第45話『温泉が体に沁みますね。』

 5月4日、土曜日。

 目を覚ますと、うっすらと明るくなっている中で見慣れない天井が見える。……ああ、そうだ。今は旅行に来ているんだっけ。小さい頃から、こう思うのは変わらない。

 スマホで時刻を確認すると、今は午前6時過ぎか。昨日は遅い時間に寝たのに、意外と早く起きられたな。小さい頃から、旅先では普段よりも早く起きることが多いけど。


「由弦君……」


 美優先輩のそんな声が聞こえたので見てみると、先輩は俺の腕を抱きしめながらぐっすりと寝ている。一糸纏わぬ先輩を見ていると、昨日の夜にしたことが本当だったのだと実感する。

 今日もプールに入るだろうから、キスマークが付かないように気を付けて体にキスしたけど……うん、俺から見える範囲ではキスマークや傷のようなものはないな。ちなみに、俺の体も確認できる範囲ではそのようなものはない。

 それにしても、今の美優先輩はとても美しい。思わず生唾を飲む。

 

「うんっ……」


 そんな声を漏らすと、美優先輩はゆっくりと目を覚ました。


「由弦君……」

「美優先輩、おはようございます。ごめんなさい、起こしちゃいましたか?」

「ううん、そんなことないよ。気持ち良く起きられたよ。おはよう、由弦君」


 美優先輩はとても可愛い笑顔でそう言い、俺にキスしてきた。唇を重ねている間に、先輩は俺の腕から一旦両腕を離し、俺のことを抱きしめてきて。俺はすぐに両手を先輩の背中に回す。

 やばい、お互いに服を着ていない状態で抱きしめてキスしていると、昨日の夜のことを思い出してしまう。体が段々熱くなってきた。それは美優先輩も同じようで、先輩からも強い温もりが伝わってくる。もちろん、甘い匂いや柔らかさも。

 唇を離すと、そこにはうっとりとした表情になっている美優先輩が。


「……キスしたら昨日の夜のことを思い出しちゃった。本当にあったことなんだよね」

「俺も同じことを思いました」


 ベッドの側や洗面所にあるゴミ箱の中を見れば、昨日の夜の出来事が現実にあったことが一発で分かるけど。


「今夜もしようね。まだ、アレもたくさん残ってるし」

「分かりました」


 明日に影響が出ないように気を付けるか。明日は美優先輩の実家に寄って、先輩の御両親と会う予定だし。……もう、ここまでした関係になったのだから、先輩の御両親にはしっかり挨拶しないとな。


「そういえば、美優先輩は体調の方は大丈夫ですか? 昨日はプールでたくさん泳いで、夜は……たくさんしたので」

「特に体のだるさもないし、寒気もないよ」


 ベッドから降りて、美優先輩は体を軽く動かしている。こんな先輩の姿を見るのは初めてなのでちょっと面白い。


「痛いところもないね」

「それは良かったです。……あと、背中にキスマークや傷はついていないですね。良かったです。今日もプールに入るかもしれませんから」

「もしかして、そこまで考えてキスしてくれたのかな?」

「そうですね。美優先輩があまりにも可愛かったので、たまに忘れてしまうことがありましたが」

「ふふっ、そうなんだ。ありがとう。由弦君の方こそ大丈夫? 特に腰とか」

「……確かめてみます」


 ベッドから降り、軽く体を動かしてみると、


「……ちょっと腰が痛いですね」

「短時間であんなに動かすことってなかなかないもんね。たまに激しかったし。じゃあ、朝風呂に行く? みんなとの集合時間まで1時間弱あるし。あと、御立温泉は腰痛や筋肉痛とかにも効果があるそうだから」

「それがいいですね。温泉に入って体を癒しましょう。それに、朝風呂って旅行ならではの贅沢ですもんね」

「そうだね。特に朝晩が涼しい時期には贅沢なひとときかも。さっそく行ってみようか」

「はい」


 俺達は下着と浴衣を着る。もしかしたら、俺達って浴衣を着ている時間よりも、何も着ていない時間の方が長いかも。

 スマートフォンやフェイスタオルなどを持って、美優先輩と一緒に1階にある大浴場へと向かう。


「そうだ、朝になったからお風呂が入れ替わっているよ。昨日、ホテルの案内パンフレットを見たらそう書いてあったんだ」

「ということは、俺は檜風呂の方に入ることができるんですね。楽しみだなぁ」

「私も岩風呂の方だから楽しみだよ」

「岩風呂はとても広いですよ。あと、お湯が結構熱いので気を付けてください。昨日の夕方よりも涼しいですから、それでちょうどいいかもしれませんが」

「ふふっ、分かった。檜風呂もなかなか熱いよ」

「分かりました」


 そんなことを話していると、大浴場の入口に到着する。朝早いからかここには誰もいなかった。


「じゃあ、また後でね。露天風呂でお話しできると嬉しいな」

「そうですね。では、また後で」


 美優先輩と手を振り合って、俺は向かって右側にある『男』と刺繍された暖簾をくぐる。そういえば、昨日の夕方は左側の暖簾をくぐったから、確かに男女で温泉が入れ替わっているようだな。

 脱衣所に入ると、昨日以上に人が少なかった。まだ午前6時過ぎなので、みんな起きていないのだろうか。それとも、朝風呂に入る人が少ないのか。まあ、人が少なければゆったりとした気分で温泉を楽しめるから個人的にはいいけれど。

 浴衣や下着を脱いで大浴場に入ると、中にはご老人が3人。普段よりも早く起きたし、今の大浴場を見ると俺まで老人になった気分だ。

 女風呂の方はどうなのかな。もしかしたら、美優先輩は風花達と会っているかもしれないな。彼女達も温泉を気持ち良さそうに入っていたそうだから。

 髪や体を洗って、俺はさっそく外にある檜風呂に向かう。


「おおっ、寒い」


 体が濡れているからか、外に出ると結構寒い。

 岩風呂ほどではないけれど、檜風呂も広いな。ここなら美優先輩達5人が一緒に入ってものんびりできそうだ。ちなみに、今は誰も入っていないので実質貸切状態。そんな檜風呂にさっそく入ってみる。


「あぁ……」


 美優先輩の言っていたとおり、檜風呂もなかなか熱いな。ただ、空気が冷えているのでこのくらいがちょうどいい。

 御立温泉の効能が書いてある看板があったので今一度確認してみる。ええと、なになに……肩こりに腰痛、筋肉痛、疲労、滋養強壮、冷え性、リウマチなどに効果があるのか。昨日はプールでたくさん泳いだり、夜のベッドや浴室で美優先輩と色々なことをしたりして、体をよく動かしたので、長めに浸かることにするか。


「気持ちいいな……」


 温泉の温かさが身に沁みる。心なしか、特に腰に沁みている気がする。これなら、今日もプールで泳いだり、夜に美優先輩としたりしても大丈夫かな。


「あっ、寒い……」


 竹でできた柵の向こうから美優先輩の声が聞こえてきた。


「美優先輩ですか?」

「その声は……由弦君?」

「はい。ついさっき、檜風呂に入ったところです。温かくて気持ちいいですね。俺一人しかいないので貸切状態ですよ」

「そうなんだ。こっちも私しかいないよ。岩風呂、とても広いね! 朝で冷えているからか、湯気もかなり出ていて熱そう。入ってみるね」


 すると、それから程なくして柵の向こうから「あぁ」という美優先輩の甘い声が聞こえてくる。その声が可愛らしくて、昨日の夜のことを思い出してしまう。今も気持ち良さそうな顔になっているのかな。


「結構熱いね! でも、とても気持ちいい……」

「それは良かったです」

「何だか、昨日の夕方に入ったときよりも、温泉の温もりが体に沁みてる気がする。さっき、体を軽く動かしたときは大丈夫だと思ったけれど、実は昨日の夜の疲れが残っていたのかも。私も自分で結構動いたから……」

「……動いていましたもんね。俺も体に沁みています」


 男湯も女湯も露天風呂に人がいなくて良かったよ。きっと、美優先輩もそういう状況だから話したんだと思うけど。


「そういえば、女湯で風花達と会いましたか?」

「ううん、会わなかったよ。私も会うかなぁって思ったんだけれど」

「そうですか」


 みんなまだ眠っているのかな。特に霧嶋先生と大宮先生は昨日の夕ご飯のときにお酒をたくさん呑んだから、今もぐっすりと眠っているのかもしれない。


「由弦君。今日も一日、寝る前まで楽しもうね!」

「はい、楽しみましょう」


 寝る前までと言うところが美優先輩らしい。

 今日は御立山やいちご狩りなど観光をするから楽しみだな。そう思いながら、檜風呂にゆっくりと浸かるのであった。

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