてもいい着け心地だったよ。だから、青だけじゃなくて黒の方も買おうかなって」

「そうですか。いい下着が見つかって良かったです。似合っていましたよ」

「……似合ってた?」

「……あっ」


 一瞬だったけれど、さっき見た美優先輩の下着姿が頭に焼き付いていたので、つい感想を言ってしまった。それまであった体の熱がサッと引いていく。


「瞬間的なことですけど、さっき、深山先輩が試着室から出たとき、青いブラジャーを着けている美優先輩が見えてしまって。それがとても似合っていたなと。すみません、見てしまって」

「う、ううん。いいんだよ、由弦君だから。そっか。似合ってるって言われると、この下着を手に取って良かったってより強く思えるよ」

「そうですか」

「……でも、一瞬のことなのにはっきりと覚えているなんて。風花ちゃんの言うように変態さんなところがあるんだね」

「変態というか……ただ、恋人の下着姿ですよ。一瞬でも見えたら覚えてしまいますって。その姿が綺麗だったり、下着が似合っていたりしたら特に」


 美優先輩にしか聞こえないような小さい声でそう言った。


「……そっか。由弦君がそう言ってくれて嬉しいな。これも由弦君が好きな色を言ってくれたおかげだよ。ありがとう」

「いえいえ。それじゃ、俺はまたお店の前で待っていますね」

「分かったよ」


 俺は再びランジェリーショップから出る。その際、深山先輩のことがあってか店員さんやお客さんから強い視線を送られた気がする。

 それから程なくして美優先輩は試着室から出てきて、さっき試着していた青い下着と、同じデザインの黒い下着を購入。支払いをするときに店員さんと談笑しているように見えたけれど、いったい何を話しているんだろう?

 いい笑顔をして美優先輩はランジェリーショップを出てきた。


「おまたせ、由弦君。サイズの合う下着を買うことができました」

「良かったです。ところで、下着を買うときに店員さんと楽しく話しているようでしたが」

「小梅先輩とのやり取りを見ていたみたいで、素敵な彼氏さんですねって言われて。あと、愉快なお友達もいるんですねって」

「そういうことでしたか」


 深山先輩は美優先輩のいる試着室に勝手に入ったのに、愉快なお友達で済ませるとは。寛大な店員さんで良かった。あと、さっきは結構大きな声で深山先輩に注意してしまったけど、店員さんが怒っていないようで一安心だ。


「由弦君。もう少しショッピングモールの中を廻る? それとも、もう帰る?」

「そうですね……あっ、本屋に行ってもいいですか? 俺の好きな漫画の最新巻の発売日が今日だった気がするので」

「もちろんいいよ! じゃあ、本屋に行こうか」

「はい」


 俺は再び美優先輩と手を繋いで、本屋に向かって歩き始める。

 ランジェリーショップで下着を選ぶのは予想外だったけど、恋人だからこそ許されることなんだろうな。


「ねえ、由弦君。小梅先輩は大きな胸が好きだけど、由弦君も……大きい方が好き?」

「えっ?」


 予想外のことを問いかけられたので思わず立ち止まってしまう。

 まったく、周りに人がいる中で何てことを訊くんだ。ただ、美優先輩は俺のことをじっと見つめているので、答えを濁したり、答えなかったりするのは失礼だろう。


「大きい方が好きですよ」


 美優先輩の耳元でそう囁いた。


「そっか。良かった……」

「こういうところで訊かないでくださいよ。恥ずかしいですって」

「ごめんね。ただ、さっきの小梅先輩のことがあったから気になっちゃって。これから大きくなっても安心だ。下着がキツくなったら、また由弦君に選んでもらおうかな」

「……お付き合いします」


 そのときは深山先輩のようなことが起きないことを祈ろう。

 それからは、俺と美優先輩はショッピングモール内にある本屋さんへ行く。俺の好きな漫画の最新巻を買えて良かったのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る