第37話『2人きりになったから。』
途中のサービスエリアとパーキングエリアで昼食や休憩を何度か挟んだため、午後2時半過ぎにホテルの最寄りのインターチェンジに到着。一般道に戻った。
ホテルに近いこともあってか、車窓から見える景色も随分とのどかなものになる。
「旅先に来たって感じがするね、由弦君」
「そうですね。ただ、地元の雰囲気に似ているので、ちょっと懐かしさもありますね」
「そうなんだ。私は前にここに来たことがあるから、懐かしい感じがする。段々思い出してきたよ。行き帰りにこの道を走ったな。記憶通りだと、もうそろそろ海が見えるよ」
「そうなんですか! 楽しみです!」
さすがは水泳部。海が見えると聞いただけで、風花は目を輝かせている。
美優先輩の言う通り、それから数分ほど走ったところで、
「海だー!」
「晴れているから綺麗ねっ!」
風花と花柳先輩は、進行方向の右側に見える太平洋を見ながら歓喜の声を上げる。彼女達がとても嬉しそうなので、自然と俺も気持ちが高鳴ってくる。
「風花ちゃんのセリフ、久しぶりに聞いたわ。青春ね~」
「まさに青春の一コマな感じですね、成実さん」
先生方のそんな言葉からは哀愁と年齢を感じる。
個人的には、実家から徒歩圏内に浜辺があるから、地元に帰ってきたような気がしてほっとした気分になれる。
「みんな、正面に今日泊まるホテルが見えてきたわ」
霧嶋先生の一言で正面の方を見ると、先生の指さす先に高い建物が見える。これまでに公式ページを何度か見ているので、その建物が今回泊まる御立シーサイドホテルであると分かった。
「もうすぐ到着するんですね、瑠衣先輩!」
「そうね!」
ホテルが見えたことで風花と花柳先輩、俺もテンションが上がってくる。そんな中で美優先輩だけは、
「あそこだ……」
以前、家族旅行で来たことがあるからか感慨深そうに呟く。もちろん、そんな彼女も楽しそうな笑みを浮かべている。
「久しぶりに来ると、何だか嬉しい気分になるよ。また来ることができたっていうのと、今度は由弦君達と一緒だっていうのが」
「そうですか」
再び来ることができて嬉しいと美優先輩が思うのだから、きっと御立シーサイドホテルはとてもいいホテルなのだろう。
それから程なくして、俺達は御立シーサイドホテルに到着。こうして目の前に立つと、そびえ立っていると言った方がいいほど立派な建物だと思う。
時刻はちょうど午後3時。1階のフロントで霧嶋先生と大宮先生がチェックインの手続きを行なう。
直前での予約だったこともあり、部屋は隣り合った3部屋ではないものの、全てが9階の部屋にはなった。ダブルである美優先輩と俺の部屋が913号室。霧嶋先生と大宮先生の部屋が901号室、風花と花柳先輩の部屋が906号室にそれぞれ宿泊する。ちなみに、霧嶋先生が持ってきた招待チケットはちゃんと使えるとのこと。
女性のスタッフさんによって、9階にあるそれぞれの客室に案内される。ダブルである913号室がとてもいい部屋なのはもちろん、ツインの901号室と906号室も素敵な部屋だった。
「では、15分くらいしたら、水着や貴重品などを持って、エレベーターホールに集合しましょう」
『はーい!』
霧嶋先生の言葉に、女性陣3人は元気に返事をしている。こうしていると、本当に修学旅行みたいだな。
俺は美優先輩と一緒に913号室の中に入る。
「いい部屋ですよね」
「そうだね。こんなに素敵なお部屋にタダで泊まることができるなんて。有り難いな。ツインの部屋も素敵だったけど、由弦君と一緒に泊まるからダブルで良かったって思ってる。この大きなベッドを見るとドキドキしちゃう」
美優先輩がそう言うのでベッドを見ると、ダブルベッドが1つだけなので確かにドキドキする。今日と明日、ここで美優先輩と一緒に寝るかと思うと。
「……ドキドキしますね。忘れないうちに、スマホとデジカメで部屋の中やバルコニーから見える風景を撮りますね。何枚か先輩にも送ります」
「うん!」
俺はスマートフォンやデジカメで部屋の中の様子や、バルコニーから見える太平洋の景色を写真で撮る。たまに、美優先輩が可愛らしくピースした写真も。スマホで撮った写真のうちの何枚かを美優先輩のスマホに送った。
写真を撮りながら思ったけれど、美優先輩と一緒に泊まるこの部屋はとても綺麗だな。2人で過ごすにはかなり広いし。ダブルベッドも、ホテルの客室に置くだけあってとても広くてふかふかしている。
あと、今日は晴れているからか海も青くてとても美しい。こんなにも綺麗だと、夏にまた来てみんなと一緒に海に入りたくなるな。
「由弦君」
そう呼ぶ美優先輩の声が聞こえた瞬間、彼女に後ろからぎゅっと抱きしめられる。
「どうしたんですか、急に抱きしめてきて」
「……2人きりになったから、由弦君のことを抱きしめたくなって。お部屋の中や景色の写真撮影も一段落したみたいだから……」
「……そうですか」
急に抱きしめられたからビックリしたけれど、背後から抱きしめられるのもなかなかいいな。背中で美優先輩の持つ柔らかいものを感じるのも乙である。ただ、やっぱり、
「抱きしめるなら、美優先輩と向かい合う形が一番好きです。なので、美優先輩の方を向いてもいいですか?」
「もちろんだよ」
美優先輩の抱擁が解けたので、俺は彼女の方に振り返り、ぎゅっと抱きしめ合う。
「由弦君、どうかな?」
「最高です。美優先輩はどうですか?」
「由弦君の背中もいいけれど、やっぱりこうして向き合うのが一番いいな」
「美優先輩と同じ気持ちで嬉しいです。それにしても、2人きりになったから抱きしめたくなるなんて。先輩は可愛いですね」
「……今日はずっとみんなと一緒にいて、由弦君となかなか2人きりになれなかったから。もちろん、みんなとの時間も楽しくて好きだよ!」
「俺もみんなと一緒にいるのは楽しくて好きですよ。ただ、この旅行中に2人きりの時間も堪能したいと思っています。特に夜、この部屋で過ごすときとか……」
「……そうなんだ」
色々想像しているのか、美優先輩の頬がほんのりと赤くなり、それまで俺にしっかりと向いていた視線がちらつくように。
今日はずっと風花達と一緒に過ごしていたから、美優先輩は俺と2人きりで過ごしたい気持ちが膨らんでいったんだ。
「美優先輩。この後も風花達と一緒に過ごす時間が続きます。ですから、部屋を出る前に長めのキスをしませんか?」
「……うん!」
嬉しそうな笑顔を浮かべて首肯すると、美優先輩はゆっくりと目を閉じた。そんな彼女の唇に吸い込まれるようにしてキスをする。
さっそく気持ちが高揚したのか、キスしてすぐに美優先輩は舌を絡ませてくる。そのことで、美優先輩がパーキングエリアで買って、車の中でたまに飲んでいた紅茶の味と匂いを感じる。
美優先輩は両手で俺の背中を擦り、俺に体重を預けてきて。それもあって、ベッドの上に倒れ込んでしまう。ベッドが気持ちいいから、よりドキドキしてくる。
「んっ……ゆづる、くん……」
キスしている最中に名前で呼ばれると、本当にドキドキする。
美優先輩とのキスに夢中になってしまったからかもしれない。
――プルルッ。
――プルルッ。
「うわっ!」
「きゃあっ!」
俺と美優先輩のスマホがほぼ同時に鳴ったことに、俺達は声に出して驚いてしまった。さっそく確認すると、花柳先輩から旅行メンバー6人のグループトークにメッセージが送信されている。
『2人ともなかなか来ないけど、どうかした? みんなエレベーターホールにいるよ』
時刻を確認すると、さっき花柳先輩達と別れてから20分近く経っていた。
「キスに夢中になっちゃって、もうこんな時間になってたんだ。すぐに準備しよう!」
「はい!」
俺からグループトークに『ごめんなさい。すぐに行きます』とメッセージを送り、美優先輩と一緒に大急ぎでプールに向かう準備をするのであった。
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