第44話『ぬくぬく』

「由弦君。あそこ……湯気が立ってない?」


 再び歩き始めてから数分ほど。

 美優先輩が道路の向かい側で湯気が立っているのを見つけた。そこは屋根があり、屋根の下は照明で明るくなっていて。腰を下ろしている人が3人いる。何かの施設なのかな?


「そうですね。気になります。行ってみましょうか」

「うん!」


 近くに横断歩道があったので、そこで道路を渡り、湯気が立っているところへ向かう。すると、そこは――。


「足湯ですね」

「だから、湯気が立っていたんだ。今は肌寒いから結構立つのかも」


 温泉郷だから、屋外にこういう施設があるんだな。

 近くに案内板があるので、それを見てみることに。案内板によると、この足湯は鉄道会社が管理しているもの。お湯はこの地域で湧いている御立温泉とのこと。


「御立温泉の足湯ですって。午後10時まで利用できて、料金は無料とのことです」

「そうなんだ。じゃあ、せっかくだし入っていこうか。脚だけだしハンカチがあれば大丈夫だよね」

「たぶん大丈夫だと思います。入りましょうか」

「……これで御立温泉で『混浴』ができるね」

「脚だけですけど……そうですね。いい響きですね、混浴って」

「ふふっ」


 美優先輩、とても嬉しそうだな。

 下駄を脱ぎ、浴衣の裾を膝の辺りまで上げ、そっと足湯に浸かる。


「おおっ、結構熱いですね」

「そうだね。案内板に、お湯の温度は42℃って書いてあったけど」

「42℃ですか。肌寒くて足元が冷えていたので、それもあるかもしれませんね」


 冬の時期を中心に、お風呂のお湯がやけに熱く感じるときがあるからな。

 美優先輩と俺は隣り合ってベンチに腰を下ろす。

 それにしても、足元から膝まで露出しているからか美優先輩がとても艶やかに見える。先輩の足首、とても綺麗だ。


「あぁ、段々と気持ち良くなってきた」

「足元だけですから、このくらい熱い方がちょうどいいのかもしれませんね。足湯の温もりが全身に伝わってきます」

「そうだね。……脚だけだけれど、由弦君と混浴できて良かった。凄く嬉しい」

「俺も嬉しいです。せっかくですから、写真を撮りましょうか」

「うん!」


 俺はスマホで足湯に浸かっている美優先輩と、先輩と俺のツーショット写真を撮影する。ピースサインをして笑顔になる美優先輩は本当に可愛らしい。また、ツーショット写真については先輩のスマホに送った。

 美優先輩も写真を撮りたくなったのか、俺がスマホをはんてんのポケットに入れると、今度は先輩がスマホで俺のことを撮影した。


「由弦君と一緒に足湯に入っているからか、今が一番、旅行に来ているって実感しているかも」

「温泉地だからこそ体験できることですからね。それに、今は浴衣姿ですもんね」

「うん。……身も心も温かいよ」


 そう言うと、美優先輩はそっと腕を絡めてくる。周りに何人か足湯を楽しんでいる人がいるけど、このくらいのことだったら大丈夫だな。

 美優先輩の言う通り、俺も身も心も温かくなってきた。今が肌寒いのが嘘に思えてくるほどだ。

 10分くらい足湯に浸かって、俺達はホテルに向かって歩き始める。足湯で体が温まったからか、今はこの肌寒い空気がむしろちょうどいいくらいに思える。

 途中、コンビニで飲み物やお菓子を買ってホテルに戻ってきた。午後9時を過ぎたからか、フロントはとても静かで宿泊客の姿はほとんどなかった。

 風花達に会うこともなく913号室に戻ってきた。


「ただいま。部屋に戻ると安心感があるね」

「ですね」


 ここに戻ってくれば、美優先輩と2人きりになれることが保証されているからかな。


「散歩をして、足湯にも入ったからか眠くなってきちゃった。でも、まだ9時過ぎだし、旅行中だから眠るのはもったいないな……」


 美優先輩はほんのりと頬を赤くしながら俺のことをチラチラと見てくる。もう、誘うなら今しかない。

 俺は美優先輩のことを抱きしめて、彼女に長めのキスをする。

 ゆっくりと唇を離すと、そこにはうっとりと俺のことを見つめる美優先輩がいた。


「由弦君……」

「……キスより先のことをしませんか?」


 勇気を出して俺がそう言うと、美優先輩は目を見開く。


「恋人になる前から可愛らしい美優先輩のことをたくさん見てきました。恋人になってからは今みたいにたくさんキスをしてきました。お風呂を一緒に入るようになりました。そんな中で、美優先輩のことをもっと求めたくなって。今日も先輩の可愛らしい水着姿を見て、本当にドキドキして。さっきの足湯もそうです。俺も……ここで寝るのはもったいないと思っています。もっと、美優先輩との夜を一緒に思い出深い時間にしたいです」


 ドキドキしているせいか、思っていることをたくさん言ってしまった。美優先輩、引いてしまっただろうか。

 美優先輩の方を見た瞬間、真っ赤な顔をした先輩が俺にキスをしてくる。


「……これが今の由弦君の言葉に対する返事だよ」

「美優先輩……」

「……私も恋人になってから、由弦君と、その……したいって思ってて。でも、勇気がなかなか出なくて誘えなかった。ゴールデンウィークに入ってからは、朱莉や葵達が遊びに来たりもしてタイミングがなかなかなくて。朱莉達が来た日の夜はたくさんキスしていい雰囲気にはなったけど。この旅行で由弦君と同じ部屋に泊まることになっているから、1日目でも2日目でも夜になったら勇気を出して誘いたいって思ってたの」

「そうだったんですか」

「ただ、欲の押しつけになっちゃうかなって不安になるときもあって。だから、由弦君からしたいって言ってくれたことが凄く嬉しいよ。だから、その……こういうことは初めてで、上手にできるか分からないけど、よ、よろしくお願いします」


 そう言ってペコリと頭を下げるところが、何だか美優先輩らしくて微笑ましかった。


「で、でも……1人でなら何度もしたことあるよ! 気付いているかもしれないけど。由弦君のことが好きだって自覚してから、1人でお風呂に入ったときや、夜遅くにお手洗いの中でこっそりと由弦君のことを想いながら……し、してました」

「……な、なるほど。全然気付きませんでしたね」


 なかなかの秘密を明かしてくれたな。それを知ってか、美優先輩のことがより艶やかに感じてしまう。


「俺もこういうことは初めてですから、2人で試行錯誤をしながらしていきましょう。こちらこそよろしくお願いします」

「いえいえ、こちらこそ。由弦君も初めてなんだ。じゃあ、初めての渡し合いだね。これが私からの誕生日プレゼントの1つ……なんて」


 えへへっ、と美優先輩ははにかむ。互いの気持ちを伝え合ったからか、いつも以上に先輩の笑顔が可愛く見えて。


「由弦君は持ってきたの? で、できちゃわないように」

「……持ってきています。ただ……お恥ずかしい話、タイミングを掴めずに自分では買うことができず、雫姉さんがプレゼントしてくれたものを持ってきました。美優先輩と恋人になった記念としてプレゼントしてくれたんです」

「そ、そうなんだ。さすがはお姉様。もしかして、誕生日プレゼントを渡した後に寝室に2人きりで話したいって言っていたけど……」

「そのときです」

「なるほどね……」


 美優先輩、とても納得した様子で頷いている。


「私は自分で買ったよ。……覚えてる? 恋人になった日、風花ちゃんに風邪薬をあげたからドラッグストアで買い物をしたじゃない」

「覚えてます。風花にあげた薬などを買いましたね」

「それで、その後に買うのを忘れたから、私だけ戻ったよね」

「そうでしたね。何を買い忘れたのかなって思いましたが。……もしかして、そのときに?」

「うん。由弦君と恋人になったから、いつ誘っても大丈夫なように買っておいたの」

「……なるほど」


 あのときは美優先輩にもうっかりしているところがあるんだと思ったけど、本当はそうじゃなかったんだ。かなり性欲が強い恋人だな。

 美優先輩はバッグから茶色い紙袋を取り出し、袋の中から大きめの赤い箱を取り出す。姉さんからもらったものよりもだいぶ多そうだ。


「たくさん誘われてもいいように、お徳用パックを買いました!」

「……そうですか。これだけあれば、旅行中は安心ですね」

「うん。……ちなみに、今は由弦君とこの前買った下着を着けているの」


 そう言って、美優先輩は浴衣をめくり、俺に青い下着を見せてくる。確かに、この前選んだ下着だ。


「よく似合っていますよ。本当に綺麗です」

「……ありがとう。旅行のときには着ようって決めていたの。それで、お部屋で由弦君に見てほしいって思ってた」

「そうですか、嬉しいです。……そろそろしましょうか」

「……うんっ!」



 その後、美優先輩と俺はベッドの上や浴室の中でたっぷりと愛し合った。

 そんな中で何度、美優先輩と好きだと言い合って、キスしただろうか。正確な回数は分からないけど、確かなのはお互いに相手を好きだと強く想っていること。美優先輩の体や心からそれが伝わってきて、とても幸せに思った。



「幸せな時間になりました、由弦君」

「俺もですよ、美優先輩。愛おしい時間でした」

「……とても嬉しいです」


 ベッドで横になり、美優先輩と笑いながらそんなことを囁き合う。そんな今の時間も幸せに思える。


「心身共に由弦君と相性がいいんだって分かった」

「そう思ってくれて嬉しいですね。俺も同じです。あと、美優先輩って本当に温かくて、優しい人なんだって肌で感じました」

「……そう言われると照れちゃうよ。でも、ありがとう」


 美優先輩は言葉通りの照れ笑いを見せる。そんな先輩の笑顔を見ていると、彼女と恋人として付き合うようになって良かったなと思うし、これから先もずっと一緒にいたいと強く願った。


「由弦君。ふつつか者ですが、これからも……ずっとよろしくお願いします」

「こちらこそよろしくお願いします」

「うん! 由弦君、大好き!」

「俺も美優先輩のことが大好きです」


 俺がそう言うと、美優先輩は嬉しそうな様子で頭をスリスリしてくる。そんな先輩がとても可愛らしい。


「明日は観光などがありますから、そろそろ寝ましょうか」

「うん! そうだ、目覚ましかけておこうか。寝坊しちゃうかもしれない」

「そうですね。俺もかけておきます」


 プールに行くときのように遅刻してしまったら、特に霧嶋先生から怒られてしまうかもしれないし。


「目覚ましもOK。じゃあ、おやすみ、由弦君」

「おやすみなさい、美優先輩」


 おやすみのキスをすると、美優先輩はゆっくりと目を閉じた。今日の疲れがあるのか、すぐに先輩の可愛らしい寝息が聞こえてくる。

 美優先輩と一緒に行く初めての旅行の1日目は、本当に楽しくて忘れられない一日になった。明日も明後日も楽しく思い出深い日になるといいなと思いながら、ゆっくりと眠りにつくのであった。

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