第63話『ぬくもり-前編-』

 霧嶋先生が帰られた後は、それぞれ家族にお付き合いを始めたことを報告した。俺は雫姉さんと心愛にメッセージと、美優先輩とのツーショット写真を送った。

 心愛からは『おめでとう!』とか『さすがはお兄ちゃん!』という可愛い返信をもらった。だけど、雫姉さんからは、


『おめでとう! 私の予言が当たったかぁ。もう結婚は間違いないわね。昔は『雫お姉ちゃんと結婚する!』って宣言していたゆーくんがね……』


 半分くらい事実とは異なる内容の返信が届いた。なので、心愛だけに『ありがとう』と返信して、雫姉さんには既読無視してやった。

 すると、2分もしないうちに、雫姉さんから泣きながら電話がかかってきて、謝罪と祝福の言葉を送られた。また、2人のすぐ後に両親からも『おめでとう!』とメッセージをもらった。

 美優先輩も朱莉ちゃんと葵ちゃんに、俺と付き合うことになったことをメッセージで送り、すぐにおめでとうと返事が来た。

 また、その流れで美優先輩の御両親と電話で話す。先輩の熱のこもった説明もあったおかげか、恋人としてお付き合いすることを許してもらえた。そのことにとても安心する。

 伯父である白鳥武彦さんからも電話がかかってきて、『美優ちゃんをよろしく頼むよ』というお言葉をいただいた。その際、こうなったのもあなたのおかげだと伝えると、白鳥武彦さんは「あははっ」と笑うだけだった。

 それぞれの家に報告が終わったら、美優先輩も宿題は昨日、俺が風花の看病をしている間に全て終わらせたため、録画したアニメを観るなどした。



 午後になって、スーパーで食材を買ったり、風花に風邪薬をあげたので新しい薬を買うためにドラッグストアに行ったりした。

 ただ、ドラッグストアを出たときに買い忘れたものがあると言って、美優先輩が1人で戻っていった。どうやら、うっかりさんなところもあるようだ。

 恋人になったからか、出かけている間はほとんど手を繋ぎ、たまに美優先輩から腕を抱きしめられることもあった。

 夕方に風花のお見舞いにもう一度行くと、彼女はすっかりと体調が良くなっていて。大事を取って、週末の間は家でゆっくりするという。


「風花ちゃん、1日でだいぶ元気になって良かったね」

「ええ。明日までゆっくりすれば、来週は月曜日から学校に行けそうですね。水泳部の練習の方は当日の体調次第だと思いますが」

「そうだね。少しでも泳げるくらいに元気になっているといいね。……ところで、由弦君。お願いがあるんだけど、聞いてもらってもいいかな?」

「はい、何でしょうか」


 美優先輩は顔を赤くしながらもじもじしているけど、いったいどんなお願いをしようとしているんだろう?

 すると、美優先輩は俺の手をぎゅっと握って、


「今日のお風呂は……私と一緒に入ってくれませんか! もちろん、水着とかは着ないで。髪を洗ったり、背中を流したりしたいな……」


 俺のことを見つめながらそう言ってきたのだ。

 そういえば、一緒にお風呂に入ろうっていうのは、以前に1週間のご褒美としても提案していたな。あのときは先輩後輩の関係だったから断ったけど、今は恋人同士だ。それに、美優先輩の色々な姿を見てみたい。


「いいですよ。今日は一緒に水着は着ずにお風呂に入りましょうか」

「ありがとう、由弦君」

「先輩さえよければ、髪を洗ったり、背中を流したりしたいですね」

「もちろんいいよ! この前も髪を洗ってくれたとき、とても気持ち良かったし。由弦君になら背中を任せることもできるよ」

「傷つけないように気を付けながら洗いますね」

「うん、よろしくね」


 ちゅっ、と美優先輩は軽く唇を重ねる。恋人初日だし、2人きりということもあってか、先輩はたくさんキスしてくるなぁ。あと、キスした後の美優先輩の笑顔がとても可愛らしい。守りたいですね、この笑顔。

 一緒に入浴することが決まったからか、それから美優先輩のことを見たり、体が触れたりするとこれまで以上にドキドキするようになってしまった。美優先輩も同じなのか、俺と目が合うとたまに頬が赤くなることがあって。そんな彼女を見ると緊張はあるけれど、楽しみな気持ちも膨らんでいくのであった。



 夕食後。

 いよいよ、美優先輩とのお風呂の時間がやってきた。緊張が増している俺とは対照的に、美優先輩は何だか楽しそう。そんな先輩の様子を見るとちょっとだけ緊張が和らいだ。

 美優先輩のお願いで、下着や寝間着を持って彼女と洗面所へ。まさか、服を脱ぐところから一緒になるとは思わなかったな。

 恋人になったけれど、美優先輩のことを見ながら服を脱ぐような度胸はないので、彼女に背を向けて服や下着を脱いでいく。ただ、そのせいで背後から聞こえてくる布の擦れる音や、美優先輩がたまに漏らす声が厭らしく聞こえる。


「あぁ……由弦君のワイシャツ、いい匂いがする……」

「な、何をやっているんですか!」


 振り返ると、そこには下着姿の美優先輩が、今日着た俺のワイシャツをクンクンと嗅いでいた。俺と目が合うと先輩ははにかんだ。


「由弦君の匂いが好きだから、脱ぎたてを嗅ぎたくなって。その……今だから話すけれど、これまで、夜中や由弦君よりも早く起きたときにこっそりと由弦君の着ていた服の匂いを嗅いでました。それで元気をもらっていました。……黙っていてごめんなさい」


 美優先輩は俺のことを見つめながら謝ってくる。

 俺の服の匂いをこっそりと嗅いでいたなんて。今まで全然気付かなかったな。それも俺に好意を抱いていたからだと思うから、嫌悪感は全くない。


「気にしないでください。これからもやっていいですけど、なるべく俺以外の人には知られない方が無難かと思います」

「うん、分かった。その……由弦君も私の服や下着の匂いを嗅いでいいからね! もちろん、ベッドの匂いも!」

「……と、とりあえずそのお気持ちは受け取っておきますね」


 美優先輩の匂いは好きなので、結構ですとは言えなかった。あと、今のやり取りを花柳先輩や敗者の集いのメンバーが聞いたらどうなることやら。

 とにかく、美優先輩は意外と変態なところがあるというのは理解できた。こういうことは恋人である俺以外にはしてほしくないところ。大丈夫だと思うけど。

 その後、俺は美優先輩と一緒に浴室の中に入る。

 話し合いの結果、俺が先に髪を洗ったり、背中を流してもらったりすることになった。


「さあ、由弦君。まずは髪を洗うね」

「よろしくお願いします」


 髪を洗ってもらうのはこの前もやってもらったから安心だ。背中にいたずらをされてしまわないかどうかを除けば。

 美優先輩に髪を洗ってもらい始める。彼女の優しい手つきと気持ち良さで、温水浴をしたときのことを思い出すな。まさか、あのときからそこまで日も経たずに、恋人同士になって水着を脱いだ状態で一緒にお風呂に入るときが来るとは。


「幸せだな……」

「……ふふっ、由弦君ってたまに気持ちを漏らすことがあるよね。私も幸せだよ」


 鏡越しで美優先輩と目が合い、彼女はにっこりと笑う。美優先輩と同じ気持ちだから良かったけれど、何だか恥ずかしいな。


「由弦君、こんな感じで洗っていって大丈夫かな?」

「はい。とても気持ちがいいです。本当に上手ですよね」

「そう言ってくれて嬉しいな。由弦君も髪を洗ってくれるのが上手だから、とても楽しみにしているんだよ。もちろん、背中を流してくれるのも」

「恋人の髪や体ですから、より丁寧に洗わないといけませんね」

「……ありがとう。そういうところも大好きだよ」


 そう言うと、美優先輩は後ろから回り込んで俺にキスする。そのことにビックリしたけれど、すぐにドキドキした気持ちに変わって。浴室の中だからか、いつもよりも彼女の唇が熱い気がする。


「……こういう場所だと、普通にキスするよりもドキドキするね。これこそ恋人ならではのキスの一つなのかも」

「そうですね。こういうことができるのは恋人や夫婦くらいですもんね」

「……そ、そうだね。恋人や夫婦くらいだもんね。恋人初日なのに気が早すぎって言われるけど、いずれは夫婦になりたいよね……」


 あははっ、と美優先輩のわざとらしい笑いが浴室の中に響く。そんな風に言わなくても大丈夫なのに。

 俺は美優先輩の手をそっと握る。


「……気が早すぎるなんてことはありませんよ。それに、俺が告白したときに言ったじゃないですか。美優先輩とはずっと一緒に暮らしていきたいって。その言葉の中には、いつかは夫婦という関係になりたいという意味も込めていました。ですから、美優先輩と同じ気持ちなのが分かって嬉しいです」

「由弦君……」

「今はまだ結婚できませんから、恋人という関係で一緒の時間を過ごしましょう。そして、いつかは夫婦になりましょう」


 俺はさっきのお返しも込めて、美優先輩にキスをする。美優先輩の想いをまた一つ知ったからか、さっきよりも優しい温もりを感じられる。いつまでも彼女と温もりを触れ合える関係でありたいな。

 ゆっくりと唇を離すと、美優先輩は俺のことをうっとりした表情で見つめてくる。


「……由弦君のプロポーズ、お受けします」

「嬉しいです。ただ、大人になったらまたプロポーズさせてくださいね」

「うん! もしかしたら、私の方からするかもしれないけど」

「ははっ、そうですか」

「……あっ、そうだ。髪を洗っているんだったね。もう、シャワーで流して大丈夫かな」

「はい、お願いします」


 シャワーで髪に付いているシャンプーの泡を流してもらう。そして、タオルで優しく髪を拭いてもらう。気持ちいいから眠くなっちゃうな。


「はい、これで終わりだよ。次は背中を流すね。青いボディータオルを使えばいいんだよね? それとも、手で洗うこともあるの?」

「夏に日焼けをしたときは手で洗うこともありますけど、普段はボディータオルですね。今日もボディータオルでお願いします」

「はーい」


 ただ、美優先輩の手は柔らかそうだし、ボディーソープで泡だっていると気持ち良さそうだ。いつか、手でも洗ってもらおうかな。

 美優先輩に背中を洗ってもらい始める。


「どうかな、由弦君。背中、痛くない?」

「大丈夫ですよ。とても気持ちがいいです。背中を洗うのも上手ですね。妹さん達にやってあげていたんですか?」

「そうだよ。2人が小さい頃は特に。だから、背中を洗うのは慣れているけれど、ここまで広い背中は初めてだよ。さすがは男の子。洗い甲斐があるというか」

「何だかすみません」

「ううん、気にしないで。それに、由弦君の背中って綺麗だし、たくさんキ……何でもないよ」

「……な、何でもないんですね」


 今、絶対にたくさんキスしたいって言おうとしたよな、美優先輩。さっきはいい匂いだからと俺の服を嗅いでいたことを明かしたし。こういう一面があるなんて花柳先輩もさすがに知らないかもしれないな。


「うん、これで背中は洗えたね。由弦君さえ良ければ……他のところも洗うけど。丁寧に」

「……お気持ちは嬉しいですが、今回は遠慮しておきます。前の方を洗ってもらうのは恥ずかしいので」


 それに、どうにかなってしまいそうだし。


「そ、そっか。変なこと訊いちゃってごめんね。私も大胆なことを言っちゃったなって思ったから。はい、ボディータオル」


 俺は美優先輩にボディータオルを受け取り、背中以外の部分を洗っていく。

 自分がまだ洗っていないからか、その間、美優先輩は湯船に浸かることはなくずっと俺の後ろにいる。たまに鏡をチラッと見ると、先輩は俺の背面をじっと見ていて。もしかしたら、今日も背中を指でなぞられるかもしれないということも含めて緊張する。


「先輩。俺の背中をじっと見てどうしたんですか?」

「……広い背中だなぁと思って。泡が付いているけど見惚れる」

「そうですか。てっきり、背中を指でなぞるのかと」

「ふふっ、それってフリかな?」

「いえいえ。くすぐったいので、なぞらずにそのまま見つめてもらえると嬉しいです」

「はーい、分かったよ」


 その後もシャワーでボディーソープの泡を落とすまで、美優先輩のことが気になってしまったけど、先輩から背中をなぞられることはなかったのであった。

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