第11話『天使とアイドル』
風花と芽衣ちゃんがお昼寝から起きてきた。2人は1時間くらい寝たことになる。お昼寝にはちょうどいい時間かな。
「おはようございます」
「おはよ……」
「2人ともおはよう。起こしちゃったかな? 私と一佳先生が大きな声を出しちゃったから」
「もしそうなら謝るわ」
美優先輩と霧嶋先生がそう言うと、風花は微笑みながらかぶりを振った。
「そんなことないですよ。目を覚ました直後に大きな声が聞こえましたから。その後に芽衣ちゃんが目を覚ましたけど、うるさがっているようには見えなかったので。あと、一佳先生、こんにちは」
「こんにちは、姫宮さん。中間試験の採点などの仕事があって、今日は学校に行っていて。サブロウに癒されようと思って、仕事帰りにここに来たの」
「そうだったんですか。お疲れ様です。あと、その服可愛いですね! これからはそういった服装を学校でも見せてくれると嬉しいです」
「け、検討するわ。これから暑くなってくるし」
照れくさそうに言う霧嶋先生。もし、カジュアルな服装で学校に行ったら、きっと多くの生徒から好印象を持たれると思う。
「おねえさん、だあれ?」
芽衣ちゃんは不思議そうな様子で霧嶋先生を見ながらそう言う。どうやら、恐がってはいないようだ。
さすがに相手が5歳児だからか、霧嶋先生は芽衣ちゃんと目を合わせると、優しげな笑みを浮かべる。
「芽衣ちゃん。この人は霧嶋一佳先生。私達が通っている学校でお仕事をしていて、由弦君と風花ちゃんのクラスの先生なんだよ」
美優先輩が霧嶋先生のことを紹介すると、先生は椅子から立ち上がって、芽衣ちゃんの目の前まで行く。芽衣ちゃんが話しやすいようにするためか、しゃがんで視線の高さを合わせる。
「はじめまして、あおやまめいです。ほいくえんにいっています」
「初めまして、霧嶋一佳です。美優お姉さんの紹介の通り、学校で先生をしているわ。よろしくね、芽衣ちゃん」
「うん、よろしくね! ちーちゃん!」
とびきりの笑みを浮かべ、霧嶋先生と握手をする芽衣ちゃん。
「……て、天使のように可愛いわっ! 芽衣ちゃんっ! ちーちゃんと呼ばれたのは久しぶりだからキュンときてしまったわっ!」
お酒で酔ったときのような柔らかい笑顔になり、テンション高めで言う霧嶋先生。一佳って名前だけど……「ちーちゃん」って呼ぶ人もいるか。こんなに可愛らしい子から、久しぶりのあだ名で呼ばれると心も掴まれてしまうか。
あと、芽衣ちゃんと天使のようだと言うのは納得だ。実際は私に天使が舞い降りたと思っているかもしれないが。
「ちーちゃんもかわいいよ。それに、ママみたいにきれい!」
「ふふっ、褒め上手ね、芽衣ちゃんは」
褒められたのが嬉しいのか、霧嶋先生は芽衣ちゃんのことをぎゅっと抱きしめ、頭を撫でる。芽衣ちゃんも抱きしめられた直後に「きゃっ」と声を上げるくらいで、とても嬉しそう。とても微笑ましい光景だ。
もしかしたら、俺達の中で最も芽衣ちゃんのファンになったのは霧嶋先生かもしれない。
「ちーちゃん、いいにおいがするー! あったかくて、おっぱいもやわらかくて気持ちいい」
「気に入ってもらえて嬉しいわ。私も芽衣ちゃんを抱きしめると気持ちいいわ」
5歳児の言うことだからか、それとも芽衣ちゃんにゾッコンだからか、胸について言われても先生は特に恥ずかしがる様子はない。
「一佳先生、メイメイにメロメロですね」
「午前中に撮った写真を見せたときに可愛いって言っていたけど、まさかここまでとは。旅行でお酒を呑んだときよりもテンション高くない?」
「私も思った。一佳先生、せっかくですから、芽衣ちゃんと写真を撮りませんか?」
「いいわよ。あとで写真を送ってね、白鳥さん」
「分かりました。では、さっそく撮りますよ」
はいチーズ、と美優先輩は霧嶋先生と芽衣ちゃんのツーショット写真を撮影する。もちろん、その際は2人とも素敵な笑顔を浮かべ、ピースサインをしていた。
しっかし、ここまで霧嶋先生をデレさせるとは。さすがは天使のようだと言われるだけあるな、芽衣ちゃん。
「にゃー」
おっ、ベランダから聞こえるこの鳴き声は。美優先輩と目を合わせると、先輩はにっこりと頷いた。
美優先輩と一緒にベランダに向かう。先輩が窓を開けると、そこにはこちらを向いてきちんと座った黒白のハチ割れ猫がいた。猫の名前はサブロウ。あけぼの荘に来るノラ猫で、みんなに可愛がられているアイドルでもある。
「あら、サブちゃん。こんにちは」
そう言って、美優先輩はサブロウの頭を撫でる。すると、サブロウは「にゃおーん」と鳴く。
「うわあっ、ネコちゃんだ!」
「サブロウに会えて幸せだわ。彼に会いたくてこの家に来たから」
気付けば、俺達のすぐ後ろに霧嶋先生と芽衣ちゃんがいた。2人とも目を輝かせてサブロウを見ている。そんな2人のことを、風花と花柳先輩は食卓の近くから微笑ましく見ている。
「芽衣ちゃんは猫が好きなのかしら?」
「うん! たまに、ほいくえんに、ちゃいろいノラねこがくるの。なでなでするよ」
「あら、そうなの。羨ましいわ。学校や私のお家にはノラ猫が来ないから」
学校はまだしも、先生の家はマンションの11階じゃないか。
「ちなみに、この猫はサブロウという名前なの」
「へえ、サブロウくんっていうんだ!」
「私はエサとお水を用意するので、それまでの間は3人でサブロウの相手をしてください」
そう言って、美優先輩はキッチンに向かう。
「芽衣ちゃん、私がサブロウの撫で方を教えてあげるわ」
「はーい! ちーちゃんせんせー!」
「……可愛いわ。サブロウの前にまずは芽衣ちゃんを撫でましょう」
「えへへっ」
霧嶋先生は優しい笑みを浮かべながら芽衣ちゃんの頭を撫でている。芽衣ちゃんも空気を読んで霧嶋先生のことを先生と呼んでいるし、いいコンビだな。
美優先輩が離れてから、サブロウは俺の右手に擦り寄ってきている。可愛い奴。
俺はサブロウの頭や顎などを優しく撫でる。柔らかい毛が気持ちいい。
「霧嶋先生。今なら初対面の芽衣ちゃんでも触れそうですよ」
「そうね。……芽衣ちゃん。まずは頭をそっと撫でてみましょうか」
「うん!」
俺が手を離してすぐに、芽衣ちゃんはサブロウの頭を優しく撫でていく。
「にゃぉん」
「ふわふわしてる。サブロウくん、きもちいいですか?」
「にゃん!」
芽衣ちゃんの撫で方がいいのか、サブロウは芽衣ちゃんの目の前に移動する。
「きっと、サブロウは気持ちいいと言っているのよ。上手ね、芽衣ちゃん。あと、サブロウは背中を撫でられるのが好きなの」
「おせなかだね!」
「そう。ただ、しっぽの近くまで触ると嫌がられるから気を付けるように」
「はーい!」
芽衣ちゃんは撫でやすいようにサブロウの横に膝立ちして、サブロウの背中を撫で始める。
また、芽衣ちゃんと交代するように霧嶋先生がサブロウの頭を撫で始める。サブロウに癒しを求めに来ただけあって、先生も幸せそうな笑みを浮かべる。今までもサブロウを撫でると柔らかい表情になるけど、ここまで柔らかいのは初めてだ。これもアイドルだけじゃなくて、芽衣ちゃんっていう天使と出会ったからだろう。
「きゃっ」
サブロウが急にゴロゴロし始めたので、芽衣ちゃんはそれに驚いたのだろう。それでも、芽衣ちゃんは撫で続ける。
やがて、サブロウのゴロゴロは収まり、横座りでリラックスした状態に。
「きっと、私達に撫でられて気持ち良くなったのね」
「ほいくえんにくるノラネコもゴロゴロするよ」
「そうなのね。お腹が見えるようになったけど、お腹は猫の弱い場所だから、触らないように気を付けるのよ。私もうっかり触って爪を立てられたから」
そういえば、前にそんなことがあったな。サブロウに触って興奮した霧嶋先生が、色々な場所を触った。そして、お腹に触れたときにサブロウが霧嶋先生の手に爪を立てたのだ。サブロウの力加減が良かったからか、幸いにも先生の手に傷は付かなかったが。
霧嶋先生の言うことを聞いて、芽衣ちゃんは先生と一緒にサブロウの頭や背中、前足などを撫でている。
「一佳先生、さすがですね。猫の撫で方の教え方が上手です!」
「風花ちゃんの言う通りね。うっかりエピソードを織り交ぜるところが可愛いけど」
「教える相手は5歳児。親御さんから預かっている最中でもあるし、怪我をしないためにも、気を付けるポイントはきちんと教えないと」
「そうやって真面目に考えるのも可愛いですよ~」
「……まったく、花柳さんったら」
「ちーちゃんせんせーはかわいいよ! サブロウくんよりかわいい!」
「猫と比べるのはどうかと思うけど……芽衣ちゃんに可愛いと言われるのは嬉しいわ。ありがとう。芽衣ちゃんは本当に可愛いわね」
「えへへっ」
霧嶋先生と芽衣ちゃんは朗らかに笑い合う。いつもなら、先生は照れくさい表情をするか、不機嫌な様子になるときもあるのに。凄いな、芽衣ちゃん。
「ふふっ、一佳先生と芽衣ちゃん、サブちゃんに触れて幸せそうですね。良かった。サブちゃん、キャットフードとお水を持ってきましたよー」
「にゃんっ!」
キャットフードの匂いがしたからか、サブロウは今日の中では一番大きな鳴き声を上げる。来たときと同じように姿勢良く座り、目をパッチリと開けている。
美優先輩がキャットフードとお水のお皿を置くと、サブロウはさっそくキャットフードを食べ始める。
「サブロウくん、ちゃんとごはんたべてえらいね」
「そうね」
えらいえらい、と芽衣ちゃんと霧嶋先生はサブロウの頭を撫でる。ただ、サブロウが食事中だからか、2人の触り方はこれまでに比べて控え目だった。
あの霧嶋先生が天使と称するほどの芽衣ちゃんとあけぼの荘のアイドル猫のサブロウの戯れや、普段よりもかなり柔らかい先生を見られたので、とても心が癒されたのであった。
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