第2話『夏の始まり』

 6月1日、土曜日。

 目を覚まして最初に見えたのは、美優先輩の優しい笑顔。その笑顔があまりにも可愛くて。幸せな気持ちになれて。これは夢なんじゃないかと思い、軽く下唇を噛んでみると……確かな痛みが感じられた。


「ふふっ。どうしたの、由弦君。目を覚ますなり、唇を噛んじゃって」

「あまりにも幸せな光景なので、まだ夢の中にいるんじゃないかと思いまして。痛いですから、これは現実なんでしょうね」

「現実だよ~」


 美優先輩は俺を抱き寄せ、顔を胸の中に埋めさせる。そのことで、両眼や額中心に柔らかい感触に包まれる。先輩の胸……とても柔らかくて、温かくて気持ちがいい。ボディーソープの甘い匂いもするし。ドキドキするけど、ほっこりとした気分にもなる。


「胸の柔らかさとか分かるかな?」

「もちろん分かります。気持ち良くて二度寝しちゃいそうです」

「ふふっ、本当に気に入ってくれているよね。昨日も……私の胸に色々なことをしたし」

「……美優先輩の胸は大きくて柔らかくていい匂いがしますから。好きですよ」

「ありがとう、由弦君」


 撫でてくれているのか、頭に優しくて温かい感触が。

 美優先輩のおかげで、いい朝を迎えることができた。今日は土曜日で学校はお休みだから、先輩と一緒にゆっくりと過ごしたい。


「それにしても、広いベッドで美優先輩の胸に顔を埋めていると、ゴールデンウィークに旅行に行ったときのことを思い出しますね」

「ホテルのベッドはとても広かったもんね。確か、最終日の朝は私が早く起きたんだよね。今のように由弦君を抱きしめて。由弦君の体が温かかったのと、吐息が気持ち良かったのを覚えてる」


 俺が顔を離すと、美優先輩は俺に向けてニッコリとした笑顔を見せてくれる。


「初めて最後までしたのも、旅行のときでしたね」

「そうだったね。由弦君と付き合うようになって、タイミングを見計らっていたから、由弦君から誘われたときは凄くドキッとしたな。でも、嬉しかった。最後まですると凄く幸せになれるよ。今では定期的にしたいくらいだもん」

「先輩から誘うことの方が多いですもんね。とても嬉しいですよ」

「うんっ! 由弦君ももっと誘ってくれていいからね」

「はい。……では、今夜もしませんか? 昨日が春のラストイチャイチャだったので、今日は夏のスタートイチャイチャということで。明日は日曜日ですから、たっぷりと」

「もちろんいいよっ!」


 俺がさっそく誘ったからか、とても嬉しそうな笑顔になる美優先輩。スタートイチャイチャと言ったから、どんな反応をされるかと思ったけど、喜んでくれて良かった。

 昨日はたくさんしたけど、体に痛い箇所はない。2日連続でたくさんしても大丈夫だろう。


「由弦君。おはようのキスをしてくれるかな?」

「分かりました。おはようございます、美優先輩」

「おはよう、由弦君」


 挨拶を交わして、俺からおはようのキスをする。美優先輩と唇が重なった瞬間、今までの中で最高の夏のスタートを切ることができたような気がした。




「あぁ、日本茶美味しい。由弦君は本当に日本茶を淹れるのが上手だね」

「ありがとうございます」


 午前10時過ぎ。

 朝食の後片付けや洗濯、浴室の掃除をし終わった俺達は、ソファーに隣同士に座りながら、日本茶を楽しんでいる。


「由弦君の作ってくれた朝食も美味しかったし、いい休日のスタートになったよ」

「そう言ってくれると嬉しいですね」

「ふふっ。夏になって、今日みたいに暑くなる日も増えてきたけれど、温かい飲み物っていいよね」

「分かります。落ち着きますよね。冷房をかけた部屋にいるときは、温かい日本茶やコーヒーを飲むことがありますね。去年の夏休みに受験勉強したときもそうでした」

「そうだったんだ。私も夏休みの宿題をしてるとき、温かい紅茶を飲むことがあったな。……さてと、チラシのチェックをしようかな」

「俺も一緒にやります」

「うん。じゃあ、半分ずつチェックしようか」


 今日の朝刊に入っていたチラシをチェックしていく。近所のスーパーは、土日にセールが行なわれたり、安売りしたりすることが多いからな。

 それにしても、真剣な様子でチラシを眺める美優先輩……素敵だな。灰色のノースリーブの縦セーターという服装もあってか、大人っぽく感じられて。若妻って感じがする。あと、胸の大きさが凄く伝わってくる。


「あっ、一佳先生のマンションの近くにあるスーパー……午後にタイムセールやるんだ。野菜とかお肉も安くなるんだ」

「そうなんですか」


 そのスーパーはあけぼの荘から徒歩15分ほどのところにある。セールによっては、あけぼの荘の近くにあるスーパーよりも安くなることも。なので、たまに行くことがある。そういえば、霧嶋先生の家に初めて行ったのは、そのスーパーで先生の姿を見かけたのがきっかけだったな。


「由弦君の方はどう?」

「ええと……いつも行くスーパーのチラシが入っていますね。ただ、今日限定で安くなるのは、飲み物や洗剤中心ですね。見てみてください」

「どれどれ……確かに、今日は飲み物や洗剤ばかりだ。明日は卵が安くなるんだね。じゃあ、今日行くのは、先生の家の近くにあるスーパーだけ行こうか。暑い中、15分くらい歩くけれど、一緒に行ってくれるかな? 1人1点までのものもあるし」

「もちろんですよ。いい運動にもなりますし」

「ありがとう。……そうだ。久しぶりに一佳先生の家に行こうか。最後に行ったのは、ゴールデンウィークの初日だから」

「そうですね。いいと思いますよ」


 初めて霧嶋先生の家に行ったとき、かなり散らかっており、キッチンも汚れていた。風花と4人で片付けや掃除をしたなぁ。また、その際に、美優先輩が定期的に部屋のチェックをしたり、家事を教えたりすると言っていた。

 しかし、ゴールデンウィークの初日を最後に、霧嶋先生の家には1ヶ月以上行っていない。旅行に行ったり、俺の風邪が治ったばかりだったり、定期試験の勉強をしたり、美優先輩の従妹の芽衣めいちゃんの面倒を見たりと、毎週末、色々なことがあったから。


「行っても大丈夫かどうか、一佳先生に訊いてみるね」

「そうですね」


 霧嶋先生にも予定があるだろうからな。

 美優先輩はスマートフォンを手にとって、霧嶋先生に電話を掛ける。


『はい、霧嶋です。白鳥さん、どうかした?』


 美優先輩、俺も話が聞けるようにスピーカーホンにしてくれたのか。


「久しぶりに、先生のお部屋の状況をチェックしたいなと思いまして。1ヶ月以上行っていませんでしたから」

『あれから、週末には色々とあったものね。……実は今、片付けをしているところなの』

「いい心掛けですね。そろそろ、私にチェックされそうだと思ったんですか?」

『それもちょっとあるわ。ただ、さっき……妹が家に遊びに来ると連絡があって。以前、部屋が散らかっていたことを叱られたから、今回は少しでも綺麗にしようと思って』

「そうだったんですね!」


 霧嶋先生の家に妹さんが遊びに来るのか。確か、お名前は二葉ふたばさんだったかな。法律を学ぶ大学生。この前、ここに来たときに霧嶋先生が二葉さんの写真を見せてくれたけれど、とても穏やかそうな人だった。


『実は、二葉が家に来たら、会いに来るか、もしくはそちらに伺ってもいいか連絡するつもりだったの。この前、写真を見せたときに会わせるって言ったし』

「そうでしたね。妹さんに会いたいです!」

『分かったわ。……このタイミングで電話がかかってきたし……迷惑でなければ、今から家に来てくれるかしら。その……1ヶ月以上チェックがなかったから、部屋が結構散らかっていたり、キッチンが汚れていたりしていて。手伝ってくれると嬉しいのだけど』

「分かりました。これをいい機会に片付けや掃除をしちゃいましょう! 由弦君、それでもいいかな?」

「もちろんです。やりましょうか」

『2人ともありがとう。お礼については考えておくわ』

「分かりました。では、また後で」


 美優先輩の方から通話を切った。

 お礼を考えると霧嶋先生が言ってくれたけど、俺は妹の二葉さんと会えれば十分だと思っている。写真を見たから顔は知っているけれど、実際に会ったら印象と違う場合もある。二葉さんがどういう方なのか楽しみだ。


「今日は霧嶋先生の家に行って、お昼ご飯をどこかで食べて、その帰りにスーパーのタイムセールに行こうか」

「いいですね。そうしましょう」

「……今日は暑くなるし、髪を結ぼうかな」


 そう呟くと美優先輩はゆっくりとソファーを立ち上がって、リビングを出て行く。

 入浴のとき以外、美優先輩が髪を纏める姿を見たことがないな。どんな風になるのか楽しみだ。

 そういえば、しずく姉さんは、夏になるとたまにポニーテールにしていたな。姉さんはロングヘアの黒髪で、外は暑いからと髪を纏めたことがあった。

 美優先輩は黒いヘアゴムと、白いパッケージのチューブを持ってリビングに戻ってきた。あのチューブは日焼け止めかな。先輩が塗っているのを何度か見たことがある。


「美優先輩も髪を結ぶことがあるんですね」

「うん。夏中心に、たまにポニーテールの形で纏めるの。首元が涼しいし、気分転換になるから。2年生になってからは初めてかも」

「先輩のポニーテール姿、楽しみです」


 俺がそう言うと、美優先輩は「ふふっ」と笑って食卓の近くで髪を纏め始める。

 両手で髪を纏めている姿……かなりいいな。普段見ない光景だからだろうか。あと、いつも以上に胸の存在感があって、ノースリーブの服を着ているから綺麗な腋も見えている。凄くドキドキしてくるな。


「ふふっ、頬が赤くなってるよ? 由弦君の視線が私の顔よりも下に向いている気がするな。どこを見ているのかな?」

「……す、素晴らしい胸と腋だと思いまして」

「もう、由弦君ったら。正直に言うなんて可愛いなぁ」


 特に恥ずかしがることなく、笑みを浮かべたままの美優先輩がとても大人っぽく見えた。それからすぐに、先輩はヘアゴムでポニーテールの形で髪を纏めた。


「はい、完成。どうかな? 由弦君」

「……とても可愛いです」

「ありがとう。写真撮ってもいいよ?」

「ありがとうございます!」


 美優先輩のポニーテール姿を、俺はスマートフォンで何枚も撮影した。写真で見てもポニーテールの先輩、可愛いな。特にピースサインをしてくれたときは。


「あと、黒髪のポニーテールだと、何だか霧嶋先生っぽく感じますね」

「髪の色も髪型も同じだもんね。美優先生か……いいかも」

「人気が出そうですね。もし、高校の先生になるとしたら何を教えたいですか? 美優先輩は特に国語や英語、日本史とかが得意ですけど。家事が好きですから家庭科もいいですね」

「教えるならその4教科かな。あとは……由弦君専門に保健とか。気持ち良くなれる実技を教えちゃうよ! ……なんてね」


 えへへっ、と美優先輩は照れ笑い。本当に可愛いな。そんな先輩は腕などに日焼け止めを塗っている。

 もし、美優先輩が教師になったら、担任として受け持ったクラスや授業を担当したクラスの生徒はとてもいい成績を取りそうだ。

 あと、美優先輩なら保健室の先生も良さそう。白衣姿の先輩……これはこれでそそられるものがあるな。


「何か良からぬことを考えているね、由弦君」

「教師になった美優先輩を想像したら興奮してしまって」

「もう、由弦君ったら。由弦君が嬉しそうだし、今年も暑い日中心にたまに髪を結ぶね」

「……今年の夏がより楽しみになりました」

「それは嬉しい言葉だね。さっ、一佳先生のお家に行こうか」

「はい、行きましょう」


 前回訪問してから一ヶ月あまり。霧嶋先生の家の中がどのくらいちらかっているのやら。

 妹の二葉さんが遊びに来ることもあり、美優先輩の提案で、風花と花柳先輩も一緒に霧嶋先生の家に行くのであった。

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