第7話『七夕そうめんパーティー』
7月7日、日曜日。
いよいよ七夕当日だ。
天気予報によると、今日は曇り時々晴れ。雨が降り出すのは夜遅くからであるため、午後6時から開始される七夕そうめんパーティーに支障はないだろう。
日中は美優先輩と一緒にゆっくりと過ごした。
午後4時半頃に花柳先輩が家にやってきて、そうめんの具材、玉子焼きや鶏つくねといったパーティーで食べるものの準備を始める。錦糸玉子やきゅうりなど具材の種類はいくつもあるし、そうめんパーティーの参加者は12人。なので、3人で準備するのがいいだろう。
「こうして、由弦君と瑠衣ちゃんと3人で準備していると、何だか部活をしている気分になるよ」
「そうね。部活の課外活動って感じね」
「顧問の大宮先生に陽出学院に通う生徒、霧嶋先生に食べてもらいますからね。部活はもちろんですけど、家庭科の課外授業って感じもしてきます」
「由弦君の言うこと分かるかも」
「あたし達2年生に家庭科はないけどね。家庭科の成績が下がらないように、しっかり準備しないとねぇ、桐生君」
ニヤニヤしながら、そんな意地悪なことを言ってくる花柳先輩。
1年生には家庭科の授業がある。1学期中にコロッケ作りの調理実習があり、それも成績に反映されると言っていた。1学期が終わるまでまだ2週間弱あるし、今日のそうめん作りが家庭科の成績に影響する可能性は……ないと思いたい。
「ふふっ。さすがにそれはないんじゃないかなぁ、瑠衣ちゃん」
「……ですよね。さすがにないですよね」
俺がそう言うと、美優先輩は優しく笑いながら「さすがにね」と言ってくれる。そのことで安心感が。
それからも和気藹々とした雰囲気で、パーティーで食べる食材の準備をしていく。そんな中、
――ピンポーン。
と、インターホンが鳴った。誰が来たんだろう? 冷蔵庫に取り付けられているタイマー兼デジタル時計を見てみると……今は5時20分か。
「私、見てくるね」
美優先輩はそう言って、キッチンを後にする。
「パーティーの参加者かしら?」
「そうかもしれませんね」
パーティー参加者が早めに来たかな。郵便や宅配便の可能性もあり得るけど。
そんなことを考えていると、玄関の方から複数の女性による笑い声が聞こえてくる。一人は美優先輩だろうけど、他は誰かな?
「風花ちゃんが来たよ」
「こんにちはー」
美優先輩は風花と一緒に戻ってきた。風花はハーフパンツに半袖のパーカーというラフな格好だ。俺達と目が合うと、風花はいつもの明るい笑みを浮かべて、小さく手を振ってきた。
「風花、部活お疲れ様」
「お疲れ様、風花ちゃん」
「ありがとうございますっ」
ニコッと笑ってお礼を言う風花。
風花の入っている水泳部は、普段なら土日の活動はお休み。ただ、およそ半月後に関東大会が控えているため、今は休日も活動を行っている。
「そうめんパーティーの準備は順調みたいですね」
「そうめんのつゆに入れる具材は一通り準備できたよ」
「そうめん以外にも何かつまめるものがあるといいと思って、玉子焼きと鶏つくねの照り焼きも作っているわ」
「そうなんですか! 味見係が必要なら、あたしが喜んで引き受けますが!」
元気良く言って、右手をピシッと挙げる風花。水泳部の練習が終わった後だから、お腹が結構空いているのだろう。そんな風花に俺達3人は声に出して笑う。
「それじゃ、風花。玉子焼きの味見をしてくれないか? そうめんのつゆに入れる錦糸玉子とは違って、甘めに作ってみたんだ」
「お任せあれ!」
そう言うと、風花は俺の目の前までやってくる。
俺は菜箸で玉子焼きの切れ端を掴み、風花に食べさせる。美味しくできているといいけど。
玉子焼きが口に入った瞬間、風花は可愛らしい笑顔を浮かべる。咀嚼する度に、風花の笑みが幸せそうなものに変わっていく。
「甘くて美味しい!」
「良かった。風花は甘い玉子焼きが好きだよな」
「うんっ! 由弦は本当に玉子焼きを作るのが上手だよね。お花見のときも甘い玉子焼きを作っていたし」
「そうだったな」
あのときは風花の家のキッチンで作ったんだよな。それで、今と同じように風花に味見をしてもらい、美味しいって言ってもらえた。春休みだから、もう3ヶ月前のことになるのか。入学してから色々なことがあったし、かなり前のことのように感じる。
「味見したら、パーティーがより楽しみになってきました! あの、味見以外であたしに何かできることはありませんか? 料理はあまりできませんが」
「そうだね……じゃあ、お庭にレジャーシートを敷くのを手伝ってくれるかな? あと、笹を会場の近くに運ぼう」
「分かりました!」
「ありがとう。ということで、由弦君、瑠衣ちゃん。風花ちゃんと一緒に会場の準備をしてくるから、ちょっとの間、2人でつくね作りをしてもらっていい?」
「分かりました」
「分かったわ」
「よろしくね」
それから少しの間、俺と花柳先輩は引き続き料理作り、美優先輩と風花は庭でパーティー会場の準備をする。鶏つくねの照り焼きは実家で作ったことがあるので、俺中心に作っていった。
会場の準備が終わり、美優先輩と風花が戻ってきたときには、パーティー開始まであと20分ほどとなっていた。なので、メインのそうめんを茹でる準備をしていく。また、風花が参加者を会場へ案内する役割を引き受けてくれた。
午後6時近くになったのでそうめんを茹でて、冷水で締める。普段はざるに盛るスタイルで盛りつけるが、今日は屋外で食べるので大きな鉢に盛りつけ、氷水に浸すスタイルを採用した。
俺、美優先輩、花柳先輩の3人でそうめん、めんつゆ、つゆに入れる具材、薬味、玉子焼き、つくねの照り焼き、お椀や箸をパーティー会場である庭に持っていく。
空を見上げると、茜色に染まる雲の隙間から青空も見える。夕方になり、蒸し暑さも和らいできたので、絶好のパーティー日和じゃないだろうか。
「由弦達が来ました!」
「桐生君、白鳥さん、花柳さん。作るのお疲れ様」
「今年もそうめん楽しみだわ~」
「今年も美味しそうね」
「そうめんとか料理を見たら腹減ってきたぜ」
会場に行くと風花の他に霧嶋先生と大宮先生。あとは202号室に住む3年の
加藤と橋本さん、201号室に住む2年の
俺達3人はレジャーシートの内側にそうめんなどを置いていき、そうめん用のお椀と箸を各人に渡していった。それらが終わった後、俺達もレジャーシートの中に入り、料理の周りに座ることに。まだ4人来ていないので、俺の右側に美優先輩がいて、左側は空席の状態だ。
「じゃあ、6時も過ぎましたし、現時点で集まれる参加者が全員いるので、パーティー始めましょうか」
美優先輩はそう言うと、その場でゆっくりと立ち上がる。
「みなさん。今日は参加していただきありがとうございます。今年も運良く雨が降らず、青空も見える中で開催できることになって嬉しいです。では、これから毎年恒例のあけぼの荘七夕そうめんパーティーを始めます! みんな、たくさん食べてくださいね! いただきます!」
『いただきまーす!』
美優先輩の挨拶で七夕そうめんパーティーが始まった。あと、みんなに挨拶する美優先輩の姿はまさに管理人さんって感じで素敵だったな。
鉢からそうめんを一口分掬い、自分のめんつゆにつけて食べる。
「……うん、美味しい」
氷水に浸しているので、そうめんが冷たくてとても美味しい。屋外で食べるので、このくらい冷たいのがちょうどいいと思える。
「冷たくて美味しいよね、由弦君」
俺のすぐ側で、美優先輩は柔らかな笑みを浮かべながらそう言う。そのことで口の中にある旨みが増した気がする。
「ええ。美味しいですね、美優先輩」
「冷水に浸す形で盛りつけたのは正解だったわね。冷たくていいわ」
「最高ですよ、このそうめん!」
そう言って食べる風花のそうめんの量はかなり多い。だから、全てすすると風花の頬が膨らんで。その上で満足そうな笑みを浮かべているので凄く可愛らしい。そんな風花を見て、風花や美優先輩、大宮先生は声に出して笑っている。霧嶋先生も声こそ出さないが、柔らかな笑みを見せている。
「こうして屋外でそうめんを食べるのは初めてだけど、とても美味しいわ」
「そうだね、一佳ちゃん。玉子焼きとつくねも美味しい」
「玉子焼きは桐生君メイン。つくねは餡とタレ作りは美優で、焼いたのは桐生君がメインで作りました。あたしは色々手伝いました」
「そうだったんだね。さすがはうちの部活の子達ね」
大宮先生は持ち前の穏やかな笑みを浮かべながら、俺達にそう言ってくれた。そんな先生の横で霧嶋先生が何度も頷いている。
家庭科の担当で、料理部の顧問でもある大宮先生から褒めてもらえて凄く嬉しいな。美優先輩と花柳先輩もにこやかに。
「今年で3回目だけど、こうして外で食べるのはいいなって思うわ」
「ですね。今日はあんまり暑くないですし、そうめんも冷たくて美味いですもんね」
「ええ。来年の春に卒業するけど、来年以降も参加しようかしら」
深山先輩と白金先輩も楽しそうに食べているな。あと、深山先輩は卒業しても参加しようかなと言うとは。それほど、このそうめんパーティーが気に入っているのが分かる。
「来年開催するときには小梅先輩に連絡しますね。是非、来てください」
「うん、ありがと」
ふふっ、と深山先輩は笑う。来年のそうめんパーティーも、深山先輩は今のように普通に参加している気がする。もしかしたら、このそうめんパーティーは元住人や卒業生が集まるイベントになっていくのかも。
「由弦君。そうめん食べさせてあげる」
美優先輩のそんな言葉が聞こえたので、先輩の方を見ると……美優先輩はつゆにつけたそうめんを箸で掴んでいた。俺と目が合うと、美優先輩は優しく笑う。
「ありがとうございます。いただきます」
「うんっ。はい、あ~ん」
「あーん」
俺は美優先輩にそうめんを食べさせてもらう。
風花達に見られてちょっと恥ずかしいけど、美優先輩に食べさせてもらったから凄く美味しい。あと、先輩はめんつゆにごまやネギを入れたのかな。その2つの風味が感じられてとてもいい。
「凄くおいしいです」
「良かった」
「……じゃあ、お礼に俺も食べさせてあげますね」
「ありがとう!」
俺は美優先輩にそうめんを一口食べさせてあげる。ちゅるるっ……とそうめんをすする姿がとても可愛らしい。そして、
「美味しいっ」
と、満面の笑みで言った。こんなに可愛い姿を間近で見せられると、どんどん食べさせてあげたくなっちゃうな。
「こんばんは。パーティーやってますね」
加藤の声が聞こえたので入口方面に顔を向ける。すると、そこには加藤と橋本さん、松本先輩、佐竹先輩の4人が立っていた。佐竹先輩以外は部活帰りなので制服姿だ。俺達が気付いたからか、4人はこちらに手を振っている。
「みんな、部活やバイトお疲れ様。4人で一緒に来たんだね」
「奏と一緒に下校したとき、校門近くで松本先輩の姿を見かけまして」
「それで、杏先輩と一緒に学校を出たら、バイト帰りの莉帆先輩とも会ったんです。それで4人でここに来ました」
「偶然が重なったんだね。じゃあ、みんな荷物を置いたらここに来て。奏ちゃんと加藤君はうちに置いてね」
『はーい』
その後、加藤と橋本さん、松本先輩、佐竹先輩の4人は荷物を置いて、レジャーシートの中に入ってくる。そのことで、そうめんや料理の周りを参加者で一周囲む形が完成した。ちなみに、今まで空席だった俺の左隣には加藤が座っている。
「これで、パーティーに参加する12人全員が揃いましたね。では、改めていただきます!」
『いただきます!』
美優先輩の2度目の挨拶によって、12人全員でのそうめんパーティーがスタートする。
ついさっきまで部活やバイトをしていたからか、遅れて参加した4人はそうめん中心にモリモリと食べている。見ていて気持ち良くなるほどの食べっぷりだ。
「う~ん! そうめん美味しい!」
「美味いよな、奏。さっきまでサッカーしてたから、冷たいそうめんが最高だ。玉子焼きも美味いな」
「その玉子焼きは俺が作ったんだ。ちなみに、そうめんと料理は料理部3人で作った」
「そうなのか。さすがは料理部員」
加藤は持ち前の爽やかな笑顔でそう言い、右手でサムズアップ。友人からも褒められて嬉しい限りだ。
「テニスの後にも冷たいそうめんは最高だよ!」
「バイトの後にもね。お店は涼しいけど、店内を結構歩くからね」
どうやら、松本先輩と佐竹先輩にもそうめんが好評のようだ。そのことにほっとする。
それからも、12人でそうめんパーティーの時間を楽しむのであった。
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