第1話『誓い』

 美優先輩達と一緒にお昼ご飯を食べてパワーが付いたから、午後の授業も集中して取り組めた。あと、今日は体育の授業があり、体を動かして気分転換できたのも良かったのかもしれない。


 放課後。

 月曜日なので、これから近所のスーパーに料理部の買い出しに行く予定だ。確か、今週の部活動で作るのはナポリタンだったかな。


「やっと授業が終わったよ、由弦!」


 風花は嬉しそうな様子でそう言い、俺のところまでやってくる。終礼が終わって、水泳部の練習に行く前、俺の席に一旦来るのが彼女の習慣だ。


「お疲れ様、風花」

「うんっ。由弦と加藤君も授業お疲れ様」

「ありがとう、姫宮。月曜日の授業が終わるだけでも、週末にだいぶ近づいた感じがするな」

「潤の言う通りね。10連休ももうすぐだね。サッカー部はそのうちの数日間は合宿だけど。水泳部って連休の間は練習や合宿はあるの?」

「水泳部は練習も合宿もないの。夏休みにはあるんだけどね」


 10日間も休みがあると、数日間合宿をする部活もあるか。ただ、水泳部は大会が近い時期を除いて土日と祝日は基本的に休みなので、ゴールデンウィークも休みにしたのだと思われる。

 ちなみに、俺が入部した料理部では、これまでに合宿という言葉が出たことはないな。あとで先輩方に訊いてみよう。


「水泳部はないんだね。10連休は今年しかないし、好きなことをしたり、のんびりしたりして休みを謳歌するっていうのも良さそうだよね。……そろそろ行こうか、潤」

「ああ、そうだな。2人ともまた明日。姫宮は体調に気を付けて」

「ありがとう、加藤君。奏もまた明日ね」

「2人とも、また明日」


 加藤と橋本さんは恋人繋ぎをして一緒に教室を出て行った。それが自然に思えるのは、3年付き合っているからだろうか。


「よし、あたしも練習頑張るぞ!」

「頑張って。ただ、加藤が言ったように体調には気を付けて。病み上がりだし。今日は体育があったけど体調はどう?」

「大丈夫だよ。久しぶりに体を動かして、いい汗を掻くことができたし。ただ、今日は体調が良くなってから初めての練習だから、休憩を多めに入れるようにするよ」

「それがいいと思うよ」


 先週の金曜日の練習中に倒れたから、周りの部員達や顧問の先生も風花のことを気にしてくれるだろう。


「由弦君、迎えに来たよ」

「風花ちゃんもいるのね。2人とも、今日はお疲れ様」


 美優先輩と花柳先輩が教室にやってきた。美優先輩の姿を見るだけで、体から授業の疲れがすっと抜けていく。


「お疲れ様です、美優先輩、花柳先輩」

「先輩方、お疲れ様です!」

「ふふっ、風花ちゃん、元気だね。ただ、張り切りすぎて練習中に倒れちゃわないように気を付けるんだよ」

「はーい。さすがに今日はみんなから同じようなことを言われちゃいますね」

「それだけ、風花ちゃんのことをみんな大切に想っているってことよ」


 花柳先輩の言う通りだな。そんな先輩の言葉が嬉しかったのか、風花はにっこりとした笑みを浮かべる。

 その後、俺達は教室を出発し、第1教室棟の出口まで風花と一緒に行く。俺達と別れ、屋内プールの方へと走っていく彼女の後ろ姿はとても美しかった。

 俺達は3人で特別棟に向かう。


「そういえば、料理部には合宿ってあるんですか? サッカー部は今度の10連休に合宿があるって聞いて。あと、水泳部は10連休では休みだそうですが、夏休みには合宿があるらしいので」

「そうなんだ。料理部も夏休みに合宿があるんだよ」

「実際は合宿という名の旅行だけどね。旅先の郷土料理やお菓子を食べるんだ。去年は名古屋周辺だったよね」

「そうだったね、瑠衣ちゃん。味噌カツとか手羽先は特に美味しかったなぁ」


 行った先にある料理やスイーツに触れて、知見を得たり広めたりすることが目的なのだろう。それに、名産品や郷土料理、スイーツを食べるのは旅行の楽しみの一つだもんな。


「今年の行き先はまだ決まっていないけれど、ゴールデンウィークが明けたら合宿について話し合うつもりだよ」

「そうなんですか。どこになるか楽しみです」


 旅行の話を聞いたら、今度の10連休中に美優先輩と一緒にどこか泊まりがけで出かけたくなってきた。でも、急なことだし泊まる場所のことを考えたら無理なのかな。ただ、日帰りでもいいので何度かデートをしたいなと思う。

 俺達は3階にある家庭科室に到着する。

 すると、中には料理部顧問の大宮成実おおみやなるみ先生と汐見美鈴しおみみすず部長、何人かの1年生部員がいた。俺達に気付いたのか汐見部長は小さく手を振り、1年生部員は「こんにちはー」と挨拶をしてきた。


「あら、3人が来たわね」

「みんな、今日の授業お疲れ様。あと……成実ちゃんからさっき聞いたよ。美優ちゃんと由弦君、恋人として付き合うことになったんだってね」

「そうです、汐見部長。ちなみに、大宮先生から聞いたと言いましたけど、その大宮先生は誰から聞いたんですか?」

「日曜日に一佳ちゃんから聞いたの。電話やメッセージで美優ちゃんに訊くお邪魔かもしれないから、今日になって教室で彼女に色々と訊いたのよ」

「……そうでしたね」


 美優先輩の頬がほんのりと赤くなっているな。大宮先生からどんなことを訊かれたんだろうか。あと、大宮先生に教えたのはやっぱり霧嶋先生だったか。


「……はあっ。由弦君は僕好みだから、いずれは告白しようと思っていたんだけどね」


 美優ちゃんに先越されちゃったな、と汐見部長は朗らかに笑った。


「まあ、今までの汐見部長の行動を思い出せば、それも納得できますね。手を繋いできたり、いざとなったら家に住まないかと誘ってきたりしましたし」

「ははっ、確かにそういったことをすれば僕の気持ちに気付くか。美優ちゃんと由弦君はお似合いだと思うから、これからも恋人として仲良くしていってね。応援しているよ」

「あたしも応援しているわ。恋愛経験は全然ないけれど」

「ありがとうございます、美鈴先輩、成実先生」

「ありがとうございます」


 周りに応援してくれる人がこんなにいるなんて、幸せだな。これも美優先輩の人徳があってのことだと思う。

 あと、今の話が聞こえたからか、近くにいる1年生の女子達が興奮した様子で俺達のことを見ている。そういえば、教室でも女子中心に視線を浴びることが多かったな。恋愛話が好物な女子高生って多いのかな。


「2人が付き合っていることをもっとはっきりと認識しておきたいから、是非、キスしてくれないかな」

「こんなところでするのは恥ずかしいですよ。まったく、汐見部長は何を言っているんですか。パワハラだと言う人もいると思いますよ」

「ははっ、確かにね。大丈夫だよ、写真を撮ったり録画したりしないから」

「そういう問題じゃないですよ。恥ずかしいですって」


 汐見部長や大宮先生だけならともかく、1年生の部員達のいる前だとさすがに躊躇ってしまう。しかも、部長がキスって言ったからか、彼女達はこちらを凝視しているし。


「私は……いいよ。この家庭科室でなら……」


 顔を赤くして、もじもじしながら美優先輩はそう言った。


「朝、由弦君と別れる前からは一度もキスしていないし。そろそろしたいなって思っていたの。それに、今日も由弦君は授業を頑張っただろうし、お昼ご飯のお弁当を作ってくれたからそのお礼もしたくて。だから、ここでキス……したいな」


 俺のことをチラチラと見ながらそう言う美優先輩はとても可愛らしい。えへへっ、とはにかむところも。家で2人きりだったら、今すぐに抱きしめてキスをしていただろう。

 ここは家庭科室で料理部以外の関係者はいないし、美優先輩がキスしたいと言うなら……するか。俺も正直、家に帰ったらたっぷりとしたいと思うくらいに美優先輩とキスしたいから。


「分かりました。一度だけしましょう。ただ、みなさん……絶対に写真を撮ったり、録画したりしないでくださいね」

「分かっているさ、由弦君。では、一部しかいませんが、料理部の部員と顧問の前で、これから恋人として仲良く過ごす誓いのキスをしてもらいましょう!」


 汐見部長、本当に楽しんでいるな。本当にいい笑顔だから怒れない。

 俺から美優先輩にキスする。その瞬間に黄色い声が響き渡るけど……気にしてはいけないな。

 それにしても、美優先輩の唇は柔らかくて温かいから心地いい。周りに誰もいなかったらちょっとは舌を絡ませていたかもしれない。

 唇を離すと、目の前には美優先輩の真っ赤な笑顔があった。


「やっぱり、キスすると幸せになるね、由弦君。でも、みんなの前でするのは由弦君の言う通り恥ずかしいね。キスする場所は考えないといけないね。それを今日学んだよ」

「俺も同じことを学びました。黄色い声を挙げられて、笑顔で拍手を贈られて。祝われているのは分かるんですけど、照れくさいですよね」

「……うん」


 美優先輩は軽く頷くと、俺の胸の中に顔を埋めてきた。恥ずかしさが限界に来ちゃったのかな。とても熱くなっている先輩の体をそっと抱きしめた。


「いいキスだったよ、由弦君」

「若い子達のすることだけど、先生ドキドキしちゃったな」

「……まったく。キスしたら美優を幸せな笑顔にさせちゃうんだもんね。美優のことを泣かせたら親友として本当に許さないんだからね。何があっても、最後は今みたいに美優を抱きしめることを心がけなさい」

「はい。胸に刻んでおきます」


 さすがに、美優先輩の親友であり、好意を抱いていたから言うことが違うなと思う。美優先輩を悲しませて、花柳先輩にお仕置きされることにならないように気を付けなければ。

 それから買い出しに行く直前まで、美優先輩が俺の胸から顔を離すことはなかった。そして、買い出しの間もほとんど俺と手を繋いでいたのであった。

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