第1話『春の終わり-後編-』

 俺のスマホで霧嶋先生に写真を撮ってもらった後、自撮りの形で先生も一緒に写真を撮った。俺達は1年3組の教室を後にして、6人一緒に昇降口まで向かう。

 部活のある風花、加藤、橋本さんとは昇降口で別れ、俺は美優先輩と花柳先輩と3人で下校することに。


「まさか、桐生君達と一緒に写真を撮る展開になるとは思わなかったわ」

「そうだね。でも、楽しかったよね」

「まあね。それに、一佳先生が撮ってくれた写真や、先生も一緒に自撮りした写真もよく撮れたし」

「写真があると思い出を振り返りやすいもんね。近いうちにプリントアウトして、アルバムに貼ろうかな。由弦君、送ってくれてありがとう」

「いえいえ」


 教室で撮った写真を、LIMEというSNSアプリでみんなのスマホに送ったら、みんな喜んでいた。

 自撮り写真の方は霧嶋先生にも送った。その写真を見ながら微笑む先生はとても可愛かったな。


「あぁ、ようやく今週が終わったわ」


 花柳先輩は体を伸ばす。先輩は気持ち良さそうな表情になっている。


「まあ、前半は中間試験の返却と解説する授業が多かったから楽だったけど」

「そうだね。どの教科も結構良かったから、2年生のいいスタートを切れたと思う」

「あたしも……まあ、いいスタートが切れたかな。文系教科はいい点数だったし、苦手な理系教科も赤点を免れたから」

「勉強会のときに、分からないところをちゃんと訊いていたもんね。次は全教科平均点以上を取れるように頑張ろうか。由弦君も全教科返却されたよね? どうだった?」

「どの教科も良かったです。全教科85点以上でした」

「そうなんだ! 頑張ったね」


 偉いね、と美優先輩は優しい笑顔で俺の頭を撫でてくれる。そのことで頬が緩む。花柳先輩が羨ましそうに見ているけど……ごめんなさいね。


「高校生活のいいスタートが切れるように勉強を頑張りましたけど、勉強会で先輩方が教えてくれたおかげでもあります。ありがとうございます」

「いえいえ。由弦君の役に立てて良かったよ」

「……後輩に感謝されるのっていいものね」


 そう言って、俺にドヤ顔を見せてくる花柳先輩。確かに花柳先輩に教えてもらったこともあったけど、美優先輩よりもかなり少なかった。美優先輩が穏やかな笑みを浮かべているから、花柳先輩の態度にちょっとだけイラッとするな。

 試験直前の週末から試験期間中まで毎日、美優先輩主催で家で勉強会が行なわれた。俺や美優先輩、花柳先輩はもちろんのこと、加藤、橋本さんとは毎日一緒に勉強した。あけぼの荘に住んでいる先輩方が参加する日もあり、盛り上がった。

 また、風花は試験前の週末に、水泳部の先輩が春季大会に出場するため、応援に行った。春季大会の様子を見て刺激を受けたようで、6月下旬にある選手権大会に向けて頑張るとのこと。風花曰く、その大会はインターハイにも関わるらしい。頑張ってほしいな。

 勉強会のおかげもあって、中間試験では風花は赤点なし、加藤や橋本さんは全教科平均点以上の成績を残した。分からないところをたくさん教えたからか、風花は数学など苦手な科目の試験を返却されたとき、俺に凄く感謝してくれたな。


「この調子で頑張っていこうね、由弦君」

「はい。ただ、期末は家庭科や選択芸術の音楽などの試験もあるので大変そうです」

「確かに、科目が多くなるから、中間試験よりは大変になるね。ただ、この前の勉強会みたいに、分からないところがあったら、周りの人に訊けばいいんだよ。特に先生や、先輩である私達にね。1年生の内容なら、私はどの教科も教えられると思うから」

「ありがとうございます、美優先輩」

「さすがは桐生君の恋人であり、あけぼの荘の管理人さんね! あたしは理系科目を教えられる自信ないわ」


 苦笑いを浮かべる花柳先輩。

 人に勉強を教えるのはしっかりと理解していないと、なかなかできないことだ。俺も中間試験の勉強会で風花などに教えたときに改めて思った。もちろん、勉強を教えることで自分の理解も更に深まったな。


「話を戻すけど……去年の10月に冬服を着始めたとき、まさか、美優が後輩の男子と一緒に住んで、その子と付き合うことになるとは思わなかったわ。美優は男子とあまり話さないし、むしろ苦手にしているくらいだったから」

「私も想像できなかったよ。あのときの私に伝えたいな。桐生由弦君っていう素敵な男の子に出会って、事情があって一緒に住むようになって。恋人として付き合うようになって。由弦君と幸せに暮らしていますよってね」


 言葉通りの幸せそうな笑みを浮かべ、美優先輩はそう言う。そして、俺の腕をぎゅっと抱きしめてくる。本当に可愛い人と付き合っているんだなと実感する。

 美優先輩だけならともかく、花柳先輩も今の状況を知ったら、俺と出会ったり、同居したりしないように行動しそうな気がする。


「由弦君はどうだった?」

「中学でも冬服は10月から着ることになっていましたね。その頃には陽出学院を第一志望に決めていました。なので、陽出学院での高校生活を想像していて、出会いもあるのかなぁと思っていましたね。ただ、美優先輩っていう素敵な人と一緒に住んで、恋人として付き合うことになるとは思わなかったです。ちゃんと幸せな高校生活になるから、受験勉強を頑張れよって当時の自分に言いたいですね」

「由弦君……」


 美優先輩は俺と腕を絡ませてきて、うっとりとした様子で俺を見つめてくる。凄く可愛いな。ドキドキしてきた。

 去年の秋の自分に美優先輩の写真を見せれば、受験勉強をより頑張ってくれそうな気がする。


「あぁ、暑い暑い。この時期に制服が夏服になるのも納得だわ。去年の夏以上に熱中症には気を付けないと」


 花柳先輩は手うちわで顔を煽ぎ、一歩、俺達から離れる。


「去年とは違って、今年からは由弦君がいるからね。私も熱中症にならないように気を付けないと」

「そうですね、美優先輩」


 今も陽差しが当たって暑いけれど、美優先輩の温もりは心地よく感じる。今年の夏は去年までと比べて、温かさがいいなと感じられる夏になりそうだ。

 先輩方と話しているうちに、あけぼの荘の入口前に到着した。学校から徒歩数分なので、これから暑くなっても登下校が嫌にならないな。


「あたし、今日はこのまま帰るわ」

「うん、分かったよ。週末の間に遊びたくなったら連絡してきてね」

「了解。2人とも、またね」

「またね、瑠衣ちゃん」

「またです、花柳先輩」


 花柳先輩は俺達に小さく手を振り、自宅の方に向かって歩き始めた。ちなみに、彼女のご自宅はあけぼの荘から歩いて10分ほどのところにある。

 美優先輩と俺は自宅である101号室に入る。


「ただいま」

「ただいま~。ふふっ、一緒に帰ってきて、2人でただいまって言うのも慣れてきたね」

「ええ。ここに引っ越してきてから、2ヶ月経ちましたからね。慣れてきましたけど、先輩と一緒にただいまと言えるのはいいなぁと思います」

「……私もだよ」


 そう言うと、美優先輩は嬉しそうな様子で俺にキスをしてきた。帰る前に飲んだのか、彼女の唇からは緑茶の香りがした。緑茶好きの俺にとっては落ち着く香りだ。

 キスした後、俺達は着替えるために寝室へ。

 寝室に入ると、1週間前に買ったクイーンサイズのベッドがすぐに目に入る。少しずつ、この寝室にクイーンベッドがある光景に慣れてきたな。

 スクールバッグを勉強机の上に置き、部屋着に着替えようとネクタイを外そうとしたときだった。


「ねえ、由弦君」

「何ですか?」


 美優先輩の勉強机の方を見ると、ワイシャツ姿の美優先輩が照れくさそうな様子で俺を見ていた。


「……教室では、冬服姿が凄く可愛いって言ってくれてありがとう」

「いえいえ」

「……私も由弦君の冬服姿がかっこいいって思ってるよ。ブレザー姿はもちろんだけど、今みたいにベスト姿のときも」

「ありがとうございます」

「……そんな冬服も10月になるまで着ないし、その……冬服納めしない?」

「えっ?」


 冬服納めって聞いたことのない言葉だな。

 すると、美優先輩はクイーンベッドの上で仰向けに。そして、ワイシャツのボタンをいくつか開け、胸の谷間と青い下着を見せてくる。


「せ、制服を着たままで……由弦君としたいの。それを私が勝手に冬服納めって言っているんだ」


 はにかんで俺を見つめてくる美優先輩。

 10月になるまで冬服は着ないから、制服を着たままでキスよりも先の行為をしても大丈夫ってことか。だから、冬服納めと言ったのか。

 制服姿でしたことは一度もないので、とても興味がある。目の前で、胸元を見せた状態で仰向けになっている美優先輩が凄く艶っぽい。


「分かりました。しましょうか。制服姿でしたことはないので、凄くドキドキしますけど。まだ夕方ですし、一度だけにしましょうか」

「うん! ベストは夏服でも使うから、一応脱いでおこうか」

「そうですね」


 ベストを脱いで、ネクタイを緩めながら美優先輩のところに行こうとしたとき、


「ちょ、ちょっと待って」


 さっきよりも頬赤くした美優先輩がそう言う。


「私から誘っておいて何だけど、今日は体育あったし、帰るときも陽差しが当たって暑かったから……いつもより汗臭いかも。制汗スプレーは使ったんだけど」

「……どれどれ」


 ベッドに横たわっている美優先輩の首筋の匂いを嗅いでみる。

 自己申告しているだけあって、普段よりも強い匂いを感じる。でも、全く嫌じゃない。あと、制汗スプレーの匂いなのかミントの香りもしてきて。


「普段とは少し違いますけど、今の先輩の匂いも好きですよ」


 正直に感想を伝えると、美優先輩はほっと胸を撫で下ろす。


「……良かった。じゃあ、しよっか」

「はい」



 それから、クイーンベッドの中で美優先輩と冬服納めをした。

 お互いに学校の制服を着た状態で、キスよりも先の行為をするのが初めてだからか、とてもドキドキした。

 いつも、美優先輩と愛し合うときは幸せな気持ちになる。ただ、今回は制服姿。高校進学の際に素敵な先輩と出会って、付き合えていることをより実感できて。強い幸福感に包まれたのであった。



「……気持ち良かった」

「そうですね。制服姿でするのもいいですね」

「うんっ! ……いけないことをしている感じがして、いつもよりもドキドキしちゃった。もちろん、由弦君と一緒にしたからだよ!」

「ははっ、そうですか」


 確かに、寝間着や部屋着ならまだしも、高校の制服を着た状態ですると、いけないことをしているように思えたな。まるで、学校のほとんど使わない部屋でこっそりとしているような感じで。そう考えたら、俺もドキドキしてきたぞ。

 美優先輩のことを抱きしめて、頭を優しく撫でる。先輩の髪からは、普段よりも汗の匂いが強く感じられた。


「これから毎回、制服の切り替えのときはしよっか」

「それはいいですね」

「……あと、明日は土曜日だし、季節の変わり目だから、今夜は春のラストイチャイチャをしたいんだけど、どうかな?」


 そう言って、上目遣いで俺を見てくる美優先輩。


「いいですね。明日はお休みですし、たくさんしましょうか。正直、俺も冬服納めして、今夜はいっぱいしたいと思っていましたから」

「……うんっ!」


 美優先輩は嬉しそうな様子で俺にキスしてきた。春の終わりに、恋人の肉食系な一面をまた一つ知ったのであった。




 夜。入浴後に、美優先輩との約束通り、ベッドの中で春のラストイチャイチャをした。

 美優先輩は冬服納めをしているときと同じくらいに気持ち良さそうで、幸せそうな表情を見せてくれた。

 寝ようとしたときにはもう日付が変わっており、季節も春から夏に変わっていた。

 今年の春は美優先輩達のおかげで、今までの中で一番素敵で忘れられない春になったと思う。これから始まる夏も同じような感想を持てるように頑張ろう。そう思いながら、先輩の隣で眠りについた。

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