第49話『とっても美味しい果実』
午前10時40分。
俺達は御立山の観光を終え、大宮先生の運転でいちご狩りができる農園へ向かう。ロープウェイ乗り場からだと車で15分ほど。ちなみに、座る場所はさっきと同じだ。
いちご狩りは確か……風花の希望だったかな。
「御立山、とても良かったわ!」
「景色も石も抹茶アイスも良かったですよね」
「ええ。みんな、御立山に連れて行ってくれてありがとう」
花柳先輩は全員にお礼を言った。先輩がここまで素直にお礼を言うなんて。これが御立山のパワーなのかな。もしかして、御立山の石の御利益だろうか? あの石を全体的に撫でていたから、素直になるという御利益がもたらされたのだろうか。
「瑠衣ちゃんが満足できて良かったよ。こちらこそありがとう。前に家族で来たときのことを懐かしめたから」
「そう言われると照れちゃうわ」
えへへっ、と花柳先輩は言葉通りの照れ笑い。隣に座っている風花の方が大人に見えるほど、少女のような可愛らしさがある。
「自然を堪能できたし、成実さんの可愛らしい姿を見られたから満足だわ」
「もう、そう言われると恥ずかしくなっちゃうよ。でも、ずっと手を繋いでくれる一佳ちゃんはかっこよかったな」
「ふふっ。次は姫宮さんが希望するいちご狩りね」
「ええ! このゴールデンウィークが今シーズンのラストなんです。スマホで調べたんですけど、今から行くいちご狩り農園では3種類のいちごを食べることができるんです。甘さが売りの『みたちご』、甘酸っぱい『こいちご』、みずみずしくジューシーな『みやびひめ』を食べることができるんですって」
3種類のいちごを食べられるのか。それは楽しみだ。ただ、シーズンラストらしいので、いちごがあるのかどうかが不安だけど。
「楽しみだね、由弦君」
「ええ、楽しみです」
「今さらだけど、風花ちゃんは抹茶アイスを食べて大丈夫? あたし達に一口ずつ分けてくれたけれど」
「大丈夫ですよ。むしろ、甘いものを食べてスイッチが入ったというか」
「そうなの。さすがは風花ちゃん。ただ、お腹を壊さないように気を付けてね」
「はい、瑠衣先輩」
風花の食欲は普段から凄いけど、甘いものに関しては拍車がかかるな。
俺もお腹を壊さないように気を付けないと。昔、家族でいちご狩りに行ったとき、雫姉さんに煽られ、競うようにしてたくさん食べたら、その日は夜までお腹がずっと緩くなってしまったという経験があるから。
15分という近さもあってか、俺達の乗る車はあっという間にいちご農園に到着する。既に駐車場には数台の乗用車が駐車していた。
受付で入場料金を払う。シーズンラストなのもあってか、農園側のご厚意で料金を安くしてもらえた。
料金を払うと、いちごに付ける練乳とへた入れのプラスチックケースを受け取る。
「さあ、みなさん! いちご狩りをはっじめましょう!」
いちご狩りを提案したからか、今回は風花が先頭を切っている。プールで遊んでいるときと同じくらいにテンションが高いな。それだけ楽しみだったのだろう。
いちご農園の中に入ると、お客さんがちらほらといて、「おいしいー!」と盛り上がっている若い女性グループもいる。
農園の中を見ると、どうやら列ごとにいちごの種類が分かれているようだ。ちなみに、入口の近くにあるのは甘さが売りの『みたちご』。俺達はまずはそれを食べることに。
「んー! とっても甘くて美味しいー!」
「美味しいね! 風花ちゃん!」
みたちごの甘さに感激したのか、風花と花柳先輩はとても幸せそうな笑顔になっている。WEB広告やポスターにしてもいいくらいの表情だなぁ。そんな2人を見てみると、俺も自然と食べたくなってくる。俺もみたちごを練乳を付けずに一粒食べてみる。
「あぁ、とても甘いですね。練乳をつけなくてもかなり甘いです」
「そうだね! 練乳を付けたらどれだけ甘くなるんだろう」
そう言って、美優先輩はみたちごに練乳をたっぷりと付け、口の中に入れる。その姿は可愛くて、色っぽくも見えた。
「うん、美味しい。練乳を付けると本当に甘い。由弦君も食べてごらん?」
「は、はい」
俺は美優先輩の言われるままに、みたちごを一つ採り、練乳を付けて食べてみる。
「……先輩の言う通り、凄く甘いですね」
「でしょう?」
美優先輩はもう一粒、練乳を付けてみたちごを食べている。そんな先輩が可愛らしくてスマホで写真を撮った。
「はい、一佳ちゃん。あ~ん」
「もう、成実さんったら。恥ずかしいですよ、こんなところで」
「だって、行き帰りのロープウェイでずっと手を繋いでくれたんだもん。そのお礼に食べさせてあげる。練乳たっぷりだよ、あ~ん」
「そ、そういうことでしたらご厚意に甘えます。あ~ん」
大宮先生にいちごを食べさせてもらった霧嶋先生ははにかみながら「美味しいです」と呟いていた。先生達、ロープウェイを機にいい雰囲気になってるな。
「ゆ、由弦君も私にあ~んしてほしい?」
やっぱり、美優先輩が訊いてきたか。頬を赤くしながら上目遣いで見てくるのは反則ですよ。まったく、可愛すぎるんだから。
「そうですね。ただ、みたちごはいっぱい食べたので、次のこいちごで食べさせ合いをしましょうか」
「うん! じゃあ、こいちごの方に行こうか!」
美優先輩はとてもワクワクとした様子で俺と手を繋ぎ、こいちごの実が成っている方へと向かう。
さっきの風花の説明だと、こいちごは甘さだけじゃなく酸味も強いのが特徴なんだっけ。どんな感じの味わいか楽しみだな。
こいちごのエリアに到着すると、美優先輩はこいちごをさっそく一粒採っている。俺も一粒採る。
「じゃあ、同時に食べさせ合おうか」
「そうですね。では、美優先輩、あ~ん」
「由弦君もあ~ん」
美優先輩と俺はお互いにこいちごを食べさせ合う。みたちごや練乳の甘さを味わった後だからか、とても酸味が強く感じる。
「甘酸っぱいね!」
「ですね。甘いみたちごを食べた後だからですかね。でも、こういういちごもアリですね」
「うん! 美味しいよね。口直しにもいいかも」
「まったく、2人はいちご狩りでもラブラブだね」
花柳先輩はニヤニヤとした表情を浮かべ、俺達にスマホを見せてくる。画面には、俺と美優先輩が同時に食べさせ合っているところの写真が表示されていた。
「こうやって写真を見せられると恥ずかしいね」
「そうですね」
「2人ともいちごみたいに頬が赤くなってるよ。あとで2人に写真を送るからね」
「よ、よろしくね、瑠衣ちゃん」
恥ずかしくても写真はほしいんだな、美優先輩は。
花柳先輩は風花と合流していちごを食べている。たくさん食べているけれど、2人って何粒食べたんだろう。もう元は取れたんじゃないか?
こいちごは酸味が強いので、練乳ととても相性がいいかも。俺はこいちごをもう一粒採り、練乳をたっぷり付けて食べてみる。
「やっぱり、練乳を付けると美味しいですね。こいちごの酸味もいいなと思えます」
「へえ、そうなんだ。じゃあ……」
美優先輩は目を瞑って口を開く。花柳先輩達に見られたから、もう周りの目はあまり気にしないのかな。可愛いからいいけど。
俺はこいちごを一粒採って、練乳をさっきよりもたっぷりと付ける。
「はい、あ~ん」
「あ~ん」
こいちごを口の中に入れると、美優先輩は目を瞑ったままモグモグと食べる。こうしていると、先輩が猫やハムスターみたいに思えてくる。
「由弦君の言う通り、練乳を付けると美味しいね。酸味がいい感じ」
「でしょう?」
美味しい食べ方を知ると、ついつい手が伸びてしまうな。その後、練乳を付けたこいちごを3粒連続で食べてしまった。
ただ、このままだとみやびひめを食べる前にお腹がいっぱいになってしまうので、俺は美優先輩と一緒にみやびひめのエリアに向かう。
「これがみやびひめですか」
「みずみずしくてジューシーさが売りなんだよね。これも食べてみよう」
「ええ。いただきましょう」
美優先輩と俺は、みやびひめを一粒採っていただくことに。
おっ、口の中に入れた瞬間、果汁がジュワッと広がるな。美優先輩はその果汁の多さが予想外だったのか「ちゅー」と音を立てながら食べていた。唇についた果汁を舌で舐め取る姿は特に艶っぽくて。
「美味しいね。あと、果汁が凄いから音を立てちゃった。恥ずかしいな」
「そんなことないですよ。その……思わず昨日の夜のことを思い出しちゃいましたけど」
「……恥ずかしいよ」
もう、と美優先輩は軽く俺の背中を叩いてくる。ただ、そんな彼女の顔は真っ赤になりつつも笑みが浮かんでいた。昨日の夜の話をしたから、先輩の色々なところを見てしまう。
「由弦君、どこ見てるの。こっちの果実は夜の……せめてプールに入る夕方までのお楽しみだよ。今はいちごで我慢してね」
美優先輩は俺にしか聞こえないような小さな声で言うと、さっきよりも顔を赤くしながら、みやびひめを俺の口の中に入れた。ホテルに帰るのが楽しみになってきたぞ。
その後もたまに美優先輩と食べさせ合いながら、いちご狩りを楽しむのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます