第62話『恋人報告』
俺もスマホを手にとって、風花とのトーク画面を開く。
風花は俺の恋を応援してくれているけど、告白を振った相手でもある。美優先輩と付き合うことになったのを、どう報告すればいいのか迷う。
「美優先輩。どういう感じでメッセージを送ればいいでしょうか。風花は振った相手ですし」
「風花ちゃんに対しての言葉は迷っちゃうよね。まずは……伝えたい事実を書けばいいんじゃないかな。ちなみに、私は瑠衣ちゃんに由弦君と恋人として付き合うことになったってメッセージを送るつもり。あと、風花ちゃんは告白を応援してくれたんだから、お礼の言葉を忘れないようにね」
「分かりました。ありがとうございます」
美優先輩に相談して良かった。先輩と付き合うことになったという事実と、感謝を込めたメッセージを風花に送ることにしよう。
『美優先輩に告白して、成功したよ。先輩と恋人として付き合うことになりました。告白を応援してくれてありがとう』
というメッセージを風花に送った。あとは風花の反応次第かな。
「風花にメッセージを送りました」
「私も瑠衣ちゃんに送ったよ。こうして、誰かに報告すると、由弦君と恋人として付き合うことになったんだって改めて実感するよ」
美優先輩は俺にそっと寄り掛かってくる。そのことで感じる先輩の重みが心地いい。
俺が美優先輩の肩に手を回すと、先輩は嬉しそうな笑みを浮かべて頬にキスしてきた。本当に可愛いな。
――プルルッ。プルルッ。
俺のスマホが鳴っているので確認してみると……風花から着信中と画面に表示されている。応答ボタンをタップする。
「もしもし」
『……もしもし、由弦。メッセージ見たよ。近くに美優先輩はいる?』
「ああ、隣にいるよ」
『じゃあ、スピーカーホンにしてくれる?』
「分かった」
風花の指示通り、スピーカーホンにする。きっと、美優先輩にも伝えたいことがあるのだろう。
「スピーカーホンにしたよ」
『……ありがとう。由弦、ちゃんと美優先輩に告白できたんだね。偉いね。あと、告白の成功おめでとう。今も悔しい気持ちはあるけど、美優先輩と幸せになりなさいよね。美優先輩も、由弦があなたと付き合うことになって良かったと思わせてください。美優先輩なら大丈夫だと思いますけど』
「分かったよ、風花ちゃん。由弦君と幸せになれるように頑張るね」
「俺も頑張るよ」
『……うん。あと、これからも隣人として、後輩として、クラスメイトとして、そして友達としてよろしくお願いします』
「よろしくね、風花ちゃん」
「よろしく、風花」
『……よろしくです。それじゃ……また』
震えた声で風花はそう言うと、風花の方から通話を切った。これが今の風花にとっての精一杯だったのだろう。少しの間、電話やメッセージをするのは控えた方がいいな。
――プルルッ。
今度は美優先輩のスマホが鳴っている。
「あっ、瑠衣ちゃんから電話だ。……もしもし。うん……そうだよ」
付き合うことになったんだ、と美優先輩はとても嬉しそうな様子で話している。その嬉しさが俺まで伝わってくるな。
「由弦君。瑠衣ちゃんが由弦君に話したいんだって。はい」
「分かりました」
美優先輩からスマートフォンを受け取る。花柳先輩にどんなことを言われるのか若干不安である。
「……お電話変わりました、桐生です」
『もしもし。美優からメッセージが届いたよ。桐生君から告白して、美優と恋人として付き合うことになったんだってね』
「そうです。美優先輩と付き合うことになりました。彼女と一緒に幸せになります」
これまで、花柳先輩とは色々とあったし、彼女にはちゃんと自分の口で言っておかなければいけないと思った。
少しの間、花柳先輩の声が聞こえなくなった。ただ、息づかいは聞こえてくるので緊張感が増す。
『……美優と幸せになりなさい。それが美優の親友であるあたしとの約束だからね。破ったら許さないから。それこそキツいお仕置きをしないと』
「分かりました。あと、これからもよろしくお願いします。花柳先輩」
『……ええ』
「では、美優先輩に戻しますね」
『うん』
美優先輩にスマホを返した。
これで、最も伝えるべき人達である2人には伝えることができたかな。
あとは学校での状況次第だろうか。加藤や橋本さん、霧嶋先生には自分の口から伝えるかもしれないけど。それ以外だと、風花以外のあけぼの荘の住人や実家にいる家族くらいかな。
「うん。じゃあ、またね。……由弦君とお幸せにだって」
「そうですか。無事に伝わって良かったです」
「うん! じゃあ、また由弦君に膝枕してもらってもいいかな?」
「もちろんいいですよ。さあ、どうぞ」
「失礼します」
美優先輩は再び、仰向けの状態では俺の膝に頭を乗せてくる。俺もさっきと同じように、右手で彼女の頭を優しく撫でて、左手をお腹にそっと乗せる。
「あぁ、気持ちいい。とても幸せな気分だよ」
「そう言っていただけて俺も幸せです。東京に引っ越してから3週間で恋人ができるとは思いませんでした」
「私もだよ。恋人ができたのもそうだけど、まさか高校の後輩の男の子と一緒に住むことになるとはね。二重契約がなかったら、こういうことにはならなかったのかな」
「どうでしょうね。ただ、何らかの形で美優先輩と出会えていれば、きっと楽しい時間を送ることができると思います。きっと、恋人にだって。俺はそう信じています」
「由弦君……」
美優先輩はうっとりとした様子で俺のことを見つめ、キスしてくる。
東京に引っ越してきてからずっと楽しい時間を過ごしたり、美優先輩という恋人がこんなに早くできたりしたのは、彼女の伯父の白鳥武彦さんのうっかりのおかげなんだろうな。機会があればお礼を言っておくか。
――ピンポーン。
うん? 宅配便かな? それとも、風花や花柳先輩から俺達の話を聞いて、誰かが確かめに来たとか。
美優先輩はゆっくりと体を起こし、誰が来たのかを確認するためにモニターに向かう。
「はーい。……あっ、一佳先生。おはようございます」
『おはよう、白鳥さん。姫宮さんのお見舞いのついでに、間隔は狭いけれど3度目の家庭訪問よ。それに、姫宮さんからとても重要なことを聞いたので』
「そのとても重要なことが何なのか想像つきました。今すぐに行きますね」
インターホンを鳴らしたのは霧嶋先生だったのか。今日は土曜日でお休みだから、教え子である風花のお見舞いに来たんだな。それで、ついでに隣の家である俺達の家にも来たと。あと、サブロウに触りたいっていうのもありそう
程なくして、美優先輩と一緒に私服姿の霧嶋先生が家の中に入ってくる。デニムパンツにワイシャツというラフな格好だ。スラッとしていて綺麗だな。
「霧嶋先生、おはようございます」
「おはよう、桐生君」
「……先生のその私服姿、似合っていますね。パンツルックだからかスラッとしていて素敵ですよ」
「あ、ありがとう。でも、その……白鳥さんの前でそんなことを言っていいの? 姫宮さんから、あなた達が恋人として付き合い始めたと聞いたのだけれど。それについて確認したくてこちらにも来たの」
「風花ちゃんの言う通りです。今朝、由弦君に告白されて、恋人としてお付き合いをすることになりました」
「……そう、なのね」
すると、霧嶋先生はいつもとは違って表情がなくなっていく。そんな彼女の両眼に涙が浮かぶ。
「霧嶋先生、涙が……」
「……あっ。この涙は……教え子2人が付き合うことが嬉しいから溢れ出たものなの。そうなんだから。変に勘違いしないでよ。私は教師なんだし」
霧嶋先生は不機嫌そうな表情になって顔を横に向ける。こういった態度を取られると、霧嶋先生が思い抱くことについて大体の想像がついてしまうけど、本人が嬉しさから出た涙だと言っているのだから、そういうことにしておこう。
美優先輩の方を向くと、優しい笑みを浮かべる彼女と目が合う。すると、先輩は一度頷いたので、俺も頷いた。
「ありがとうございます、霧嶋先生。美優先輩とは恋人になりましたけど、これからも先輩と一緒に楽しく暮らしていこうと思います。もちろん、勉強に支障が出ないように気を付けます」
「……気を付けなさい。これからもたまに様子を見に来るわ。それに、あけぼの荘はいい雰囲気だし、アイドルのサブロウも可愛いから」
「いつでも来てくださいね、一佳先生」
「……ええ。2人のお邪魔にならないよう気を付けるようにするわ」
霧嶋先生は右手で両眼に浮かぶ涙を拭った。そのことで、ようやく先生の口角が僅かに上がった。
「……25年以上生きてきて、今日、一つのことを学んだわ。姫宮さんの気持ちが何だか理解できる。2人とも、一緒に幸せになれるように頑張りなさい。もちろん、辛いときや苦しいときなどは周りに協力していいから。2人の幸せが、多くの人達の幸せに繋がると思うから。あなた達にはそういう魅力があると思っているわ」
「分かりました、一佳先生」
「頑張ります」
「……頑張りなさい。そして、将来的に2人の子供ができたときは、2人に関わりのある教師として、現代文や古文を教える人間として素敵な名前の候補を考えるわ!」
霧嶋先生、やる気になってくれているのはいいけど、今の発言は色々な意味で問題なのでは。
美優先輩は顔を真っ赤にして、両手を頬に当てている。
「こ、子供の名前は、実際に顔を見ないと付けられない気がします! ただ、そのときは先生に協力してもらうかもしれません。なので、今はお気持ちだけ受け取っておきます。今はまだ出産予定もありませんし……って、私は何を言っているんだろう……」
あううっ、と美優先輩は両手で顔を覆ってしまう。そんな先輩の頭を撫でる。今の段階で出産予定があったら、それはそれで問題だな。
さすがに今の美優先輩のことを見て、自分の言ったことの重大さが分かったのか、霧嶋先生は複雑そうな表情に。
「色々な心境が霧嶋先生の胸の中にあると思いますが、ちゃんと気を付けて発言してくださいね。教師ですし、一人の大人なんですから」
「桐生君の言う通りね。申し訳ないわ、白鳥さん。失礼なことを言ってしまって」
「……い、いいえ。気にしないでください。ただ、恥ずかしさで自滅した感じですから」
「にゃー」
「あら、サブロウが来たわ。みんなでエサをあげたり、撫でたりしましょう」
「……そうですね。私、エサと水を用意してきます」
変になりつつあった空気が、サブロウのおかげで和やかなものになった。本当にお前は凄いやつだよ。さすがはあけぼの荘のアイドル。
この先、特に親しい人達からは、美優先輩と俺が付き合うことになって良かったと言われるように頑張っていこう。サブロウを撫でている先輩の笑顔を見ながらそう思うのであった。
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