第46話『ゆうべはお楽しみでしたか?』
温泉から出て、大浴場の前で俺はコーヒー牛乳、美優先輩はフルーツ牛乳を飲んだ。なぜか、こういうところで飲むものって凄く美味しいんだよな。
牛乳を飲んで、美優先輩と俺は913号室に戻る。そのときも風花達と会うことはなかった。
午前6時55分。
美優先輩と俺は913号室を出て、風花達との待ち合わせ場所であるエレベーターホールへ向かう。そこには浴衣姿の霧嶋先生と大宮先生の姿が。
「おはよう、桐生君、白鳥さん」
「おはよう、美優ちゃん、桐生君」
「おはようございます、一佳先生、成実先生」
「おはようございます」
「桐生君と白鳥さんはちゃんと来たわね。あとは姫宮さんと花柳さんね。約束の午前7時まで数分ありますし、それまではこのまま待っていましょう」
普段、学校に行くときは玄関の前で俺達が出てくるのを待っているし、今日に限って約束の時間を破ることはないだろう。
「一佳先生と成実先生、昨日の夕ご飯でお酒をたくさん呑んでいたので、今日は寝坊するかもしれないと思っていました」
「美優ちゃん達と別れてから20分くらいで寝たからね。それでも6時過ぎに起きたから、9時間くらい寝たことになるか。一佳ちゃんは5時過ぎに起きたんだっけ?」
「ええ。お酒の影響でかなり早く寝たので。自分自身のことですが、早く起きられたのは意外だと思いました。ホテルだからでしょうか。成実さんはぐっすりと寝ていましたので、一人で朝風呂に行きました」
霧嶋先生も朝風呂に入ったのか。ただ、先生はかなり早い時間に入ったから、美優先輩と大浴場の中で会うことがなかったんだ。
「私も由弦君と一緒に朝風呂に行きました。入れ替わりがあったので、女湯は岩風呂の方になっていましたよね」
「ええ。檜風呂よりも熱かったわね。昨日の夕方よりも涼しかったからそう感じたのかもしれないけれど。とても気持ち良かったわ」
「気持ち良かったですよね! 昨日と同じように、露天風呂に入っているときに由弦君とお話ししました」
「2人らしいエピソードね。コーヒーを買って部屋に戻っても、成実さんはまだぐっすり眠っていましたよ。それが可愛いと思いました」
「ふふっ。目を覚ましたときに見えた缶コーヒーを飲みながらスマホを眺めている一佳ちゃんはとてもかっこよかったわ」
「そ、そうですか」
そう言って頬を赤くしている霧嶋先生はとても可愛らしい。想像してみると……絵になりそうな光景だと思う。
「そ、それよりも桐生君! 昨日の夜について話したいことがあるのだけど!」
「何でしょうか」
不機嫌そうな様子だと、何を話したいのか不安になるな。まさか、美優先輩とどんな夜の時間を過ごしたのか問いただして、その内容によっては説教しようと考えているのか?
「き、昨日の夜……レストランから戻るとき、酔っ払った私に肩を貸してくれてありがとう。白鳥さんも体を支えてくれて」
「いえいえ、気にしないでください」
「それで、その後……私を部屋のベッドに寝かせてくれたとき、桐生君に対して、お礼に一緒に寝ていいと言ったじゃない」
「……言ってましたね」
「あれは、その……酩酊状態だったから桐生君へのお礼が考えることができなかったからそう言ったのであって、決して桐生君と一緒に寝たいから出た言葉じゃないのだからね! それを分かってもらえると有り難いわ」
「分かりました。ありがとうとお礼を言ってくれるだけで十分ですから」
「ふふっ、一佳ちゃんったらかわいい」
大宮先生はほのぼのとした笑顔になり、霧嶋先生の頭を撫でている。だからなのか、昨日、お酒を呑んだときと負けないくらいに霧嶋先生の顔が赤くなっていた。
不機嫌そうだから何を言われるのか不安だったけど、昨日の酔っ払ったときのことの弁解で良かった。
「おはようございます」
「おはようございます。あたし、つい10分くらい前まで寝ちゃってました」
そう言って、風花は苦笑いしている。珍しいな、風花がギリギリまで寝ているなんて。普段は7時以降に起きるのかな。
「今は午前7時1分。プライベートだし、このくらいの遅れは問題ないわ。では、全員揃ったし、朝食の会場である2階のレストランに行きましょうか。昨日の夕食と同じね」
俺達はエレベーターで朝食の会場となっている2階のレストランへと向かう。
「風花ちゃん、10分くらい前まで寝ていたって言っていたけど、昨日は夜遅くまで起きていたの? それとも、普段は7時より前に起きないとか?」
「主に後者ですね。水泳部は朝練がないですし、あけぼの荘から学校まで近いので平日は7時過ぎくらいに起きることが多いんです。あと、昨日の夜は瑠衣先輩と近くにあるコンビニでお菓子を買って。それを食べながら夜遅くまでテレビを観てました。バラエティや映画だけじゃなくてアニメもやっていたので……」
「楽しかったね、風花ちゃん。あたしも6時半くらいに起きたの。スマホのアラームをかけておいて正解だったよ」
俺も、旅行に行くと雫姉さんと一緒にたまに深夜アニメを観たな。旅先で見るとやけにその話の記憶が残るんだよなぁ。
ちなみに、俺や美優先輩の好きな深夜アニメも旅行中に放送されるので、それはちゃんと録画予約してある。起きることができていたら観ようって話しもしていたけれど、昨日の夜は……たっぷりしていたから観られなかった。
そんな話をしていると、あっという間に2階のレストランに到着。昨日の夕食と同じくバイキング形式である。
俺達はそれぞれ食べたいものを取っていき、夕食のときと同じように6人一緒のテーブルで食べることに。席順も同じだ。
みんなが取ってきたものを見てみると、美優先輩、霧嶋先生、俺が和風メイン。花柳先輩と大宮先生は洋風メイン。風花は和風洋風問わず、自分の食べたいものをとにかく取ってきたという感じだ。
「昨日の夕食はあたしが挨拶したから、今回は一佳ちゃんに言ってもらおうかな」
「分かりました。旅行も2日目になりました。観光もしますし、しっかりと朝食を食べましょう。ただ、いちご狩りもありますし、食べ過ぎてお腹を壊さないよう気を付けるように。では、いただきます」
『いただきます!』
そして、2日目の朝食が始まる。
どれも美味しそうだけれど、まずは味噌汁を一口飲む。
「……あぁ、美味しい」
「だしが利いていて美味しいよね。何もせずに美味しい朝食を食べることができるのは有り難いよ。もちろん、由弦君が作ってくれるときもそう思ってるよ」
「ははっ、そうですか。俺も感謝しています。ありがとうございます」
「うん! こちらこそありがとう」
そんな美優先輩とのやり取りもあったからか、朝食がとても美味しく感じる。美優先輩と一緒に住むようになってから洋風の朝食もいいと思うようになったけれど、やっぱり和風が最高だな。
「そうだ、由弦と美優先輩の昨日の話を聞いてなかったですね」
「ゆうべはお楽しみでしたか? なんてね」
冗談っぽく言って2人は笑っているけれど、花柳先輩のその言葉に俺は思わずドキッとしてしまう。
「……た、楽しい時間を過ごしたよね! 由弦君!」
「そ、そうですね」
美優先輩は顔を真っ赤にしてご飯をパクパクと食べている。きっと、散歩から帰ってきてからのことを思い出しているんだろうな。
そんな先輩の反応を見て感付いたのか、風花、花柳先輩、霧嶋先生の食事の手が止まり、顔を赤くして美優先輩と俺のことを見ている。大宮先生だけは「ふふっ」と笑いながら、美味しそうに朝食を食べ続けている。
「本当にゆうべはお楽しみだったみたいね。美優、桐生君」
「……まあ、その……ホテルの周りをお散歩して、足湯に入って。部屋に戻ったら……由弦君と一緒に幸せな時間を過ごしました。そうだよね、由弦君」
「……そうですね」
ここはレストランだし、美優先輩のためにもこれ以上は何も言わないことにした。それに、3人の反応を見れば、俺達が昨日の夜に何をしていたのか想像がついていると思うから。
「桐生君! 美優と一生添い遂げなさい! 以上!」
「ベ、ベイビーが産まれたらあたし達も面倒を見るからね、ベイビー! あと、お互いのことを大切にしないといけないですよ! 由弦、美優先輩!」
花柳先輩と風花が大きな声でそう言うので、お客さんの何人かがこちらを見ている。ちょっと恥ずかしいな。
「花柳さんや姫宮さんの言う通りね。あと、あなた達は高校生であることを忘れないように。きっと、2人ならずっと愛し合えると思うわ。2人は昨晩、楽しい時間や愛おしい時間を過ごしたと言っていたから、私が言いたいのはこのくらいね」
「ふふっ、一佳ちゃんったら。教師として、身近な大人としてあたしが言いたいことは一佳ちゃんが言ってくれた。あと、あたし達は2人のことを見守ったり、時にはサポートしたりしましょう。さてと、フルーツやヨーグルトを取りに行こうっと」
「私も行きます。フルーツポンチが気になっていたので」
大宮先生と霧嶋先生は椅子から立ち上がり、フルーツコーナーの方へと向かっていった。
「ゆ、由弦君! 改めて、これからもよろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
俺がそう言うと、美優先輩は先輩らしい優しい笑顔を見せてくれる。みんなからの言葉を心に刻んで、美優先輩とこれからも一緒に過ごしていこう。
あと、風花と花柳先輩は証人になったかのように、今の俺達のやり取りを聞いて何度も深く頷いている。
その後は、今日の観光が楽しみだという話をしながら、穏やかな朝食の時間を過ごすのであった。
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