第4話『都大会2日目』
6月23日、日曜日。
都大会2日目も雨シトシト、空気ジメジメな梅雨らしい天候だ。ただ、都大会は空調の効いた屋内プールで実施されるので影響ないか。
風花は元気いっぱいだ。よく眠れたから昨日の疲れは全くないという。それを知ってとても安心した。
昨日と同じように、俺と美優先輩は朝食後に風花のことを校門前まで送っていく。
校門前に辿り着くと、俺と美優先輩が水泳部のみんなに激励の言葉をかける。彼らが乗るリムジンバスを見送った。風花はもちろんのこと、水泳部のみんなも元気いっぱいに俺達に手を振ってくれた。
今日も俺と美優先輩は花柳先輩、霧嶋先生、大宮先生の5人で都大会の会場・東京国際プールセンターへ行く。
昨日と同じルートだけど、今日も車窓からの景色と美優先輩達との話を楽しみながら電車での時間を過ごした。
最寄り駅の克己駅に到着し、東京国際プールセンターへ。今まで、2日連続で家から電車で1時間ほど乗り、同じ場所へ行ったことは全然ないので、ちょっと不思議な感覚だ。そういった感覚になったこと以外は、昨日とほとんど変わらない。ただ、
「風花ちゃんの御両親はもう会場に着いているかな。まだメッセージはないけど」
そう。この後、風花の御両親と会い、陽出学院高校の生徒達を応援することになっている。美優先輩が風花の母親の由樹さんとLIMEでやり取りをして、会場の受付の近くで待ち合わせすることに決めたのだ。
プールセンターの中に入り、受付の方に行くと……由樹さんや風花のお父さんらしき人の姿は見当たらない。
「いないですね、美優先輩」
「いないねぇ」
「金髪の女性はいるけど……違う人だもんね」
「まだ到着していないのかも。じゃあ、由樹さんに『到着して受付の前にいる』ってメッセージを送るよ」
「その間に一佳ちゃんとあたしで受付を済ませておくわ。行きましょう、一佳ちゃん」
「はい」
霧嶋先生と大宮先生は受付へ。
美優先輩は持参したショルダーバッグからスマホを取り出し、LIMEで由樹さんにメッセージを送っている。
風花の御両親は今、どこら辺にいるんだろう。ちなみに、風花の実家は千葉県の外房の方にあるとのこと。ここ東京国際プールセンターのある陽東区は、東京23区の中でも千葉県に近い方。それでも、それなりに時間がかかるらしい。
「……あっ、由樹さんから返信来た。プールセンターの近くにある公園の駐車場に止めたところだって。あと数分くらいで来られるみたい」
「そうですか」
すぐ近くまで来ているようで安心した。あと、駐車場に止めたってことは、御両親は車で来たのか。
あと数分で風花の御両親に会うのか。母親の由樹さんとは面識があるけど、父親の方はこれが初めて。一度、告白されて振った女の子の父親だ。だから、何を言われるかちょっと不安である。
美優先輩達と受付近くで経って待っていると、
「あっ、みなさんっ!」
入口の方から聞き覚えのあるそんな声が聞こえてきた。
入口に視線を向けると、ジーンズパンツにノースリーブの縦ニットに身を包んだ金髪の女性……姫宮由樹さんが、爽やかな笑みを浮かべてこちらに手を振っていた。そんな由樹さんの隣には、スラックスに半袖のYシャツ姿のメガネをかけた男性が。スラリとした体型で、風花や由樹さんと同じ金髪。あの男性が風花の父親かな。
由樹さんと男性は俺達の目の前までやってきて、軽く頭を下げた。
「みなさん、おはようございます。風花の三者面談の日以来ですね。そちらの茶髪の女性はどこかで見たことが……」
「私と瑠衣ちゃんのクラス担任で料理部顧問の大宮成実先生です」
「あぁ、そうそう大宮先生! 風花に送ってもらったゴールデンウィークの旅行の写真に写ってました! 初めまして、姫宮風花の母の由樹といいます」
「大宮成実です、初めまして。娘さんには、家庭科の授業でお世話になっています」
「そうですか。娘がお世話になっております」
お互いにそんな挨拶をすると、由樹さんと大宮先生は何度も頭を下げている。男性も軽く頭を下げていて。1週間前の三者面談の時期にはこういう光景をよく見たなぁ。
「隣に立っているのが、主人の
「初めまして、姫宮健一と申します。娘がいつもお世話になっております。あと、昨日と今日は娘の応援していただきありがとうございます」
穏やかな声色でそう挨拶すると、風花の父親……健一さんはゆっくり頭を下げる。風花も由樹さんも快活な人だから、父親も同じようなタイプの方だと思っていたけど、何だか意外だ。風花は母親の由樹さん似なのかな。
「私達も自己紹介しようか。……初めまして、白鳥美優といいます。陽出学院高校の2年生で、風花ちゃんの住んでいるあけぼの荘の管理人をしています」
「初めまして、桐生由弦です。風花さんのクラスメイトで、風花さんの隣の101号室で恋人の美優先輩と一緒に住んでいます。よろしくお願いします」
「花柳瑠衣です、初めまして。美優の親友でクラスメイトです」
「初めまして、霧嶋一佳と申します。風花さんのクラス担任で、現代文と古典を教えております。よろしくお願いします」
「みなさん、よろしくお願いします」
落ち着いた笑みを見せると、健一さんは先ほどよりも深く頭を下げる。そんな健一さんに倣って俺達も深めに頭を下げた。健一さんは穏やかな雰囲気の人だし、ちゃんと挨拶もできたし、何とか――。
「ところで……君が桐生君か」
なったな……と思ったけど、どうやらそれは違ったようだ。健一さんの声色が今までよりも強いものになっている。
ゆっくり顔を上げると、そこには真剣な表情をして俺のことを見ている。
「えっと……な、何か俺に言いたいことが? もしかして、風花さんを振ったことでしょうか……?」
「……いいや、違う。まあ、その話を聞いたとき、可愛い愛娘の風花を振るとは何事だとは思ったよ。でも、白鳥さんという素敵な女性に好意を抱き、ちゃんと付き合っていることも聞いたから、特に怒りは湧かなかった。実は先週……三者面談から帰ってきた由樹が、桐生君がかっこよかったって楽しそうに話したんだよ。そのときの由樹の笑顔が可愛らしくてね。だから、由樹のそんな笑顔を引き出した君に嫉妬しているんだ」
「そ、そうですか」
先週、三者面談の前に由樹さんと会った。そのとき、由樹さんは俺に対して素敵な笑顔を見せてくれた。もし、ああいった笑みを見せて俺のことを話したら……夫の健一さんが嫉妬してしまうのも無理ないか。
あと、風花を振ったことについても思うところがあったのか。好きであり、付き合っている人が美優先輩で本当に良かった。
「ごめんなさいね、桐生君」
「いえいえ、気にしないでください。予想外でしたが。それだけ、由樹さんのことが大好きだということでしょう」
「ふふっ、そうね。あなたもごめんなさいね。気分を悪くさせちゃって」
「……いいんだよ、由樹。嫉妬してしまったのは……由樹への好意と僕の狭量な心のせいだから。それに、由樹の言う通り……実際に会うと、桐生君がとても誠実そうな青年だと分かるよ。すまなかった、桐生君」
「いえいえ」
「……白鳥さんと一緒に幸せになりなさい。それが、風花にとっての幸せに繋がると僕は信じている」
「……はい。約束します」
健一さんの目を見てしっかりと返事すると、健一さんは俺に優しく微笑みかけてくれた。今度こそ何とかなったみたいだな。
左側から重みを感じたのでそちらを見てみると、美優先輩が俺に寄り掛かっており、こちらを見上げていた。目が合うと、先輩は可愛らしい笑顔を見せてくれて。今の健一さんへの返事に嬉しくなったのかもしれない。
風花の御両親も受付を済ませて、俺達は7人で観客席へ向かう。
昨日と同じように、観客席は前列に同じ制服や体操着、部活Tシャツを着た各校の生徒達が集まっている。そんな観客席を見渡していくと、昨日と同じエリアに陽出学院高校水泳部の生徒達が座っている。その中にはもちろん風花の姿も。女子生徒と一緒に楽しくお喋りしている。
「健一さん、由樹さん、あそこに風花がいますよ」
「……本当だ。ありがとう、桐生君。……風花!」
「風花! 応援に来たよ!」
健一さんと由樹さんが大きめの声で風花の名前を呼ぶ。
すると、風花はすぐに反応して周りをキョロキョロ見ている。
そして、こちらに視線を向けると、俺達に気づいたのか風花は明るい笑顔で手を振ってくる。席から立ち上がって、小走りで俺達のところにやってきた。
「お父さん! お母さん! 応援に来てくれてありがとう!」
「約束通り、母さんと一緒に応援しに来たよ」
「お父さんと桐生君達と一緒に応援するからね! 今日は100mの自由形と、400mのメドレーリレーに出るんだっけ?」
「そうだよ。リレーは自由形担当ね。昨日の個人メドレーに続いて、自由形もメドレーリレーも関東大会へ行けるように頑張るよ!」
「頑張りなさいね、風花!」
「頑張って、風花」
そんな応援の言葉を掛けると、健一さんと由樹さんは風花の頭を撫でる。そのことで、風花はとても柔らかな笑みを浮かべていて。親子3人のとても美しい光景だなぁ。そんな光景を間近で見て、ちょっと感動している自分がいる。
風花の柔らかな笑顔を見ると、今日出場する種目でも関東大会への切符を掴めそうな気がする。実際にそうなるように、今日もたくさん応援しよう。
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