第7話『10連休の予定』

 4月26日、金曜日。

 今日は今週最後かつ平成最後の登校日。

 明日からゴールデンウィークという名の10連休がスタートするからか、いつもの金曜日以上にクラスの雰囲気が明るい。あと、先週の金曜日は風花の体調が良くなかったのも、そう思う一つの要因かもしれない。今日の風花はとても元気がいい。

 今日は大宮先生担当の家庭科や選択芸術の授業もあり、時間の流れがとても早かった。

 全ての授業が終わると、終礼がまだ始まっていないにも関わらず、喜んだり、リラックスしたりするクラスメイトが多い。


「これで10連休突入だな、桐生」

「そうだな」

「奏と俺は数日、サッカー部の合宿はあるけど楽しい連休にしたいな。奏ともデートしたい。桐生は白鳥先輩っていう彼女ができたから、連休中は先輩と色々なことをするつもりか?」

「ああ。ただ、一緒に住んでいるのもあって、具体的なことは全然決めてなくて。楽しい思い出をたくさん作りたいってことは決まっているんだけど」


 家に帰ったら、美優先輩と連休中の予定について話し合おうかな。


「ははっ、そっか。同棲しているとそんな感じなのかもな。連休が明けたら土産話をしようぜ」

「ああ、そうしよう。加藤と橋本さんの土産話なら、いい誕生日プレゼントになりそうだ」

「誕生日プレゼント? 桐生の誕生日ってこの時期なのか?」

「うん。5月7日なんだ」

「おっ、連休明け初日じゃないか。じゃあ、連休の間に何かプレゼントを用意しておくよ」

「ありがとう」


 誕生日が5月7日であるおかげで、これまでゴールデンウィークが終わる頃に鬱屈な気分になることはなく、五月病になったこともない。今年も連休明けを楽しみにしておこう。


「みんな、早く席に着きなさい。平成最後の終礼を始めるわよ」


 霧嶋先生が教室の中に入ってくる。そういえば、朝礼のときは「平成最後の朝礼を始める」って言っていたな。


「みんな、今週もお疲れ様。明日から10連休です。部活や旅行、帰省、家でのんびりするなどそれぞれの予定があると思いますが、ケガや病気などをせずに過ごしてください。また、5月1日からは元号が令和に変わります。それをいい機会にこれまでの歴史を勉強したり、将来のことを考えたりするのもいいかもしれません。あと数日ありますが……みなさん。平成の間、お疲れ様でした。令和になった5月7日にまた会いましょう。それでは、平成最後の終礼を終わります」


 こうして、平成最後の学校生活が終わった。その瞬間に「やったー!」とか「10連休だー!」と叫ぶ生徒も。

 次に登校するのは11日後だけど、元号が変わるからもっと先のことのように感じる。


「はあっ、やっと終わったよ、由弦」

「お疲れ様、風花。橋本さんも」

「ありがとう、桐生君」

「奏、姫宮。ついさっき知ったことだが、桐生の誕生日が連休明けの5月7日だそうだ」

「へえ、そうなの。じゃあ、連休中に何か用意しておくわ」

「あたしは火曜日に美優先輩から聞いたよ。由弦ったら、誕生日も近いんだし教えてくれればいいのに」

「引っ越してきてから色々とあったし、美優先輩と付き合うことになって嬉しいから誕生日のことはすっかり忘れてたんだ」


 美優先輩に対しても、話の流れでたまたま誕生日という言葉が出たから、彼女に5月7日が誕生日であることを伝えることができたんだ。もし、そんな話をしなかったら、5月にならないと思い出さなかったかもしれない。


「本当にラブラブなんだから。あぁ、美優先輩が羨ましい! さあ、あたし達は部活に行きましょう!」

「そうね、風花。じゃあ、桐生君、連休明けにまた会おうね」

「じゃあな、桐生」

「うん。2人とも今日の部活と連休中の合宿頑張ってね。もちろん、風花も今日の部活を頑張って。ただ、みんな無理しないでね」

「分かってるわ。無理して体調を崩したら連休を楽しめないものね。じゃあ、またね」


 風花と加藤、橋本さんは部活に行くために教室を後にした。風花とは隣人なので連休中も会うだろうけど、加藤や橋本さんは会わないかも。そう考えるとちょっと寂しさを覚えた。

 それからすぐに美優先輩と花柳先輩が教室に迎えに来てくれたので、先輩方と一緒に学校を後にした。

 連休が始まる前にさっさと課題を片付けたいということで、花柳先輩とはあけぼの荘の前で別れる。連休中、予定が合えば遊ぼうということになった。

 家の中に入り、俺は美優先輩と一緒に寝室で私服へと着替える。未だにドキドキするけれど、恋人になったのでこれが自然に思えてきた。

 私服に着替えた俺達は外に出て、玄関やあけぼの荘の廊下の掃除、庭の草むしりを始める。掃除の方は美優先輩が担当し、俺が庭の草むしりをすることに。掃除が終わり次第、草むしりの方に合流する形にした。

 前も思ったけれど、草むしりっていい運動になるな。春風が爽やかで気持ちがいいし、雑草を抜いていくことで綺麗になっていくので気分も良くなる。ほうきの掃く音もいい。

 それにしても、平成という時代が終わるからか、こうして掃除や草むしりをしていると年末の大掃除と似た雰囲気に。実家にいる頃は父さんと一緒に庭の草むしりをやったり、洗車したりしたっけ。


「玄関と廊下の掃除が終わったよ。おっ、綺麗になってきているね、由弦君」

「ええ。気付いたら結構進んでいました」

「さすがは由弦君。草むしりを手伝ってくれてありがとね」

「いえいえ。管理人さんである美優先輩の恋人としてこのくらいのことは。それに、庭や廊下などが綺麗だと気持ちいいじゃないですか」

「……そうだね。嬉しいよ」


 そう言うと、美優先輩は俺の頬にキスをしてくる。

 そのときの笑顔がとても可愛らしいので、俺は彼女の両頬にキスをした。それが嬉しかったのか、美優先輩は唇を重ねてきた。

 本当に可愛らしい人と一緒に住んで、恋人として付き合うことになったんだなと実感する。そう感じるのは、これで何度目なんだろうな。


「……頬や唇にキスしたら掃除の疲れが取れた気がする。私も草むしりをするね」

「ええ、一緒にやりましょう」


 それからは美優先輩と一緒に草むしりをすることに。

 さっきまでほうきの掃く音が聞こえていたし、美優先輩が近くにいることは分かっていたけれど、こうして一緒に草むしりをしているとやっぱりいいなと思える。


「どうしたの、由弦君。私の方をチラチラと見て」

「2人でやるのはいいなと思いまして」

「私もだよ。だって、由弦君が側にいれば……何か虫が出たときに助けてくれるもん」

「ははっ、そうですか。引っ越してきた頃に比べると温かくなってきましたし、色々な虫が出やすくなりますよね」


 それこそ、以前に駆除したゴキブリがひょっこり現れるなんてこともありそうだ。そんなことがあったら、美優先輩が絶叫して俺に抱きついてくるだろうな。美優先輩はゴキブリが大の苦手だから。


「……由弦君。虫が出たときは本当に頼むよ。特にGが出たときは」

「任せてください」


 そう、正式名称を言いたくないほど苦手なのだ。これから温かくなり、遭遇しやすくなってくるので不安なのだろう。

 そんな話をしたときに限って虫が出てくることが多いけれど、美優先輩の徳の高さもあってなのか、アリを何匹か見つける程度で、美優先輩が悲鳴をあげたり、俺に助けを求めたりするようなことはなかった。


「ふぅ、これで草むしりも終わりだね。由弦君、お疲れ様」

「美優先輩もお疲れ様でした」

「うん。由弦君、家に戻ったらマッサージをしてもらってもいいかな。昨日、バイトで4時間、料理やスイーツを作ったからか肩が疲れちゃって」

「分かりました。じゃあ、家に戻ったらすぐにマッサージをしましょうか」

「ありがとう、由弦君」


 すると、前払いなのかキスしてきた。そんなことをされたら、いつも以上に懇切丁寧なマッサージをしないといけない気持ちになる。

 後片付けをして、俺は美優先輩と一緒に家の中に戻る。

 美優先輩はリビングにある食卓の椅子に座り、そんな彼女の後ろに立つ。


「では、マッサージを始めますね」

「うん、よろしくお願いします」


 俺は美優先輩の肩のマッサージを始める。


「あーっ、気持ちいい……」

「本当に気持ち良さそうに言ってくれますね」

「だって、本当に気持ちいいんだもん。これも昨日バイトをしたからかな」

「かもしれませんね。いつもよりも肩こりがひどいですね。これは念入りにやらないと」


 元々、美優先輩は胸が大きいために肩こりしやすく、定期的に肩を中心にマッサージをしている。ただ、今回は昨日のバイトの影響もあってか肩こりがひどいな。


「とても気持ちいい。幸せ」

「そう言ってくれて俺も幸せですよ。……ところで、明日から10連休になりますけど、どうやって過ごしましょうか。楽しい思い出を作りたいという話はしましたけど、具体的にどう過ごすかは決めていなかったので」

「確かに。部活とかもないし、泊まりがけでお出かけできたら最高だよね。ただ、今からだと泊まるところを予約するのは難しそうか」

「ですねぇ」


 長い休みだから、泊まりがけで旅行に行きたいって考えるよな。どこか穴場のスポットがあれば、今からでも予約できそうだけど。

 あと、美優先輩か俺のどちらかの実家に帰省するというのもありか。少なくとも、うちの方ならいつでも大丈夫だと思うし。


「そうだ。結構前に話したのを思い出したんだけど、毎年観ているアニメシリーズの映画を見に行きたいな」

「いいですね。そのシリーズは毎年ゴールデンウィークまでには観に行っていますし。どこか1日は映画中心にデートをしましょうか」

「うん! あとは元号が変わるから、4月30日の夕ご飯は元号越しそばを食べたいな。それで、元号が令和になってから元号初詣に行きたいかな。あけぼの荘から徒歩圏内にそれなりに大きな神社があるから」

「いいですね。年越しのような感じで改元の時期を過ごすのは面白いかもしれませんね」

「でしょ? 年越しと違って、改元は人生で何度もないことだからね」


 そんな改元の時期を恋人と一緒に過ごすことになるなんて。しかも、同棲している。そんなことは地元を出るときには想像もできなかったな。残り少ない平成の間に予想外のことが起こったんだし、きっと、これから何年もある令和という時代では、本当にたくさんの予想外の出来事に出くわすのだろう。


「今のところ、パッと思いつくのはそのくらいかな。あとは伯分寺駅の周辺でお買い物や食事とかしたいかも」

「それもしたいですね」

「もちろん、家でこうやってゆっくりした時間も過ごしたい。10日間もお休みがあるんだし、ゆっくりと考えてもいいんじゃないかな。その日の気分っていうのもあるし」

「そうですね。俺達は一緒に住んでいますし、それでいいのかもしれませんね」

「ふふっ、そうだね。もちろん、したいことを思いついたらいつでも言ってきてね」


 美優先輩は俺の方に顔を向けて、彼女らしい優しい笑みを見せる。10日間も休みだから、選択肢は色々あるだろう。美優先輩とは一緒に住んでいるんだし、先輩の言うようにゆっくりと考えていけばいいか。


「肩も大分ほぐれてきましたね。どうでしょうか」

「……うん、スッキリしたよ。ありがとう、由弦君」

「良かったです。他にマッサージをしてほしいところはありますか?」

「そうだね……こ、心かな?」

「心?」

「うん。肩でも優しく揉まれるとドキドキしてきて。だから、由弦君とキスをたくさんしたくなっちゃって。……それでもいいかな? できれば、由弦君に抱きしめられながらしたいな」

「もちろんいいですよ」

「ありがとう」


 美優先輩はゆっくりと立ち上がって、俺の方に振り返る。赤らめた顔に浮かぶ笑みはとても可愛くて。先輩と目が合うと、こっちまでドキドキしてくる。

 俺は美優先輩のことをそっと抱きしめて、自分からキスする。先輩の唇の柔らかさや温かさ、甘い匂いを感じると今週の学校生活や昨日のバイトの疲れが抜けていく感じがして。この瞬間に辿り着くまでに頑張ったんじゃないかと思わせてくれる。


「んっ……」


 やがて、美優先輩の両手が俺の背中に回り、先輩の方から舌を絡ませてきて。ドキドキが止まらない。ここが寝室だったら、間違いなくベッドに押し倒していただろう。

 1日くらいは今のように2人きりでゆっくりして、たくさんキスできる日を設けるのもいいかもしれないと思うのであった。

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