第29話『週明けの学校は。』

 4月8日、月曜日。

 美優先輩や風花達と一緒に過ごしていたこともあり、週末の時間はあっという間に過ぎていった。

 今日から授業が始まるので、いよいよ高校生活が本格的にスタートする感じだ。


「はい、お弁当だよ、由弦君。冷たい日本茶を入れた水筒もあるからね」


 制服に着替え終わったときに、美優先輩が小さな手提げを渡してくれた。中にはお弁当と水筒が入っている。


「ありがとうございます」

「午後まであるのは今日が初めてだからね。気合いを入れて作ったよ!」

「嬉しいです。昼休みが楽しみです」

「楽しみにしていてね。去年はたまにしか作らなかったの。購買部とか学校近くのコンビニでパンやおにぎりを買ったり、食堂で食べたりすることが多くて。2年生の生活に慣れてきたら、たまにお弁当を作るね」

「分かりました。ありがとうございます。俺も高校生活が慣れてきたら、先輩にお弁当を作りたいと思います。そのときには言いますね」

「うん! ありがとう」


 高校生活に慣れてからとは言ったけど、今月中……平成の間にお弁当を一度作ってみたいな。

 ――ピンポーン。

 俺がモニターを確認すると、風花と花柳先輩の姿が映っていた。


『美優、迎えに来たよ!』

『美優先輩、由弦。一緒に行きましょう』

「ええ。すぐに行きます。……行きましょうか、美優先輩」

「そうだね。行ってきます! 由弦君」

「行ってきます、美優先輩」


 これから一緒に行くのに「行ってきます」と言葉を掛け合うのは変な感じがするけど……悪くはない。

 美優先輩と一緒に外に出ると、そこには風花と花柳先輩が。


「おはよう、瑠衣ちゃん、風花ちゃん」

「おはようございます。風花、花柳先輩」

「おはようございます」

「おはよう。……2人とも、色違いの手提げを持っちゃって」

「ふふっ、授業初日だしお弁当を作ったの」

「へえ、そうなんだぁ。いいねぇ、桐生君」


 そう言うと、花柳先輩は俺に向けて冷たい笑顔を見せてくる。何だ? お昼になったらおかずを少しよこせってことか?


「楽しみだなぁ、由弦」

「……ちょっと食べるつもりなんだね、風花」


 俺がそう問いかけると風花は思いっきり頷いた。こんなにも正直だと、全く嫌だと思わないな。

 俺達は4人で学校に向かって歩き始める。もし、風花の入部する水泳部に朝練がなかったら、こうやって登校するのが普通になっていくのかな。

 学校に近づくにつれて、陽出学院の制服を着た生徒が多くなってきて。金曜日に比べて、こちらをチラチラと見る生徒が多い気がする。

 陽出学院に到着すると……やっぱり、結構な数の生徒がこっちの方を見てきているな。中には好奇な視線を向ける生徒もいて。霧嶋先生や大宮先生が家に来た時点でこうなることは覚悟していた。


「どうやら、美優先輩と俺のことが学校中に広まっているみたいですね」

「そうだね。思ったよりも早いだけで、こういう日はいずれ来ると思ってた。だから、由弦君は特に罪悪感とか抱かなくていいんだよ。あの告白のときの対応次第では……って考えているかもしれないけど」

「……はい」


 美優先輩には考えていることが見抜かれているんだな。


「何かあったら連絡をするようにしようね、由弦君」

「分かりました」

「美優のことはあたしに任せて」

「クラスにいるときは、由弦のことを気に掛けるようにします。こっちには奏や加藤君、霧嶋先生もいますけど」

「ありがとう、風花」

「……クラスメイトで、友人で、隣人でもある人が困るのが嫌なだけよ。それに、可愛くて優しい美優先輩が関わっているから。本当にそれだけなんだから」


 風花は俺のことは一切見ることなく、照れくさそうな様子でそう言った。そんな風花の優しさは既に受け取っているよ。

 多くの生徒からの視線を浴びる中、俺達は第1教室棟の中に入る。

 階段を上り、4階で美優先輩や花柳先輩と別れて、俺は風花と一緒に1年3組の教室へと向かった。

 すると、金曜日のときのように何人ものクラスメイトが、興奮した様子で俺達のところにやってくる。


「なあ、桐生。あの有名な白鳥先輩と一緒に住んでるって本当なのかよ!」

「一緒に登下校するところを見た人もいるし、日曜日には風花ちゃんと一緒にショッピングセンターにいるところを見た子もいたって!」

「去年1年間で、何人もの男子を振ってきた先輩と楽しくできるなんて凄いよ!」

「白鳥先輩と一緒にあけぼの荘を管理してるとも聞いたぜ!」


 誤解しているヤツも中にはいるけれど、美優先輩と俺が一緒に住んでいることについて悪く考えている生徒は今のところはあまりいないようだ。


「みんな、落ち着いて。話が広がっているから言うけれど、引っ越しのときに色々とあって、美優先輩の家に住まわせてもらっているんだ。そんな俺らを見て付き合っているように見えるかもしれないけど、そうじゃないからな。ちゃんとした生活を送るように心がけてる。それは霧嶋先生にも伝えたことだ。みんなもそれを覚えておいてくれると嬉しいな。あと、美優先輩に迷惑を掛けないようお願いするよ」

「隣人であるあたしからもお願いするわ」


 風花そう言ってくれるのは心強い。彼女が隣に住んでおり、クラスメイトであることはとても大きいと改めて思う。

 とりあえず、これで少しでも落ち着くといいんだけれど。そんなことを考えながら自分の席に向かう。


「おはよう、桐生」

「おはよう」

「桐生が白鳥先輩と住んでいること、随分と広まってるよな。俺は誰にも話していないし、金曜日のあの告白が原因なのかな」

「多分な。ショックで、あの男子生徒が友人などに話したんじゃないかって思ってる。職員の間にも広まっていて、土曜日に霧嶋先生と美優先輩のクラス担任の大宮先生が家に来たよ。ざっくりと事情は話して、一緒に住んでいることは了承してもらった」

「そっか。それぞれの担任に事情を伝えてあれば、ひとまずは安心だな」

「……そうだね」


 もし職員会議などで話題になったとしても、霧嶋先生と大宮先生の方から話しておくとは言ってくれた。

 ――プルルッ。

 スマートフォンが鳴っているので確認してみると、美優先輩からメッセージが届いていた。


『そっちはどう? 私はクラスの子に由弦君のことを色々と訊かれたよ。訳あって一緒に住んでるって話しておいたから。付き合ってないってちゃんと言った!』


 やっぱり、美優先輩のクラスでも同居のことが話題になっているのか。付き合っていないのは事実だけど、それをちゃんと言ったとメッセージに書かれると、何とも言えない気分になるな。


『分かりました。こっちも話題になってます。俺の方も色々とあって、美優先輩と住んでいると伝えておきました。そうしたら、少しは落ち着きました』


 とりあえず、こう返信をしておけば大丈夫かな。

 それから程なくして、霧嶋先生が教室にやってきた。今日のスーツ姿がよく似合っている。そんな彼女と朝礼が始まる前に目が合った気がした。

 今日から授業が始まるので頑張るように。予習と復習はしっかりやってねという旨の朝礼が終わると、霧嶋先生が俺のところにやってきた。


「金曜日以上に、あなたと白鳥さんのことが学校中に広まっているわ。職員の間で話題になっていたから、成実さんと一緒に事情は説明しておいたから」

「そうですか。ありがとうございます」

「あの、霧嶋先生。桐生が白鳥先輩と一緒に住んでいることで、2人に何か処分が下るってことはないですよね?」

「今のところ、その心配はないわ、加藤君。高校生としての節度を持って暮らしていけばね。あと、定期的に私や成実さん……白鳥美優さんのいるクラス担任が話を聞いたり、家庭訪問したりするつもりだから」

「そうですか。それなら一安心です」


 加藤は落ち着いた笑みを浮かべて俺のことを見ると、一度頷いた。美優先輩や俺のことを心配してくれる友人が高校でできて、俺は幸せ者だな。


「では、私はこれで。2人とも授業をしっかりと受けるように。特に私の現代文の授業はね。あと、私が顧問をしている文芸部は月曜日と木曜日だから。もし良かったら遊びに来て。特に部活について考え中の桐生君は」


 霧嶋先生はそう言うと、口元だけ笑って教室を後にした。

 この前配られた時間割が壁に貼ってあるのでそれを見てみると、現代文と古典の2つを担当しているので授業でも霧嶋先生と会うのが一番多い。毎日1回はある。特に先生の授業は気を抜かずにやらないと。



 そして、陽出学院での高校の授業が始まる。

 ただ、各科目初回だったこともあってか、担当する先生の自己紹介や学生時代の思い出について話されたり、科目の全体的な説明をされたりしただけで全然キツくなかった。担任の霧嶋先生の現代文を除いて。

 あと、昼休みは美優先輩と花柳先輩が1年3組の教室に遊びに来て、6人でお昼ご飯を食べた。

 また、霧嶋先生が教室にやってきて、テレビを点けた。先生曰く、部活説明会の時間がない代わりに、今日から来週の金曜日まで、昼休みに部活や同好会の紹介映像を流すらしい。美優先輩は料理部の紹介映像に出ているとのこと。

 美優先輩が作ってくれたお弁当はとても美味しかったな。朝の宣言通り、風花におかずを少し取られたけど。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る