第2話『ぶらり-前編-』

 4月23日、火曜日。

 今日も教室の窓から青く広がる空が見える中、授業を受けた。窓を開けると、涼しい空気がやんわりと教室の中に入ってきて気持ちいい。たまに外の様子を見ると気分転換にもなるし。窓側の席で良かったと思うのは、これで何度目だろう。

 昼休みはもちろん、美優先輩達と一緒にお昼ご飯を食べる。学年が違うからいつも一緒にいられないのは寂しいけど、だからこそ昼休みの時間がより楽しく思えるのかもしれない。恋人になってからはより強くそう思う。



 午後の授業もあっという間に過ぎていき、今日も放課後になった。

 終礼が終わると、今日も部活に向かう風花、加藤、橋本さんを教室から送り出し、美優先輩と花柳先輩が迎えに来るのを待つことに。


「今日は部活も買い出しもないからな……」


 あけぼの荘に真っ直ぐ帰るのではなく、駅の方へ遊びに行くのもいいかもしれない。

 あと、学校生活にも慣れてきたし、月曜日と水曜日以外は基本的に予定はないから、そろそろバイトを始めようかな。自分の趣味はもちろんのこと、生活費の足しにもしたいし。ゴールデンウィークの間に、色々と情報を集めようかな。


「由弦君。一緒に帰ろっか」


 美優先輩1人が教室に入ってきた。


「お疲れ様です、美優先輩。……あれ、花柳先輩は?」

「先に帰ったよ。由弦君と恋人同士になったから、2人きりで帰る日もあった方がいいって言って」

「そうなんですか」


 これまでの花柳先輩では考えられないな。親友として、俺を美優先輩の恋人であると認めてくれているのだろう。


「花柳先輩のご厚意に甘えましょう。美優先輩と恋人になったんですし、俺も2人きりで帰ったり、どこかに寄り道したりしたいと思っていたので」

「……私もたまには家以外でも2人の時間を過ごしてみたいって思ってた。これから駅前のショッピングセンターに行ってもいいかな? 買いたいものがあって」

「いいですよ。じゃあ、一緒に行きましょうか」

「うんっ!」


 美優先輩と手を繋いで、俺は1年3組の教室を後にする。

 こうしているとこちらを見てくる生徒が多いけど、あまり騒がれない。もう俺達が付き合っていることが広まっているのかな。それとも、既に美優先輩と一緒に住んでいることは知られているので、手を繋ぐのは普通だと思われているのか。

 恋人になったことで、敗者の集いなど美優先輩のファンに絡まれる可能性も考えているけど、今のところはそのようなことはない。

 校舎を後にした俺達は伯分寺駅の方に向かって歩き始める。


「こうして、由弦君と手を繋ぎながら歩いていると幸せな気分になるよ。それに、今日はずっと青空が広がっているから。空気も爽やかだし」

「そうですね。本当にいい気候ですよね。誕生日の季節ということもあってか春は好きです。あとは秋も過ごしやすくて好きですね」

「そうなんだ。私も春と秋は好きかな。……そういえば、お互いの誕生日を訊いていなかったね。由弦君の誕生日って何日?」

「5月7日です」

「5月7日……ってちょうど半月後じゃない。今知ることができて良かった。そっか、由弦君は5月生まれか。しっかりしているし、4月や5月生まれのイメージがあるね」

「そうですか? そういったことは今まで言われたことはなかったですね。あと、時期的にゴールデンウィーク明けということもあってか、五月病にはならないですね。ところで、美優先輩の誕生日はいつですか?」

「12月14日だよ。だから、冬も年末年始までは好きかな」

「そうなんですね」


 美優先輩は12月生まれなのか。先輩もしっかりしているから、4月や5月生まれのイメージがあった。ただ、雪が舞う中での先輩はとても美しそうだ。


「地元に12月生まれの友人がいるんですけど、クリスマスプレゼントしかないと嘆いていましたね。美優先輩はどうでしたか?」

「両方あったよ。あと、家族全員が甘いもの好きだから、誕生日とクリスマスで2回食べていたな。あと、去年は瑠衣ちゃんはもちろん、友達やあけぼの荘のみんなが誕生日プレゼントとクリスマスプレゼントをくれて嬉しかったなぁ」

「いいですね。これから毎年12月には、たくさんプレゼントを用意しますね」

「ありがとう。私もゴールデンウィーク中に誕生日プレゼントを用意しておくね」

「ありがとうございます。楽しみにしています」

「うん! いいタイミングで誕生日を知ることができて良かったよ」


 ふふっ、と美優先輩は嬉しそうな笑みを浮かべている。

 個人的にはこうして美優先輩と恋人になって、しかも一緒に住んでいることが誕生日プレゼントのように思えて。そのことで住む場所はもちろんのこと、楽しい時間や愛おしい時間をもらっている気がするから。今一度、美優先輩の手をぎゅっと握った。

 誕生日の話をしていたこともあってか、あっという間に駅前に到着し、ショッピングモールに入っていく。日用品はもちろんのこと、様々な専門店や飲食店が入っているからか、陽出学院高校の制服を着た人もちらほらいる。


「ところで、美優先輩。ショッピングモールで買いたいものって何ですか?」

「……それは売り場に着いてから話すよ」


 ほんのりと頬を赤くしながら、美優先輩はそう言った。いったい、彼女は何を買いたいんだろう。気になるけど、もうすぐ明らかになると思うので、これ以上の追究は止めることにしよう。

 美優先輩の案内でショッピングモールの中を歩いていく。まだ数えるほどしか来ていないこともあってか、毎回ここの広さに圧倒される。


「ここだよ、由弦君」

「……本当にここで合っているんですか?」

「うん」


 はにかみながら美優先輩は頷く。

 俺達が立ち止まった先に陳列されているのは……色とりどりの女性ものの下着。そう、ランジェリーショップだったのだ。美優先輩という女性が側にいないと、警察に即通報されそうな雰囲気である。


「美優先輩が買いたいものっていうのは……下着だったんですね」

「そうだよ。最近、キツく感じる下着が多くなってきて。それで、新しい下着を買いたいって思っていたの。せっかく、由弦君っていう恋人ができたんだし、恋人の好む下着を着けたいなと思って。それでここまで連れてきたの」

「……な、なるほど……」


 まさか、恋人の下着選びに付き合うことになるとは。これまでにこういった経験はないので緊張するな。雫姉さんや心愛の水着選んだことはあるけれど、そのときの比じゃないぞ。


「……由弦君、嫌だった?」

「き、緊張と気まずさはありますけど、嫌だという気持ちはありません」

「良かった。じゃあ、さっそく見ていこうか」

「はい」


 美優先輩に手を引かれる形でランジェリーショップの中に入る。こういうところに来るのは初めてだからか、未知の世界って感じがするな。あと、何だかいい匂い。

 ううっ、周りを見てしまうのはまずいけれど、周りが気になって仕方ない。

 今、このお店にいる男性は俺しかいない。店員さんもお客さんもほんのりと頬を赤くしながらこちらを見ている。


「ち、ちなみに、美優先輩はここでいつも買うんですか?」

「うん、そうだよ。値段もいい感じで種類も豊富だからね。瑠衣ちゃんやあけぼの荘の女の子達とも来たことがあるの」

「そうなんですね」


 とても興奮した様子で、美優先輩の下着選びに付き合っている花柳先輩のことが目に浮かぶ。

 今回のことを風花や花柳先輩に話したら……だ、大丈夫だよな。俺は美優先輩の恋人なんだし。


「由弦君はこういうお店に来るのは初めて?」

「ええ。さすがに下着については、雫姉さんや心愛に付き合わされたこともありません。俺の下着を2人から提案されることはありましたが」

「ふふっ、そっか。じゃあ、これが初体験なんだ」

「……初体験です」

「いい響きだね。ドキドキする。ところで、これが似合いそうだとか、これが好みだっていう下着はある?」

「……どれも似合いそうな感じはしますね」


 美優先輩ならシンプルな感じな下着でも、セクシーな感じの下着も似合いそうな気がする。


「それじゃ、さすがに絞り込めないな。例えば、そうだね……好きな色って何かな?」

「俺の好きな色は……青と赤。それに黒ですね」

「そうなんだ。じゃあ、その3色の下着を選ぼうかな。……あっ、これなんていいかも」


 そう言って、美優先輩はセクシーな雰囲気の青いブラジャーを手に取った。札を見ているけど、サイズとかを確認しているのかな。


「うん、これならちょうど良さそう。由弦君、どうかな?」

「いいデザインだと思います。似合いそうです」

「じゃあ、これにしようかな。ただ、そこの試着室で着け心地とかを確かめてみるから、由弦君はお店の前で待っていてくれるかな」

「分かりました。じゃあ、美優先輩のバッグを俺が持っておきますね」

「ありがとう」


 美優先輩からバッグを受け取り、彼女が試着室に入ったことを確認してランジェリーショップから出て行く。緊張で息が詰まっていたこともあって、何だか開放感がある。

 ただ、美優先輩が試着しているので、ここから離れるわけにはいかない。こんなところを誰かに見られたら何だか恥ずかしいな。しかも、女性だったら気まずい。花柳先輩だったら殺されそう。


「おっ、桐生君」


 この声の主のことを知っているので、思わず体がビクついてしまう。

 声のする方に顔を向けると、そこにはあけぼの荘の202号室に住む深山小梅みやまこうめ先輩がいたのであった。

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