第30話『放課後コーヒータイム』

 放課後。

 風花は水泳部、加藤と橋本さんはサッカー部へ向かった。いよいよ部活に参加できるからか、3人はワクワクとした様子で教室を後にした。

 ――プルルッ。

 おっ、美優先輩からメッセージが届いてる。何かあったのかな。


『話すの忘れてた。今日の放課後は瑠衣ちゃん達と料理部で使う材料を買いに行くの。だから、一緒に帰れないんだ。ごめんね』


 材料の買い出しか。料理部だから、家庭科室で料理やスイーツを作るだけだと思っていたけど、買い出しも活動の一つなんだ。必要なものを自分達で準備するのも大切だよな。


『分かりました。今日の放課後は学校の中を散歩しようと思っていたので、一人で廻ってみます。ちなみに、料理部っていつ活動していますか? 見学したいと思っていまして』


 美優先輩にそんな返信を送る。

 料理やスイーツ作りが好きなので、料理部には興味がある。美優先輩や花柳先輩が部活をしているところを見たいのもあるけど。仮入部期間に一度は料理部に足を運びたい。

 ――プルルッ。

 すぐに美優先輩から返信が届いた。


『分かった。陽出学院は広いから、散歩するのも楽しいよ。あと、料理部は毎週水曜日に家庭科室で活動してるよ。副部長として歓迎するよ! じゃあ、今週の水曜日は私と瑠衣ちゃんと一緒に行こうね』


 料理部は水曜日に活動しているのか。だから、今日、材料を買いに行くんだ。どんなものを作るつもりなのかは水曜日のお楽しみにしておこう。あと、美優先輩って料理部の副部長だったんだ。

 どんな部活や同好会があるのかを知るのも兼ねて、俺は1人で学校の中を散歩し始める。


「本当に大きな学校だよな……」


 第1教室棟の出入り口近くにある校内の案内板を見ると、先週、クラスで行った場所は一部でしかないと改めて思う。

 俺達や美優先輩の教室がある第1教室棟、第2教室棟、家庭科室もある特別棟、運動部の部室が揃う部室棟。2つの体育館やグラウンドはもちろん、テニスコートや屋内プールもある。陽出学院ホールなんていうのもあるのか。


「ねえ、一緒にアイドルやってみない? 男の子のスクールアイドルもいいと思うの!」

「いいや、君はバンドのボーカルが似合いそうだ! 僕らと一緒にけいおんやろう!」

「背が高いしバスケをするのがいいと思うぞ! 君ならエースになれそうだ!」

「あなたは絵になりそう! モデル専門で美術部に入らない?」

「いいや、君は声も良さそうだし、演劇部はどうだろう?」


 外にいるからか、たくさんの人に声をかけられてチラシをもらってしまった。俺、そんなにできそうな人間に思われているのか?

 あと、どうして俺が1年生だって分かったんだろう?

 見た目で判断しているのかと思い制服を確認してみると、ブレザーの胸ポケットに刺繍されている校章の『H』の文字が緑色であることに気付く。もしかして、この色が1年生であることを表しているのかな。確認のために、スマホにある美優先輩の制服姿の写真を見ると……先輩の方は赤色だった。


「こりゃ、外にいたら勧誘の嵐に遭いそうだな」


 ゆっくりと散歩するには、なるべく校舎の中にいる方がいいかもしれない。

 運動部よりも文化系の部活の方が興味があるので、そういった部活の活動場所が多そうなのは特別棟かな。

 俺は特別棟へと向かう。料理部が活動する家庭科室だけじゃなくて、物理実験室や化学実験室、音楽室、美術室などの特別教室がたくさんある。もし部活に入らなくても、授業でお世話になるかな。

 予想通り、これらの部屋で活動する部活が多いからか、掲示板などに部活勧誘のチラシが貼ってある。

 特別棟も綺麗なところだ。中学までと雰囲気が全然違う。

 あと、吹奏楽部が活動しているのか、演奏が聞こえてくる。知らない曲だけど、心にスッと入ってくるな。そんな音色が聞こえることもあってか、いい気分の中で特別棟を歩くことができている。

 今日から部活の見学期間ということもあってか、扉を開けて中が覗けるようにもなっていた。ただ、何度か中にいる生徒に部活や同好会の説明をされた。

 家庭科室に行くと中には大宮先生だけがいた。コーヒーの香りが漂っている。


「あら、桐生君」

「こんにちは、大宮先生」

「どうしたの? もしかして、料理部に? それとも、美優ちゃんや瑠衣ちゃんに会いに来たの?」

「料理部に興味は持っています。あと、先輩方は今、料理部で使う食材を買いに行っているんですよね。美優先輩からそのことを聞きました」

「そうだよ。だから、あたしはここでお留守番をしているの。授業関連でやらなきゃいけないこともそんなにないし、今はコーヒーを飲んでゆっくりしているの。一緒に住んでいるからかそういう連絡は受けているんだね」

「ええ」


 顧問はお留守番をしているんだ。てっきり一緒に行くものと思っていたけれど。美優先輩も花柳先輩も2年生だから大丈夫だと判断したのかな。美優先輩は副部長だし。


「今はどんな部活や同好会があるのかを見るのを兼ねて、校内を1人で散歩しているんです。今は特別棟を回っていました」

「そういうことね。部活棟はもちろんだけど、特別棟でも色々な部活が活動しているんだよ」

「そうみたいですね。何度か説明を受けました」

「ふふっ、ブレザーの胸ポケットに刺繍されている校章の『H』が緑色だからね。学年によって色が振り分けられているの。確か、2年生が赤色で、3年生が黄色だったかな?」


 3年生は黄色なのか。結構目立ちそうだ。そう考えると緑色で良かったかな。


「美優ちゃんから聞いているかもしれないけど、料理部は毎週水曜日に活動しているの。料理やスイーツを作っているわ。興味があったら水曜日に来てね」

「はい。既に先輩方と来ると約束していますので、水曜日に伺います」

「ふふっ、嬉しいね。楽しみにしているよ」

「はい。では、失礼します」


 俺は家庭科室を後にする。これまでにこの特別棟でいくつかの部活や同好会から説明を受けたけれど、今のところ一番興味があるのは料理部かな。


「そうだ。せっかくだから、文芸部にも行ってみるか」


 顧問の霧嶋先生が月曜日と木曜日に活動していると言っていたし。

 文芸部の部室がある部室棟に行くため、特別棟を出たときだった。


「おっ、桐生じゃないか」


 白金先輩が俺のところにやってきた。


「こんにちは、白金先輩」

「こんにちは。管理人さんのことで話題になってるな。あけぼの荘の住人だからか、俺もたまにそのことを訊かれたけど、上手く言っておいたよ」

「ありがとうございます」


 きっと、松本先輩や佐竹先輩、深山先輩も同じようにフォローしてくれたんだろうな。もしそうなら有り難いことだ。


「ところで、桐生は何をしてるんだ?」

「校内を散歩してます。文化系の部活や同好会に興味があるので、特別棟で扉が開いている部屋をチラッと中を覗いたりしてます」

「なるほどな」

「ところで、白金先輩は?」

「俺は飲み物を買いに食堂に行く途中だ。校内に何カ所も自動販売機が置かれているけど、あそこが一番品揃えがいいんだ。俺の入っている漫画同好会は部室棟にあるから、興味があったら来てくれ。あと、部室棟は運動部の部室もあるけど、文化系の部活や同好会の活動室も結構あるから面白いと思うぞ」

「そうですか、分かりました」


 じゃあ、特別棟のときのように部室棟の中も一通り廻ってみることにしようかな。


「なあ、そこの1年。桐生由弦って言うんだろ? 話があるんだがいいか?」


 目の前には金髪の男子生徒が。ブレザーの胸ポケットを見ると、『H』の文字が黄色だ。大宮先生が黄色は3年生だと言っていたな。

 あと、彼の後ろには10人くらいの男子生徒がいる。何だか嫌な予感がするな。


「桐生。彼らは?」

「分かりません。初めて見た方達なので。……あなた達はいったい?」

「……俺達は、陽出学院高校のアイドル・白鳥美優さんに告白してフラれた人達で作ったグループ『敗者の集い』だ!」

「……はあ」


 威勢のいい声で言った割には、その内容とグループ名のネーミングが残念というか。

 きっと、俺と美優先輩が一緒に住んでいることを知ったから、こうして俺の前に立っていることはすぐに分かった。面倒な奴らに絡まれてしまったな。そのことに思わずため息をついてしまうのであった。

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