第43話『星空の下でキスをして。』
「えへへっ、たくさん呑んじゃった~」
夕食を食べ終わって、俺達はレストランから部屋へ戻ることに。
ただ、霧嶋先生はお酒をたくさん呑んでしまい、椅子から立ち上がったときによろめいてしまった。なので、俺が先生に腕を貸しているのだ。
「由弦君の腕、あったかくて気持ちいいね。一佳、このまま眠っちゃいそう」
「それはどうも。でも、ちゃんと部屋に戻ってベッドで寝ましょうね、霧嶋先生」
「……まあ、それでもいいか」
霧嶋先生は今一度、俺の腕をガッシリと掴む。さすがにこの状況では美優先輩は嫉妬していたり、羨ましがっていたりしている様子はない。むしろ「可愛い」と笑顔で呟き、先生の体を支えているほどだった。
9階に戻り、先生方が泊まっている901号室へ向かう。俺と美優先輩は霧嶋先生をベッドに横にさせる。
「霧嶋先生。ベッドに戻ってきましたよ」
「ありがとう、由弦君。お礼に一佳と一緒に寝ていいよ? おいで~」
ニッコリと笑い、俺に向けて両手を伸ばしながらそう言った。
「お気持ちだけ受け取っておきますね。俺にも寝るベッドと相手がいますので」
「そっかぁ。まぁ、美優ちゃんとダブルベッドだもんねぇ」
「一佳ちゃんのことはあたしに任せて。明日は午前7時にこのフロアのエレベーターホールで待ち合わせして、朝食に行くことにしようか。みんな、また明日ね。おやすみ」
「おやすみぃ~」
霧嶋先生は柔らかい笑顔になって俺達に手を振ってくる。酔ってもしっかりとしている大宮先生が一緒だから大丈夫か。
高校生4人は901号室を後にする。
「さてと、私達はこれからどうしようか?」
「う~ん、今日はたくさん泳いで、たくさん美味しいものを食べたから、あたし、眠くなってきちゃいました」
ふああっ、と風花は大きくあくびをしている。
「風花ちゃんがそう言うなら今日は解散しようか。あたしもウォータースライダーをたくさん滑ったからかちょっと眠いし。それに、今日は6人で一緒にいる時間も多かったから、美優と桐生君、2人きりの時間をゆっくりと過ごして」
「……分かった。そのお言葉に甘えさせてもらうね」
「では、俺達もそれぞれの部屋に戻りましょうか。風花、花柳先輩、おやすみなさい」
「おやすみ、瑠衣ちゃん、風花ちゃん」
「おやすみなさい、美優先輩、由弦」
「2人ともおやすみ」
風花と花柳先輩が906号室に入ったことを確認し、俺は美優先輩と一緒に913号室に戻った。
外が暗くなったからか、何だかここに来たときよりも部屋の雰囲気が少し違うように思えた。お互いに浴衣姿というのもあるかもしれない。
俺達はベッドの横にある椅子に腰を下ろす。
夜になって、部屋で美優先輩と2人きりだからドキドキしてしまう。先輩と目が合うと特に。先輩も同じだからか、俺と目が合うと頬をほんのりと赤くしている。
どうする? 色々したいと美優先輩のことを誘うか? それとも、もう少し様子を見てからにするか?
「ゆ、夕ご飯美味しかったね!」
「そ、そうですね! 地元の料理はもちろんですけど、フルーツやスイーツも美味しかったですよね」
「うん。明日の夜も食べられると思うと嬉しいよね。朝食もどんな感じか楽しみだな」
「ええ。バイキング形式だとたくさん食べてしまいがちなので、お腹を壊さないように気を付けないと」
「そうだね。体調を崩したらその後の旅行を楽しめなくなっちゃうもんね」
あははっ、と俺達は笑い合う。美優先輩も俺と同じようなことを考えているのだろうか。笑い方が普段と違ってぎこちない。
「……ところでさ、由弦君。由弦君って旅行の夕食後ってどんな風に過ごすのかな? その、由弦君との旅行は初めてだからさ」
「家族でトランプで遊んだり、テレビを観たりしましたね。あとは、ホテルの周りを散歩したりもしました。美優先輩はどうでしたか?」
「私も同じ感じ。あと、ホテルによってはゲームセンターでゲームしてた」
「ゲームコーナーもいいですよね。俺も雫姉さんと心愛と一緒に遊びました」
「やっぱり? ホテルに来るのがちょっと遅めのときは、夕食後に温泉に入ったり、ホテルの中を探検したりもしてた」
「探検もしました。雫姉さんと心愛に連れ回されました」
「私も朱莉や葵に手を引っ張られたなぁ。そのまま外に散歩に出かけて、迷子になってお母さんに怒られた」
俺は雫姉さんと心愛が迷子になって、父さんと一緒に探しに行ったことはあったな。見つかったときはほっとして、怒る気になれなかったな。
「由弦君、せっかくだからホテルの周りを散歩しようよ。ホテルまでずっと車だったし」
「いいですね」
「じゃあ、決まりだね! さっそく行こうか」
「はい」
窓を開けると、外は結構寒かったので部屋にあるはんてんを羽織る。
スマホや財布、ハンカチなどを持って、美優先輩と一緒に部屋を出発した。9階もそうだけど、フロントのある1階も夕方頃に比べて静かだ。
フロントに913号室の鍵を預けて、俺達はホテルの周りを散歩することに。
「あぁ、夜だから結構涼しい。はんてんを羽織って正解だったね」
「そうですね」
「……でも、こうするのが一番温かいかも」
そう言って、美優先輩は俺の左腕をぎゅっと抱きしめてきた。
「ふふっ、やっぱりあったかい」
「俺も温かいですよ」
柔らかいと思える部分からの温もりが凄い。あと、俺の腕を抱きしめてドキドキしているのか、美優先輩の鼓動がトクントクンと伝わってくる。
「建物が立派だし、『Mitachi Seaside Hotel』って文字が光っているから、迷子にはならなさそうだね」
「ですね。いざとなれば、これを目印にすればホテルに帰って来られそうですね。では、ゆったりと歩きましょうか」
「うん!」
俺達はホテル周辺の道を歩き始める。
ここら辺は御立温泉の温泉郷だからか、俺達の泊まっているホテルの近くに民宿などがあるな。それもあってか、居酒屋やラーメン屋、そば屋などの食べ物屋さんもある。ただ、夜の8時過ぎという時間もあってか、歩いている人の姿はそんなに多くない。俺達のように浴衣姿の人はあまりいないな。
「海沿いだからか、潮の香りがしてくるね」
「ええ。伯分寺とは違いますね。実家は海から少し離れていたので、ここまでの香りはしなかったですね」
「そうなんだ」
「ええ。今みたいに波の音も聞こえてきませんし。そういえば、美優先輩は以前、ここに来たことがありますけど、夜にこうして散歩はしたんですか?」
「散歩はしなかったな。海や屋内プールでたくさん遊んだからか眠くなっちゃって。ふとんの上でゴロゴロして、テレビとか観てすぐに寝ちゃった。だから、散歩するのはワクワクしてる。由弦君と一緒だしね」
「そうですか」
前に歩いたことがあるなら、俺としては安心感があるけれど、初めての道を一緒に歩くことができるというのもいいな。ワクワクを共有できて。
「由弦君、あそこに月が見えるよ。ほんの少ししか見えないけれど、綺麗だね」
「……本当ですね」
美優先輩の指さす先に、ほんの少しだけ月が見えている。三日月よりも細いんじゃないだろうか。
海沿いで周りに建物がそこまで多くないからか、夜空を見上げると結構な数の星が見える。ただ、光って見えている星の中には、今はもう存在していない星もあるんだろうな。そう思うと切ない気持ちになるな。
「どうしたの、由弦君。寂しそうな顔になって」
「……もしかしたら、同じ星空はもう二度と見ることができない気がして。ちょっと寂しい気分になってしまいました。夜で、空気も冷たいからですかね」
「確かに、全く同じ星空を何度も見ることはできないかもね。だからこそ、より美しく思えるのかもしれない。大切にしたいな。そういった景色を、これからも由弦君と一緒にたくさん見たいなって思ってるよ」
「……そうですね。こういった夜空はもちろん、美優先輩とは一緒に色々な景色を見ていきたいですね」
「うん! ……じゃあ、その約束に……」
そう言うと、美優先輩は俺の腕を離して、俺の目の前に立つ。そして、ゆっくり目を瞑る。約束にキスをしてってことか。
「もう、しょうがないですね。周りにそこまで人はいませんけど、外ですからチュッてするだけですよ。恥ずかしいですし」
「……うん。それでいいからお願いします」
目を瞑りながら美優先輩はコクリと頷き、さらに一歩近づいてくる。
俺からキスをするけど、約束通り唇を軽く触れさせるだけ。それでも、美優先輩はとても嬉しそうだった。今日は風花達と一緒にいる時間が多くて、普段の休日よりもキスすることが少なかったからかもしれない。
「ありがとう、由弦君。また一つ、旅行の思い出ができた」
「俺もできました。……もうちょっと散歩しましょうか」
「うん!」
再び、美優先輩に腕を抱かれて、彼女と一緒に散歩し始める。肌寒いからこそ彼女の温もりがより愛おしく思えるのであった。
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