第7話『お見舞い客はその姿に驚く』

 洗面所で着替えた後、俺は美優先輩と一緒にリビングに戻る。その際、花柳先輩にニヤニヤしながら「楽しめた?」と訊かれたので、「おかげさまで」と言っておいた。

 美優先輩の隣の椅子に座り、先輩が淹れてくれた温かい日本茶をいただく。ちなみに、使った茶葉は心愛が誕生日プレゼントにくれたものだ。


「美味しいです」

「良かった。さすがは心愛ちゃんがプレゼントしてくれた茶葉だけのことはあるね」

「茶葉がいいのはもちろんですけど、美優先輩の淹れ方が上手なのもありますって」

「もう、由弦君ったら」

「やれやれ。いつもの2人を見られて、美優の親友として一安心だわ」


 呆れ気味に笑いながら言うと、花柳先輩は紅茶を一口飲む。

 ――ピンポーン。

 インターホンが鳴る。夕方だし、誰かお見舞いに来てくれたのかな。

 美優先輩はすぐに椅子から立ち上がり、モニターまで向かう。今もナース服だから、ここが自宅のリビングだとは思えないな。


「はい」

『由弦のお見舞いに来ました!』

『今日は仕事が早く終わったから、成実さんと姫宮さんと一緒に来たわ』

『一佳ちゃんと一緒にコンビニでプリンを買ってきたから、それを渡そうかと思って』

「そうですか。ありがとうございます。すぐに向かいますね」


 美優先輩はナース服姿のままリビングを出て行ってしまった。みんな知り合いだから、ナース服でも大丈夫だと思ったのか?

 あと、今日はみんな部活や仕事が早く終わったのか。それで俺のお見舞いに来てくれるとは。東京でいい人達とたくさん出会えたと改めて実感する。


「お邪魔します……って、美優先輩! 凄く可愛い看護師さんですね!」

「あら、可愛いナースさん! ここはあけぼの荘じゃなくて、あけぼの病院だったかな?」

「な、何て格好をしているの、白鳥さん! 可愛いという2人の言葉には同意しますけど。ちなみに、桐生君って看病してもらうときは形に拘るのかしら?」

「ふふっ、桐生君は同棲する恋人に色んな服を着てほしいタイプなのかもね」

「風邪を引いているのをいいことに、色々なことを要求しそうですよね、由弦って。その姿で夜のお世話をしてほしいとか」


 美優先輩がナース服姿であることの衝撃からか、玄関で好き勝手なことを言われてしまっている。風花と霧嶋先生の言葉は否定しておきたい。ただ、今回のナース服がとても似合っていたので、大宮先生の言うように、色々な格好をした先輩を見てみたい気持ちはある。ちなみに、一番見たいのはメイド服姿だ。

 美優先輩に続く形で風花、スーツ姿の霧嶋先生、ロングスカートにブラウス姿の大宮成実おおみやなるみ先生がリビングに入ってきた。


「由弦、瑠衣先輩、こんにちは」

「こんにちは、桐生君、花柳さん。体調が結構良くなったようね」

「ええ。病院で処方された薬を飲んで、数時間ほどぐっすり寝たら結構良くなりました」

「良かったわ、桐生君。顧問としても一安心。瑠衣ちゃんは……宿題をやっているのかな。感心ね」

「さっさと終わらせて、週末はゆっくり過ごしたいですからね。それに、美優のナース服姿を見たかったので、一緒に宿題していたんです」

「そうなのね。ただ、瑠衣ちゃんの表情を見ていると、ナース服が一番の理由な気がするわ」


 大宮先生は穏やかな笑みを浮かべながらそう言った。さすがは2年連続受け持っているだけあって、花柳先輩を見抜いている。


「みなさんにも日本茶を淹れますので、適当にくつろいでくださいね」


 美優先輩はそう言うとキッチンに向かう。服装は看護師さんだけど、やっていることはメイドさんって感じがする。

 風花は花柳先輩の隣の椅子、大宮先生はソファーにそれぞれ座る。

 霧嶋先生は俺のところにやってきて、俺の前にプリンを置く。俺が小さい頃から何度も食べたことがあるプリンだ。


「はい、桐生君。お腹の調子は悪くないって聞いていたから、成実さんと一緒に近くのコンビニでプリンを買ってきたわ。食べられるかしら」

「はい。ありがとうございます。さっそくいただきますね」


 最近、プリンを食べていなかったからより嬉しいな。

 日本茶を淹れている美優先輩以外に見守られながら、俺はさっそくプリンを一口食べる。


「甘くて美味しいですね。冷たいですから気持ちがいいと言いますか」

「桐生君にそう言ってもらえて良かったわ」

「一佳ちゃん、コンビニで何を買おうか真剣に考えていたもんね。朝、桐生君にどんなお見舞いのメッセージを送ろうか悩んでいて、結局、送ったのは10時半くらいだったもんね」

「そ、そんな裏話を本人に話さないでください。恥ずかしいですよ……」


 霧嶋先生は頬を紅潮させ、言葉通りの恥ずかしげな様子になり、俺のことをチラチラ見る。

 担任教師である霧嶋先生なら、遅くても出席を取る朝礼までには俺が欠席していることは分かるはず。午前10時半という時間にメッセージを送ってきたのは、どんな文言にしようか迷っていたからだったのか。国語教師だからなのか。それとも性格なのか。


「そうだったんですね。このプリンもそうですけど、あのメッセージのおかげで元気をもらいました。ありがとうございます。実はあのメッセージをもらうまで寝ていて。病院に行くのにいい時間でしたし、いい目覚ましになりました」

「そ、そうだったのね。あのメッセージは担任教師として当然のことをしたまでよ。でも、お礼はちゃんと受け取っておくわ。これからも何かあったら、近くにいる大人として私を頼りなさい」


 そう言うと、霧嶋先生の頬の赤みは顔全体に広がっていく。それが分かったのか、霧嶋先生は両手を顔に当てて、大宮先生の隣に座った。本当に可愛らしい女性が担任になったと思うよ。そんな霧嶋先生の頭を大宮先生が「よしよし」と撫でていた。


「お待たせしました。温かい日本茶ですよ」

「ありがとう、美優ちゃん」

「ありがとう、白鳥さん」

「ありがとうございます、美優先輩」


 美優先輩は日本茶の入った湯飲みを大宮先生、霧嶋先生、風花の前に置いていく。その様子は、看護師さんよりもメイドさんだな。何にせよ、可愛い。


「そういえば、由弦君。瑠衣ちゃんと私でカステラを買ってきたから後で食べて」

「分かりました。ありがとうございます。カステラも好きですから嬉しいですね」


 そういえば、うちの両親や雫姉さんも、俺が風邪を引いたときはプリンやカステラ、アイスとかを買ってきてくれたな。

 美優先輩は俺の隣の椅子に座ると、マグカップの中に残っていた紅茶を飲み干す。


「美味しかった。……由弦君には昨日の夜に話したんですけど、小さい頃に母のお気に入りのマグカップをわざと割ったことがありまして。そのときに凄く叱られて、少しの間、家出をしたんです」

「へえ、美優先輩にもそんなことがあったんですね」

「あたしも同じことを思ったわ。小さい頃の話とはいえ、意外よね」

「うっかりならまだしも、わざと割ったなんて。今の白鳥さんからは考えられないわね」

「きっと、当時の美優ちゃんに色々なことがあったのね」


 みんなも、現在の美優先輩のことをよく知っているからか、先輩の今の話は信じられないようだ。


「今まで家出をしたことまでしか覚えていなかったんですけど、今日の午後の授業を受けているときにふと思い出したことがあって」

「そうなんですか? 美優先輩」

「うん。これまで全然思い出せなかったんだけど、不思議とね」

「そう……ですか……」


 今日の午後に当時のことを思い出すとは。ただ、俺が病院から処方された薬を飲んで眠ったのは、お昼から数時間ほど。タイミングからして、幼い美優先輩とのことは夢ではなく、現実だった可能性が高そうだ。そう考えるとドキドキしてくるのであった。

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