第6話『風花の戦い③-女子100m自由形・予選-』
女子400mメドレーリレーのタイム決勝の後は、男子400mメドレーリレーのタイム決勝、そして予選種目と続く。
昨日と同じように、陽出学院高校水泳部の部員が定期的に登場。彼らを応援しているから時間の進みが結構速い。
「山本君! その調子でいきなさい!」
「高橋さん! 焦らずに自分のペースを守って!」
授業での教え子だろうか。由樹さんと健一さんがいるにも関わらず、今日も霧嶋先生はたまに大きな声で応援している。そんな先生に影響されてか、由樹さんも大きな声で応援していて。
女子のメドレーリレーで幸先のいいスタートを切れたからだろうか。昨日よりも予選を突破する部員が多い。調子いいな。
「自由形の予選が近いので行ってきますね。あたしは第8組のレースで泳ぐ予定です」
メドレーリレーのときのように、荷物を持った風花が俺達のすぐ近くまでやってきてそう言った。もうすぐ得意なクロールをまた泳げるからだろうか。風花は明るい笑顔を見せている。
「頑張れよ、風花」
「頑張ってね、風花ちゃん!」
「美優達と一緒に応援するわ!」
「メドレーリレーの泳ぎが素晴らしかったから、きっと大丈夫よ、姫宮さん」
「一佳ちゃんの言う通りだね」
「母さんやみなさんと一緒に応援してる。風花、頑張りなさい」
「決勝進出ができるように頑張りなさい! いってきなさい、風花!」
俺達7人は風花にエールを送る。そのことで、それまで浮かんでいた風花の明るい笑みが嬉しそうなものに変わる。
「うんっ! いってきます!」
風花はそう言うと、俺達にグータッチ。一緒に自由形に出ると思われる女子生徒と一緒に観客席を後にした。
今日もうちの学校の調子がいい。この流れに乗って、女子100m自由形の予選に出場する生徒も決勝に進出してほしいな。
それからも、俺達は陽出学院高校の生徒を応援しながら観戦していく。そして、
『次のレースから、女子100m自由形の予選となります』
風花にとって3つ目の競技である女子100m自由形が始まる。
確か、風花は第8組で泳ぐ予定だと言っていたな。仮に予選が8組までだとしても出場する生徒が多いな。1組10名ずつ泳ぐだろうし。決勝進出条件は全体のタイム上位10名だから狭き門だ。
第1組目から、100m自由形の予選がスタートする。自由形と銘打っているけど、タイム勝負なので泳法はみんなクロールだ。
どの選手も速いなぁ。男の俺が泳いだとしても、きっと予選に出る選手には勝てないだろう。全体の中で最下位の最有力候補になること間違いなし。
また、第5組目に、風花と一緒に観客席を後にした女子生徒が登場。俺達は応援モードに。
女子生徒はスタート時点から安定の泳ぎを見せ、第5組目のレースで2位に。ゴールした直後、俺達と水泳部のみんなで労いの拍手を送った。
その後も100m自由形の予選が進み、ついに、
『次は予選第8組のレースとなります』
風花が登場する第8組の予選レースの時間となった。
第8組の選手達が登場する。おなじみとなった黒い競泳水着姿の風花が登場すると、俺達と水泳部のみんなは彼女に「頑張れ!」と声援を送る。
風花はこちらを向いて笑顔で手を振ると、7レーンのスタート台の近くにある椅子に座った。水泳帽を被り、ゴーグルを付けてレースの準備を行う。
審判員が笛を鳴らすと、各選手はそれぞれのスタート台の上に立つ。いよいよ風花の予選が始まるんだ。
『Take your marks』
これもおなじみとなったアナウンスが流れると、各選手はスタートの体勢に入る。……頑張れよ、風花。
――パンッ。
号砲が鳴り響き、各選手は勢いよくプールに飛び込んだ。
風花は10m以上進んでから水面に浮き上がり、クロールで泳ぎ始める。
泳ぎ始めた時点で風花が少しリードしている。ただ、風花の泳ぎは速く、他の選手との差をどんどん広げていく。都大会で風花のクロールを見るのはこれで3回目だし、何だか安心感がある。
「さすがは風花ちゃんって感じの泳ぎだね」
「そうですね」
「都大会で風花ちゃんのクロールを見るのは3回目だし、安心感があるわ」
「俺も同じことを思いましたよ、花柳先輩」
俺を含めた高校生3人は、比較的に落ち着いて観戦しているけど、
「風花、いい調子だぞ!」
「頑張って、風花!」
「今回もいい泳ぎよ、姫宮さん! その調子で!」
「風花ちゃーん! 頑張ってー!」
風花の御両親と先生達の大人4人は大きな声を出して応援している。素敵な光景だ。
風花は他の選手達とは体1つ以上の差を付けて先頭で50mをターン。後半戦に入る。
これまでたくさん試合を見てきて分かったことだが、色々なタイプの選手がおり、後半になるとグングンと速くなる選手もいる。どんな後半戦になるだろう。
そんなことを考えていたら、5レーンの選手のスピードが速くなってきた。一気に2位に躍り出る。風花にとっては2つ隣だが、この戦況を風花は泳ぎながら把握しているのだろうか。
5レーンの選手が追い上げてきたが、風花に勝る速さではなく、風花との差が縮まることはない。
「風花! そのペースで泳げば1位でゴールできるぞ! 大丈夫だ!」
「由弦君の言う通りだよ! このまま頑張って!」
「頑張って、風花ちゃん!」
さっきの大人4人のように、俺達も大きな声を出して風花に声援を送る。
俺達の声が届いたのだろうか。風花はペースを崩すことなく泳ぎ続け、他の選手と圧倒的な差を付けて1位でゴールした!
「1位でゴールできたね、由弦君、風花ちゃん!」
「そうですね!」
「ええ。予選のたくさんの人が出場しているし、決勝に進めるのは上位10人だから、予選レースで1位になって安心だわ」
美優先輩と花柳先輩の反応がちょっと違うけど、どっちの気持ちも理解できる。予選からいきなり上位10人に絞られるからなぁ。
「1位でゴールする姿は何度見ても嬉しいなぁ……」
「そうね、あなた」
メドレーリレーのときのように、涙を浮かべる健一さんの頭を由樹さんが撫でている。どうやら、健一さんは子供達の活躍する姿を見ると泣きやすい性格なのかもしれない。
「お父様の言うこと……分かりますよ。教え子が活躍する姿を見られるのって嬉しいものですね……」
「ふふっ、一佳ちゃんったら」
霧嶋先生も涙を浮かべており、大宮先生に頭を撫でられていた。教え子中心にたくさん応援して、その活躍に涙するとは。本当に生徒想いな先生だと思う。
プールサイドを見ると、風花は嬉しそうな様子でこちらに手を振っていた。俺達はそんな風花に「おめでとう」「頑張ったね」といった言葉を掛けながら手を振り、拍手した。
その後、電光掲示板に第8組のレース順位とタイムが表示される。風花は1位でタイムは1分0秒15。霧嶋先生曰く、関東大会進出の条件が絡むタイム1分1秒78を上回っているとのこと。他の選手にもよるけど、先生が教えてくれたタイムよりも速いと知ると、決勝進出に現実味が増してくるな。
それからも女子100m自由形の予選は続いていく。
泳ぐのが速い選手はいるけど、風花の記録を上回る選手は1人だけしかいない。
自由形に出場する選手は多く、第13組まで予選が行われた。最終の第13組の選手が泳ぎ始めるときに、風花が一緒に予選に出場した女子生徒と一緒に帰ってきた。
予選最終の第13組のレースが終わり、レース結果が表示される。この組では……風花のタイムを上回る選手は1人もいなかった。
『以上をもって、女子100m自由形の予選レースは終了となります。そして、午後の決勝のレースに進むタイム上位10名はこちらの電光掲示板に表示される10名です』
そんなアナウンスが流れると、電光掲示板には決勝に進む10名の名前と学校名、予選レースでのタイムが表示される。1位から順番に見ていくと――。
『4位:姫宮風花 (陽出学院) 1:00:15』
風花の名前が表示されていた!
『やったー!』
俺達と陽出学院高校の水泳部から、そんな喜びの声が上がった。風花が1位でゴールしたときよりも盛り上がっている。
これまでのように、俺は風花先輩と抱きしめ合い、花柳先輩は美優先輩を後ろから抱きしめている。2人ともとても嬉しそうで。
「おぉ、決勝に進出したか。風花……」
「良かったわ。あと、今から泣いていたら、関東大会進出を決めたときに流す涙がなくなっちゃうわよ、あなた」
「そ、そうだな。風花ならきっと進出できるだろうから、泣くのを止めなければ」
そう言い、健一さんは眼鏡を外して、スラックスのポケットから取り出したハンカチで涙を拭っている。是非、関東大会進出を決め、健一さんの涙が枯れるまで泣かせてあげてほしい。
「私も泣くのはほどほどにしておかないと。この後の喜ばしいことで泣けなくなりそうですから」
「ふふっ、それがいいかもね、一佳ちゃん。それにしても、凄い娘さんですね。出場する3つ全てで関東大会に進出するのも王手だなんて」
「ありがとうございます。母親から見ても立派に思います」
「立派なのはもちろんですが、僕にとっては尊敬の域です。スポーツがそこまで得意ではないのもありますが」
意外だな、健一さんが運動が得意ではないなんて。風花は物凄く泳げるし、由樹さんはスポーツジムのインストラクターをしているから、スポーツ一家で、健一さんも運動ができるものだと思っていた。
水泳部のみんなが座っている方を見ると、風花は水泳部のみんなとハイタッチしており、一緒に予選に出場した女子生徒に抱きしめられていた。その子の名前は電光掲示板に表示されていなかったけど……風花が決勝に進出したことを嬉しく思ってくれているのだろう。
女子生徒からのハグが終わると、風花は俺達のところに走ってやってくる。その足取りはとても軽やかに見えた。
「全体4位で決勝に進出することができました!」
嬉しそうな笑顔を見せて、俺達に決勝進出を報告してくれる風花。そんな風花に俺達7人は、
『おめでとう!』
と言ってハイタッチする。健一さんと由樹さんは風花の頭を撫でていて。風花とハイタッチしたとき、喜びのハイタッチをまたしたいと強く思った。
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